181◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域14/蒼き炎による
「また一人、仲間が死んだ。貴様を信じたまま」
ベヌウの声は冷めきっている。
なんなんだよ。
レメゲトンもこいつも、人を勇者を名乗る資格がないとか本気出してないとかごちゃごちゃと。
ふと、違和感。見れば、俺の左足が石化していた。すぐさま『風刃』で切断し、バランスが崩れないように風魔法で姿勢を制御する。
「さらばだ、どこぞの少年。ここは貴様の来るところではない。……彼らは仲間選びを誤ったな」
背を向けるベヌウ。ボティスの姿はもう見えない。隠密が得意な【役職】なのだろう。
俺は風魔法で加速し、残る右足に風の刃を纏いながら突っ込む。
「おい、全身炎男。誰が間違えてるって?」
フランとユアンくんの選択を、俺が弱い所為で間違い呼ばわりさせるわけにはいかない。
「貴様をレイド戦に組み込んだ、全ての冒険者がだ」
ベヌウは読んでたみたいに反転し、左手で俺の蹴りを捌き、その右拳で俺の顔面を殴りつけた。
一連の動きが速すぎて、反応出来ない。
馬鹿みたいに吹き飛んだ俺は、壁面に激突し、なんと陥没する。退場しないのが不思議なほどの威力。
……こいつ、やっぱりただの【魔人】じゃない。
視界がグラグラ揺れた。目は開いてるのに見えてるものがボヤける。何かが滲んで見える。なんだろう。ベヌウじゃない。というか、第十層最終エリアじゃない。
『勇者よりも、ずっと大事な仕事が出来たんだ』
父さんだ。【不屈の勇者】との、幼い頃の会話だ。
レメさんが言ってた。【不屈の勇者】は一位を諦めたのではなく、家族を諦めなかった男なのだと。
そう思うよ。良き夫であり良き父なのだろう。でも、最強の冒険者でいてほしかった。
俺がいなければ、それを証明出来た筈なんだ。
『そんなふうに言われると悲しいなぁ』
思ったことを言ったら、父は本当に悲しげな顔でそう言った。そうだ、思い出した。
『父さんの人生で一位になったことより嬉しかったことを、なかった方がいいみたいに言わないでくれよ』
意味が分からない。
世界で一番強いパーティーの、主役。世界で一番格好いい冒険者。
それ以上に価値のあることがあるなんて思えなかった。
『俺、勇者になる。なって、父さんを馬鹿にしたやつらを見返してやる』
『えー、気持ちは嬉しいが、将来の夢はもっと前向きな理由で決めてほしいなぁ。別に、冒険者でなくてもいいんだ。【役職】だってまだ判明してないだろ』
『なる。精霊の力なしで一位になってやる……!』
『……レイス』
その時、父さんは確か、珍しく怒ったんだ。
『父さんは確かに、精霊に選ばれなかった。お前が本気で冒険者になりたいというのなら応援しよう。魔法の才があるようだし、稽古も今まで通りつけてやる。けどな、レイス。一つだけ、一番大切なことを忘れてはならないよ』
『……なに』
『お前と一緒に戦ってくれる仲間のことは、大切にしなさい』
『はぁ? そんなの当たり前じゃん!』
『本当に分かっているのか? お前のさっきの言葉では、そうは思えないけどなぁ。だって――』
トドメを刺そうというのか、誰かの気配が近づいてくる。
ベヌウじゃない。ボティスか。急に人が出現したみたいに、気配を感じられるようになった。
敵を殺す時だって気配を殺せそうなやつだから、わざとだろう。
「レメゲトン様のお言葉です。聞きなさい」
その声と、父の言葉が、重なる。
「『精霊も仲間だろう』」
「――――あ」
唐突に、理解した。
勇者に値しない。そうか、レメゲトンは、だから。
一体一体は弱い魔物でも、冒険者を苦しめたり魔物の仲間を助けたりは出来る。
レメゲトンの指揮は、そういう『全員で最終的な勝利を築き上げる』というものだ。
それは、冒険者も同じはず。仲間と協力し、勝利を掴む。それが理想の姿。
父さんは、それが出来ていた。精霊に選ばれないなりに力を尽くして、仲間と一位になった。
――なのに、俺は。
精霊に選ばれたのに、力を使わないことを選んだ。
精霊なしで勝てると思ったし、そうしなければならなかった。そう、思っていたけど。
もし、最初から水精霊の力を借りていたら、第一層からここまでの展開は違っていただろう。
本気のつもりだったし、今でもそう思う。手なんか抜いてない。でも、全力ではなかった。全ての力は出せていなかった。本気で、全力を出さずに勝とうとしていた。
『父さんはな、レイス。お前が冒険者になるなら、父さんの真似じゃなくて、お前だけの仲間と、お前たちらしい攻略が見たいと思うよ。お前がどんな勇者と呼ばれるのか、わくわくしながら攻略を観たいと思うよ』
聞かないようにしていた。意味がわからないと思考に蓋をしていた。
理解すると、自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
世界一格好いい冒険者の強さを証明しようとして、勇者失格のダサい真似を晒し続けていた。
先行した自分を追いかけようと無理した幼馴染が退場するのを、ただ見てるだけしか出来ず。
格上相手に精霊術を使わず負けた挙げ句、魔眼から自分を庇った【勇者】は石化。
そして、精霊に認められてからずっと、大事な仲間を無視し続けていた。
フェニクスセンパイに偉そうなことを言える立場じゃない。
仲間を見捨てない? 馬鹿だ俺は。仲間をずっと蔑ろにしてたガキのくせに。
父のやり方で一位にならなきゃ、自分を許せない?
