180◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域13/青い心
ベヌウとかいう魔人との戦いは、熾烈を極めた。
「はぁ……はぁ……」
魔力体は、痛覚はないが感覚はある。苦しみはないがダメージはあるし、疲労感はなくとも疲労はする。酸素は消費しないが体は呼吸を再現して空気を吸ってそのまま吐いているし、心臓も脈打って血を再現した魔力を体中に流している。
だから、生身で息切れするような運動をすれば息切れするし、同じように動揺すれば息が乱れる。
――なんだこいつ、強すぎる。
「どうした、少年」
『風刃』は動きを読まれるし、速すぎて『空気の箱』では捕まえられない。
あっちの炎熱で俺の魔力体はダラダラと汗を掻いている。
空中戦で風魔法使いが遅れをとるほどの速度と魔法制御。
水魔法でも消しきれない火魔法。
戦えば戦うほどに明らかになる、圧倒的な魔力量。
俺は、別に現時点で自分が最強だとは思わない。
でも、一対一で自分が勝てないと思うような人は少ない。
なのに、こいつは。
「魔力が足りないのではないか?」
それも、確かにある。俺の年では、魔力器官を鍛えるにも限度がある。エアリアルを追ったのもそうだし、人魚のお姉さんとの戦いで魔力を使い過ぎた。
「何故、精霊の力を借りない?」
「……あんた映像板とか観ないの? 使わないって公言してるんだけど」
「……愚かな」
「愚かでも、ここまでこれたよ」
「ふっ」
ベヌウが消えた。
いや――後ろだ!
振り返りざまに『風刃』を放つ。
それはやつの体を真っ二つに斬り裂いた。
――は?
ここまでの戦いから、この程度の迎撃には対応しそうなものだ。
こんなに呆気なく決まるなんて――なんだ、これ。
何が起こってる。
真っ二つになったベヌウの体は砕け散――らない。
それどころか、断面まで炎で出来ている。まるで、炎が人の形をしているだけだったみたいに。
「何故、ここまで来られたのだと思う」
やつの腕が、俺の首を掴んだ。
断面がくっつき、元通りとなる。
なんだこいつ、【魔人】じゃないのか。それとも魔界の魔法か。
咄嗟に腕に風の剣を生やし、それでやつの腕を斬る。だがやはり、すぐさま元通りになる。
体が火で出来ているから、通常の手段では殺せないのか……!?
「ぐっ」
俺達は空中戦を繰り広げていて、エアリアルの『天空の箱庭』のおかげで邪魔も入らない。
ブロックの入り口と出口が、それぞれブロック内部に戻るようにいじられている。
誰にも戦いを邪魔されないし、どちらも仲間の助けにいけない。
「見ろ、彼女の姿を」
ベヌウは俺を燃やそうとはせずに、何故か話しかけてくる。
だが俺の首を締める力は相当なもので、腕力だけで脱することは出来ない。
ただ『風刃』で斬り裂いても、すぐに再生する相手にどうすべきか、俺は考える。
あいつが指差したのは――フランだった。
「あの少女は、徹底して貴様の助けになろうと動いていた。貴様がいかに先行しようと、それを追って共に在ろうとした。見ろ」
フランは【破壊者】だ。
理屈はない。強い生き物に与えられる【役職】。
でっかい右腕は、一要素でしかない。あいつはそんなものなくとも強いのだ。
現に多対一でありながら、『初級・始まりのダンジョン』の魔物達の数は大幅に減っていた。
あぁ……でも、もう。
ぐらり、と彼女の体が震えた。ぐっ、ぐっ、ぐっと何かに押されるように体がびくつく。
馬人の射手の矢が、四連続で突き刺さったからだ。オロバス。タッグトーナメントで見たやつだ。
片腕が折れているオーク……ロノウェとかいう名前だったか、そいつが「貴様はよくやった」とフランを褒めている。
フランの首が、こちらを向いた。
俺の状態に気づくと目を剥き、走り出そうとする。
だが、失敗した。魔力体の損傷で魔力を流し過ぎていたのだ。
転んでしまい、顔を打つ。それでもフランはボロボロの左腕だけで、這ってこちらに来ようとする。まだまだ敵は残っているのに、それに背を向けて。
