第一話:あなたには才能がない――そう言われたあの日
「茉莉、お前……もういいよ。お前には、女優の才能なんてない」
冬の夕暮れ。冷たい風が、スタジオ裏の壁を鳴らしていた。
その言葉は、風よりも鋭く、私の心を切り裂いた。
あのとき私を捨てたのは、恋人であり、所属事務所の看板俳優だった――東條遼真。
彼は売れ始めていた。私の存在は、彼にとって邪魔だったのかもしれない。
「監督も言ってた。お前、表情が硬いんだって。台詞も棒読みだし……。正直、俺、恥ずかしいよ。お前と一緒にいたの、間違いだったかもな」
その場にいた他のスタッフや俳優たちは、何も言わなかった。
それが何より、答えだった。
私は、捨てられた。女優としても、人としても。
その日のうちに事務所から契約解除の通知が届き、SNSには私を貶める噂が流された。
「粘着ストーカー女」「枕で仕事取ろうとして失敗」
そんな言葉が、無数に並んでいた。
全部、東條の“噂好き”な取り巻きが流したのだろう。
反論する術もなく、私は業界から消えた。
――夢も、努力も、愛も、信じたものすべてが、私を裏切った。
けれど、それから三年。私は、再びこの場所に戻ってきた。
「失礼します。朱音マリアです。オーディションに参りました」
受付でそう名乗ると、係員が書類を確認し、無表情のまま会場への案内を始めた。
朱音マリア。これが、いまの私の名前。
白雪茉莉では、もうない。
私は海外で演技を学び、幾多の舞台に立ち、技術と精神を鍛え直した。
もはや“あの頃の私”とは別人だ。
整形などしていない。ただ、メイクと表情、そして目の光が違う。
──そして何より、心が違う。
「配役リスト、見た?」
すれ違った若い女優が、友人と小声で話していた。
「主演、東條遼真だって……やばくない? 本物じゃん」
私は、思わず口元を綻ばせる。
――なんという偶然。あるいは、運命の悪戯か。
けれど、私にとってはこれ以上ない舞台。
因縁の相手が主演のドラマ。そのヒロイン役を、私が取る。
それが、今日のオーディションの目的だ。
控室のモニターには、すでに遼真の演技映像が映っていた。
相変わらず、甘い声と優男風の演技。演技力はある。顔もいい。
でも――私は、知ってる。
あの男は、感情を込めて演じられない。心が空っぽだから。
「次、朱音マリアさん、どうぞ」
呼ばれた瞬間、私は立ち上がる。
もう迷いはない。私の演技で、全てを塗り替えてやる。
あの日、あの男に「才能がない」と切り捨てられた私が。
いまここで、“本物の演技”を見せるために――
私は、歩き出す。




