11話 街を瘴気から救え~幽霊の軽口を添えて~
「大丈夫です。3Pじゃないから入って下さい。なにか緊急の連絡があるんでしょう?」
「本当ですか? 入りますよ?」
ゆっくり慎重に扉が開かれる。受け付け嬢の顔がひょっこりと覗いた。
「はぁ、ユート様はいっつも私に見せつけてるんですか? 騎士だからってセクハラで訴えますよ?」
「偶然です偶然。それよりも連絡を」
「えーオホン、魔の森からの瘴気が街に近づいています! 現在も街の瘴気濃度は高まり続けており、朝までにはこのフルミタの街の住人は全滅するとの予想! リアルタイムで連絡、即出撃を頼める人物の中でただ1人、騎士であり賢者級の魔法使いであるユート様に出撃要請が出ています」
「俺がいかなければ?」
「街は全滅です」
「行きましょう」
よくこれだけのことを知らせる前に愚痴ることができたな。この嬢ちゃん事件なんかを取り扱いすぎてどっかおかしくなってるんじゃないか?
それにしても森から瘴気か。ドラゴンが原因だと思っていたが違ったらしい。ケジメをつけるためにも俺が行くべきだろう。
しかし、もし森の奥に敵がいたらどうしよう。シェフィとクラムを瘴気の中に連れてゆく訳にはいかないし、俺は敵と戦ってレベルアップする訳にはいかない。これしかないか。
「トト、俺と一緒に森にいってくれないか?」
「いいよ。私なら瘴気を吸っても大丈夫だものね」
「リリー、探し回ったけどサイズ合いそうなのがこれしかなかった。あれ、どうしたの?」
「私とお兄さんの2人っきりで夜の森に出掛けるの。朝までゆっくり、ね」
こいつ見た目は幼女だけど、どう考えても精神年齢はシェフィ、クラムよりも上だよな。これはこれで面倒この上ない。
「違う。そこのギルド嬢の頼みで森の瘴気を絶ちにいくんだ。トトにはそれについて来てもらう」
「私もいくよ!」
「森は瘴気が濃すぎてダメなんだってさ。私と待ってるしかないよ」
「クラム説明ありがとう。という訳でなんの服か分からんがシェフィはこの体に着せといてくれ。トト、瘴気に体が耐えられるか分からんから幽体だけで俺についてこい」
「かしこまりました」
幼女の体からフワリと半透明のトトが抜け出る。
「うわ! 幽霊?!」
「はい、トト=ラック=フィアンスです。以後お見知りおきを」
「へ? はい、よろしくお願いします、私はシェフィ」
「丁寧な幽霊ね。ユートに従うってことは見る目はあるみたいだけど、私はクラムでいいわ」
「ふふ、皆さんご丁寧にありがとうございます。さあお兄さん行きましょう」
「俺はお兄さんだが、お兄さんではない。ユート=ゴナン=リリックだ。」
「ゴナン......?」
「ミドルネームに反応するなよ。ユートか、略してリリでいいよ」
「いや、なんだかとっても懐かしいなって思ったですよ。なんででしょうねぇ? よく分かんないです」
「さっきまでのちょっとお姉さん口調はどうなったんだよ...... いきなりキャラ変更するな」
「うん? 私は普通に喋ってるだけだけど? お兄さんのことはユート、って呼べばいいのね?」
「もういいよ、急ごうぜ」
ーーーーーーー
俺は闇に覆われた森を全速力で走る。灯りはなくても俺だけなら問題ない。さっきまで3人で走っていたときの10倍くらいの速さか。10分以内には中心部にたどり着くだろう。
それにしっかりと着いてくるのはトト。俺の横に浮いて並走している。幽霊にスピードという概念はあんまり関係なさそうだし驚きはない。
「前と同じルートだが瘴気が濃くなってるな。まだ森の浅い所だけど、一般人が耐えられる濃度じゃない」
「私は天国みたいに感じるんだけどね」
「今さら俺を裏切るとか言うなよ」
「そんなことする訳ないじゃない。実体のある生活、それが私の悲願だったもの。それをユートが叶えてくれたのだわ」
「そりゃどうも」
しばらく2人とも無言だった。今は目標に向かってる。だから特に話すこともなかったのだ。
森の中心に近づくにつれて、瘴気はどんどん濃くなってゆく。シェフィとクラムを連れてこなくてよかった。彼女たちがいたら、俺は1秒ごとにヒーリングを使うハメになっていただろう。
ちらっと横を見る。トトが大きくなっている。なんで?
