第20話:舞台のあと、マリアに届いた一通の台本――“最期の物語”への誘い
高校演劇全国大会。
都立朝霧高校の『銀河鉄道の夜』は、観客と審査員を静かに圧倒した。
マリアは、最後まで何も口を挟まずに、すべてのシーンを観ていた。
カーテンコール。
凪咲をはじめとする部員たちは、涙と達成感に揺れていた。
三谷先生が小さく言った。
「あなたが戻ってきてくれて、本当によかった」
マリアは微笑み、そっと返した。
「……たぶん、今日が“私の高校演劇”の、ほんとうの卒業式だったんだと思います」
そして、彼女は東京へ戻った。
それから数日後。
マリアの元に、一冊の分厚い台本が届いた。
差出人は、映画『夜の聲』でタッグを組んだ清家修一監督。
タイトルは、ただ一言――
『朱音マリア』
ジャンル:長編映画(半ドキュメンタリードラマ)
原案・監督:清家修一
脚本:大迫瑞希(『暁の声』脚本家)
マリアは息を呑んだ。
数ページを読み進めると、そこには彼女自身の過去――
「16歳で才能なしと切られた日」
「恋人に裏切られ、盗撮された日」
「海外修行で言葉を失いながらも演技を模索した日々」
すべてが、**フィクションを装った“現実”**として綴られていた。
そして、ラストシーン。
それは、彼女が最優秀女優賞を手にし、観客の前で微笑むシーンで終わっていた。
でも、それだけではない。
脚本には、こう記されていた。
【この物語は、終わっていない。
朱音マリアが“演じることで未来を切り開く”ことを選び続ける限り、
彼女の物語は、生き続ける。】
マリアは震える手でページを閉じ、電話を取った。
清家修一につながる。
「……なぜ、私にこれを?」
「お前にしか演じられないからだ。
他の誰が演じても“演技”にしかならない。
だが、お前が演じれば――それは、記録になる」
「世界に“朱音マリア”という存在を、物語として残すんだ」
静かに時間が流れる。
マリアは、少しだけ考えて、口を開いた。
「……この作品を引き受けるなら、ひとつだけ条件があります」
「なんだ?」
「ラストは“現在”で終わりません。
これからの私の人生が、まだ続いていくという“余白”で終わらせてください」
「私はまだ、“最期の物語”を演じたくありません。
私は、“生き続ける女優”ですから」
電話越しに、清家監督が笑う。
「――わかった。“朱音マリア”は、終わらせない」
そして制作が正式発表された。
【朱音マリア、本人役で主演――話題の長編映画『朱音マリア』製作決定】
本人の半生をモチーフにした異例の企画に、早くも国内外から注目が集まる。
SNSは大騒ぎとなり、ネットニュースはこう見出しを打った。
「復讐から証明へ。朱音マリア、今度は“自分自身”を演じる――女優の究極」
台本を手に取るマリアは、静かに言った。
「今度こそ、本当に私自身で“芝居”をする時が来たのね」
そして、ページをめくる。
そこに書かれた一文を、彼女は心の中で読み上げた。
“女優とは、自分の物語を、他人の命のように生きる仕事である”
朱音マリアという物語は、まだ終わらない。
そして、次なる一歩は――“自分を演じる”という、誰よりも難しい挑戦。
その瞳は、未来をまっすぐに見つめていた。




