神様なんて
ぐでー、と正体をなくしているところをフィルに抱きかかえられて馬車を降りる。うん、やっぱり熱が上がってね。結構キツいです。頭ぐらぐら。頭痛がすごい。
体がぽかぽかするくらいなら耐えれるんだけど、暑い。すごく暑く感じる。そのわりには悪寒も走ってて、自分の回りの環境が暑いのか寒いのかよく分からない。
「ニカちゃん、大丈夫?」
「うー……」
「ったく、やっぱ悪化してんじゃねーか」
私だって熱をだしたくて、だしてるんじゃないわよ。……うぅ、言い返したいけど、口がカラカラで話す気力もないや……。
サリヤとカリヤがばたばたと動いてる。えーと、ここは……?
「途中にある宿泊所だ。野宿するつもりだったが、少し足を伸ばしてここまで来た」
物言いたげな私の視線に答えるのはカリヤ。宿泊所か……わざわざお金をかけなくても良かったのに。
きちんと意識があったのは朝方だったけど、今はすっかり月が真上に反転してる。途中で何度か起きた気がするけどあやふや。たぶん、その頃にはもう熱が上がってたのかもね。
宿の営業時間になんとか間に合ったようで、部屋を貸してもらえたようだ。男部屋と女部屋の二部屋。フィルは私をベッドに横たえると、部屋を出ていった。そこからはアーシアさんが私に水を飲ませたり、全身の汗を拭ってくれたりと甲斐甲斐しくお世話してくれた。
「ありがと……」
「気にしないで。疲れがたまっていたのかもね。出発する前日も顔色悪かったから、色々と負担がかかってたのよ」
ひんやりと水に浸したタオルを額にのせてくれる。気持ちいいな。
それからアーシアさんも水を汲み変えに部屋を出ていった。一人ぽつんと残される。うーん、昼間ずっと寝てたから、眠気がちょっとおいとましてる。馬車に揺られ続けていたから、ばっちり疲労感は残ってるのに。
ぼんやりと窓の外を見る。暗い夜空に輝く星。静かな輝きはフィルの髪のよう。月よりも星に近いブロンドヘアー。私には、眩しすぎる。
コツコツと足音が聞こえる。誰だろう。他の部屋のお客さんかしら。それとも、アーシアさんが戻ってきたのかしら。
足音は、この部屋の前で止まる。たぶん、アーシアさんだ。戻ってきたのね。
扉が開く音に合わせて、視線をそちらに向ける。
呼吸が、止まる。
「あ……」
誰か呼ばなきゃ。誰か呼ばなきゃ。アーシアさんなんかじゃない、部屋に入ってきたのは鍔の長い防止に、ロングコートを着た長身のカラスのような眼光の鋭さを持った男。私は、こいつを知ってる。
こいつも、私のことを知ってる。
───いや、正しくはグレイシアだった頃の私を。
「……懐かしい気配がすると思ったら、お前か」
声が、出ない。
熱のせいか、恐怖のせいか、どちらもか、分からない。
「……無言か。まぁ、良い。こんなところであったのも何かの縁だ。教えておいてやろう。お前が生まれ変わったのを奇跡と思うな。喜びに怠けるな。神は───俺だ」
深く低い声。
そう、この声を忘れるわけがない。ああ、何てことだろう。記憶の泡が弾けて、この男に関する記憶を呼び覚ます。
どうして忘れた。どうして知らないものだと思った。ニカ・フラメルとして生まれる前、グレイシアとして生きた後、魂の狭間で、私が聞いた声。
声も出せず、瞬きもできず、ただただ、私は男を凝視する。
男はつかつかと部屋に入ってくる。私の横たわる寝台にまでやってくる。
「なんだ。せっかく強靭な肉体であるようにしてあったのに、弱っているのか。天才と謳われながらも、天命には逆らえなかっただけあるな。お前の魂は人間の肉体には適合しない代物だったが、はてさて、今はどうか……」
男が、私の目を覆うようにして、右手を置く。私はどうしても、どうしても、体が動かせない。
「今しばらくは、今宵の出来事を忘れ、眠れ」
男が何事かを唱えると、紫色の魔方陣の光がまぶた越しに見えた気がした。そして、意識が沈んでいく。バタバタと廊下を誰かが駆けてくる音がしたけれど、誰なのか確認する前に、私の意識は引き戻せないほどに沈んでいった。




