悪夢からの解放
光の中でアルテシアは当時のソフィアとソフィアの母セリーヌが馬車に乗って楽しそうにしている様子を見ていた。どうやらアルテシアはソフィアの記憶の中にいるらしい。既に外は暗かった。
「お母様、今日、我儘を言ってごめんなさい。ずっと外に出れなくて今日の演劇を楽しみにしていたの」
「そうね、私も楽しかったけど、きっとお父様に叱られるわね。暫く、屋敷から出てはいけないと言われてたから」
「ごめんなさい…」
「そうね、暫くは我儘を聞いてあげれなくなるわね」
セリーヌはクスクスと笑った、瞬間、外で何やら騒ぎが起こったようだ。馬車が止まった。なにやら激しい物音が聞こえた。
セリーヌは真っ青な顔で慌てて座っていたソフィアを退かして座椅子を箱の蓋の様に開けた。そこには人が一人ぐらい入れる空間があった。ソフィアをそこに押し込めるとセリーヌはソフィアに言った。
「必ず、お父様とハルクが助けに来ますからね。何があってもそこにいなさい。絶対に出てきては駄目よ」
ソフィアは何が起こっているのか分からないがただ頷く事しか出来なかった。叫び声や悲鳴が暫く聞こえた。そしてどれだけ経ったのだろう?
馬が走って来る音が聞こえてドサっと音がした。それでもソフィアは母が言った通り黙って隠れていたが暫くするとどうやら隙間から光が溢れてきたので朝になった事がわかった。ソフィアは恐る恐る馬車から出るとそこは血の海で幾つもの死体が転がっていた。
ソフィアは血の匂いで吐きそうになったがその死体の中に見覚えのあるドレスを着た死体かあった。
「お母様!」
その死体までソフィアは走った。お願い、生きててと願いながら…。たどり着いてわかったのはその願いが無駄な事だった。触った瞬間、あの母の温かくて柔らかい感触まるでなかった。とても生きているとは思えないが僅かな期待込めてソフィアは母にしがみついた。
「お母様!目を開けて!私を抱きしめて、お願い…目を開けて、ソフィアって呼んで…」
何も答えない母、顔にも肌の見えている手や足、首にも痣が幾つもある。そして、胸には短剣が刺さっていた。もう、ソフィアその場で泣くしかなかった。
遠くから馬の蹄の音と父と兄の声だった。
「私が我儘言わなかったら…私だけ助かってきっとお父様もお兄様もお母様も私の事を恨むわ…ごめんなさい…ごめんなさい…許して…」
『それは、違うわ』
「誰?」
ソフィアが周りを見回しても誰もいない。そして、先程までの血の海もセリーヌ達の死体も消えて真っ白な空間にソフィアは立っていた。
『セリーヌ様は、貴方にそんな事を背負わす為に貴方を護った訳ではないわ』
「アルテシア様?みんな死んでしまったの!私のせいよ…」
『いいえ、貴方のせいではないわ。理不尽な理由でセリーヌ様達を亡き者にした悪者はレナルド様が罰を与え全てが終わったの。ソフィア様は酷い事をした者の為に不幸ならないで堂々と生きてとセリーヌ様も願っているわ』
「お母様が私を護る為に…」
『セリーヌ様が命をかけて護った貴方を憎むわけがないでしょう。さぁ、そんな所に囚われず此方に一緒に歩みましょう』
ソフィアの前にアルテシアが現れて手を差し伸ばされた。ソフィアはアルテシアの手を取る。振り向くとセリーヌがソフィアの後ろに立って微笑んでいた。
『お母様はいつでも貴方達を見守っていますよ。だから怖がらないでとお父様に伝えてね』
セリーヌはそれだけ言うと消えてしまった。
そしてアルテシアがソフィアに前に進む様に促す、ソフィアは覚悟決めて前に足を進める。
ソフィアが気が付くとレナルドが目の前で泣き崩れていた。
「お父様…」
レナルドはソフィアを目を見て悟った。現実を見据える目をしていた。
「暗示が解けてしまったのだね。もう、お前の心は立ち直ったのだね。すまない。私はお前の事を心が病んだのを理由に利用していただけかもしれない。本当は怖かったんだ、復讐を終え何も得なかった。何一つ、心が満たされなかった。お前の心を壊した死んだ前国王を恨み続ける事であの世にいるセリーヌと繋がっているような気がしてた」
「お父様は悪くないです。私の心が弱かったから…。お母様はお父様と私達を見守っています。だから、お父様、怖がらないでと言っておりました」
「セリーヌが…見守っていると言ったのか…ずっと怖かったんだ。全てが終わって私の中のセリーヌの記憶が薄れていくのが…そうか、見守っていると…」
後ろからアルテシアの良く知っている声がした。
「父上、やっと目を覚まして頂けたのですね」
そこには到着したばかりハルクが立っていた。
「ハルクお兄様!」
ソフィアがハルクに飛びつく。
「急いで帰って来た甲斐があった。やっと本来のソフィアに会えた。さぁ、お父様にも安心させてあげなさい」
そして、ソフィアが座り込んだレナルドに手を差し伸べる。
「お父様、立って下さい」
「ソフィア、私を許してくれるのか?私はお前を心が壊れた事を理由にお前を一生、閉じ込めようとした」
「違うわお父様。お父様は私をあの悪魔のような出来事を思い出させない様に護ろうとしただけです。私は悪夢から目を覚ましました。お父様、長い間、私を護ってくれてありがとう。さぁ、私の手を取ってください」
「ソフィア…私はずっと前国王への怨念に囚われていたのだな…」
ハルクがアルテシアの前に行き片膝を付きアルテシアの手を取り額に当てる。
「聖女アルテシア様、ティソット伯爵家を長年の呪縛から解放して頂いただき、感謝、致します」
「ハルク先生、どうぞお顔をあげて下さい。元々、ソフィア様の暗示は薄れていました。わたくしは少し背中を押しただけです。長い間、悪夢の中でソフィア様は戦っていたと思います。素晴らしいご令嬢ですわ」
アルテシアはソフィアの方を向き微笑む。ずっと、片隅で見守っていたクラウドはハルクも戻って来た事なのでもう大丈夫だろうと思い静かに立ち去ろうとした。
「お待ち下さい。アルターナ国第二王子クラウド・ルービンスタイン殿下」
背を向けたクラウドを呼び止めたのはハルクだった。
「アルターナ国第二王子…まさか…」
アルテシアは酷く驚いた。アルターナ国第二王子は公に出れない程、病弱だとアルテシアは聞かされていた。アッシュレの婚約者で王宮に閉じ込められた間も一度も顔を合わせる事がなかった。
クラウドは振り返り剣呑な目でハルクを見る。
「バガラル国王陛下よりお言付けを預かって参りました。ここでは話せない内容なので、さぁ、屋敷の中へ」
「バガラル国王陛下からの言付け…分かった。話を聞こう」
クラウドは内容は書状に出来ないものだと悟る。アルテシアはクラウドが第二王子だと言う事に戸惑っていた。
「アルテシア様もどうぞ、ご一緒に」
と、ハルクが手を差し伸べる。アルテシアはハルクの手を取り屋敷の中へ入っていった。




