歪んだ愛情の末路
アッシュレは、アルターナに向かう船の中で一人苛立ちを隠せなかった。
船室の中の隅で側近の男が、アッシュレの怒りを買わないように静かに耐えている。船に乗ってから何をしても目障りだとメイドや侍女に当たり散らす。
アッシュレはあの土煙の向こうにクラウドに似た男と小さな人影を見て直ぐにアルターナへ戻る事を決意した。幸いにもクラウドが暗殺された事となっているので直ぐに戻る口実が出来たが、アッシュレも風属性の魔力があるので嵐が来るのは予測は出来為、日間も船を出せなかった。
(あの、小さな影は、アルテシアだったのだろか?バガラルの国中を闇雲に追う事は不可能だ。第一王女を使ってクラウドをおびき寄せれば全てが明らかになる)
もしあの人影がクラウドとアルテシアだったなら不味い方向に事が進んでいる。暗殺前ならクラウドもアルテシアを第一王女の為に素直に引き渡しただろう。しかし、クラウド自身の暗殺を図った事が、クラウドに知られる事になった。そして、実際にアッシュレから逃げた。
クラウドが毒を飲んだのは確かだ。あの毒から助かるには聖属性魔力を持っていても無理だった。強い神力の持ち主、教皇ぐらいのレベルのものだ。何故ならあの毒は禁じ手である呪毒である。
バガラルの国にいる者ではアルテシアしか考えられない。彼女は聖女である。神力の持ち主だとしても不思議ではない。
クラウドを救ったのがアルテシアだったのなら…。アルターナの第二王子の真の姿を知ったと言う事になる。
ガッシャン!
アッシュレは頭に血が上って持っていたグラスを床に投げつける。一瞬、張り詰めた緊張感が走る。怯えながらメイド達が慌てて片付ける。
アッシュレは慈悲深いアルテシアがクラウドの事を知れば惹かれる事は確信していた。
クラウドがエレンから引き継いだのであろう、人を魅せる暖かい眼差しを持っている。あの目がアッシュレは自分から何もかも奪っていく気がして気に入らなかった。だから、幼い頃からあの目を絶望感や怒りに変える事で気持ちを抑えていた。
そして、父である国王も執着心が強い為にエレンの愛情を受けていた実の子、クラウドを疎ましく思っていた為に幽閉されていた事はアッシュレにとっては都合が良かった。
「クッソ!アルテシア。あんなに大事にしてきたのによりによってクラウドなどに、許せん!必ず連れ戻す。アルテシアを手に入れたら今度は離さない。心など手に入れなくてもいい!捉えたらアルテシアの目には私しか映させない!私の好きにさせてもらう。もう少し待っていてくれアルテシア。君に相応しい生活を僕が用意しておくからね…」
声を荒げる事で気持ちが落ち着いたのか自嘲気味にアッシュレは腹を抱えて笑った。側近は怯えながら黙って見ているしかなかった。
そして、船はアッシュレを乗せてアルターナ国へ向う。
一方、アルテシア達はバガラル国の王都に向かっていた。馬車ではアルテシア、レナルド、ソフィアが乗っていた。
クラウドとハルクは護衛の騎士達と馬で移動している。当初はハルクとクラウドとアルテシアでバガラルの王都に行く予定だったが、ハルクがバガラル国とラーダス国が戦争を起こす可能性が高い事を懸念してレナルドもついて行く事になった。
ソフィアは正気に戻って間もないので使用人達だけのところに置いて行く訳にもいかず、ソフィア自身も閉じこもっていたので王都を見てみたいと言う希望もあって一緒について行く事になった。
「クラウド殿下と王都の近くの街からラトゥールに来た時は三日もかかりましたが馬車を使えば1日で着くのですね」
窓から外の景色を見ながらアルテシアはレナルドに話しかけた。レナルドは少し不思議そうな顔をして考えて何か納得したらしくアルテシアに答えた。
「アルテシア様はアッシュレ殿下に追われて山岳を通って来られた事とクラウド殿下は馬を走らせなかったから時間がかかったのでしょう」
アルテシアは不思議そうな顔をしてレナルド尋ねる。
「アッシュレ殿下に追われていた時以外は馬に乗っていても走る事は無かったです。ゆっくりとラトゥールに向かったのですね」
それを聞いてたソフィアが可笑しそうに笑う。
「アルテシア様は乗馬されてないようですね。慣れない者が馬に乗るのは大変な事なのですよ。きっと、クラウド殿下はアルテシア様に無理をさせないようにゆっくりと馬を進めたのでしょう」
馬車の中から外を見ていたアルテシアが馬に乗ったクラウドと目が合い思わず膝に視線を移す。
「わ、わたくしは回復魔法が使えますので多少の無理は大丈夫だったのですが…クラウド殿下に要らぬ気を使わせました」
ソフィアがふふふと笑った。
「きっと、アルテシア様に回復魔法を使わせる程の無理はさせたく無かったのでしょう。先程からクラウド殿下も心配そうに馬車の中を覗いていますわね。これではハルクお兄様もわたくしもアルテシア様とクラウド殿下の間に入る隙もございませんね。お父様?」
レナルドは笑いながらソフィアを咎める。
「ソフィア、始めからその気もないのに…。見なさい。アルテシア様の顔を悪戯に困らせるのではない」
