第十一話:留置所のヤマモトに面会
朝、ナオミが起きると、部屋の隅で寝ていたハナがいない。
「ハナちゃん」とナオミが呼ぶが返事が無い。
毛布は畳んであり、その上にパジャマもちゃんと畳んで置いてある。
しかし、部屋の隅に置いてあった斧がない。
「どこに行ったんだろう」とナオミが心配していると、廊下をパタパタと走る音がする。
扉を開けて、斧を担いだハナがにこやかな顔で入ってきた。
エプロンのポケットに手を突っ込んで、何かを出そうとしている。
まさか、また蜂の子だったらどうしようとベッドの上で怯えるナオミ。
するとハナが、
「毛布。アリガト」とチョコレートを取り出した。
なんだチョコかと、ナオミはほっとした。
「ああ、気にしないで」
「けど、どうやって持ってきたの」
「店の人、たたき起こした」
「あー、ハナちゃん、それはお店の人に悪いよ」
「お金、払った」
「あ、いや、早過ぎるってこと」
「ナガーノ族、太陽が出る。起きる。暗くなる。寝る。長生き」
「そうなんだ。けど、お店の人には悪いから、もう早朝に起こすのはやめた方がいいと思うよ」
「うん」とハナがうなずく。
「けど、チョコありがとう」
ただ、あんまりチョコばっかり食べると太りそうだなあ思ったナオミは、チョコを半分に割って、
「後で、ケンにあげて」と言って、ハナに渡した。
「わかった」と言って、そのチョコをハナはエプロンのポケットに戻した。
ケンが起きてきて、ナオミたちの部屋に入ってきた。
「ケン、私はもう大丈夫だから」とナオミが言いだす。
「いや、当分の間、休んだほうがいいと思うけど」とケンがナオミの体を気づかうが、
「ただ、ベッドで寝ているだけじゃどうにもならない。自分で行動して、魔力を取り戻す方法を探したいの」
「けど、まだ本調子じゃないだろ」
「いや、動いている方が元気が出る」と無茶なことをナオミが言い張る。
ナオミは頑固だからなあと説得するのをあきらめたが、なるべくナオミに負担をかけないように行動しようとケンは思った。
ナオミが自分の考えをケンとハナに言った。
「私たちが倒した魔法使いってダミーだったのかも」
「ヒッキー・ヤマモトのことか」
「ヤマモトを操っていた黒幕がいるんじゃない。ヤマモト本人に会いに行って、詳しく聞いてみましょうよ。何か知っているかも」
「うーん、ナオミはもうちょっと休んだ方がいいと思うけど。昨日、倒れたばっかりなんだから」
「大丈夫」とナオミはパジャマ姿でベッドから立ち上がるが、足がふらつき、体が揺れて倒れそうになった。
「危ない!」とケンが支えようとして、思わずお互い抱き合ってしまった。
ちょっと固まる二人。
ナオミをそっと直立に戻した後、ケンがさっと離れる。
「わ、わざとじゃないぞ!」
「わかってるわよ」とナオミは平然としている。
「と、とにかく、いま、ふらついたじゃないか、やっぱり寝てろよ」
「嫌よ、私も行く」
「もう、しょうがないなあ。じゃあ、折衷案! とにかく今日は午前中だけは休んでろよ」とケンが言った。
ケンは頑固だからなあ、仕方が無い、引き下がるかと、
「わかった。ヤマモトとの面会はまかせる」とナオミはまたベッドに戻って横になった。
ナオミは宿屋の部屋で休むことにして、ケンとハナだけで村役場に留置されているヤマモトに会いに行った。
役場の地下に魔法法使い用の留置所がある。
事務員に頼んで、連れて行ってもらうと、そこにヤマモトが大の字で寝ていた。
魔法陣が施されていて、結界がはってある。
「これで、魔法が使えないようにしてあるんです」と役場の担当者が教えてくれた。
ケンたちに気づくと起き上がって、留置所の中から、
「あ、君たちか。悪い事をしたねえ。俺、どうかしてたんだ。申し訳ない」とヤマモトに謝られた。
白塗りの化粧も落とし、なんだか人の良さそうな青年だ。
「こんなとこに入れられているけど、俺、魔法なんて使えないんだけどなあ」とヤマモトは留置所の床の魔法陣を指で触っている。
「え、魔法使いじゃないんですか」とケンが聞くと、
「そうだよ」とヤマモトが答える。
「じゃあ、職業は何ですか。もしかして、俺たちみたいな冒険者ですか」
「いや、俺はただの無職だよ」とちょっとヤマモトは恥ずかしそうな顔をした。
「この間のウラーワ村の時や、ヒカーワ神殿の時でも、虐られた復讐とかヤマモトさんが言ってるのを聞いたんですが、誰に虐められたんですか」
「うーん、俺はゴーレムを操って暴れまわるようになるまで、オーミヤ村からほとんど出たことはないんだよ。だから、このウラーワ村に来たことも無かったし、全然関係ないんだけどなあ」とヤマモトは首を捻っている。
ケンたちはもっと詳しくヤマモトの話を聞くことにした。
