第2話:“彼女は誰だ”――スタジオが凍りついた瞬間
「では、朱音マリアさん。よろしくお願いします」
オーディションのスタジオは、静まり返っていた。
審査員席には、ドラマのメインスタッフたちが並んでいる。
その中心にいたのは、名匠と呼ばれる演出家――神林圭吾。
無表情。冷たい目。
“本物”しか生き残れない、現場を知り尽くした男。
私が演じるのは、ドラマのヒロイン候補――心を閉ざした少女が、主人公の言葉で少しずつ笑顔を取り戻していく場面。
台本を持たされるのではなく、即興での演技審査。
彼らは、演技力と“空気の変化”を見ている。
(大丈夫。何度も練習してきた)
私は深く息を吸い、静かに目を閉じた。
次の瞬間――少女の役に“なった”。
「……誰も、私のことなんて見てないくせに」
審査員の誰かが、ハッと息を呑む音が聞こえた。
「優しいフリして……私のこと、哀れんでるだけじゃん」
私は足元を見つめながら、体を小さくすぼめた。
震える手。伏せられた目。こぼれるような独白。
「どうせ、私が泣いても、笑っても、誰も気づかない。だったら、何も感じないほうが楽じゃん……」
シーンの終盤、私は静かに顔を上げた。
わずかに滲んだ涙を、指先で拭う。
「……ねぇ、今の私、ちゃんと“生きて”る?」
カメラの赤いランプが灯る。
誰かが小さくつぶやいた。
「……彼女、誰だ?」
沈黙が、スタジオを支配していた。
全員が、呼吸するのを忘れていたようだった。
演出家・神林が、初めて眉を動かした。
「……ありがとう。もういい」
声は低く、だが確実に色を含んでいた。
私は、軽く頭を下げて退出した。
扉の外に出た瞬間、酸素が戻ってくる。
心臓がバクバク鳴っていた。
でも――確かに掴んだ。あの瞬間、全員の心を私が支配していた。
控室に戻ると、他の女優たちが私を見た。ざわついている。
“誰? あの子?”という視線。興味と警戒が入り混じった目。
ふと、その中に――見覚えのある顔があった。
東條遼真。
彼は私を見ていた。まるで幽霊でも見たかのような顔で。
私の目を、じっと――逸らせずに。
ふふっ。気づいた?
でもまだ、思い出せないでしょ。
あの日、あなたが「才能なし」と捨てた女が、今こうして、
あなたの目の前で“ヒロイン”として立ってるなんて。
復讐は、これからよ。
私の、復讐の幕を上げたばかり。