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有名人という小さな憧れ

 令和になって初めての日。僕は今日部活の為都内の巨大な公園へ足を運んだ。駅前で他の部員と合流し、都内のオアシス感を味わいながら本日この校外部活動を計画した、上田みずほのもとへと向かった。

 みずほが待っていたのは見晴らしのよい広場。どれ程広いかと言えば、端から端まで走ったら間違いなくバテるであろう広さである。

 その広場のなかみずほを探すのにそう時間はかからなかった。そこにいたのは上田みずほと見慣れない帽子女。僕達は軽く自己紹介を済ませ、帽子女が自己紹介をしようと帽子を脱いだ時、僕、みずほ以外の全員は目を剥いた。何故なら、僕の目の前にいたのは、

 「初めまして、みずほの友達の橋本のぞみです。今日はよろしくお願いします」

 国民的有名人なのだから。ぱっちりとした目、見ただけで見とれてしまいそうなその微笑は、それだけでオーラを漂わせていた。

 最初に反応を示したのは一ノ関(いちのせき)はやてと徳山こまちだった。一ノ関はやては僕の友達で、徳山こまちは僕、徳山つばさの妹である。

 「は、橋本のぞみさん!?ほ、本物ですか!?」「え!!あの、橋本のぞみ!?」

 「ええ、本物ですよ。生まれたときから橋本のぞみですよ。それに、ご想像の通りだと思いますよ、こまさん」

 こまちはあだ名で呼ばれたことが嬉しかったのかにやにやが止まらない。さっきはあだ名を紹介して不機嫌だったものの、それが一気に吹き飛んだ。

 「の、のぞみさんが私のあだ名を!これは夢か!?」

 あまりの非現実的な事実についていけずこれは夢だと思い込むようにまでなってしまった。他の部員も驚きを隠せていない様子だ。さっきからつばめの落ち着きの無さが良く目立つ。

 ただし、この状況を理解していない者がいた。

 「えっと、誰だったかなぁ~。見たことはあるはずなんだけど」

 「えっ!知らないの!?ほら、最近レモン炭酸のCMに出てる人」

 こまちのその一言によりやっと僕も状況を理解した。

 人の目の前に有名人が現れた。さあ、どうする?

 そんな答えを出す前にまるで他人事のように状況を楽しんでいるような微笑を浮かばせているのぞみの口が開いた。

 「私の事を知っていたようですね。てっきり私の事を忘れたかと思いましたよ」

 「忘れた?以前お会いしたことってありましたっけ?」

 ちなみに僕はそんな記憶は一切ない。

 「ありますよ。二週間程前でしょうか。ほら、あそこであったじゃないですか。大きな観覧車の乗り場で」

 二週間程前、確かに僕はひかりと共に近所をデート、、、じゃなくて街案内をしていた。確かにあの時海浜公園の広場にはテレビ局のスタッフが芝生の上で撮影の撤収作業をしているのを見たが、あの時のぞみの姿は見えなかった。勿論芝生以外の場所でものぞみの姿は見ていない。

 「そこにのぞみさんがいたと。それ本当の話ですか?まあ、確かに二週間前くらいにそこにいた記憶はあるけど」

 その返答を聞いたのぞみはニマニマした顔で答えを言った。

 「観覧車の列のつばさくんの前にいた可愛い人です!」

 部員達の目線を浴びつつ、僕は観覧車の前にいた人を思い出す。何故か見つめてしまった女子高校生みたいな人だったようだと思う。残念ながら顔までは見れなかったが。

 「僕あの時のぞみさんの顔を拝んでいないんですけど。これはノーカンですよね?」

 「私は見たのでノーカンじゃありませんよ」

 決定権はのぞみにあるらしい。上目遣いでそう言うのぞみの顔は美しいという言葉がお似合いだった。

 「それにしても、彼女さんの姿が見当たりませんね」

 「か、彼女?」

 「えっ!お兄ちゃん彼女いたの?」

 動揺しきった兄妹が面白かったのだろう、クスクスと笑うのぞみを前に僕は、

 「落ち着けこまち、僕はまだ彼女はいない!それにのぞみさん、僕の横にいたのは小山ひかりっていう僕の友達ですよ」

 「ならガールフレンドってことでしょうか」

 「色々ニュアンスが違いますって!」

 ちなみにガールフレンドは彼女って意味ね。ボケとツッコミが炸裂した僕達を前につばめは呆れ、はやては硬直し、みずほはクスクスと笑い、あさまは何がよくわかっていない様子だった。

 「ということで、時間も時間なんで早く始めちゃいましょう!」

 僕はこの空気に耐えきれなくなりそう言い放った。


 ポートレートというのは簡単に言うと人を被写体とした撮影を指す。今回の場合のぞみが撮られる方である。ファッション雑誌とかに載るのはレフ板とかスポットライトとかという機材を用いる場合があるが、今回の場合は部活動ということでそういった機材はない。その代わりカメラの性能、己の技能、集中力が試される。

 絞りやシャッター速度を気にしつつ後輩にも教えながらのぞみを撮っていく。のぞみは撮られる事に慣れているのだろう、笑顔を崩したりしない。それどころか定期的にポーズを変えたりしている。

 「おぉ!いいね、いいね」

 と言いながら撮っている僕はまるでファッション雑誌のカメラマン又は変態にしか見えない。

 ポートレートは人を被写体とした撮影だが、今回の場合は風景も重要となっている。同じところで撮っていてもころころポーズを変えるのぞみもいずれは限界が来る。そんなときは場所を移動して、イメージをガラッとさせたりしている。この公園の場合だとTHE自然なので撮れる写真のバリエーションは限られるが、それでもイメージは変わってくる。僕達は人混みを避け印象が被らないよう場所を選んだ。それを何度か繰り返したところで正午を過ぎた。

