第十話:ナオミ魔力を失う
ケンが宿屋に戻って、自分の部屋に入ろうとすると、
「大変、大変」と向いの部屋から出てきたハナが飛びついてきた。
「ど、どうした」
「ナオミ、倒れた」と廊下でハナがオロオロしている。
ケンが驚いてハナたちの部屋に入ると、ベッドでナオミが目をつぶって横になっている。
「おい、ナオミ、大丈夫か」
「……体が動かない。頭が痛い」と弱々しい声でナオミが答える。
だいぶ体調が悪そうだ。
「ハナ、何があったんだ」とケンが聞くと、
「ナオミ、外。変な奴ら、からまれた。魔法ダメ。あたし、飛び降りる。変な奴ら、吹っ飛ばした。ナオミ、急に倒れた。担いで、部屋に運んだ」とハナが身振り手振りもまじえながら、ケンに伝える。
「魔法ダメって、魔法が使えないのか、ナオミ!」とケンが驚いていると、
「……よくわからない」とナオミがかすかに言った。
ケンはナオミの額に手をあててみる。
「すごい熱だ。医者を呼ぼう」とケンが言うと、
「医者、呼ぶ」とハナがまた二階の部屋の窓からひょいと飛び降りた。
「おい、ハナ! 危ないぞ!」とケンが驚いて窓から下を見ると、ハナが砂煙を出しながら猛スピードで走って行く。
すぐにハナがお爺さんをおんぶして、また砂煙を出しながら猛スピードで戻ってきて、宿屋の壁をガシガシ登って、窓から部屋に飛び込んできた。
ハナの背中に必死にしがみついていたのは、先ほどケンを診てくれた医者だ。
生きた心地もしなかったという表情をしている。
「先生、驚かしてすみません」とケンが謝る。
「心臓が止まるかと思ったわい」とヨロヨロと老医者はハナから降りた。
「早く! ナオミ、病気!」とハナが医者をせっつく。
「まあ、落ち着かんかね」とハナを制して、おもむろにお爺さん医者はナオミの病状を診はじめた。
ナオミは少し調子を取り戻し、ベッドで体を起こして医者の診察を受けている。
「うーん、最近、何人か同じ症状の患者を診たんじゃ。全員、魔法使い。それも各地にひろがっているみたいなんじゃ」
「サトーさんと同じ症状なんですか」とケンが聞く。
「そうじゃ。熱はすぐに下がるみたいなんじゃ。ただ、魔力が消えてしまう」
「え、魔力が無くなってしまうんですか!」とナオミがショックを受けている。
「治す方法は無いんですか」とまたケンが聞くが、
「うーん、首都メスト市の大きい病院にも問い合わせたことがあるんじゃが、今のところ、魔力を戻せた魔法使いはいないようなんじゃ。神聖魔法師でも治せない。原因不明の流行り病じゃないかって言っている医者もいるんじゃ」
呆然自失のナオミ、言葉が出ない。
「ただ、ちゃんと栄養を取って静かにしていれば、普通に暮らせるくらいに体調も回復はする。今、わしに言えるのは、それぐらいじゃなあ」と医者は帰っていった。
ナオミがベッドの上で泣いているのを、ケンは椅子に座って、ハナは立ったまま、ただ黙って見守っている。
どうやってなぐさめていいのか、ケンはいい言葉が見つからない。
「……ナオミ、元気だせよ」と言ってみるが、
「元気が出せるわけない! 魔法使いが魔力を失ったら、ただの役立たずじゃないの! パーティに私なんて必要ないじゃない!」とナオミは泣きながら取り乱している。
「役立たずじゃないだろ」
「じゃあ、何の役にたつのよ」とナオミは泣きはらした目でケンの顔を見る。
「えっと……」ケンは言葉に詰まってしまう。
「と、とにかく、まだ、治らないと決まったわけじゃないだろ」
「だって、先生が言ってたじゃない。治った人もいないって。神聖魔法師でも治せないって。神聖魔法師でも治せないんじゃ、もう終わりじゃない」とナオミはますます取り乱している。
困ったな、どうにか落ち着かせることはできないかなと、
「ちょっと冷静になれよ。サトーさんに会ったけど、元気になってたぞ」とケンが言うと、
