学会参加者
何となく芥を放っておけず、彼に連れられるまま着いた先は、病院内に併設されているカフェだった
カフェ内の仕切りは、花壇で適当に区切ってあるだけで、外から見える開放的なスタイルだ
そのせいもあり先程、看護師に「早く帰って下さい」と言われた手前、いまの紾にとって居心地はあまり良いものではない
紾は何とか移動出来ないかと、先に空いている席についた芥へと喋りかける
蔡茌 紾
「カフェならこの辺りにいっぱいあるだろ。別にここじゃなくても、いいんじゃないか?」
芥 昱津
「病院にある……カフェって、薄味の…料理が…あるから…」
蔡茌 紾
「そ、そうか」
マスクをしていても、嬉しそうな声色と目元を細めた芥がウキウキしているのだと分かると、出ようなんて言える筈もなかった。諦めた紾は仕方なく向かいの席に座る
それにしても、看護師から注意を受けたのは芥も同じ筈なのに、全然気にしていない様子に紾は、ビクビクしている自分が馬鹿らしく思えた
蔡茌 紾
(よく考えれば、別に悪い事してる訳じゃないしな……もしかして、俺が気にしすぎ…なのか?)
悩んでいる紾を他所に、芥は予め机の上に置いてあったメニュー表を広げ、すでに注文を決めていた
芥 昱津
「僕…カツサンドに、する」
蔡茌 紾
(カツサンドって、薄味なのか??)
一瞬、そんな疑問が浮かぶも診察終わりの紾には、口に出してツッコミを入れる元気はない
芥 昱津
「めぐ、る…くん、は?」
蔡茌 紾
「俺は、コーヒーにしようかな。あまり食欲がなくて、芥は気にしないで食べてくれ」
何も頼まないのも気が引けた紾は、無難に飲み物の欄の一番上に書いてあるコーヒーを選ぶ
芥 昱津
「だったら…くず湯とかも……いいかも、温まるし…胃にも、たまるよ。食欲がない時に…カフェインの多い…コーヒーは胃が…荒れるから…」
蔡茌 紾
「そうなのか、知らなかった。いつも、とりあえずでコーヒーを頼んでたからな…」
まさか、芥からアドバイスをもらうとは思わず、紾は素直に関心した
芥 昱津
「とろみが、あって…飲み物って、言うよりか……スープ寄り、だけど…抵抗が無い…なら、くず湯が…おすすめ」
蔡茌 紾
「せっかくだし、そのくず湯ってやつにしてみようかな」
馴染みがない名前だったが、心配してくれた芥のアドバイスを嬉しく思った紾は、そのままくず湯を注文する事に
机の上に置いてある呼び鈴を鳴らして、店員を呼ぶと芥が二人分の注文を済ました
蔡茌 紾
(カツサンドの他にも、コロッケと煮卵も追加で頼んでたぞ。カフェインとか詳しかったし健康面を考えたら、この時間は食べた方がいい…のか?)
現在の時刻は正午を過ぎており、一般的には軽食やおやつの時間だ。紾は食生活のリズムが良いので、普段この時間に食べる事が少ない
一方で好きなものを、好きな時間に好きなだけ食べるタイプの芥は、食生活どころか生活リズムも狂い続けている
そんな事など知らない紾は、あまり回らない頭で考えたせいか、勝手に芥が健康志向なんだと決めつけた
蔡茌 紾
「健康に詳しいなんて、俺も見習った方がいいな」
芥 昱津
「…ぼ、く…別に、詳しく…ないよ。僕が、知ってるのは…カフェイン中毒者の…胃の中身」
蔡茌 紾
「なんだって??」
聞き慣れない言葉につい口が滑ってしまったが、紾は目の前で、ニタリと不気味な笑みを浮かべた人物が、死体好きで有名な解剖医だと言う事をすぐに思い出し、自身の失言に後悔した
芥 昱津
「解剖した時、にね……分かるんだ。詳しく…聞きたい?」
いくら芥の顔に話したいと書かれていたとしても、流石に食事の場での解剖話しは聞きたいとは思えず、紾は慌てて違う話題を探す
蔡茌 紾
「そ、そういえば、芥はどうして病院に居たんだ?風邪とかじゃ、なさそうだよな」
不自然な話題の逸らし方に、焦りが隠せてない言葉は、誰がどう聞いても"あからさま"だと分かるだろう
蔡茌 紾
(芥に悪気はないんだよな)
不可抗力とは言え、自分から疑問を口にしておいて話題を逸らすのは、あまり態度が良いとは言えない。素直に断れば良かったと反省する紾に対して、芥は怒るでもなく、素直にその質問に答えた
芥 昱津
「細菌の、検査…だよ。僕、学会に参加……して、たから。絶対に受ける、ようにって…通告が、来たんだ」
蔡茌 紾
「そういえば、さっきもそんな事を言ってたな」
『えへへ…僕は、細菌の…検査。紾くん…は、カウンセリングの…帰り?』と、出会った時に芥が言っていた事を思い出す
