35.決算
春。
讃岐交易開始より一年。
京の式部省。
朝から妙に人が多かった。
いや、人が多いというより、落ち着きがない。
文を運ぶ者。
廊下を行き来する者。
いつもは静かな部屋でも、今日は声が漏れている。
私は席につき、積まれた紙へ手を伸ばした。
厚い。
嫌な予感しかしない。
表を見る。
讃岐国交易決算。
……来たか。
封を開き、紙を広げる。
一枚。二枚。三枚。
思ったより多い。
交易収支。港運営。利益配分。倉修繕。支出。
想定外に真面目だった。
誰か仕事のできる人間が向こうにいる。
そんな印象だった。
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「届きましたか」
顔を上げる。
紀長谷雄だった。
その後ろには、
長岡俊成もいる。
何となく嫌な予感が増した。
「まだ見ていない」
そう返し、文へ目を落とす。
一年目。
朝廷納入利益。
絹一万疋分余。
米に表して一万八千斛。
讃岐側利益。
絹四千疋分。
別途、交易協力郡司へ配分済。
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私は少し止まった。
もう一度見る。
数字は変わらない。
……多い。
思っていたより。
かなり。
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「どうです?」
俊成が聞く。
私は紙を戻した。
「成功だな」
二人が黙る。
少しして俊成が言った。
「ですよね」
つまり、確認したかっただけらしい。
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隣の席でも声が聞こえる。
「一万疋分?」
「初年度だろ?」
「そんなに出るのか」
静かなざわつき。
他の省にも伝わってるだろうが、いくらなんでも広がるのが早かった。
役所というものは、噂だけは速い。
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さらに文を読む。
利益配分。
朝廷六。讃岐四。
讃岐利益については、港維持、船修繕、協力郡司へ配分。
余剰分は翌年交易へ。
……抜け目がない。
利益を使って利益を増やす形になっている。
誰が考えたか知らないが、悪くない。
この調子だと数年後には倍になっているかもしれない。
朝廷が認めたのは貿易であり、貿易相手を唐に狭める必要はないのだ。
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「誰が纏めたんだか」
長谷雄が紙を見る。
少し考える。
「向こうですね」
便利な言葉だった。
向こう。地方。
つまり、名前も知らない誰か。
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文をさらにめくる。
郡司意見。
港整備継続。船増設希望。翌年交易拡大案。
それに郡司連名。
思わず止まる。
早い。
一年目だぞ。
もう次を考えている。
「……欲が出たな」
思わず言う。
俊成が苦笑した。
「利益が出ればそうなります」
確かに。
人間とはそういうものだ。
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その時。
廊下から声。
誰かが急ぎ足で入ってくる。
民部省だった。
嫌な予感しかしない。
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「決算は届いたか」
早い。
まだ朝だぞ。
官人は金の話だけ異様に早い。
紙を見ながら式部省として、これからの讃岐守は儲かるだろうと言う話をした。
少しして笑った。
嫌な笑いだった。
「面白くなってきたな」
帰っていく。
嫌な予感しかしない。
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「何でしょうか?」
俊成が聞いてきた。
私は少し考える。
「税だろうな」
利益が出た。なら取る。
朝廷とはそういう場所だった。
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文の最後を見る。
署名。
郡司代表。
佐伯貞持。
知らない名前だった。
それにこれは式部省の役割では無いので回すだけだ。
だが。
文章は綺麗だった。
綺麗過ぎない。
現場の文だった。
少しだけ覚えておく。
そんな気になった。
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京は今日も欲に埋もれながらも静かだった。
だが。
近く、そして遠い讃岐の海で動いた船が、今ここで人を動かしている。
国というものは、不思議なものだった。
私は紙を閉じ、次の文へ手を伸ばした。
この仕事はつくづく面白いことがおこる。




