誘蝶木旅館
数日後
補装されていない山道を、一台のパトカーが走っていた。ガタガタと揺れるパトカーは、30分かけてようやく目的地である旅館を発見する
淂崎
「まだ明るいのに結構、薄気味悪い雰囲気がでてますよ。この辺って元は、何かの研究施設があったって話も、信憑性が増しますねー」
助手席に座っていた若い男性警察官ーー淂崎の口から、そんな言葉が出てくるのも無理はなかった
"誘蝶木旅館"は、山の中にあった廃墟を買い取り、リノベーションして建てられた旅館だ
外観は小綺麗にみえるが、全体を覆う雰囲気のせいか、時代に置き去りにされた建物だと淂崎は思った
剛洞
「職務中だぞ、都市伝説はその辺で終わらせておけよ」
運転している貫禄のある男性警察官ーー剛洞は、先輩として淂崎の軽口を嗜めた
淂崎
「都市伝説に逃げたくもなりますって。ただでさえ、愛護団体の件で忙しいのに、次は市局と協力して細菌の調査だのって…」
医療機器学会へ参加した複数の医師達から、細菌が検出され、彼らの共通点が誘蝶木旅館へと宿泊していた事だと判明した
原因を突き止める為、市の役員と警察とで調査をする事になったのだが……
淂崎
「ったく、暇じゃないんですよ」
淂崎の苛立った舌打ちが車内に聞こえた
相方の態度が悪くなっている理由を、知っている剛洞は仕方ないとでも言うように、苦笑いを浮かべた
少し前、動物愛護団体を名乗るグループと揉め事があり、その時の対応にあたっていたのが、淂崎と剛洞だった
コインパーキング内で、酷い異臭がすると通報が入り、様子を見に行くと、一台の車から腐敗臭が漂っていた
緊急だと判断した二人は、直ぐにトランク内を調べた
腐敗臭の原因は、トランク内のダンボールに詰められた、犬や猫の死体だった。酷い匂いと共にその凄惨な光景は、しばらく二人の脳裏に焼きついていた
車の所有者が動物愛護団体のものだと判明し、すぐに事情を聞きに行ったが、彼らはその場しのぎの嘘ばかりを吐き、悪びれない口調や態度に"捕まえられるものなら、捕まえてみろ"と挑発しているようだった
金銭目的で、動物愛護団体を名乗っているだけの悪質なグループに淂崎と剛洞は怒りを隠せなかった。だが、逮捕するにも証拠が足りない
そして何より奇怪だったのは、トランクの中にあったダンボールが、いつの間にか忽然と姿を消した事だった
淂崎
「くそっ」
事件の事を思い出し悔しさのあまり、淂崎は拳を握りしめたまま、自身の膝を叩く
彼らを追っていた二人だったが、愛護団体を名乗る男女四名、全員が行方不明者届けを出された事で、事態は一変した
新しく設立された警察内部の組織【情報開示課】通称ジョーカーは、愛護団体が行方不明になった件と、二人は本当に関わってないのかと疑いをかけてきた
事情を聞きに行った際、確かに二人は冷静という言葉からは、かけ離れていた。特に淂崎は、玄関先にもかかわらず、感情のまま掴みかかり、その様子は通行人に目撃されていた
捜査一課長の立て籠もり事件の事もあり、いま警察は身内の不祥事を厳しく罰する姿勢だ。そして、その矛先がこの二人の警察官へと向けられたのだろう
剛洞
「新設された部署の初仕事でもある。気合いが入るのも分かってやれ、あいつらも仕事なんだ」
宥めるように言う剛洞に、淂崎は納得できないのか「それにしたって」と愚痴をこぼす
淂崎
「オレ達は同じ警察ですよ、公安でもないのに身内に疑われるのって、微妙な気分です」
剛洞
「なにも本当に疑ってなんていないだろ。俺達が黒だと疑われてるなら、取り調べ室へ連れて行かれてたはずだ」
剛洞の言うように、ジョーカーは簡単な質問をしただけで、すぐに二人を解放した。その態度からみても、本当に疑われている訳ではないのだと分かる
淂崎
「ならどうして、ジョーカーなんてもん作ったんでしょうねー。オレが言うのも何ですけど、最初から警察の不祥事を疑う気がないなら、何で居るんだって話しですよ」
剛洞
「それは、俺たちが"白"だからじゃないのか」