蔡茌 紾
(待てよ、もしかしなくても同じ事を二回聞いてるよな。咄嗟だったとは言え最悪だ)
もしこれが、黎ヰなら「その質問、二回目」と言ってハサミの柄で突いてくるだろうし、曳汐なら淡々と「さっきも答えました」と言ってくるだろう
いくら受診終わりで、疲れているからといっても失礼な態度を繰り返すのは良くない。そう思った紾は、唐突に芥へと頭を下げた
蔡茌 紾
「すまない。さっきと同じ事を聞いてしまって」
芥 昱津
「気にして、ないよ…だって、さっきは…さっきだから……話の流れとか、もある…でしょ?」
蔡茌 紾
「え」
怒ったり、からかわれたりするものだと思っていた紾は、芥の全く気にしていない様子に驚いた
蔡茌 紾
(わざわざここで食べたり、二人組に何か言われてた時と言い、一体何を考えてるんだ?)
明らかに、詰め寄られていた筈なのに芥は、何ともなかったように紾と接した。その様子が気に掛かり、病院内のカフェで一緒に過ごす事になった訳だが……
蔡茌 紾
(そういえば俺、芥とあんまり喋った事ないよな)
異常調査部でも、芥は"解剖医"だ。普通なら、一つの部署に解剖医が一人だけ配属されている事はない。解剖が必要な場面がくれば、解剖医達が居るラボへと足を運ぶ、それが当たり前だが、何故か異常調査部には専用の解剖医が存在する
その理由は紾も知らないが、芥は調査があってもなくても、いつも解剖部屋の奥に居座っており、滅多な事がない限りあまり顔を出さない
だからか、紾は芥との接点があまりない事に、今更ながら気がついた
芥 昱津
「めぐ、る…君…こないだの、事件のことも…あるから、本調子じゃない…のも、仕方ないよ。練習の成果は、どう?」
蔡茌 紾
「……練習って、なんの話だ?」
一瞬、何を聞かれているか分からず聞き返した紾は、数秒後質問に答えた芥に目を見開く事になる
芥 昱津
「射撃練習、だよ。きっと、毎日してる…よね」
蔡茌 紾
「?!」
芥 昱津
「えへへ…驚いて、る…」
蔡茌 紾
「な、な、な、なん、で」
密かに練習していた筈なのに、まさか芥に気づかれているとは思わず、紾は目を見開き口を半開けにする
芥はというと、だらしなく机に上半身を預け顔だけを、紾へと向けながら彼の質問に答える
芥 昱津
「だって…火薬の匂い、するもん」
蔡茌 紾
「え!?そんなにか、ちゃんと洗濯してるはずなんだけど」
言いながら、紾は腕を鼻に寄せて匂いを嗅ぐ。だが想像していた火薬の匂いどころか、いつもの無臭がして眉間に皺を寄せる
蔡茌 紾
「いや、全然しない…よな??」
芥 昱津
「服、じゃなくて…ネクタイ…だよ」
しまったと言うように、紾は顔をしかめた
蔡茌 紾
「ネクタイ?!それは、盲点だった」
ネクタイは頻繁には洗わないし、射撃場にいる時も着用したままだ。火薬の匂いが付いていてもおかしくはないだろう
芥 昱津
「気づいたのは、こないだ…皆んなで、テレビ鑑賞…してた、時……だから、安心…して」
正直、何が"安心して"なのかは不明だったがそんな事よりも、ある可能性が紾の頭をよぎった
蔡茌 紾
「芥が気づいたって事は、ま、まさか…」
恐ろしくて続きが言えないのか、だんだんと顔を青くしていく。それを見た芥は、彼が何を言おうとしているのか察し、コクリとうなづいた
芥 昱津
「黎ヰ君は……もっと前に、気づいて…ると思う…よ…多分、だけど……煇羽ちゃん、も…そういう匂いには、敏感だから、普段、同じ空間に…居るなら、気づいてるはず」
蔡茌 紾
「つまり、全員気づいてるって事か。しかもかなり前から」
紾が射撃練習を始めたのは、発砲事件の翌日だ。当たらなかったとは言え、隅田に向かって引き金を引いたのは確かだった……しかも、隅田には目的となる標的がおり、人前で何度も拳銃を撃つ事で"いつでも殺せる"と、その場にいる人間の思考を奪い支配していた
現場での緊張感は体験した者にしか伝わらないだろう。正しい判断というのは結果でしか評価されない。あの時何が最善かなんて、きっと誰にも分からない
だとしても、紾は"気づけば引き金を引いていた"……なんて事はもう御免だと強く思った。刑事事件を扱う立場上また同じような場面に出くわす事になるかもしれない
その事を真摯に受け止めると、次は誰かを傷つけてしまうかもしれないし最悪の場合、命を奪うかもしれない拳銃を、果たして自分は扱う事ができるのだろうか?