「なんかお前大きくなってないか?」
「......本当に大きくなってる。ちょっと瘴気を吸いすぎたかしら? でも美味しいんだもの」
「この黒髪パッツン幼女が偉そうなことを言うな。さっさと元に戻れ」
「はいはい、元の大きさになればいいんでしょ。よいしょっと」
トトは縮んだ。しかし、今度は色が濃くなってないか? しかも薄く発光し始めた気がする。
「なんで色が濃くなってるんだ?」
「大きくなったものを縮めれば密度が増す。当然でしょ? ついでに私が強くなるんだからいいじゃない」
いや別にお前が強くなるのはいいんだ。ただあんまり濃くなるとディテールが向上し、セーフだった所がアウトに近づいてしまう。トトは自分の見た目が全裸幼女だということを意識するべきだ。
「強くなるったってなあ。そういやどうやってお前は戦うんだ? 物理的には触れないんだよな?」
「んー、今からそれを披露できそうね。私とおんなじ、瘴気の塊みたいな野郎が前にいるみたい」
「瘴気に関しては俺よりも一枚上手ってとこか。確かに気配があるな、頼むぞ」
5秒ほどして木々の間から敵があらわれた。大きな熊。こいつ、さっきクラムが倒した熊じゃないか。どうやら死体が瘴気に犯されて魔物になったようだな。
「ゾンビ系ね、こんなの雑魚じゃない。すぐに片付けてあげる」
トトがゾンビ熊に飛びかかる。爪が降り下ろされるが、幽霊に当たるわけがない。そのままトトは熊のデカイ体の中に入ってしまった。
突然、熊の体がガクガクと震え始める。内側でなにが起こっているのだろう。始まりと同じように唐突に熊の体の震えは止まった。そして、熊がセクシーなポーズをとった。
「乗っ取ったのか?」
「死体だったからね、簡単だったわ」
半分腐った熊が喋る姿は中々にシュールだ。
「で、これからどうするんだ?」
「このまま5分も放っておけば回路が焼き切れるんだけど、さっさと終わらせましょうか」
熊の手が自分の頭に伸びる。そして捻り、捻り、捻り、取れた。頭が落ち、その後体が倒れた。横たわる体は急速に干からびてゆく。ちょっと、いやかなりエグい絵面だ。トトがフワリと浮き上がる。
「さあ先を急ぎましょう?」
「そ、そうだな」
「熊の魂なんてあんまり美味しくないものね」
やっぱり食べてやがった。満足そうな顔をするからすぐに分かるんだ。
さらに走り、俺たちは森の中心部にたどり着いた。前回ならば瘴気なんて全くなく、清浄な空気に満ちていた場所だ。
しかし今は禍々しいほどの瘴気に満ちあふれている。犯人か原因がここにあるはずだが、なんの気配も感じない。
「仕方ない、何があるか分からんが中心へいこう。ドラゴンがいた場所だ、ヒントがあるかもしれん」
「ええそうね」
「あー! コルカラの木が枯れてる! ちょっと楽しみにしてたのに......」
「え、ええ。早く行きましょ?」
「こんなレアな果物を駄目にするなんて許せねえ。絶対に謝らせてやる」
「今までで一番やる気にみちてるわね......」




