授かる生命は
石猫の在処が分かったので、一旦、フィルの研究室に移動。アレンも一緒に連れてくる。
「うわぁ……」
おっかしいな、この間掃除したばかりだよね、この部屋! なんでもうこんなにしっちゃかめっちゃかに道具が散らばってんのよ。
「落ちてるやつ踏むなよー。うっかりなんか発動するかも」
「そーゆーのはきちんとしまいなさいよっ」
「いや、まだ実験段階で」
「並列してやらない!」
実験レポートが混ざりでもしたら大変じゃないの。
アレンと一緒にそろそろと移動してなんとかソファまでたどり着く。ああもうソファの上にまで紙が散乱してるし。紙だって安くないんだからね? 無駄使いしないでほしいんだけど。
ソファの物を慎重にまとめてからテーブルに置いて、やっと座る。アレンの分の場所も空けてと。
「そういや、そっちの誰」
フィルがあちこちをガサゴソしながら聞いてくる。誰ってアレンの事かしら。
「ほら、カントリー商会でスーデンさんの言ってたアレックスさんの息子よ。アレンって言うの。アレン、あの人が私のご主人様。フィルレインよ」
「よろしくな、アレン」
「よ、よろしく……?」
「それにしてもあんたがあれかー。ニカにプロポーズしたっていう命知らずってのは」
「へ?」
「失礼ね」
私が何をしたって言うのよ。
「スーデンさんだって私のこと好評価だったのに何でそんなこというのよ」
「あれはどう見たって身内贔屓だろ」
「それなら村に出て聞いてみなさいよ。私のこと、誰一人として粗暴な子とは思ってないはずよ」
フィルが来るまでは、毎日毎日ゆったりと過ごしてたからね。私の、本性を深く深くに隠して。その装甲はちょっとやそっとで剥がれるわけないじゃないの。
「うっそだぁ」
「嘘じゃないわよ」
そんなに疑う? 私の印象がフィルの中で悪いのには、フィルのせいでもあるんだからね。
「……お前、本当にニカ?」
「はい?」
あらま、アレンほっといて話し込んでしまったじゃないの。ごめんなさい、退屈だったでしょう。で、その本当かどうかは一体何事。
「ニカが普通っぽい」
「何よそれ。私はいつも普通よ」
アレンもアレンで失礼ね。貴方達はいったい私をどうしたいの。
「うー、でも何か違うんだよ。こう……雰囲気?」
「私は私よ。変わらないわ」
「でも何か変だ」
顔を見合わせて言い合ってるんだけど、その言いようにちょっとばかり腹が立ってきた。違うって何。変って何が。
「おし、これで良いな。ニカ、ちょっとこっち」
呼ばれたので、ひょこひょこそっちへ移動。アレンとの不毛な争いを続ける必要がなくなった。
「えーと」
フィルがむんずと尻尾を掴んできた。
「何すんのっ」
「あだ」
思わずしゃがんでいたフィルの頭を叩いた。だからここの触覚に慣れてないんだってばっ!!
「これでよし、と」
叩かれた部位をさすりながら、フィルは立ち上がった。尻尾を見れば、鈴付きリボンがついていて。何これ。
「解呪って念じてみろ」
言われたとおりに念じてみる、と。
ネコ耳尻尾が光の粒子になって散り、石猫を形作る。あら、元に戻ったわ。
『みゃーお』
手のひらにちょこんと鎮座した石猫。このリボンは解呪用の魔法がかかってたのね。なるほど、これでこの件は解決ね。
それじゃ、後は。
「……ねぇ、フィル」
「なんだ?」
「この子、このままでいいわ」
石猫についてそう言えば、フィルは首を傾げて。
「どして?」
「せっかく授かった生命だもの。可哀想だわ」
ちょいちょいと石猫の顔をくすぐってやる。
うん、そう。可哀想。
フィルは魔法の容量増やすためにこの人格ならぬ猫格を消そうとしていたけれど、たとえ人工物であっても生命は生命だから。
それ以上は何も言わないで返事を待つ。フィルは少しだけ思案する素振りを見せてから、あっさりと頷いてくれた。
「まぁ、いいか。魔法は一回あれば十分だろ。そもそもそれを使う状況にならないことが最優先だしな」
本当そうよね。念には念を入れる必要がないくらい平和なのが望ましいんだけどね。
『みゃーお』
自分に任せておけ、とでも言うかのように鳴いた石猫を、フィルは苦笑いしながらつんっと小突いた。
 