「え、サトーさん、魔力が戻ったの」
「いや、戻ってないけど、体の調子がよくなったみたい」
「それじゃあ、やっぱり魔力は消えたままってことじゃない」
「まあ、そうなんだけど……。ただ、サトーさん調子良さそうだったよ。実家に帰って農業するって言ってた」
「私にも実家に帰れって言いたいの!」とナオミがヒステリックにわめく。
「そんなこと言ってないよ、とにかく子供みたいに泣くのはやめろよ」
「あんたに私の気持ちがわかんの!」
「わかるかよ! 魔法使いじゃねーよ、俺は!」
ケンもイライラしてきたようだ。
「だったら、気休めに治るとか言うのはやめてよ!」
「じゃあ、何て言えばいいんだよ!」
「もう、あっちの部屋に行ってよ!」
「わかったよ、お前は実家に戻れよ!」とケンは怒って自分の部屋に戻ってしまった。
二人のケンカにハナがオロオロしている。
しばらく、ハナは黙ってナオミの横に立っている。
ようやく泣き止んだところを見計らって、
「ナオミ。落ち着いた?」とハナが聞いた。
ナオミがうなずく。
「ナオミ頭いい。役に立つ。必要」とハナがなぐさめる。
「……ありがとう」
「ナオミ、何で外に?」
「チョコを買いにいったの」
「ケン、好きな食べ物?」
「うん」と言って、ナオミがチョコをポケットから取り出す。
すると急にハナが出て行って、ケンの部屋に飛び込む。
ハナを見て、
「なんの用だよ」とベッドで横になっていたケンは、機嫌悪そうに言った。
「ナオミ、泣くのやめた。励ます」とハナが言う。
「放っとけよ」と背中を向けようとするのを、
「仲間、仲間」とハナはケンの背中を揺さぶる。
「しょうがないなあ」と言うケンを無理矢理を引っ張って、ナオミの方へ連れて行く。
ケンとナオミは目を合わせない。
気まずい雰囲気が部屋を流れる。
「ナオミ、チョコ買いに行った。ケンのため」とハナが言った。
ナオミはちょっと恥ずかしそうにしている。
「仲間、一緒に食べる」とハナが言う。
黙ってチョコレートを食べる三人。
「チョコ、美味しい」とハナが叫ぶ。
その様子にケンとナオミは思わず笑った。
「ハナちゃん、チョコレートは初めて食べるの」とナオミが聞くと、
「うん」とうなずく。
チョコを食べ終わったケンが、
「さっきはゴメン。実家に戻れなんてひどいことを言って」
「あの、私もわめきちらしてごめんなさい。それから、あの、神殿で顔を引っぱたいたことも」
「たしたことないよ、ちょっと痛かったけどさ」
二人はクスリと笑う。
「そう言えば、サトーさんがハナにお礼を言ってたぞ。蜂の子で元気になったって」
それを聞いたハナが、
「ナオミ、蜂の子いるか? 取ってくる」と今にも外に飛び出しそうなところをケンがなんとか止めた。
「チョコ食べたら元気になったよ」とナオミも慌てて言った。
「そうか」と言いつつ、ハナは少し不満そうにしている。
「じゃあ、俺、もう部屋に戻るよ。眠くなったし」とケンが出て行った。
「おやすみなさい」とナオミがケンに言ったのを聞いて、
「仲直りしたか」とハナが小さい声で聞いて来た。
「うん、ハナちゃん、ありがとう」
床にゴロンとダブダブのパジャマ姿で寝っ転がるハナ。
「どうしたの。ハナちゃん」
「ナオミに迷惑。床で寝る」
「え、そんなことないよ。一緒に寝ようよ」と声をかけるが、ハナはすぐにいびきをかいて眠ってしまう。
ナオミはベッドから起き上がって、そっとハナに毛布をかけた。
ナオミはパジャマに着替えて、ベッドで横になる。
魔法使いが魔力を失ってしまった。
正直、ショックで落ち着かない。
けど、このままではダメだ、何とかしないと。
なんで魔力が消えたのか。
ヤマモトのせいなのか。
いや、あの男にそんな力があるとは思えない。
やはり、あの黒い石が気になる。
明日、ケンに自分の考えを言おうと思った後、ナオミは眠りに落ちた。