運転席から、はははっと小さく笑う声が聞こえてくると、淂崎の仏頂面が余計に増していく
淂崎
「それ本気で言ってます?オレ"相手が白か黒かなんて考える暇があるなら証拠を探せ"って、先輩に教育されてるんですけどねー」
警察官なら白だから絶対に疑わない、なんて考え方はしない。容疑がかかっているなら、それが身内だとしても捜査の対象だ。それを知っていて、あえて剛洞は意地悪な返しをしたのだった
淂崎
「で、先輩。一体、ジョーカーの何を知ってるんです?適当な冗談を言って、話を逸らそうとするの悪い癖ですよ」
二年間、相方として組んできた淂崎には、剛洞の考えている事はお見通しだった
剛洞
「お前も生意気な事、言うようになったな」
淂崎
「親戚の爺ちゃんか」
相方のツッコミにひとしきり笑うと、剛洞が真剣な顔つきになる。車内の雰囲気がガラリと変わると、自然と淂崎にも緊張がはしる
剛洞
「情報開示課は、本部にある異常調査部って部署を、解散させる為にあるらしい」
異常調査部の名前が出た事で、思い当たる節があるのだろう、淂崎は「あー、なるほど」と頷いた
淂崎
「そこまでします?フツー。地方者のオレからすれば、仕事そっちのけでやる事とは、思えませんけどね」
地方の警察署から移動して来た淂崎には、周りの警察官達が異常調査部に執着する理由が、イマイチ理解出来なかった
淂崎
「確か、警視総監と管理官の息子が居るんでしたけ?あれ、でも管理官の息子の世瀬芯也って、ジョーカーでしたよね。ん?どーなってんだ」
剛洞
「お前が言ってるのは、三年前の話しだ。当時は連続殺人鬼を追う為に設立された。その過程で黎ヰって奴が捜査に加わってな、犯人を捕まえる事は出来たが……そいつは脱獄して最後は自殺と、最悪な結果になった」
淂崎
「それは、まぁ…なんと言うか、悔いが残ったでしょうね」
もし自分もその事件に加わっていたら、と想像したのだろう。淂崎は、歯切れ悪く相づちを打った
剛洞
「しばらくして、黎ヰ以外は全員飛ばされた。お前の好きな都市伝説でオチをつけるなら、事件は永久に闇の中。だな」
淂崎
「都市伝説がそんなオチで終わったら、二流もいいところですよ。本当、知らないのに適当な冗談言うんだから、若者の話題に無理矢理入ってこようとする、痛いおじさんですよ」
剛洞
「昨日、娘に同じ事言われたよ」
その時の事を思いだした剛洞からは、何とも言い難い物悲しい雰囲気が漂っていた。相方のそんな様子を全く気に留めていない淂崎は、思うままに喋りだす
淂崎
「都市伝説で例えるなら、実は連続殺人鬼の脱獄にはある人物の手引きがあった!自殺の裏側には組織の影が!みないな感じですよ……あれ、まさか…」
剛洞
「はぁ」
剛洞の深いため息が答えとなった
淂崎
「あー、やっぱりそっち系ですか。つまりは、黎ヰって人が脱獄と関係があるんじゃって、話しですよね」
剛洞
「それを本気で信じてるからこそ、管理官の息子は情報開示課なんてもんを作ったんだろう」
淂崎
「なーんか納得いくような、いかないような話しですね。自分で逮捕した犯人を、わざわざ逃す理由がオレには見つかりませんけど。先輩は見たことないんですか、黎ヰって人」
剛洞
「一度だけ、ある」
当時の黎ヰを見た事がある剛洞は、未だに脳裏に焼きついている姿を思い出した
剛洞
「一番の特徴は手にハサミを持っている事だったが、俺はそれよりも、独特の暗い雰囲気に黎ヰって人間の孤独を感じたな」
長い髪から覗く瞳は、自分以外の全てを拒絶しているようだった。チームで動く警察組織内にとっては、場違いな雰囲気の黎ヰを見た剛洞は、どうして彼がそこに居るのか謎だった
もちろん三年経った今でも、その謎は解決していない
淂崎
「ハサミって、怖っ!厨二病ってヤツですか。不気味にも程があるでしょ」
剛洞
「不気味さで言うなら、芥って解剖医の方が俺は忘れられないけどな」
淂崎
「あくた?誰です、それ」
聞き慣れない名前に、淂崎は聞く
剛洞
