第二十八話 西川双葉
「どうしよう・・・・・・・・・・・・・」
《まあ、どうにもならないわな》
呪詛の殆んどを消し飛ばされた能面と、かかえたま気を失っている一人の男。
両足はパンパンに腫上った上に着衣はボロボロ。
部屋の中は物が散乱して、足の踏み場も無い。
ついでに襖も障子も、そして扉も無い。
「はぁ・・・随分派手にやったわね」
役を全く果たさなくなった玄関から、一人の若い女が入って来た。
紺色のレディスーツに身を包み、長い黒髪を後ろに束ねた姿は荒事とは無縁の何処
かの大手企業秘書を彷彿させる出で立ちだった。
ただ、足元が工事現場に最も馴染む黒い安全靴なのが全てを台無しにしていた。
その靴で散らばったガラス片や皿の残骸を踏みしだきながら近づいてきた。
「あ~、取り敢えず貴方も封印士で間違いないかしら?」
「ああ、なったばかりの初心者だが」
「ふ~ん、破邪の太刀を持った初心者・・・・・ねえ」
この介入者に対して錬は強い警戒感を持ったまま、相手をしていた。
(極力こちらの情報は渡さん方が良いじゃろう)
頭に響く湖月からの忠告も有ったが、そもそもこの惨状を見て冷静な人間がまとも
な訳が無い。
関係者である事を考慮しても、荒事が日常茶飯事の人間なのだろう。
間違っても御近づきには為りたく無い。
出来れば永遠に疎遠でいたいが、相手にその気が無かった.
「西川双葉」
「は?」
「私の名前よ、貴方は?」
「あ、ああ、滝津 練」
「へええ、練ね良い響きだわ」
「ど、どうも・・・・・」
「それで話は変わるけど、それは貴方が?」
「ええ、まあ」
「良い腕ね、初心者とは思えないわ」
値踏みするような視線が爪先から頭の天辺までを撫で回す。
「それで、あなたは何処でこの男の事を?」
「古美術の交換会で見かけた」
「そう、へえ~交換会で・・・・・・」
意味ありげな問いかけに首を傾げていると、直ぐに湖月の呆れた様な叱責が飛ぶ。
(阿呆、纏った呪詛を感じ取れる力が有るか確認されたのじゃ)
この場合の正解は取引で訪れた際に呪物の存在に気が付いたので、知らない振りを
して後日、破邪の太刀をもって訪れた、だ。
しかし、今更言い換える事も出来ない。
「所属は?何処の神社?直属の上司は?近くに住んでるの?」
案の定、興味を持たれたらしく、さまざまな質問が飛んできた。
「ええと・・・・」
慎重に答えようにも質問が多すぎて考えが纏まらない。
「恋人は?どんな女性が好み?もしかして結婚してる?子供はいるの?」
もう、完全に身元調査をしにきた探偵事務所の職員と化している。
「も、黙秘します」
こちらはこちらで、警察の取り調べ室で悪あがきする犯罪者の回答だ。
湖月の呆れたと言わんばかりの溜息が聞こえる。
「あら警戒されちゃった?他意は無いの、相方のパートナーにどうかと思って」
「相方?」
「ええ、外でボロボロになって気絶している、ア・レ・よ」
予想通りというか、何の捻りも無いというか、態々聞く必要も無い。
「御遠慮させていただきます」
「あら、どうして?結構可愛いわよ、胸も大きいし」
「特殊警棒を振り回す女性はちょっと・・・・・・」
「大丈夫よ、ベッドの中には持ち込まない様に言っとくから」
「何の話になってるんだ・・・・・」
「パートナーになってくれれば貞操も差し上げますって話」
もう本気か冗談かさえ判断出来ない状況になりつつ有るが、錬には確信が有った。
こいつらと関わると絶対に碌な事が無い。
湖月も警鐘を鳴らす、とにかく逃げろと。
激しく同意した錬は、ついでに何もかも押し付けられないかと考え始めた。
「冗談はさておき、封印しようとしたのは貴女達が先なのでは?」
「ええ、ちょっと知り合いがね、何なら私の体を提供しても良いわよ」
「なら呪物を確保したのはそちらと言う事にしては?さらっと変な事を混ぜない」
「そうさせて貰えると助かるわ、あら、私は本気よ」
「では私は最初から関与していないって事で、謹んでお断りします」
「有難う、恩にきるわ、何なら二人一緒でも構わないわよ」
「ではそう言う事で、何も聞こえません、さようなら!」
これ以上の会話は毒にしかならないと無理矢理その場から退出したが、意外にも
西川双葉はそれ以上絡む事も、引き留める事もしなかった。
脇に避けて錬に道を譲ると、にっこり微笑んだだけだった。
「丸投げ成功!それに諦めてくれたみたいだな、よかったよかった」
《甘いわ大馬鹿者、あれが大人しく引き下がる様な女に見えるか?》
「・・・・・やっぱり、また接触して来るつもりかな?」
《十中八九、間違いないと思うぞ》
「最悪だ・・・・・」
事実、錬と湖月の懸念は直ぐに実行される事になる。
「同じ封印士、名前さえ分かれば調べるのは簡単なのよ、滝津君」
案の定、全く諦めていなかったが、後日それが如何に困難か思い知る事になるとは
夢にも思っていなかった。
「内閣直属?情報開示不可?接触禁止?・・・・・いったい何者なの・・・・・・」
もちろん琴音が他の女を近づかせない為に細工しているのだが、練本人でさえ全く
知らされていない。
異常なまでに拗らせた嫉妬と執着と独占欲の結果である。
付け加えるならば、久我を筆頭とする関わった関係者、誰一人問題視しなかった。
(直接自分達に被害が及ばないなら全て黙認しよう。)
これが琴音の周囲が最近到達した境地である。
下手に異議など唱えて地獄の論争に引きずり込まれ、精神がボロ雑巾になる位なら
見て見ぬ振りをする。
皆、自分の身が可愛いいのだ、誰にも責める権利など無いだろう。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ




