プチ反省会
「だめだ……」
俺は掃除道具を片付けながらつぶやいた。
「だめだろ……」
さっきの行動を思い出していた。
「なんで、いきなり抱きついたんだよ……」
掃除用具を物置に放り込んでから、少しの間、目をつむって考え込んだ。
頭をなでられた瞬間に抱きついていたのは、完全に不可抗力だった。
別に抱きつこうとか思ったわけではないし、そんなことをする可能性があるとも思っていなかった。
涙が出た途端に、反射的に飛びついていたのだ。
「なんだよ、あれ……」
思い出すと、また恥ずかしくなってくる。
お、落ち着け!
いろいろ納得できないが、もうこの体の感受性と反射反応だと思うしかない。
恋愛小説を読んで泣きまくってしまうように、この身体になってから感受性がすごく変わってしまっている。
そのせいであんな行動をしてしまったのだろう。
俺はそんな気は全くなかった。
でも、実は問題はそれじゃ無い。
「あの男……絶対にこの美少女なメイドを落としたと確信したよな……」
抱きつく前は、俺に対して配慮があった。
つまり、「男は女を配慮して扱うべき」というこの社会の常識に従っていた。
ところが抱きついた後は完全にそんな配慮はなくして、無遠慮に俺の頭をなでてから出て行った。
あの男の中で俺の扱いが完全に変わってしまった。
絶対に落としたと思っている。
美少女がいきなり泣きながら抱きついてきて、10分間もしがみついていたら、どんな男もそう思うに違いない。
「え……えぇ……どうしよう。いや、ほんと、どうしよう」
混乱しながらも、いつものように厨房の方に向かった。
厨房に入ると、料理人のフィリップが野菜を切っていた。
「あれ、アリスじゃん。掃除の方はいいのかい」
フィリップは三十代の陽気な男だ。
一見して大工でもやっているのかと言うほどガッシリした体格だ。
この世界の食事事情に詳しくは無いが、フィリップの作る料理はいつでも安定しておいしいので料理の腕はかなりいい。
「は、はい、終わりました」
「そうかい。じゃあ、そっちの皿を並べてほしいな。ん? 眼が赤いよ」
「え!?」
しまった。
涙を拭いて安心していたが、痕跡が消えてなかったらしい。
「まさか、うちの色男に泣かされたかい? はっはっはっ、そんなわけないか」
フィリップは悪気無く笑って、包丁で野菜をみじん切りにする。
あー、よかった大雑把な人で。
「そんなわけないですよ。ちょっと眼にゴミが入って」
「はっはっはっ、そうかい」
フィリップは気にせず料理を続ける。
俺は皿を並べて、食材を盛り付ける。
「本当に私が盛っていいんですかね。全然盛り付けのセンス無いんですけど」
顔を見られないように、フィリップから顔を背けながら聞いた。
「いいっていいって。前も言ったが、俺は盛り付けとかこだわらんのよ。アルフォンス様も気にしねぇしな」
「そうですか」
大雑把な性格らしく、こういうところもこだわらない人だ。
「だけどなぁ、昔レベッカが俺が丁寧に味付けた肉の上に酢漬けを置きやがって、あれには参ったね」
「あぁ、それは味が台無しですね」
「いや、それが案外斬新で良かったなんてアルフォンス様に言われちまってさ。怒るに怒れねぇってやつよ。はっはっはっ」
フィリップが笑って、鍋の中をかき回す。
しかし、俺の頭の中はフィリップの会話なんかすぐに消えてしまった。
いや、本当に冗談じゃないぞ。
落とされた女扱いされたら、これからいろんなモーションをかけられたり、あるいはもっと直接的な行為に及ばれるかもしれない。
ってか、絶対される。
自分で言うのもなんだが、これだけかわいい容姿の女の子が落ちたと思ったら、男が放って置くわけがない。
しかも、この感受性だと、それに抵抗できる気もしない。
きっとまた反射的に抱きついたりしてしまう。
「ぐぬぬ……」
小さくうなっていると、フィリップが深皿に入れたスープを持ってきた。
「はいよ、これで最後。じゃ、配膳よろしく」
そう言うと、フィリップはフライパンを拭き出した。
「え、いつもはレベッカが運びますよね」
働き出してから、掃除や厨房の雑用はやっていたが、配膳はしたことが無い。
正直、どうやっていいかもよく分からない。
「あん? レベッカはなんか用事があるとか言ってたぜ。運ぶぐらいできるだろ。頼むよ」
フィリップはウインクをして、フライパンの汚れ落としを続けた。
「わ……わかりました」
そう言われて断るわけにも行かない。
で、でも、会いたくないなぁ……。
配膳のやり方も、よくわからないし。




