3話
あの日から、魔王を討伐し俺が勇者となったあの日から俺に対する世間の目が一変した。
それまでの傭兵でしかない俺に世間の目は厳しかった。
それもそうだろう。
金の為なら昨日まで忠誠を誓っていた人に剣を向ける。
そう思われているだろうし、実際にそういった事も行った。
怪しまれ、蔑まれる存在。
それが勇者となると反転する。
魔王を討伐し世界を救ってくれた事への感謝と尊敬の念。
俺に接してくれる人たちに笑顔の人が増えた。
俺という存在は何も変わっていないにも関わらず。
傭兵という生業に関しても変化が有った。
教会からの依頼が増えた。
それだけ信頼を得られたという事だろう。
さすがに教会からの依頼は魔王の時のような荒事ではなく、勇者であるという事から人前に引っ張り出される依頼が多い。
それまでであれば目を合わせる事すら不可能のような肩書の人にも引き合わされる事も有った。
正直、俺にはそういった世界は居心地が悪くてたまらなかった。
同業の仲間と共に潰れかけの居酒屋で安酒をあおる。そんな暮らしをしていた俺に、磨き上げられた小さなグラスに少量の酒を注ぎそれを片手に談笑を続けるあの世界が合うわけが無い。
そんなわけで教会からの依頼はあまり気が乗らないが、今回も呼び出されたので教会に向かう。
教会からは普段の素行から注意もされた。「勇者らしく」という理由であれやこれや注文を付けられた。
結果、街中を歩くときは常に姿勢を正し笑顔を絶やしてはならなくなった。
それが面倒くさくなって、無駄な外出が減った。
人々が俺を見つけると笑顔で会釈をしてくれる。
それに対して、こちらも笑顔で会釈を返す。
そんな意味が一切わからない行動をとりながら教会へと歩く。
「勇者なんて引き受けるべきではなかったかもな」
一人呟く。
もちろんその恩恵は大きい。引き受けていなかったら生活はもっと厳しくなっていたかもしれないし、すでにどこかの戦場でこの世に別れを告げていたかもしれない。
自由が減る代償として、大きな利益を得た。
理屈では引き受けた事は良かったはずだが、心のどこかで未だにその決定を否定していた。
教会の扉を開けるとすぐに司祭が気付き、話しかけてきた。
「これは勇者様。ご足労ありがとうございます」
「どうも。それで今回はどんな用で」
「では、こちらにどうぞ」
そう言われ、部屋に案内された。
部屋の椅子に腰かけて待っていると、すぐに司祭が紙束を持って戻ってきた。
「早速ですが、前回勇者様から聞き取りをさせていただいた内容を踏まえた物語が完成しましたので、その出来を判断していただこうと思いまして」
「ああ、その話か」
言われてから思い出す。
前に教会から呼び出された時に司祭から一つの提案をされた。
「勇者様の活躍を物語にしましょう。文字にして残しておけば、あの村で起こった惨劇の顛末を後の人も知る事が出来ます」
俺は断る理由も思いつかなかったので、了承した。
そして、俺はあの日のあの男との会話を一字一句全て司祭に話した。
毎度夢で見ているせいもあり、会話の詳細まで事細かに伝えることが出来た。
司祭はそれを書き取っていった。
話し終えた後に確かに司祭は「出来上がったら確認をお願いします」と言っていたが、今の今まで完全にその事を忘れていた。
「読み上げましょうか」
「お願いします」
自分の読み書きはそれほどちゃんとしていない。物語を読もうにも全ての単語を理解できるとは限らない。
だから司祭の提案はありがたかった。
司祭は淡々と描かれた内容を読み上げていった。
それほど長くない話。それでも確かに村で何が起こって、誰をどう処理したかは書き込まれていた。
「どうですか。どこか訂正する箇所はありましたか」
そう聞かれ、一瞬ためらったがやはり口にする事にした。
「訂正箇所は無かったが、数点気になる所が」
「それはどこでしょうか」
「魔王の思想についてだが、」
読み上げられた内容には、俺が司祭に話した魔王との会話の大部分が省略されていた。
その代わりに魔王は邪神の声を聞いて魔王になったとだけ説明されていた。
神の声すら聞いた事が無いと言い切っていたあの男は、邪神の声を聞いてしまった者にされていた。
直接村を襲った若い司祭に関しても、魔王の魔術により洗脳したとされていた。
司祭は笑顔のまま答えた。
「この物語を読んだり聞かされたりするのは大人だけでは無いかもしれません。中には善悪の判断もあいまいな幼子が居るかもしれません。
そのような幼子に、間違っている魔王の思想を聞かせる必要は無いでしょう」
さも当然だろうと言った感じで、疑問すら持っていない様子で司祭は答えた。
その姿勢に反論する気も失せた。
「そうか。後は、あれだ。俺はそんなにかっこよくねぇ」
物語の中での俺と魔王の剣戟は壮絶だった。飛んだり跳ねたりの大立ち回り。
実際の戦闘は、戦闘とも呼べないほど一方的なあっという間の出来事だったのに。
司祭はより一層の笑顔となって答えた。
「それは、今では街で知らない人が居ない勇者様の活躍劇ですから。どれだけ書き足したとしても勇者様のすばらしさを表現するには足りませんよ」
「そうかい。まあ、気になったのはそんな所だけだ」
「ありがとうございます。では、早速この原本を書き写し、周りの教会に配りましょう。
きっとどこも勇者様の活躍の内容を知りたい人が多く居るはずです」
意気揚々とその後の段取りを考えている司祭に会釈をして教会を出た。
帰りの足取りは気持ち重かった。
俺はいったい何者を討伐したのだろう。
もし、魔王が腕に覚えのある剣士であればそんな事は考えなかった。
そうであれば勝利によって己の強さの再確認が出来た。
実際は短剣の扱いすらまともにできない男だった。
言ってみれば追い詰められて最後のあがきをする農民のようだった。
抵抗のすべも知らない人を切った時のような気持ちの悪さ。
そこにきて今回の物語にするという話。
物語の中にはあの男が語っていた思想は全く反映されていない。
あの物語はやがてそこら中の教会に配られて、数えきれない人が読むだろう。
そんな人達にとって魔王は邪心の声を聞いた存在であり、最後まで神を信じていた事すら知らない。
あの男の手記はあの時灰になった。
だから、男の思想は俺の記憶の中にしか残っていない。
俺が居なくなったら、そこには物語の中の魔王しか残っていない。
いっそのこと、俺が魔王の真の思想を語り継ぐか。いや、そんな事をすれば俺が今度の討伐対象になるだけだ。
足を止め青空を見上げる。
「なあ、神サマよ。確かに俺は今まであんたにほとんど頼ってこなかった。だが、武を生業にする以上は当然だ。
でもよ、今回はわけが違うだろう。
今回ばっかりはあんたの「勇者よ、よくぞ悪しき魔王を打ち滅ぼした」みたいな一言を期待しても良いんじゃねえか。
その一言だけで、俺の心の靄は晴れるんだからよ」
俺のぼやきを聞いてもなお、青空には太陽がさんさんと輝き、雲は緩やかに流れていく。
俺は魔王の最後の予言を思いだす。
深いため息を付いて、また重い歩みを進めた。