「貴様が何を目指そうが、どうでもいい。だが貴様の仲間は全力を賭して貴様を勝たせようとし、貴様はヘラヘラと笑いながら使える力を使わないでいる。ただこの事実があるのみ」
フランがそうしていた時間は、そう長くない。
それまで激闘を繰り広げ、多くの仲間がフランにやられたであろう『初級・始まりのダンジョン』の魔物達が、目を逸らした。興味を失ったのではない。もう見ていられないとばかりに。
「レイ、ス……」
最後にそう呟いて、フランの体が魔力粒子と散った。
フランと俺は、幼馴染だ。親同士が仲がよく、小さい頃から一緒にいた。
フランの右腕は、生まれつきだ。あいつの両親は善良な人だし、娘を愛してもいるが、同時に普通の感性の持ち主でもある。赤子ながら親の手くらい握りつぶせる娘に、多少なりとも恐怖を覚えない方が変だろう。その上で愛せるかどうかが人間性というもの。
それで、近所に住んでる元勇者に相談したのだ。つまり俺の父さんに。
そのおかげかは知らないが、フランは何か重大な破壊をもたらすことなく、育っていった。
物心ついた頃には、父さんが優しく力の制御について教えていた。
フランが普通と違うということは、すぐに分かった。力が強いことも腕がデカくて普通の色じゃないことも、俺にはフランの一要素でしかなかったが、村の他のやつらからすれば違った。
異物は排除される。
大人は露骨に彼女を避け、子供は彼女が人を傷つけないと分かると、いじめ始めた。
丸めた泥を投げたり、足を引っ掛けたり、どれだけの力で殴っても怒らないかの度胸試しに使ったり。
俺は、それが本当にむかついて。
ちょっとお仕置きした。父に魔法を人に向けるなと言われていたけど、殴っただけでは聞かないやつもいる。
ちょうどフェニクスセンパイとリリーセンパイに見られた件と同じような感じ。
人を傷つけない優しい人間を、冗談や遊びで傷つけていいと思ってるやつは痛い目を見るべきだ。
友達がまったく出来なかったわけではないが、友達だと思ってたやつらも父の悪口を言いだしたあたりで関わらなくなった。
フランの口癖は「ありがとう」と「ごめん」だった。ありがとうは分かるけど、ごめんってなんだよ。何も悪くないのに謝るなと言ったけど、そっちの癖が直るのには時間が掛かった。
ある時、俺が父さんと喧嘩したことがあった。喧嘩じゃないか。俺を理由に一位勇者が引退したと聞いて、俺が勝手にショックを受けただけだ。
その時だろう、明確に精霊なしで一位に上り詰めてやると決めたのは。
【不屈の勇者】は子供が出来て、引退を決めた。
でも、その時は二位に落ちていた。【嵐の勇者】エアリアルパーティーに追い抜かれた年だった。
もう一年頑張れば、逆転出来た。絶対。だって、父さんが最高の勇者なのだから。
でも子供が出来たばかりに業界から去り、四大精霊契約者に追い抜かれて引退した負け犬、なんて言うやつらまで出てきた。
全部俺の所為だ。
だから、俺がそいつらを見返してやらないと。
ばーか、精霊なんてなくとも一位になれるんだよ。
そう言ってやらねば。じゃないと、俺は、自分のことを、一生――。
『……レイス、冒険者になるの?』
『当たり前だろ』
『そう』
『つーかお前もなれば? ここにはアホしかいないけど、冒険者は強けりゃいいんだよ。冒険者になれば、お前の腕が格好いいってみんな気付くさ。なにより、敵をぶん殴ってオーケーなんだ。傷つけちゃだめ壊しちゃだめ殴っちゃだめって窮屈だろ? 一緒に一位になろうぜ』
『わたしは、べつに……レイスが、いれば、それでいい』
『なんだそりゃ。俺は冒険者になって世界を回るから、この村はすぐ出るぞ』
『……じゃあ、なる』
『なんだよ、じゃあって』
『わたし……わたし、邪魔じゃ、ない?』
『はぁ? 俺が要らないやつを仲間に誘うわけないだろ。一位パーティーを作るんだ。その為に誰が必要か考えて、お前を誘ったんだよ』
『……そう。じゃあ、やっぱりなる』
『ふぅん。嬉しいけど、無理はしなくていいからな?』
『あなたの邪魔をするもの、全部壊す。だから、連れて行って』
『あはは、言ったな。じゃあ付き合ってもらうぞ』
『……うん』
そういえば、フランとパーティーを組む約束をしたのも、その日だった。
