プロローグ:完全フルリモート環境の構築
「セシリア! 金勘定しか能のないつまらん女め。貴様のような強欲な女は、不毛の地ソラリスへ追放してくれる!」
婚約者であるアルヴィン王太子のその言葉から、三日後。
「……はぁ。やっと着いた」
私、セシリアは、王都から遠く離れた辺境ソラリスの、ボロボロのあばら屋の前に立っていた。
隙間風が吹き抜ける木の壁。ホコリまみれの床。ネズミの鳴き声。
普通の公爵令嬢であれば、絶望のあまり泣き崩れるシチュエーションだろう。
しかし、私の顔は自然と綻んでいた。
「最高。これで誰もアポなしで訪問してこない。完全なる『フルリモート環境』の完成ね」
私は前世、ブラック企業で働くプログラマーだった。そして副業でせどりを営む、ただの過労死寸前の現代人。
だからこそ断言できる。自らの肉体を酷使する労働など、この世の悪であると。
公爵令嬢として、無能な王太子の代わりに王国の財政を(手動で)立て直す日々は、まさに地獄のデスマーチだった。
でも、それも今日で終わりだ。
私はドレスのポケットから、道中で拾った安物の『魔石』をいくつか取り出し、床に転がした。
そして、杖の代わりに拾った木の枝で、床のホコリを払うようにスラスラと幾何学的な魔法陣を描いていく。
魔法陣。この世界では呪文詠唱の補助ツール程度にしか思われていないが、私から見ればこれはただの『ソースコード』だ。
魔石というハードウェアに、最適化した条件分岐(If文)を書き込んでいくだけ。
「えーと、まずは環境構築ね。『魔力供給=True』の場合、『対象=家全体』で『物理的清掃アルゴリズム』を実行。……よし、デプロイ(展開)」
パァァァッ……!
私が指を鳴らした瞬間、魔石が青白い光を放ち、泥人形のような小さな『自動化ゴーレム』が3体ポコポコと生み出された。
感情を持たない彼らの目は、ピコーンと機械的な光を点滅させている。
『Task.Accepted(タスク、ジュリシマシタ)』
ゴーレムたちは猛烈な勢いで動き出した。
1体が雑巾がけを神速で行い、1体が壊れた家具を秒速で修繕し、残る1体がどこからか持ってきた茶葉で完璧な温度の紅茶を淹れる。
ものの1分。
廃屋だったあばら屋は、チリ一つない快適な別荘へとアップグレードされた。
「ふぅ……」
私は修繕されたばかりのふかふかのソファに深く腰掛け、淹れたての紅茶を一口飲んだ。
最高だ。泥臭いサバイバルなど一切不要。これぞ、私が求めていたスローライフ。
その時、空間にホログラムのような半透明のウィンドウがポップアップした。
王都の相場や物流状況を監視するために、私が王宮時代にコッソリ仕込んでおいたモニタリング・ツールだ。
『Warning(警告):王都の小麦流通量が前日比70%ダウン。物流ギルドの馬車が停滞中』
『Error:王宮予算の承認プロセスが停止。アルヴィン王太子の決裁待ちが300件を突破』
私が裏で回していた自動処理をすべて切ってきたため、早速あちらの経済がバグり始めているらしい。
「あらら。これはすぐにインフレが起きてパニックになるわね」
私は紅茶のカップを置き、空中のウィンドウに向かって指をスワイプした。
「ま、私には関係ないか。……通知設定、オフ、と」
ピュンッ、と警告音は消え去り、辺境の小屋には再び優雅で静かな時間が訪れた。
さあ、これからは私のために、私の好きなようにシステムを構築しよう。
世界経済を支配する、怠惰で最高な引きこもり生活のスタートだ。