「今いる異常調査部の人間だ。昔、事件の調査で何度か大学の法医学教室へと足を運んだ事があってな。そこに芥って男が居たんだが、死体が運ばれて来るたびに笑い声をあげてた」
淂崎
「えっと…そういう癖なんですかね」
剛洞
「さぁな。癖と言うよりは、精神的な部分かもしれない。とにかく、死体安置所で笑い声が聞こえた日には、暫く耳から離れなくてな、眠れなかったよ」
淂崎
「それは、お気の毒に……」
お互い死体安置所で笑う人間を想像したのか、なんとも言えない表情のまま、旅館に着くまでの5分間車内は静かだった
ー
ーー
ーーー
淂崎
「うわ、派手に揉めてますよ」
剛洞
「ふぅー、一悶着ありそうだな。気を抜くなよ」
やっと着いた、誘蝶木旅館の前には、先に来ていた市の男性役員と旅館側の女性が言い争っていた
淂崎達がパトカーから降りると、女性の怒鳴り声がキーンと耳を突き抜けた
山原 澄恵
「当旅館の水は、山から引いた湧水を使用してますが、ちゃんと浄水してます!浄水器だって壊れてませんし、いい加減にして下さい!あまりしつこいと警察呼びますよ!!」
市の男性役員
「いや、別にこちらも疑ってる訳じゃなくて、調査として来てまして、通達もしてますよね」
山原 澄恵
「知りません!」
市の男性役員
「そんな〜」
男性役員の心が折れる前に、淂崎達は急足で二人の間に割って入る
淂崎
「奥島署から来ました淂崎です」
山原 澄恵
「え、なんですか」
警察手帳を見た山原は、明らかに動揺した
剛洞
「数日前にこちらの旅館で、宿泊したお客さんの体内から細菌が出たみたいで、ちょっと調査させてもらえませんか?」
市の男性役員
「こちらの旅館は山の湧水から引いてるので、もし水に異常があれば別の問題が出てくるんです。営業の邪魔はしないので、どうにかお願いできませんか」
警察が来た事で、先ほどの勢いをなくした山原は、水の調査に渋々頷いた
旅館の中に入ると、市の役員は言葉通りに水の検査を進めていく、剛洞と淂崎は結果が出るまで、山原に旅館の中を案内してもらっていた
空いている部屋を見回ったが、山の中に建てられているという事もあり、どの部屋も窓から澄んだいい風が入り、新しい木材の匂いがたまらなく心地よさを感じさせた
ここに来るまでの移動時間を考えると、進んで宿泊する気にはなれなかったが、こうやって自然を肌で感じてみると、この旅館もいい所かもしれないと淂崎は思った
山原 澄恵
「各部屋の水回りは清潔です、もちろん料理だって問題ありません。細菌なんて…何かの間違いだと思います」
不機嫌に言い放つ山原 澄恵は、この旅館の女将だった。歳は五十代だが、清潔な身だしなみとハキハキとした雰囲気から、実年齢よりも若く見えた
淂崎
「検出された細菌は、水に付着するものなんで火を通せば、あったとしても死滅します。おそらく、生水が原因かと、何か心当たりありませんか?」
淂崎達は知らないが、細菌の原因を特定したのは、独自に調べていた芥のお陰でもあった
この細菌は、特殊なもので水にしか付着しない。熱には弱くすぐに死滅してしまうので、体内に入り体調不良を起こすとなると、生水を飲んだ。と言うのが一番ありえる推測だった
山原 澄恵
「そんな事言われても、うちは山の湧水を売りにしてるので、宿泊された方なら水はいつでも飲めます」
部屋の中にも"蛇口から自然の水が飲めます"と紙が貼ってある。おそらく、医師達はこの蛇口から飲んだのかもしれない
剛洞
「医師達が宿泊した日、何かいつもと違う事はありませんでしたか?」
その質問に山原は、少し目を逸らした。小さな彼女の変化に気づき、剛洞は何かあるかもしれないと、もう一度同じ質問をする
剛洞
「どんな些細な事でも結構です。何かありませんでしたか」
山原 澄恵
「……地下の扉が開いてた、かもしれないです」
そう言った山原に案内された場所は、旅館の一階に位置する物置き部屋だった
旅館は全体的に木造で建てられていたが、その物置き部屋は全面がコンクリートで造られていた。窓がないせいで、じめじめした埃っぽさが部屋中に漂っていた