見習うべきは精霊の力を借りないなんて、そんな表面的なことじゃないだろ。
そんな当たり前のことと、俺はずっと向き合えずにいたのか。
間違ったまま、勝ち進めてしまったから。仲間が優秀で、ここまで来れてしまったから。
――ウンディーネ。
念じる。精霊に声が届くようにと。返事は、すぐにあった。
『なぁに、坊や。まだ舞台は終わっていないでしょう? 役者が観客に声を掛けてしまうわけ?』
――お前は傍観者でもいいって言ってたけどさ、でも、謝るよ。
『……へぇ、一体何を?』
――仲間を大事にするやつでいたかったのに、出来てなかった。お前も仲間なんだって分かってなかったんだ。ごめん。
『ふぅん……? でもあれでしょう? 精霊の力を借りたら、だめなんでしょう? 貴方はほら、パパみたいになるのよね?』
――俺がなりたかったのは、世界で一番格好いい勇者だよ。精霊を無視して、仲間を死なせて、このままくたばるなんて最悪だ。これじゃあ世界で一番格好悪い子供だろ。
『だから?』
それを認めるのには、勇気が要った。
――俺はまだ弱いけど、フランとお前と、これから先出来る仲間と一緒に、一位になる。なりたいんだ。だから、まだ俺に愛想を尽かしていないなら。
俺と――契約してくれ。
自分がピンチになって、魔物の言葉にハッとさせられてから出た言葉。
いくら『精霊の祠』で俺を気に入ってくれたといっても、呆れるほうが自然。情けないと思うほうが普通。
俺は痛烈な言葉を覚悟し――、
『~~~~~~っっっ! 素晴らしい!!!!!!!!』
――…………!?
耳を疑った。
というか頭の中に響く精霊の声がでか過ぎて、脳みそが爆発するかと思った。
『久々に活きのいい生意気ショ……少年が現れてこれはしばらく眺めてられそうだわ~と思っていたら! こうも早く! 成長イベ……機会に恵まれるなんて! もっとよく顔見せてちょうだい? あ~、あの自信満々なお顔をくしゃくしゃにしちゃってもう~! こういうのがあるから悠久の時を揺蕩うのも悪くないのよね~!』
?????
