12話 私が全部食べちゃったワ
「果樹を枯らした悪い子はいねがー!」
「も、もうちょっと静かに進まない?」
そして足を踏み入れたのはこの森のど真ん中、前回はドラゴンがいた場所だ。その中心に人影のようなものが見える。
「犯人はお前だな! とりあえず謝れ! そして瘴気を止めろ」
「もうやってきましたか。その剣幕からするに家族を、それとも大切な仲間でも失ったのでしょうか? 実に哀れだ」
男の声だ。背は高い。髪は白。大きく黒いローブをはおっている。なんて顔色の悪さだ、真っ白じゃないか。こいつはもう少し外で運動をするべきだ。
「いや、そこでコルカラの木が枯れてるじゃないか!」
「あっそうですか...... 申し遅れました、私は人よんで死者の王ーー」
「黙れ、なんで悪人面のヤロウは聞かれてもないのに自己紹介を始めるんだ? ルールで決まってるのか? もう死ぬお前の名前なぞに興味はない」
「い、威勢がいいじゃないですか。気に入りませんね。龍がいないこのチャンス、あと数時間もすればこの森一帯は死の瘴気に包まれます。それまで待っていなさい」
「トト、黙って瘴気を吸え。全部だ、全部吸っちまえ、俺がお前に力を貸す」
俺はトトの幽体の中に右手を差し込む。ドクン、と彼女の体に波紋が広がり明滅する。
「へえ、やっぱりユートの力は規格外ね。これならすぐに終わりそう」
トトが両手を掲げて目を閉じる。一息吐いて、スゥと小さく吸い込む。周りの瘴気が渦を巻いてトトに吸い込まれ始める。
「やめろ! 瘴気の生産が追い付かないじゃないか!」
そんなことを叫びながらヤツは近付いてこない。なぜだ? 襲いにくればいいのに。
よく見るとヤツのローブが消えかかっている。体の輪郭もぼやけ始めているようだ。分かったぞ、こいつの体自体が高密度の瘴気で出来ているんだ。だから瘴気を絶賛吸い込み中のトトに近づけないってわけか。
なら話は簡単だ、俺は右手を通じてさらなる力をトトに送り込む。大気が氾濫する。森が揺れる。
ものの1分もしないうちに森は静けさを取り戻した。何もなかったかのように 鳥が鳴く。
「ちょっと食べ過ぎたくらいね、ゲプ」
トトはこれまでにないほどの存在感を放っている。色が濃くなり、ひょっとしたら触れるんではないかというような気がするほどだ。あれだけ大量の瘴気を取り入れたなら、種族として進化してもおかしくないレベルだもんな。
一方自称、死者の王さんは影も形も見あたらなくなってしまった。もしかして。俺はトトをちらっと見る。
「ええそうよ、私が食べちゃった。王を名乗るだけあって美味しかったワ」
なんか割りと強そうなやつまで食べちまったのか...... その時彼女が少し胸を押さえた。
「ん? ゲホ、ゲホゲホ。うえっ」
「いきなり吐き出すなよ下品だな。というか吐き出されたこれは何だ? 」
地面の上に黒くてツヤツヤのスライムのようなものが落ちている。無駄に輝いていて目を惹く外観だ。
「分からない。でも死者の王さんを吸い込んだときに吸収できなかったモノみたいね」
「なんかレアそうだし持って帰るか」
ポケットにでも入れておこう。それよりも今気になるのはトトのステータスだ。
「なあ、お前ってステータス開けるのか?」
「多分開ける......かも? この体になってから開いたことがないのよね。よし、ステータスオープン」
トトの周りに数字が踊った。普段俺たちのステータスは青っぽい文字で表示されるのだが、彼女のそれは赤っぽい文字だ。レベルは...... 120。駄目だ、人間の限界であるレベル99をとっくに突破してしまっている。
「どうすんだこれ...... レベル80で勇者クラスだろ? バケモンじゃねーか、四天王レベルじゃねーか」
「私は悪いことをするつもりがないし、別にいいじゃない」
「そうだな、しょうがなかったしな。これから俺についてきてくれるか?」
「もちろんよ。実体なんていつ壊れるか分かったもんじゃないしね」
よかった。まあ俺が管理していれば大事には至らないだろう。
「食べ物は全部死滅しただろうし、さっさと帰るか」
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家に帰ると皆がエントランスで心配そうに待っていた。夜遅いんだから寝ればよかったのに。俺はかくかくしかじかと説明する。
「という訳で発生源は倒しましたし、瘴気は全てこいつが処理しました」
「美味しかったワ」
「オバケ怖い......」
「まだお2人が出ていってから1時間も経っていないんですけど...... でも瘴気が完全になくなってますし、本当なんでしょうね。ユート様ヤバ過ぎです」
「分かったから今はギルドに帰ってくれ。もう眠いんだ」
「それではさっさと退散しましょう。でもこれだけは分かって下さい。ユート様はこの街を救った英雄なんですよ。私はあなたに最大限の敬意を払います」
こう言い残して、ギルドの受け付け嬢は帰っていった。
「リリ! 大丈夫だった?」
「ねえシェフィ、ユートがこの程度のことで怪我すると思う?」
「確かにそうだね」
「いや、心配してくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
「えへへ、やったあ」
「あれ? トトはどこに行ったんだ?」
「私はここよ」
彼女が階段を下りてくる。俺が作った体に戻ったようだ。実体があると顔をじっくりと眺められる。切れ長の目は涼しげで、キリッとした眉が印象的だ。
クラムを盗み見てみると、平気そうな顔をしている。トトが幽体でなければ大丈夫らしい。
「シェフィ、この服はなんなんだ?」
「ごめんねー。ホントにこれしかサイズが合うやつがなかったの」
トトはメイド服を着せられている。そりゃあもちろん働いてもらわないと困るが、メイドと決めつけるのも可哀想じゃないか。俺としては可愛いからアリだけど。
「メイド服なんて懐かしいワ。あの頃はこれを着たメイドが沢山いて、私はそれにほんの少し憧れたのよ。ああ、私も一緒にお屋敷の掃除をしてみたい、お買い物をしてみたい、ってね」
本人が良いっていうなら別にいいか。そして口ぶりからして、トトはこの豪邸の令嬢だったようだな。
「そうだ、あなたたちにこのお屋敷のことを紹介してあげましょう、メイドのようにね。ご主人様こちらへどうぞ」
幼女がうやうやしく腰を折って手招きする。
「案内されて嬉しいのは私くらいじゃないか? ユートとシェフィはもう調べ尽くしてるだろうし」
とクラムが口を挟む。
「大丈夫です。まずは灯りをつけましょう」
トトがにっこりと微笑む。するとエントランスに、そして廊下にあったロウソクに青い火が次々と灯った。
「私の家で、この家が私、か」
「その通り。それではこちらへ......」