ふと、そんな疑問が紾の頭に浮かびあがった
最初はそれを確かめる為に射撃場へと行ったが、意外にも震えると思っていた手はしっかりと拳銃を持ち、引けないと思っていた引き金は、冷静に的を捉え引く事ができた
そんな結果に紾は、自分の中で拳銃というものが、マイナスになっていないのだと分かると、訓練して腕を上げておけば、きっと次は別の選択肢を作る事ができると思い、前向きに射撃場へと通う事を決めたのだった
ちなみに、この事を心理士である狭硯に告げていれば、早々にカウンセリングは終了していたであろう事は、本人は気づくよしもない
密かな特訓のようなつもりだったので、その行いが全員にバレていただけでなく、気づかないフリをさせてしまっていた事を知ると、どうしても気恥ずかしさが勝ってしまい、明日からどんな顔をして仕事をすれば良いのか分からなくなってしまう
芥 昱津
「凄い、よね…紾君……」
頭を抱えていた紾に芥が、ふとそんな事を言った
蔡茌 紾
「なにも凄くはないだろ。練習って言いながら特に上達もしてないし、カウンセリングもまだ終わってないし……なんか、空回ってる感じだ」
最後の方は完全に独り言だった。数日前の世瀬の言葉が頭を過ぎる
『不満がなくたって、心身共について行けてないんじゃないのか。異常って言われてる連中とずっと仕事してりゃ、まともな人間はお前みたいになんだろ』
まるで黎ヰ達がおかしいと、そう言われている様で否定した紾だったが、今思い返してみると親友である世瀬が言いたかった事は、"お前に異常調査部は向いてない"だったのではないかと思った
蔡茌 紾
(狭硯先生も、そんな感じがしたんだよな)
狭硯は、拳銃発砲については問題なしと判断したが、紾が警察官として働いていけるかについては今後の診断次第だと、カウンセリングを続行した
その二人の人物の言葉が、紾の頭の中で一つの答えを導き出す
蔡茌 紾
「俺は、そんなに警察に向いてないのか?」
芥 昱津
「そう?なの?」
蔡茌 紾
「!?、すまない独り言なんだ、気にしないでくれ」
完全に自分の世界に浸っていた紾は、芥の存在を忘れていた事に気づき驚いた
芥 昱津
「よく、分からないけど……僕は、異常調査部に…来てくれたのが…紾君で良かったって、思ってる…よ」
蔡茌 紾
「……芥」
相変わらずだらしない体勢のままだったが、紾の耳に届いた声音は、少し柔らかい…何故だかそんな気がした
芥 昱津
「紾君が、凄い…のは、射撃場に通ってる事…じゃなくて、次を考えて…前を向いてる…とこ。そう言う人は…きっと、性に合ってる合ってない……に関係なく、どんな職業も…自分のモノに、出来ると…思う、よ」
精一杯を伝えてくれてる、その気持ちを嬉しく思うと同時に紾は、自然と笑みをこぼした
蔡茌 紾
「ありがとう。なんだか、まだ頑張れる気がするよ」
さっきまで、答えのない迷路にいて疲れていた筈なのに、芥の優しさに触れて元気が出てくるのを感じていた
こう言う所が普段、世瀬に言われている単純な部分なのかもしれないと、自分の事ながらに紾は思った
注文した品が机の上に揃った時だった、すっかり逸れていた話を思い出した紾は、食べやすいサイズにカットされていたカツサンドを食べている、芥へと質問を投げかけた
蔡茌 紾
「俺の話ばっかりだったけど、芥は体調に問題ないのか?」
芥 昱津
「検査の…こと?陰性だった…から、大丈夫…。もともと、僕は…体調不良とか、なかったから」
蔡茌 紾
「僕はって、気になる言い方だな」
芥 昱津
「少し前に、ね…ある学会が開かれて、参加した数人が…体調不良を訴えて……検査した、結果…微量の細菌が、検出されたん、だって。だから…念の為に、参加した人…全員に検査通告が、あったん…だ」