――お前が何言ってるか、ちっとも分からないんだけど……。
精霊は個性的な性格の者が多く、その関係に頭を悩ませる【勇者】も珍しくないというが――エアリアルは本人が強いからいいが、命の危機以外では力を貸さない精霊とかもいるんだし――ここまでとは。
『力、貸してあげるわ』
――! ……ありがとう。
なんか思っていた謝罪と和解と契約ではなかったが、言っている場合ではない。
『それに、あいつには負けたくないし。昔から攻撃力において右に出る者なしとか言われて調子に乗ってるけれど、なんでもかんでも焦土にすればいいってもんじゃないと思うのよね。不死身も別にあいつだけの技じゃないし? あたしの坊やもそう思うでしょ?』
――お前のではないけど。
『簡単にはなびかないところもポイン……評価高いわよ』
――じゃあ、よろしく頼むよ。
『えぇ、勇者レイス。貴方を契約者と認めるわ』
意識が急速に鮮明になる。
「さようなら」
ボティスの声が、近い。
そのナイフが俺の胸に突き立てられたところだった。
「石にしないってことは、そう連発は出来ないの?」
魔眼は既に包帯で隠されていたが、その口許が驚きに歪むのがよく見えた。
「――貴方、何故」
「さようなら」
挨拶されたからには、こちらもしなければ失礼というものだろう。
俺はボティスに向かって立ち上がり、ボティスを通り抜ける。
後に残るのは、胸を何かで貫かれて退場する彼女の魔力粒子だった。
俺の体は今、水で出来ていた。
彼女は水面に落とした石みたいに、俺の中を通っていったのだ。
精霊術の深奥の一つに、『同化』というものがある。風そのものになるとか、水そのものになるとか。人間でありながら火でもあり、土でありながら人間でもあるみたいな。
そういう状態への移行。
欠けた左足を、水魔法で補う。
『言っておくけれど、今の貴方では十五秒も保たないからね』
――分かってるよ。
そんな簡単に使えたら深奥も何もない。
俺の体が万全だったら今これを使うことはなかっただろう。
十五秒というのは、魔力不足に陥るまでの時間ではなく、同化が持続出来ずに肉体が崩壊するまでの時間だ。
そうでもしなければ動けないほどに、俺のダメージは深刻だった。左足からはドンドン魔力が漏れていたし、頭部へのダメージの所為で意識が朦朧としているほど。
ここから少しでも役に立つには、十五秒だけでも戦力に戻れるこの方法しかないと思ったのだ。
「ベヌウ……ッ!」
叫ぶと、彼はこちらを振り返った。
「まだ死んでいなかったか、【湖の勇者】レイス」
その声に、先程までの冷たさはない。
もう、さ。気付くよ、さすがに。あんたとあの人が誰か、分かったよ。
「おかげさまでね」
明らかに、彼らは俺の過ちをどうにかしようとしていた。気づかせようとしていた。
詳しいことは分からないけど、それでも、彼らのおかげで最低野郎のまま終わらずに済んだ。
「来い、最後の戦いが控えている」
「へぇ、これが最後じゃなくて?」
ベヌウの体から、青い炎が噴き上がる。それはどんどん広がり、巨大な両翼を持つ鳥となる。
俺の体から、大量の水が溢れ出る。それはどんどん広がり、巨大な蛇のような生き物になる。
正確には、龍だ。蛇の体に、ドラゴンの鱗と頭を持つ。
この人には分かる筈だ。放っておいても、軽く受け流すだけでも、すぐに俺の体は砕け散るって。
でも、勇者と認めて、正面から戦おうとしてくれている。
ダンジョン攻略は、冒険者と魔物で作るエンターテインメントだから。
青い巨鳥と、青い巨龍。それぞれと一体化した魔人と勇者が急速に近づき、そして、激突。
熱した鉄板に水を垂らしたみたいな音と共に、周囲に水蒸気が満ちる。
視界を埋め尽くす白。それが晴れる頃には、決着がついている。
二度、彼の炎撃に耐えた。一度、『水刃』で彼の胸を貫いた。ボティスにやったのもこれだ。
だが、通じなかった。
白が晴れる。彼の燃える拳が、俺の胸に突き刺さっていた。
じゅう、と体から蒸気が上がる。
「……次も、あんたと戦いたいな」
「まずは、残りの仲間を集めろ」
「……そうだね。うん、そうする」
正直、めちゃくちゃ悔しいよ。
負けたこともだけど、俺は父の正しさを証明するために冒険者になったんだから。
父さんを馬鹿にしたやつらは、もしかしたら言ったことも忘れてヘラヘラ暮らしてるかも。
否定してやりたかった。
けど、ようやくちゃんと自覚出来た。冒険は復讐の道具じゃない。
当人にとっては挑戦で、見る者にとっては娯楽だ。
それに、最高の勇者のもとに生まれたから最高の勇者になれたんだって、そう言ってやればいい。
いつか一位になって、そう言うのだ。
これは復讐じゃなくて、贖罪でもなくて、目標。
――ありがとう、レメさん。
――ありがとう、フェニクスさん。
勝つだけじゃない、こういう戦いもあるなんてまだ知らなかったよ。
相手の最高を引き出し、戦い、勝つとか、超格好いいじゃん。
ごめん、フラン。ユアンくん。ウンディーネ。他のみんなも。
これからは、さ。俺――。
「さらばだ、若き勇者よ。良き仲間に恵まれたな」
自分の体が砕け散る寸前、ベヌウのそんな声が聞こえた。
――あぁ、そう思うよ。