「そうですわね、お父様。申し訳ございません。アルテシア様。あら?お顔が赤いですわ」
アルテシアは自分の顔に手を当てると熱を感じた。頬が火照っているのが分かる。
レナルドから笑顔が消えてアルテシア言う。
「アルテシア様、この度の謁見ではダニエル国王陛下はもしかしてアルテシア様のご意志と反する事を言われるかもしれません」
アルテシアはレナルドを見つめて少し沈黙の時が流れる。そしてアルテシアは覚悟決めたように言う。
「伯爵様は、私が聖女としての責務を拒むとお考えなのでしょう。その様なお考えに至っても仕方ないと思っています。わたくしは全てを捨ててアルターナ国から逃げたのですから…」
レナルドはアルテシアから目を離さず問う。
「では、アルテシア様はやはり聖女様の役割は拒絶されるおつもりですか?」
「伯爵様、誤解しないでください。私は聖女として認めていただければどんな責務も負います。民が望むなら苦ではありません。私はアルターナの王太子の婚約者として半年程、過ごしました。その間、与えられるものには不自由な事は無かったのですが、公の場でも言葉を発する事は許されず、殆どは部屋から出る事を許して貰えませんでした。家族にも訪ねてくる者にも会えませんでしたし…聖女としての立場が与えられるなら、私は喜んで国に尽くしたかったのですが、まさかまた、王太子の婚約者として過ごし聖女としての役割を果たせないとは思いませんでした。私の言葉など王宮の一室から消え去ってしまいます。あの時は自分は一人だと思っていましたが今はその様には思っていません。わたくしの小さな声を聞いてくださる方が沢山いる事を知りました」
レナルドは黙ってアルテシアの話を聞いていた。アルテシアは一息つくと話を続ける。
「例え、聖女の責務が自分の意に沿わない事を求めても、それが後に正義となるであれば喜んで致します。わたくしの声を少しでも聞いて頂きたいだけなのです。しかしわたくしはまだ、未熟です。ハルク先生にもたくさん教わりました。わたくしの言葉を聞いていただいて初めてそれが間違いだったことに気付く事もあるのです。臆病なわたくしの為に戦うと言ってくれる方もいます。わたくしだけが何故、逃げる事が出来ましょう?」
アルテシアが話を終えるとレナルドは片手を胸に手を当て頭を下げる。
「アルテシア様、失礼な事申し上げました。お許しください」
そしてレナルドは顔を上げて続けて言った。
「アルテシア様は王宮でクラウド殿下の母君のエレン様と同じ様な事をされていたのですね。王妃になればもしかしたら同じ末路を辿っていたかもしれません」
「どう言う事でしょう?」
アルテシアは初めて聞く名前エレンと言うクラウドの母親と似ている事をされたと言われて驚いていた。
「エレン様は庶民の子で、よく教会で病気の子の世話をしたり、同じ庶民でエレン様自身が裕福でないにもかかわらず自らの食べる分も分け与えていたりして、とても慈悲深い幼少時代を送っていたそうです。当初、伯爵で司祭をしていた方に目が止まり養女として引き取られたと聞いています。そこの伯爵家から王宮の侍女に上がったのが運の尽きなのでしょうか?国王の目に止まり、嫌がるエレン様を無理矢理、手籠にしたと言われています。その後、国王はエレン様に、異常な執着心を持ち一室閉じ込めてしまった…」
「伯爵様はエレン様と面識はあったのでしょうか」
「ええ、当時、医官の役職だったのでアルターナ国は魔力の治療が主ですので心の医者は殆どいませんでした。私がバガラルからアルターナに派遣されご懐妊されてたエレン様を診させて頂きました。もうお心は衰弱しておりエレン様を生かしていたのはお子様達への愛情でした。私はエレン様の為にももっとクラウド殿下と一緒に過ごす時間を設けて頂きたいと国王にお願い致しましたが受け入れて頂けずに役立たずだとバガラル国に返されました」
「それは酷い…」
「その後、エレン様は出産後に亡くなられたと聞きました」
アルテシアは他人事だとは思えなかった。アッシュレの王妃になれば同じ末路を辿っていたのは間違いなかった。そんな王宮で育ったアッシュレの行動も頷けた。アッシュレも犠牲者なのかもしれない…と、この歪んだ愛情の連鎖は無くしてしまわなければ、誰も幸せにならないとアルテシアは新たな決意する。
「伯爵様、わたしくしはもう逃げません」
いつも、お世話になっています。私的な事のゴタゴタと色々ありまして執筆を中断していました。ようやく、画面に向き合う気になりました。
私ごとですが、10月からの環境の変化も変わります。
連載中のものはなるべく早くアップさせたいのは山々ですが、「冗談ではありません!」の感想、意見で面白いけど読み辛いと言う意見を頂きました。勢いで書いた作品なので、意見を頂けるとは思ってもいなかったので、大工事を先にしたいと思います。ご指摘は、少し戸惑いましたが真面目に読んでいただいて嬉しいです。
「婚約破棄と〜」や「政略結婚〜」は順次、仕上がり次第、アップしていきますので宜しくお願いします。




