男の子達の噂話
裏庭から戻ってきてみると、すでに本運びは終わっていた。
レベッカの姿もない。
たぶん、厨房の方にいるのだろう。
執事のガストンの部屋をノックする。
「失礼します」
部屋に入ると、執事のガストンが机に座って書類を見ていた。
ガストンは70才を超えていそうな髪の毛の薄いおじいさんだ。
執事という肩書きからしていつでもアルフォンスのそばにいそうな物だが、実際はたまにしか見かけない。
しかも住み込みじゃ無くて家から通いで来ているらしく、居ない日も多い。
居るときでも部屋にこもって書類作業に没頭していることが多いので、私たちとはほとんど絡みが無い。
ということで、あまり話したことが無いので私はちょっと緊張していた。
男の子たちとは平気だったのだが、やっぱり慣れていない大人相手だと結構緊張してしまう。
「本を運び終わりましたが、まだなにか用がありますか?」
そう聞くと、ガストンは視線を上げて、首を横に振った。
「いや、特には無いよ。ご苦労様」
「そ、そうですか……。そういえば、あの裏庭の男の子たちはどういう用で呼んでいるんですか?」
「裏庭の木を切ったり、薪を割ったりとかだね。なにしろ、この屋敷に力仕事を出来る男がいないからな。フィリップに一度頼んだことがあるんだが、料理以外はやりたくないそうでな」
と、軽く肩をすくめた。
まぁ、そりゃそうだろう。
軽いのりの料理人だけど、それでも彼にはプライドがある。
料理そっちのけで木を切れとか言われたら絶対に怒る。
「そうなんですね。それで……定期的に来てるんですか?」
と、つい聞いてしまった。
ん、私は一体何を期待してこんなことを聞いているんだ?
「多いときは週に3度ぐらい来てもらうときもあるが、呼ばないときは2・3ヶ月ぐらい呼ばないな。それがどうしたかね?」
「い、いえ、別に」
ガストンはまた書類に視線を落として、ぶつぶつつぶやき始めた。
集中したいらしいので、そのまま頭を下げて部屋を出る。
「そっか……来ないときは来ないのか」
せっかく知り合いになれたのだから、もっと話をしてみたい。
「用事は……ないよね」
だいたい日課の掃除も終わってしまっているし、緊急の用事も無い。
「なんだ……戻ってこないのでもっといろいろ話を聞けば良かった」
男の子達がみんなかわいいし、屋敷の中では聞けない話もいろいろ聞けそうだ。
よし、もう一回話をしに行こう。
もう一度庭に出て、裏庭に回る。
話し声が聞こえてくる。
「お……何を話しているのかな?」
なんとなくいきなり出て行きにくくて、ちょっと木の陰から様子をうかがう。
男の子たちは大声で話をしているので、余裕で会話が聞こえてくる。
「さっきのアリスのキス、なんだったんだ?」
と、シモン。
本人の居ないところでは私は呼び捨てにされているみたいだ。
ま、それくらいは許そう。
「親愛の証とか言ってたし、アリスさんにとっては普通のことなんじゃないの?」
と返したのはエリク。
本人が居ないのにさん付けして呼ぶとは感心だ。
褒めて使わす。
「いや、普通じゃ無いぜ。だって、俺の耳元にキスしたんだぜ? 普通、そんなところにキスするか!?」
シモンが自慢げに言う。
「そんなこと言ったら、ジャンの方がすごかったじゃんか」
エリクが口をとがらす。
「はっ! これだからお子ちゃまは!」
「シモン、僕と同じ年だろう」
「分かってないからお子ちゃまだって言うんだよ。たしかにジャンにキスした時間は長かったけど、あれはただの友達同士のキスってやつだよ。いくら時間が長くてもただの頬だぞ? 好きな相手ならもっときわどいところ狙うだろ? 俺の場合は耳元だったんだ。アリスは俺のことが好きなんだよ!」
シモンがハイテンションで語る。
うん、シモンってやんちゃな子は大分舞い上がってるなぁ。
まぁ、私みたいな美少女にキスされれば舞い上がっても当たり前かな。
あー、愉快愉快!
