第67話 そして誰もいなくなった
どうしよ……
半ばわかっていたことだけど、正式に「卒業不可」と言われてしまった。
卒業式のあった日から、私は外に出られなくなった。
お茶会の招待状が一通も届かなくなったし、夜会の案内も来ない。
もともと、エレーナが、あの死神の所に嫁いでから激減していた。
――ひょっとしたら、私の勘違いで、今までの招待は二人分だった?
貴族家は、招待状まで気取っていて、たいていは個人名ではなく、家名で届く。
「ヴァルツ伯爵家ご令嬢」
宛名にはそう書いてあるだけだから、私の分と、義姉が招待された分が混ざっていてもおかしくない。
どのみち、本当に行くのは私だけだから、混ざっていても、問題はなかったんだけど。
――こうなってみると、私を招待した人を確認しておけば良かった。
もう、今さらだよね――でも、だからといって、一通も来なくなったのは変だ。やっぱり学園を卒業できないことがわかったからよ。
私だって、自分の立場くらいはわかってる。家の中でこそ、エレーナを下僕にできても、外では「伯爵家の娘」にすぎないんですもの。
「お母様。お茶会の招待が無いのは仕方ないけど、手紙の返事は、まだかしら?」
「とっくに届けているはずよ」
卒業ができないとわかってから、お母様と作戦を考えた。
――とにかく結婚しちゃう!
学園時代はチヤホヤしてくれた高位貴族の子弟は、私の留年がわかってからは、誰も近づいてこなくなった。
だから、お手紙作戦。
貴族名鑑で年齢の近い相手を見つけて、こちらから「お会いしたいな」みたいなお手紙を片っ端から送った。
ちゃんと、王都一の香水を振りかけるのも忘れなかった。
最初に出した侯爵、辺境伯クラスの子弟は、私が苦労して書いた手紙を片っ端から送り返してきた。
もちろん、怒り狂って、手紙を持ち帰った執事に鞭を振るいまくったけど、どうにかなるものでもない。――ついでに、執事も辞めちゃった。
私だって、バカじゃない。作戦変更。
留年で私の価値が下がっても、「伯爵家令嬢」としての価値なら変わらないはず。
そして「相手の弱点を攻める」のが貴族のやり方だ。
「伯爵家のお婿さんになりたいでしょ?」
それをほのめかす手紙を書いて、伯爵か子爵家の次男、三男に手紙を出した。もう、一ヶ月以上も前になる。
一通も返事がない……
と思ったら、今週に入って、一日に一通以上は届くようになった。
――全てが「愛人なら、いくら出す」という、ろくでもない誘い。
しかも、イケメンの大貴族なら、考えなくもないというのに、相手はみんなカスばかり。
今日のは「五人目の愛人にならないか」とかいう、とんでもない話。他のも、お父様よりも年上みたいな狒々爺ばかり。
それを選ぶなんてとんでもない!
しかも、貴族なんて一人もいなかった。良くても、ちょっと田舎の街にある商店主程度。曰く「王都に来た時だけの相手で良いぞ」みたいに偉そうに。
今日は、そんな手紙が三通も届いた。即刻、引き破いて、燃やしてやった。
「落ち着きなさい、クラリス」
お母様が、優しい声で言った。
「王都の貴族なんて、こういう時は様子を見るものよ。今は、誰が有利か探っているだけ」
「でも……」
「大丈夫。あなたはヴァルツ伯爵家の娘なんですもの」
お母様は、にっこり笑った。
「それに、まだ最後の手段があるでしょう?」
「最後の……?」
「お義父様よ」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。
そうだ。ヴァルツ伯爵家の当主で、王宮でも重要な仕事をしている、すごい人だ。私の留年が決まっても、何一つ叱ってこなかった、心の広い人。
「お義父様にお願いすれば、何とかしてくださるわ」
お母様は自信たっぷりに言った。
「王都の社交界なんて、結局は力関係よ。王宮で仕事をなさっていらっしゃるのですもの。一言で、みんな態度を変えるわ。ひょっとしたら、王妃様へと話を繋いでくださるかも」
私は思わず立ち上がった。
「そうよね!」
私の後ろには伯爵家があるのだ。こういう時に使わないと。
「よほどの場合以外、王宮に来てはならない」
それは、お母様がくれぐれも言われていること。でも、今回は「可愛い娘」のピンチなんですもの。よほどの場合だって、きっと思ってくださるわ。
王宮では「ヴァルツ伯爵」の名を出すと、パッと案内が付けられた。
「ヴァルツ伯爵家が奥方、並びに同家に暮らす令嬢が、伯爵への面会を申し出ている」
案内人は、要所要所の警備兵に、そう言って通過した。
――また、だわ。
私の呼び方が、学園の時みたいに、ちょー微妙ななのだ。なんで「奥方とご令嬢」ってまとめて言わないんだろ?
そんな細かいことが気になるのも、王宮という場所に、初めて連れて来てもらえた緊張感なのだろう。
そして、見るからに重厚な、執務室のドア。お義父様の立場の重さが、それだけでも、わかる。
――期待しちゃう。
案内人が「奥様です」と声を掛けてから、扉を開けてくれた。
扉が開いた瞬間、私は甘える声を上げて飛び込んだ。
「お父様、クラリスです!」
書類だらけの大きな机に顔を埋めるようにして、お義父様は書類を読んでいた。
おもむろに顔を上げて、こちらを見た。
あれ? なんか反応がヘン。
「お父様、お願いがあります!」
あれ? なんで、怪訝な顔で首を捻るの?
「……いったい何だね」
「クラリスを助けてください!」
お母様が、私の後ろに立って抱きしめるようにして頭を下げる。
「クラリス?」
少しだけ眉を寄せる。
「誰のこと…… 君か?」
私は息を呑んだ。
「わ、私です! クラリスです!」
お義父様は、また、首を捻った。
そして、ようやく思い出したように言った。
「ああ……」
ほんの一瞬の沈黙。
「君が連れてきた娘か。いったい何事かね?」
「あの…… あなたの娘が、いろいろと大変な状態になってしまって」
母が、そっと、説明しようとした時だ。
「娘? エレーナがいったいどうしたんだ? その後、連絡は来たのか?」
「いえ、エレーナではなく、こちらの……」
伯爵は、本気で驚いた顔をした。
「私の娘はエレーナだけだが?」
その言葉に、私も、お母様も凍りついた。