芥の説明を聞いた紾は、どうりでいつもより病院内が忙しないはずだと納得した
芥 昱津
「念の為に…許可をもらって…陽性だった、人の検査結果も……もらったから、僕も…少し調べようと、思って」
先程、看護師から取り扱いは注意するように言われて、渡されていたモノの正体が分かる。と、同時に紾の中で何か大事があるのかと疑問が過った
蔡茌 紾
「調査が必要な事なのか」
芥 昱津
「うーん、と…ね」
どう説明しようかと一度、言葉を止めた芥は何かを考えてから、あまり紾と目を合わせないようにして喋り出した
芥 昱津
「細菌は…この量だと…すぐ死滅する、から問題視しなくて、いいんだけど……その、ね…学会が…」
蔡茌 紾
「?あ、あくた??」
なぜか、もじもじと言いにくそうにする芥を見て、何かまずい事でも聞いてしまったのではと焦ってしまう
蔡茌 紾
「言いにくいなら別にーー」
紾が話を止めようとした時、意を決した表情で芥がその言葉を遮った
芥 昱津
「今回の…学会で発表、された医療用機器が…凄いんだ」
蔡茌 紾
「え、医療…機器?」
どこかで聞いた事がある話しだなと思った紾だったが、考える間もなく芥が勢いよく話しだす
芥 昱津
「分かりやすく、言うと…医学には…専門分野が、あるでしょ。内科とか、外科とか、本当はもっと…細かい区分があるし、国内と国外とじゃ…技術も進歩も、違う。だから、医師達…は、研修とか…学会を通して、学んでいくんだけど、人間の…限られた時間と…脳を駆使しても、年月は掛かるし……常に進化して、いくものだから…学ぶ事は、尽きないんだ」
警察官という職業にも、鑑識課や刑事課といったように、さまざまな部署で分けられている。それと似た様なものだろうと、紾は頷く
蔡茌 紾
「言いたい事は分かったけど、それが医療機器となんの関係があるのか、さっぱりだぞ」
芥 昱津
「そこが重要、なんだよ。今回発表された…医療機器は…分野別、にした…世界中の、医師達の…手術例とか、医療事項を…一つにまとめる……って、ものなんだ」
蔡茌 紾
「ん、それってどうなるんだ??」
鑑識課の仕事内容と刑事課の仕事内容が、ひとまとめにされたとしても、余計にややこしくなる気がして、紾は眉間に皺を寄せ、答えを求めるように芥を見る
芥 昱津
「極端な例…だけど、もし紾君が…骨折して外科に、行くとするでしょ。そこで…腹痛が起こったとして、も…内科じゃ、なくて…そのまま外科の、先生が…診れるん、だよ」
蔡茌 紾
「そんな事が、出来るのか」
芥 昱津
「今の、は…あくまでも、例えだから…出来るように、なったとしても…遥か先の未来…だよ。今はまだ、専門医は…専門外の知識を、吸収…するよりも、より馴染みのある…知識を得た方が、いいだろうから」
蔡茌 紾
「て事は、その機器があれば自分の専門外の知識が、簡単に分かるって事か!」
芥 昱津
「実際は…言葉ほど、簡単って…訳じゃないけど、高度な手術…とか医療技術が、共有出来るし…実経験での時間が、増やせれば…医師不足も解消、出来る」
芥の説明を聞いた紾は、確かにと頷いた
蔡茌 紾
「聞けば聞くほど、凄いな。医学的に大きな進歩なんじゃーー」
そこまで言うと、自分が吐いた言葉が頭の中でこだまし、狭硯の顔が脳裏に浮かんだ
蔡茌 紾
「もしかして、世界的に注目を集めた医療機器って、その事だったのか」
少し前に、カウンセリング中に医療機器学会について、話していた事を思い出す。その時は、緊張していてあまり理解できてなかったものの、芥の話を聞いて改めて、凄い発明なんだと紾は理解する事ができた
芥 昱津
「でも……実際に搭載、されるのは…まだまだ先。国外で認められてる、手術でも…日本じゃ認められてない、もの…とか、国同士の問題とかも…ある、から」