「それは違うと思うけど」
「はっ! 額にキスされただけのやつが何言っても説得力ないぜ。ま、お前よわっちぃから、もてなくても仕方ないな」
シモンがエリクをけなす。
でも、私はエリクみたいなかわいい男の子は結構好きだぞ。
わかってないなぁ、やんちゃ坊主は。
「はぁ? むかつくなぁ」
エリクが不機嫌そうに返す。
その会話を聞いていて、私の口元は緩みっぱなしだ。
いいなぁ、私の話題で盛り上がっているとか、なんか気分が盛り上がってくるなぁ。
えへへへ……
「でも、僕が見てた感じだと、アリスさんはシモンよりジャンに気がありそうだったけど」
「そんなことないだろっ! だって、俺の場合、耳元だったんだぜ?」
「でも、ジャンの方があきらかに気持ち入ってたと思うけど」
「ちげぇよ! あれは意識してないからあんな風にできたんだよ。俺の方を意識してたから、逆に素っ気なくキスしたんだ! でも、その気持ちが出ちゃって耳元の方にキスをしたんだよ。ばっかだなぁ、女心の分からないやつは!」
シモンが必死に反論する。
いや~、私は単純に同じ場所だと芸が無いかと思ってそこにキスをしただけなんですよ。
なんか勘違いさせてごめんね。
っていうか、こんな中出て行けないな。
絶対に話を聞いたと思われるし。
男の子を翻弄する美少女の立場、なんかすごく楽しいなぁ。
ん……これって私ビッチ?
「おい、うるさいぞ! 屋敷に聞こえるだろ!」
別の場所で作業をしていたらしいジャン少年が、顔を出した。
「そんなに声が大きかったか?」
とシモンが素で返す。
自覚してなかったらしい。
すごい大声だったよ。
「でかかったよ。レベッカとかに聞かれてみろ、アリスさんに伝わるぞ」
「あ、そ、そうだな」
いまさらシモンが声を潜める。
もうすでに聞かれていますよ。
「さっきのアリスさんのキス、すごかったよね」
と、エリクがジャンに話しかける。
「ん……あ、あぁ」
ジャンがそっけなく言い返す。
ジャン少年は他の二人に対して年上として振る舞っているらしく、あまり本音を見せないようだ。
なんかそこも萌えポイント高いなぁ。
その心のベールを剥いで、本音を聞き出してみたい。
「なんだよ、クールぶってさぁ。ジャンだって喜んでたじゃないか」
シモンがジャンにツッコミを入れる。
いいぞ、もっと突っ込め!
あの大人ぶっている仮面の向こうの本音を暴くんだ!
私がそれを見たくて勝手に盛り上がっている。
「そ、そうだな。まぁ……すごかったな」
ジャン少年が自分の頬を触る。
私がキスをした部分だ。
うひょーーー!
あー、身もだえしそう!
「本当だよ。右も左もキスとか、うらやましいよ」
「へへっ、エリクは額だけだったもんな。お前が一番残念だったな」
「うるさいな」
エリクが不機嫌そうな顔をする。
そういうこと言われると、もう一度キスをし直さないといけない気がしてくる。
いや、さすがにやめておこうか。
「で、レベッカとアリスどっちにするんだよ?」
と、シモンがジャンに聞く。
「は? レベッカとか別になんともなってないし」
ジャン少年が少しだけ恥ずかしそうにぶっきらぼうに言う。
「ま、考えるまでも無くアリスだよな。アリスの方が断然かわいいし」
「だから、そういうんじゃないって」
ジャンが乱暴に言った。
なかなかガードが堅いなぁ。
ううう……ここで出て行ってもっといじって遊びたい。
「い、いや、それはまずいって、我慢我慢……」
それに三人がずっと私の話題で話しているので、出て行けるタイミングが全然やってこない。
「いいか……また今度来たときに話を聞こう」
ずっと話を聞いていたいが、さすがにこんなところでずっと隠れているわけにはいかない。
名残惜しさを感じながら、私は物音を立てないように屋敷に戻った。