あまり普段使いをされてないのだろう、壊れた机や椅子なんかが雑に置かれていて、物置き部屋と言うよりはガラクタ置き場という方がピンとくる
山原は、記憶を頼りに下を向きながらあるものを探す。それは直ぐに見つかり、その場でしゃがみ込んだ
彼女は、床から出ている取っ手を両手で掴むと、力一杯に上へと引っ張った。ギィと音を立て、出てきたのは地下へと続く階段だった
淂崎達が驚く中、山原は地下への道に嫌悪感を出したまま、数歩後ろへ下がった
山原 澄恵
「この地下は、買い取った後に気づいたんです。一度、夫が調べに入ったんですけど、広すぎて…迷ってしまって…危うく戻って来れなくなるところだったんです」
その時は、入り口でずっと山原がライトを照らしていたお陰で、大事には至らなかったものの、無限に続く地下道で迷子なんて、考えただけでも恐ろしいだろう
気味が悪くなった山原一家は、以来この部屋には立ち入らないようにしていた
剛洞
「その日は、ここが開いていたんですね」
山原 澄恵
「……はい。たまたま、壊れた椅子を入れに入って。でも、元から開いていたかもしれません。なにせ滅多に入らないもので」
いつから開いていたかと言われれば、自信がないのか山原は歯切れ悪く答える
淂崎
「この事を知っているのは?」
山原 澄恵
「従業員は知らないと思います。知ってるのは、夫と娘達ぐらいだと」
話を聞きながら、剛洞と淂崎は顔を見合わせた
淂崎
「一応、調べますよね」
剛洞
「ここから、細菌が流れ出た可能性もあるからな。深追いはするなよ」
淂崎
「しませんよ、絶対」
懐中電灯で地下道を照らした二人は、慎重に階段を降りていく……地下には、湿った土が壁になっており冷気が身体中を駆け巡る
道幅は丁度、人が二人ぐらい歩けるくらいだ。しばらく一本道が続いていたが、やがて四つ切りに道が分かれた場所へ出る
女将の夫が迷った理由が分かった。この先、同じような道がいくつも出てくるのだろう…目印もなく方向感覚を失えば、遭難してしまうかもしれない
先に進むのは危険だと、戻ろうとした二人だったが、懐中電灯が照らした先に頑丈そうな扉が見えた
淂崎
「先輩、あれ」
他にもちらほらと扉が見えるが、どれも古臭く錆びついているものばかりだ。それに比べて、頑丈な扉には錆が落とされ明らかに、使用された痕跡があった
誰かが出入りしている
直感的に悟った二人は、慎重に進み頑丈な扉の前で止まった。扉の真ん中には丸いハンドルがあり、これを回すと開く仕組みなのだろう
仕方なく淂崎は、ハンドルをゆっくりと左へと回し扉を開けた。スムーズに開いたことから、やはり最近誰かが使用した痕跡があるようだ
中に入ると、電気はすでについていた。病院の手術に使われているような機器やら、ガラスの中に入った植物などが置いてあり、パッと見ると何かの実験室と言う言葉がピッタリの部屋だった
そんな部屋の真ん中に、人間がちょうど入るくらいの袋がのってあるストレッチャーが四台、嫌でも目についた二人は、顔を見合わせ頷くと、ゆっくりと近づく
明らかに中身が入っている袋の真ん中には、ジッパーが付いていた。それぞれがジッパーに手を掛け引いた
淂崎
「ゔっ」
剛洞
「こっちもだ」
袋の中で目を開けたままの、無惨な死体と目が合う
何故か腐敗臭がしなかったせいか、すぐに落ち着きを取り戻した二人だったが、見知った死体に冷や汗が滴り落ちた
念の為と、あと二つの袋も開けるとやっぱり、見覚えがある死体に淂崎は、ショックのあまり口を押さえた
剛洞
「落ち着け」
淂崎
「だって、先輩…こいつら…」
そこにあった無惨な死体は、数日前に揉めた動物愛護団体の四名だった
彼らの馬鹿にした態度に、正直憎いと思った淂崎だったが、無惨な姿を前にそんな考えは消え去った
剛洞
「分かってる。今は冷静にーー」
ガタッ
剛洞
「誰か居るのか」
物音に反応した剛洞は、不審に思い奥に繋がっている、もう一つの部屋へと向かった