そこで、一度言葉を区切ってから芥は、グラスを手に取り水を飲んだ
芥 昱津
「一番の、問題は…機器を作るための……資金源なんだよ。ある子会社が…医師不足で…手術が遅れて、大切な人を失った事…から、何十年もかけて…開発を進めてたん、だ。でも、誰も無名の開発に…投資して、くれる人はいなくって……借金まみれになって、諦めようとしてた、時に… 佶加って人が…投資、してくれたんだ」
紾は知らないが、佶加と言う人物は若くしてやり手の資産家で、その界隈では有名な人物だ
説明していた芥は、心打たれるものがあったのだろう、その目は微かに潤んでいた
芥 昱津
「だから…学会で発表できるまで、試作品を…作る事ができたし、そのお陰で…今では…国境を飛び越えて…沢山の投資者からも、投資の話が…きてる」
蔡茌 紾
「なんだか素敵な話だな。人の暖かさが感じられるというか、一日でも早くその医療機器が世界中で活躍出来るといいな」
思わぬ話しに心が温まるのを感じた紾だったが、それでも芥が何故細菌について、調べようとしているのかは分からないままだ
芥 昱津
「さっき言った…国同士の問題とか、それ以外にも…色んな障壁は…ある、から…何十年とかかる…かも、だけど……僕も、成功して欲しいって…思ってる」
言いながら芥は、またもじもじと落ち着きない素振りをし、目線を合わせない様に下を向いた
芥 昱津
「もし、細菌の…話が…公になっちゃったら、きっと…学会は…関係ない、のに…面白おかしく、記事にされる…かもしれない」
医療機器学会に参加した数人の体内から、微量な細菌が発見されたのなら、その原因が別の所にあったとしても、世界的に注目されている学会との関連性を関連づけた方が、あらゆる記事は売れるだろう
記事だけではなく、SNSやオカルト界隈からしても恰好の的になる確率は高かった。それだけなら、まだマシだが、もし大発表された医療機器にフォーカスを当てられでもしたら、悪評がたち投資者が減るかもしれない
芥 昱津
「普通…なら、医療機器と…細菌なんて、関連づかない…けど、エンタメの世界は……そう言うの、気にしない…から」
先ほど芥が紾に話した以外にも、医療機器は沢山発表された。もちろん開発には時間も資金も必要とするものばかりだ
実際に学会に参加していた芥には、どの発明も人々の努力の結晶で、そこには医療を良くしようとする人類の進歩を感じる事ができた
なのに、下らない世間の嘘で医療機器学会に携わる人達の発明が台無しになれば、本来なら助かる筈の命も失われてしまうかもしれない
芥 昱津
「先に…原因を、突き止めれば…いいかなって、思ったから……僕なり、に…調べようって……」
誰に頼まれてもないのに、勝手に最悪の事態を想像している自身に、恥ずかしくなり芥のか細かい声がより一層小さくなっていく
蔡茌 紾
(つまり、芥は学会に風評被害がいかないよう、細菌の原因を調べようとしているのか。それも、人の為に)
【死体を見ると笑う解剖医】それが世間から見た、芥 昱津という人物像だった
村嶋と羽野の二人も、倫理観に反した異常な芥を知っているからこそ、わざと突っ掛かっていたのだろう
だが、今日こうやって話を聞いた事で紾は本来の芥は、思いやりと優しさがある人物なのだと知れた気がして、単純にその事が嬉しく思えた
蔡茌 紾
「俺にも手伝わせてくれないか」
誰かの為に何かをする芥を手伝いたいと思った時には、紾は自然と口から気持ちが出てしまっていた
芥 昱津
「えへへ、あり、がとう」
無邪気に笑いながら、お礼を言う芥からは異常という言葉とはかけ離れて見えた
だが、芥についた世間からの評価は、そう簡単には払拭される事はないのだと、この時の紾はまだ理解してなかった