「俺は手品師になりたかったんだけど、うまくいかなくて、オーミヤ村の実家にひきこもっていたんだ。けど、このまま昼寝してばっかりじゃいかんと、一念発起して、就職活動を始めたんだよ。そしたら、近くのヒカーワ神殿で清掃員を募集していると話を聞いて、説明会に行ったんだ。通常の倍の賃金だったんで希望者が大勢いたよ。ただ、会場は神殿の隣の市民会館だったんだけど」
「普通、そういう説明会って、神殿の中の事務室とか会議室で行うと思うんですけど」
「さあ、そこらへんの事情はよくわからない。そこで黒い石を配られたんだ。五十個くらい。なぜか水の瓶に入っていた」
「黒い石って、ゴーレムを作るときに使う石ですか」
「そうだよ。ただ、そこから記憶があやふやになって、肝心のことを忘れているんだ。どうも、俺は操られていたようなんだ。ある程度の魔力を与えられてさ。確かにいろんな村に行って、ゴーレムを操って暴れてたのは覚えているんだけど。何でそんなことをしたのかわからないし、何のためにやっていたのかもわからない」とヤマモト本人も、自分の行動が理解できない様子だ。
ヤマモトがウソをついているようには見えないなとケンは思った。
「確か、ウラーワ村のとき、ハナがゴーレムを倒したら、頭部の黒い石を手に戻しましたよね。黒魔石とか言って」
「ああ、ゴーレムが倒されたら黒魔石を取り戻すんだ。そして、その場から俺は逃げて、ヒカーワ神殿に戻ると、後から回収にくるんだよ」
「誰がですか」
「それがよく覚えていないんだ、魔法にでもかけられたのかなあ」
「回収したその黒魔石を、どこへ持って行くんですか」
ヤマモトはしばらく、何か思い出そうとしている。
「思い出してきたぞ。そいつは、スガーモ神殿とか言ってたなあ」
「スガーモ神殿ってどこにあるんですか」
「いや、知らない。あと、この前に割れた黒魔石を見せたら、誰にゴーレムを倒されたか聞かれたんで、その子が斧でゴーレムをやっつけたことも報告したよ。エプロンにライチョウの刺繍がしてある怪力の女の子にやられたって」とヤマモトはハナを指さした。
ヤマモトに自分のことを言われて、ハナはうなずいた。
「今、各地でゴーレムが出現しているようなんですが、ヤマモトさんは、それらのゴーレムを操ってる人たちのことは知っているんですか」
「いやあ、全く知らないなあ。なんせ、さっきも言ったけど俺は魔法使いでも何でもなく、一時的に魔力を与えられて、ただ操られていただけのようだし、その魔力も一切無くなったようなんだ。結局、ただの無職に戻ってしまった」とヤマモトは頭をかいている。
「他に何か異常なことはありませんでしたか」
「うーん、そういや、なんか疲れてよく昼寝してた。けど、無職だから昼寝は趣味みたいになってたからなあ」とヤマモトは答えた。
ヤマモトとの面会は終了し、ケンは役場の担当者にも聞いてみることにした。
「ヤマモトは、水が入った瓶の中に黒い石を入れて持っていたと思うんですが、今はどこにあるんですか」
「十個くらい持ってたけど、政府の役人が瓶ごと持って行ったよ」
「どんな人でした」
「右目に黒い眼帯を斜めに付けていたよ」
「ガンタイ、何?」とハナがケンに聞く。
「目を怪我した人や見えない人が付けるんだ」とハナに説明してやる。
眼帯か、まあ、冒険者とかでは珍しくないからなあとケンは思った。
宿屋の部屋のベッドで横になっているナオミ。
さっきのことを思い出す。
ケンに抱きしめられてしまった。
ドキドキした。
その時は、表面的には平然としたふりをしていたけど、内心は動揺していた。
ケンはすぐ離れたけど、もっと長くてもよかったのになあとナオミは思う。
妄想の中で二人は抱き合っている。
ナオミは目をつぶって寝返りをうって、「ケン……」とつぶやきながら毛布を抱きしめる。
すると、
「ケン? どうした?」と声がする。
「キャッ!」びっくりして、ナオミは起き上がる。
目の前にいつの間にかハナがいた。
「なんだ、ハナちゃんか」とナオミはホッとした。
「ケン?」とまたハナが聞く。
「あ、あのー、ケン、健康になりたいなってこと。今、つらいから」とごまかした。
「つらい? ナオミ、嬉しそう」とハナに指摘されて、
「そ、そう見える?」とオタオタするナオミ。
いかん、また妄想してしまったあ! とナオミは自分の頭をポカポカ殴った後、
「えーと、それより、ケンは」とハナに聞いた。
「トイレ」と答えながら、ハナは不思議そうな顔をしてナオミを見ている。
ふう、危なかった。
ダメ、ダメ、体も治したいけど、この妄想癖を治さなきゃ、とナオミが反省していると、ケンが部屋に入ってきた。
「ヤマモトからいろいろ聞いて来たよ」とケンがナオミに面会の様子について説明しようと椅子に座った。
さっきまで、頭の中で抱き合っていたケンが目の前にいて、ドキドキするナオミ。
普段から一緒によく行動しているのに、今は、なんでこんなにドキドキするのかなあ。
いや冷静に行かないといかん! とナオミは思った。
そんなナオミをハナはまた不思議そうな顔をして見ている。