ショックで立ち尽くしていた淂崎だったが、しばらくして「待て!」と剛洞の怒鳴り声が聞こえ我に返る
淂崎
「?!」
すぐに、奥の部屋へと走った淂崎は、異様な光景に息を呑んだ
淂崎
「げ、」
壁に設置された戸棚には、さまざまな動物達がびっしりと詰まっているのを見て、一瞬生きているのだと身構えたーーが、動物達は微動だにせず、それは既に生きていないのだと気づく
淂崎
「なんだってんだっ、先輩!!」
どういう訳か、そこには淂崎以外、誰一人見当たらない。部屋のところかしこに、本や何かの資料が大量に散乱しているのを見ると、誰かが居て剛洞がその後を追ったはずだった
きっと、何処かに隠し扉があるかもしれないと壁を叩いていく。ガタッと手応えのある音がしたのと、天井から誰かが降ってくる音が聞こえたのは同時だった
反応する前に、淂崎の頭は強く殴られた
淂崎
「…ゔぅ、誰…だ…」
前屈みに倒れたまま、確かめようと必死に振り返る
記憶が薄れるギリギリまで、その姿を確認しようとしたが、目がボヤけ人影がある以外は、何も分からなかった
唯一「人間は報いを受けろ」と言う、強い殺意に満ちた言葉だけが彼の耳に届いたのだった
ーー ーー ーー ーー
数分後
数日前に学会が開かれた場所ーー奥島ホールに一人の男が居た
このホールでの催し物など滅多になく、ほぼ廃墟のような場所なので、男以外は誰も居ない
男は苦虫を噛み潰したような顔で、電話をしていた
アリババ
「取引中に、警察が割り込んできました。結果だけ言えば、取引は失敗です」
アラジン
『ふぅ……詳しく話せ』
アラジンは、不機嫌なのが電話越しから伝わってくる。自分の失態にアリババは、慌てるでもなく正確に説明していく
アリババ
「どういう訳か、取引場所に警察が二人現れて、一人は俺が撒いたんで、今頃地下道で彷徨ってます。あの場所で迷えば絶対、出てこれませんよ。電波も届かないですし、数日経てば勝手に衰弱します。もちろん、俺の姿は見せてないので、運よく出てこられた所で問題ないです」
ここまでは、アリババもまだ許容範囲内だった
アリババ
「もう一人は、依頼人が襲って実験に使うって、現場付近に放置してます。こっちも俺は認識されてないので、問題ないです」
つまり、偶然出会った二人の警察官に関して言えば、アリババにとっては無関係な存在だ
アリババ
「肝心の問題は、ここからです。まず依頼人に渡す予定だった"増幅薬"は、取引現場に置いてあるままです。それに関しては、予備を持ってるんでいいんですけど……俺が取引として渡して貰うはずだった研究資料も、取引現場に置いたままになってて、今は本格的に警察が旅館に集まってるんで、現状取りに戻るのは難しいですね」
最初にアリババが言った、取引が失敗した意味が分かったアラジンは、片手に持っていたりんごを握りつぶした
グシャ
と、電話越しからりんごが潰れる音にアリババは、冷静に「すんません」と素直に謝る
アラジン
『そうなった理由は?』
アリババ
「取引を成立させる前に、依頼人の要望で先に細菌の入った容器を運ぶのを手伝った結果です。運んでる間に、別の人間が来たんで戻るに戻れなかったんです」
自分の失態にアリババは、どんな罰も受ける覚悟だったが、微かに聞こえる笑い声に「またか」と呆れた
アラジン
『ふふ、ふ…ふ…』
アリババ
「あのー、結構真剣な話しなんで、小動物と戯れるの後にして欲しいんですけど…」
アラジン
『潰れたりんごの汁を舐めに、腕まで登ってきてな。こいつの毛がくすぐったくなる』
アリババ
「実況はいいですから、指示を下さい」
アラジン
『あぁ、すまない。研究資料の回収にはシンドバッドを向かわせる、お前は依頼人を手伝うといい』
アリババ
「了解です」
アリババが電話を切るまで、アラジンが飼っている小動物と戯れている声が聞こえていた
アリババ
「ほんっと、小さいものに甘いんだよなー。あの人」
アリババは呆れながらも、無邪気な笑みをこぼしたのだった