「貴様にとって仲間とはなんだ? 自分の意地以下の価値しかない存在か?」
「……うるさいよ、あんたさ」
小さな『風刃』を適当にバラ撒く。やつの体がバラバラになった。再生するまでの一瞬で抜け出す。風魔法で加速し、距離をとる。
「それ、体質じゃなくて魔法だろ? なら無限には再生しない筈だ」
青い炎が、再び魔人の形をとる。
こいつがなんで無駄口叩いて俺を殺さないのか知らないが、こっちがそれに合わせる義理はない。
「再生限界まで私を殺す術が、貴様にはない」
何かおかしい。どこか。そうだ。右手が、再生してない。違う。
まだ俺の首に手が掛かってるんだ。
そう気づいた時には、腕が肉体に戻ろうとする力で俺の体までもが引き寄せられていた。
やつの腕は位置が位置なだけに『風刃』で刻むこともできない。仮にも【勇者】なのに引き剥がすことも出来なかった。
本体を倒すしかないのか。
『刃旋風』。渦を巻く激しい風を模した空気の刃だ。巻き込まれたものは旋風に切り刻まれる。
やつに向かって放った魔法は――空振り。
「風魔法はもう見飽きた」
その声は上から聞こえた。
反応する間もなく、衝撃。
左肩に炸裂したベヌウの蹴りは、燃えていた。じゅう、と魔力体の皮膚が焼ける。
そんなものが気にならないくらいの勢いで、俺は落下する。
だが地上に落ちることはない。ブロックの底は天井に繋がっていて、俺達は空中の一画からは出られないのだ。
その、筈だった。
景色は入れ替わらず、当たり前のように流れていった。
俺は勢いよく床に激突し、肺の空気を全て吐き出すことになる。
エアリアルが――『天空の箱庭』を解いたのか。
「解けたのだ」
俺の心を読んだみたいに、下りてきたベヌウが言う。
すぐさま体勢を整えるが、ベヌウは追撃の気配を見せない。
視線を巡らせると、エアリアルが天井にめり込んでいた。
――ふっ飛ばされたのか、【嵐の勇者】が……!?
「……これ以上、貴様に時間を掛けるのも惜しい」
ベヌウの関心がレメゲトンに向いたのが分かった。エアリアルはまだ死んでない。戦いは続く。
上司の助けになりたいわけか。こんなガキにはもう興味なしってわけだ。
――ふざけやがって。
そう思うのに、俺にはこいつをぶっ飛ばす方法が、思い浮かばない。
「終わらせましょう、ボティス殿」
「承知」
マント。ベヌウのマントの影に、気づけば誰かが潜んでいた。
人の上半身に蛇の下半身。ラミア――【蛇人】が、俺を見ている。
いや、見始めたというべきか。そいつは目にぐるぐる包帯を巻いていて、それを外したところだったのだ。
赤い、目が。俺を、見て。
「レイス……ッ!」
誰かが、俺の前に立った。
ユアンくんだった。【疾風の勇者】。彼はボロボロだった。退場寸前とは言わないが、手ひどく刻まれている。確か戦っていたのは、何故か魔物側についた【勇者】。パーティー構成が面白いから覚えている。【絶世の勇者】エリーだ。あの女にやられたのか。いや、そんなことより。
「なに、やってんの」
ユアンくんの体が、どんどん黒くなっている。いや、どう言えばいいか。見たままを話すなら、どんどん石になっていっている。皮膚が、服が、髪が、石化していく。
魔眼、か。
魔剣のように、特殊な呪いなどを宿した眼。ヘルさんの魔剣は持ち主に不幸を齎すものだけど、ボティス殿とやらの魔眼は見たものを石にしてしまうものなんだろう。
抵抗無しとはいえ、【勇者】さえも石化させてしまうとは。
ユアンくんは、笑っている。
「お前が残る方が、勝利に近づける。そう思ったまでだよ」
それを最後に、彼は石像と化してしまう。
【疾風の勇者】ユアンは、もう戦えない。
俺を庇って、石になってしまったから。
精霊について。
四大精霊はそのまま『四大精霊』がネタ元なので、それぞれ地水火風を冠しています。
契約者は【泥の勇者】【湖の勇者】【炎の勇者】【嵐の勇者】と、全員ちょっともじって異名に使っています。
【湖の勇者】はこの場合、アーサー王伝説の『湖の精』とは関係ないという感じです。ややこしいですが、よろしくお願いします。





