第19話:帰国と次なる選択――朱音マリア、“原点の舞台”へ
羽田空港、国際線到着ロビー。
大勢の報道陣が詰めかける中、朱音マリアは、静かに帰国した。
記者たちはマイクを伸ばす。
「お帰りなさい! 最優秀女優賞の受賞、おめでとうございます!」
「世界を見た今、次はどんな舞台を?」
「ハリウッド進出の話も出ていますが――?」
だがマリアは、深く礼をし、こう答えた。
「次は、**“日本語で、舞台に立つ”**つもりです」
曖昧な答えに報道陣がざわつく中、彼女はそれ以上言葉を加えず、車に乗り込んだ。
その翌日、彼女の元に届いた一通の封筒。
送り主は、ある都立高校の演劇部顧問・三谷咲良。
内容は、こうだった。
ご無沙汰しています。演劇部の三谷です。
あなたがヴェネツィアで賞を獲ったこと、部員全員で中継を見ました。
実は、うちの演劇部が地方大会で脚本賞を取り、今年の全国大会に進出することになりました。
演目は『銀河鉄道の夜』です。
もしよければ――“アドバイザー”として、舞台作りに関わってくれませんか?
高校時代、唯一“逃げずに言葉をくれた”先生からの手紙。
そして、あの頃、自分が**「才能がない」と突き落とされた原点**。
マネージャーは渋い顔をして言った。
「もちろんあなたの名前を使って集客する魂胆でしょうし、正直リスクもある。今ならどんな脚本家とも仕事できるのよ?」
だがマリアは言った。
「分かってます。でも、いま行かないと……私は“過去の亡霊”に負けたままです」
「だから、“勝ちに行く”んじゃない。“支えに行く”んです」
そして、彼女は静かにその封筒を握りしめ――
都立朝霧高校へと向かった。
木造の古びた講堂。そこには、かつての自分と同じように震えている少女たちがいた。
「朱音さんだ……本物だ……!」
「どうしよう、プロの女優だよ……!」
彼女たちの目は、期待と畏怖が入り混じっていた。
だがマリアは、静かに言った。
「大丈夫。私は、みんなの邪魔をしにきたんじゃない」
「“いちばん下から芝居を始めた人間”として、ここに立ちたかったの」
「みんなと一緒に、“この舞台”を創りたいの。……一緒にやらせてくれますか?」
そして、少女たちは、彼女を受け入れた。
演目は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』。
“ジョバンニ”という少年を中心にした、生と死、喪失と赦しを描く物語。
マリアは、演出アドバイザーとして構成に参加しながら、
一番緊張していた部員・凪咲という少女の相談役となった。
「私……セリフ覚えても、感情が乗らなくて。
みんなに申し訳ないって思ってばかりで」
震える彼女に、マリアは言った。
「……あなたは“申し訳ない”ために芝居してるの?」
「違う」
「だったら、“誰かのために泣かない”ことも芝居だよ。
ジョバンニは、泣きながら生きてるんじゃない。“泣かずに愛する”子なの」
「感情って、泣くことだけじゃない。“堪える強さ”も、芝居になるの」
凪咲は泣いた。でも、次の練習から目が変わった。
そして数日後、劇の稽古は完成に近づいていた。
全国大会直前。
最後の通し稽古を終えた後、三谷先生がポツリと呟いた。
「……16歳のあなたを、“守ってあげられなかった”のが、今でも悔しいのよ」
マリアは静かに言った。
「でも先生がくれた“ノート”と“場所”が、私の始まりだったんです。
だから今、こうして戻って来られました。――ちゃんと、自分の意思で」
翌朝。
高校演劇全国大会。
朱音マリアは、観客席のいちばん後ろでそっと目を閉じ、
ステージに立つ“あの子たち”を見守る。
そこには、かつての自分が――
そして、“新しい物語を始める少女たち”が、生きていた。




