83話 十に三
ガストンらがカルフール城に入城すると、すぐに従騎士らしき者が出迎えに出てきた。
戦闘を終えたばかりの城内は兵士たちが忙しなく片づけに精を出しており、盛大な出迎えなどはない。
素っ気ない対応ではあるが、こんなものと言えばこんなものだろう。
「ヴァロン様ですね、話はルモニエ卿よりうかがっております。援軍かたじけのうございます」
「ご丁寧な挨拶痛み入りもうす。剣鋒団は少数なれど物慣れた者ばかり。我らの戦働きをご覧くだされい」
ガストンは大言壮語を好む気質ではないが、こうした時は謙遜するものではない。
なぜならば自分たちの戦力が低く見積られれば城内での待遇に直結してしまうからだ。
兵舎で雑魚寝ならまだしも軒先で野宿のような扱いをされてはたまらない。ガストンは百人長、部下たちを守る立場なのである。
(それにしてもルモニエに卿ときたか。客分とは聞いとったが、こりゃずいぶんと甘やかされてるようだのう)
卿とは基本的に騎士以上の身分ある者への敬称である。どこからどこまでと正式に決まっているわけでもないが、男爵なら間違いなく、領主騎士でもまず卿と呼ばれる。ガストン程度の従騎士で呼ばれることは稀だが、相手がよほど世辞を言いたい時はガストンでもヴァロン卿と持ち上げられるかもしれない。その程度の曖昧さである。
しかし、没落したルモニエが貴族の子弟として振る舞うのはガストンから見て甘いと言わざるを得ない。
あるいは、そう扱うラメー家中に特別な意図があるのだろうか。
「ヴァロン様、どうぞこちらへ。男爵がお待ちしております。ご配下の方々はこちらで少しお待ち下さい」
「かたじけない。ご案内痛み入りもうす」
ガストンが従騎士の案内で主塔に向かうと、そこにはデップリと肥満した立派な中年男が建屋の外で椅子に座っていた。左右に武装した供もいるので間違いはないだろう。
「ヴァロン様、こちらが男爵閣下にございます」
ガストンは従騎士の紹介を受け「ガストン・ヴァロン以下60人、援軍に応じ参陣いたしました」としゃちほこばって挨拶した。
あまりこうしたことは得意ではないガストンではあるが、妻ジョアナの教育でなんとなくこなせる程度にはなっている。
「おお、荒縄ガストンの到来か。豪傑の活躍を頼みにしておるぞ」
「へへえ、我ら剣鋒団の力をお目にかけまする」
ラメー男爵は椅子に座ったままの挨拶である。
これは援軍に来てもらった立場としては非礼ではあるが、そもそもガストンにとって男爵とは雲の上の貴人である。こんなものだと特に気にした様子もない。
強いて言えば「こんなに太っていては服を作るときの布はどのくらい使うのだろうか」とくだらないことを考えていた。
「すまぬ、私も消渇(糖尿病)を病んでより立つのもおっくうでな……手足がしびれ、爪先がひどく痛んで叶わぬ」
「それはいけませぬ。戦に出てお体はよろしいので?」
「うむ、侍医が申すには消渇は屋敷で養生し寝て過ごすと悪くなるそうなのだ。粗食に耐え馬に乗るなどせよとな。消渇には戦が効くそうだ」
「へえーっ! それがし、病とは滋養をとり寝て養生するものと思い込んでおりました」
「うむ、それよ! 私もそれが本道だと思うのだ! それなのに侍医の言うことを妻は鵜呑みにするばかりでなあ」
「ははあ、なるほど。女房衆にゃ戦は分かりませんから病に効くのだと気軽に考えておるのでは」
「そうだ! それだ! ヴァロンはものの道理を知っておるな、気に入ったぞ」
ラメー男爵はガストンに意気通じるものがあるのだろうか。気に入った様子を隠さず気安げに話しかける。
思えば今までも、ガストンは貴人に対してウケが良い男であった。
だが、左右の家来たちは微妙な表情を見せている。
彼らからすれば成り上がり者が主君におべっかを使って取り入ろうとしているように見えていることだろう。
目上にへつらうのはガストンの気質というもので、出世したからとて変わることは難しい。
「ところで話は変わるが、ヴァロンよ。ジャン――いや、ルモニエをずいぶん鍛えてくれたようだな」
この男爵の言葉にはガストンも肝を冷やした。
男爵からすれば自らの使いが顔を腫らして帰ってきたのだから一言あってしかるべきである。
しかし、ガストンからすれば悪いことをしたわけでもないのだから、謝るのもおかしい。
ただ黙って頭を下げるのみである。
「いや、叱ろうというのではない。私は人を叱るのがどうにも苦手でなあ、長くなるが聞いてくれるかヴァロン」
