少しくらい甘えさせて
名前を呼ばれた気がして、ぼんやりとする頭のまままぶたを開くと、お星さまの輝きが目に映えた。それからじっと見つめてくるアメジスト。
「大丈夫か、ニカ」
「……だぁれ」
「……………………………寝ぼけてるのか本気で言ってるのかどっちだ」
一度首をかしげて、思い出す。それから、自分が夢と現実が混じってたことに気づいた。
パチパチと目を瞬かせてから、ちょっとだけ笑った。
「ごめんなさい。寝ぼけてたわ」
「別に気にしてねーよ」
はぁ、とフィルがため息をついた。それから、私の頭に自分の頭をくっつける。額と額がこんにちわ。
……って、なんで?
ぽぽぽって顔が真っ赤になってる気がする。え、ちょ、だって、男の人にこんな近くまで顔近づけられたことなんてないっていうか、お父さんでもこんなに激しい動悸しないよ……!?
「あー、やっぱりか」
「?」
「メイドさんがニカの体温が高すぎる気がするって言っててさ。一緒にくっついてた自分じゃよく分からないからってことで、保護者役の俺がちょっと確認しに」
ん? 私の体温?
普通じゃないの?
「ちょっと熱っぽいけど、大丈夫か?」
「全然平気だけど」
「ならいいけど……一応、急に体調悪化するかもしれないから気を付けとけよ」
「ん」
こくりとうなずく。馬車の外に顔を向けると夜明けが近いようで空が白み始めてる。
そっか……ちょっと発熱してたのか。だからあんな夢見たのかしら。というか熱だすのって何年ぶりだろう。
馬車は止まってる。馬車の中には私とフィルの二人だけ。他の三人はどこ行ったのかしら。
気になったからフィルに聞いてみると、フィルはあぁ、と頷いた。
「ちょうど川が近くにあるから、念のため水汲んできてもらってる」
「……もしかして足手まといになってる?」
「気にしなくていいんじゃね? そろそろ俺もカリヤも小休止する気だったし」
「…………ごめんなさい」
フィルを遮って、謝罪の言葉が口をつく。
「わた、し、やくにたたない」
自然と涙もこぼれてきて。
どうしてだろう、いつも以上に不安がふくれてきて自制が効かないの。
ぐすぐすと目元を擦ってると、ぽんぽんっと頭を撫でられる。
「まだ何にもしてねーから。気にすんなって」
「で、もっ……」
「泣くなって。熱上がるだろ」
だって、涙、止まらないの。
止め方、分かんない。
「しかたねーなー」
フィルが馬車の床に胡座をくんで、私を膝の上にのせた……うえぇぇ?
「え、と、ふぃる?」
「おう」
「……これなに」
「泣き止んだか? タレス殿がニカはこうしたら喜ぶって言ってたから」
……いや、あの、それ、お父さん限定だから。
「フィルにやられても嬉しくない」
素直に言えば頭にのしっと重たいものが。痛い痛い。フィル、あご痛い。
「悪い夢でも見たか?」
自然と問われた言葉に体が勝手に反応してしまう。悪い夢は確かに見た。でも、 あれが悪夢だとしても、今の私の現状だって悪夢の続きに変わりない。
グレイシアが見続ける、ニカという名の悪夢に違いないの。
何も言わないで黙っていると、フィルがあごを私の頭にのせたままため息をつく。うん、あの、意外と痛いからね、それ。
「ニカ、不安になるなよ。不安になればなるほど、自分が見えなくなるからな」
意味深な言葉。フィルがどういった意図で言ってるかは分からないけれど、何となく言いたいことは分かった。
だから私は、ちょっとだけフィルに甘えてみる。私の不安を打ち消すのは、今はたぶん、彼一人しかいないから。
「眠い……」
「寝ろ寝ろ。あんたが寝るまでいるから」
お父さんが認めたフィルレイン。
グレイシアを知らない彼は、私が気を遣わなくても良い相手。
良い子でいなくてはいけないと、おもわなくて良い相手。