「へい、うかがいましょう」
この手の話を『聞く』ということは、ラメー男爵の問題に首を突っ込むことに他ならないのだが……残念なことにそこはガストンには分からない。
「ジャンは私の甥、姉の末子になるのだが不憫な子でなあ。ルモニエ男爵が没落した時は10才にもならぬころか……落城で両親と兄を亡くし、落ちのびた家臣に連れられて我が家を頼ってきたのだ」
「ははあ、左様でしたか」
「うむ。あの憐れな姿はいまだに目に焼きついて……私もジャンにはつい厳しくできずにここまで来てしまった。だが仕方なかろう? ヴァロンよ、想像せよ。家を失い、両親や兄を亡くした子だぞ?」
「まあ、まあ……うーん、難しいとこですな」
「そう、難しいところだ」
このラメー男爵、消渇の話といい、自らにも他人にも甘いタイプなのだろう。
しきりに自分を正当化しようとするあたり、あまり反省もしてなさそうである。
「本来であれば旧臣を集め、どこかで土地を拓き、そこの領主となるのが良いのだ。今の伯爵は難しくとも代を重ね忠節を続ければ土地を返してもらえることも――ないでもない」
主君に認められ、土地を拓き、領主となる。これは言うは易いが大変なことだ。
人が住んでいない土地はいくらでもあるが、未開の森などを拓くのは大変な労力と時間と資金が必要になるだろう。ガストンらが小城を築くだけでも100人からの人手が数ヶ月も働き、完成まで程遠いのだ。
それをルモニエのためにラメー男爵が支援する支度があるというなら、やはり甘い。
さらに没収された領地の返還となれば、これは夢物語のようなものだ。まずありえないだろう。
「だがあの性格よ。ジャンはキツい気性の上、伯爵を恨んでおる。表面上だけでも取り繕えばよかろうが……若いゆえかそれもできぬ」
「うーん、まあ、若いからですか。まあ、まあ、そういうこともありますな」
「そうだ。少しばかり修行に出したいが、あまり遠くにやるのも胸が痛む」
「はあ……まあ、姉御の忘れ形見ですからな。当人は修行を嫌がりますので?」
「分からぬ、当家でも傅役(ここでは教育係くらいの意)をつけてはおるが筋は悪くない。叔父のひいき目もあるかもしれぬが槍も馬も一人前だろう。弓や学問はあまり好まぬようだ」
ガストンはこれを聞き『怪しいもんだ』と内心で毒づいた。取っ組み合った感触としては武芸に長けた印象はない。
「そこで、だ。ヴァロンよ。ジャンに修行をつけてやらんか?」
「へ? 俺がですかい?」
「うんうん、悪くないではないか。遠くの土地にやるわけでもなし、勇猛で鳴らした剣鋒団で修行ともなれば間違いあるまい」
「いやいや、それがしに団への召し抱えはできませぬ。剣鋒団は殿様のものでござりまする」
「かまわぬ、事後承諾でかまうまい。伯爵へは私からも頼んでおくゆえ間違いはない。ヴァロンよ、ジャンを鍛えるのだ」
もはや命令口調だが、これをさられるとガストンは弱い。
ラメー男爵は貴族らしく相手の弱気につけ込むのが上手いようだ。
話を聞くに、この男爵も姉の嫁ぎ先に援軍を送らず見殺しにしたのであるから、甘いだけの男ではない――はずだが、この異常なまでの甥への甘さは見殺しにした姉への罪滅ぼしなのだろうか。その心中はガストンにはうかがい知ることができない。
「む、む……そう、きましたか」
「そうだ、しかと命じたぞ。ジャンを1人前にせよ」
「は、ひとつだけ約束いただければ引き受けましょう」
ここでガストンはひと息つき、ぐっと力を込めて男爵と目を合わせた。
ガストンはただでさえ凄みのある面つきである。これが戦場往来の気迫を込めて睨みつけたのだ。
男爵も油断をしていたのか、ウッと息を呑み「許す」と思わず答えてしまう。こうなればガストンのものだ。
「ルモニエですがね、死んでも恨みっこなしです。それが剣鋒団ですわ」
「む、それは困るぞ、どれほど死ぬのだ?」
すでに許しは得たのだ。ガストンは遠慮なく「十に三!」と答えた。3割は死ぬと宣言したのだ。
実際の戦死はさほどでもないが、長く勤めた剣鋒団員の2〜3割程度は戦の中で死ぬか、大きな傷を負い引退する。
小さな戦傷などは全員が負うと言っても間違いではない。ガストンの部隊もほぼ全員が顔に古傷ある醜面である。
「剣鋒団は戦に出ずっぱりにて。生き残れば肝も練れましょう」
男爵もこれにはガックリとうなだれる他はなかった。