 それまでは夢中になって写真を撮っていた。しかし腹の虫が誰かのお腹から鳴った。しかもこの場にいる全員が聞こえるくらいの大きな音が。

 キョロキョロと辺りを見回してみる。すると明らかに赤面している人がいた。僕は迷わずシャッターをきった。

 「つ、つばさくん!今の私を撮らないで下さい」

 語尾が聞こえなくなる程声が小さくなるのは顔が耳まで赤くなったのぞみだった。

 「ごめんね、のぞみさん。こいついつも撮られたくないところを撮る奴なんですよ」

 まるでいつもの事ですと言わんばかりにつばめがフォローする。あれ?僕ってそんなやっだったっけ?

 「ではここら辺でお昼御飯にします?あそこの食事処で」

 あさまが指差した方に全員が向く。そこには確かにレストランのようなお店があった。少し歩いてみてみるとなかなか賑わっており、食欲をそそる香りが僕達の鼻孔をくすぐった。

 「よし、ここでご飯食べるけどいい?って目をキラキラさせて肯定すな!」

 後ろを向いて質問したら全員が目を輝かせながら頷いていた。しかものぞみが変装したことにより後に引けなくなった。

 「よし、ここで一時間休憩!」


 食事処で昼食を食べた一行は笑顔に包まれていた。特にのぞみの食べっぷりといえばこれまたすごいものである。

 

 数十分前の出来事である。

 「えっと、のぞみさん?これ全部食べるの?」

 食事処のテーブルに置かれたのは、カレーライス、ハンバーグ、オムライスと一人で全部食べきれる量ではない。

 のぞみはこの量を目の前に「うん!」と力強く頷いた。国民的有名人がこんな量食べても大丈夫なのだろうか?それ以前に全て食べきるのだろうか?

 僕はスパゲッティーを食べながら見てみると、それはそれは良い食べっぷりだった。すぐに目の前の料理を喰らいつくしていく。その光景は某ゲームキャラのようだった。しかも満面の笑みを浮かばせている。気付けば僕はその様子をスマホで撮っていた。つばめがいつも通りに「この盗撮魔が」と言っていたがそれをさらりと無視出来るほどである。

 15分後、のぞみは全ての料理を平らげた。僕とはやては感嘆の息を吐いた。

 「のぞみさんって、やっぱすごいっすね」

 と僕が言うのとのぞみが首をかしげたのが同時だった。


 昼休憩を終えた僕達はポートレートを再開した。しかしポートレートの枠に収まらず次第に自然などの風景画も撮るようになった。

 写真部の撮影技術が高くなるのを感じつつ、僕は夕陽を見上げた。時間は夕方へと突入していった。

 「うっす、じゃあ今日の活動はこれくらいで終わりましょうか」

 「はい!今日はありがとうございました!」

 真っ先にお礼を言ったのはのぞみだ。しっかりとした挨拶。これも全て彼女にとっては当たり前の行動である。

 のぞみの言葉に笑顔を見せる一同。そこに夕陽がキラキラと光っていて、気付けば僕は本日二回目の無意識に部員たちの写真を撮っていた。題名をつけるとしたら、そうだなぁ~。『写真部の青春』だろうか。真ん中辺りにすごく眩しい人が混じっているが。

 「んじゃ、そういうことで今日は解散!」


 こういうシチュエーションを誰が予想しただろうか?今目の前にはのぞみがいる。それはさっきまでと同じである。

 しかしのぞみ一人しかいないのである。つまりは他の部員がいない。他の部員はというと、あさま、つばめ、はやては早々に帰ってしまった。帰る前にものぞみの姿をスマホに納めていたやつがいたなぁ。

 みずほとこまちは新宿方面へ行ったので帰りが遅くならないことを願おう。そんなことよりも目の前の状況を何とかしなければならない。夕陽がビル街に隠れ暗くなる街に僕はしびれを切らせ質問した。

 「えっと、のぞみさんは帰らないんでしょうか?僕もう帰るんですけど」

 質問されたのぞみは微笑を浮かべながらその質問を返す。

 「ダメですよ、つばさくん。私は今あなたと散歩がしたいです」

 「こんなところをパパラッチされたら僕はどうやって生活していけば良いんですか?」

 公園を出て近くの遊歩道を歩く。暗くなりつつある今、いつパパラッチされてもおかしくはない。それでものぞみは微動だとしなかった。

 「お願い、つばさくん。私はつばさくんと一緒にいたいの」

 国民的有名人がこんな発言するとは、僕は今日は運がよっぽど狂ってるらしい。それに僕と歩きたい理由がわからない。わからないけれど僕は多分大丈夫だと思った。それほどのぞみは別人に見えた。

 「仕方ないですね。良いですよ、のぞみさん。でも、もしパパラッチされたら責任はちゃんととってくださいよ」

 「はいはい。わかりましたよ」

 なんだかひかりと話している様な感じである。僕は妙な親近感を持った。

 「それに、私のことは『のぞみ』って呼んでください」

 「ハードルの高い注文は受け付けません」

 あはは、と笑うのぞみに微笑を浮かべる僕であった。

 「にしても初対面の時他の人とは違ってあまり驚かなかったよね?」

 「内心は相当焦ってましたよ。目の前に国民的有名人がいるんですから」

 何故か急にのぞみが上目遣いに僕の方を見た。意図を感じた僕は溜め息をつき、言う。

 「()()()()国民的有名人です」

 「よくできました!」

 ニパァ、と明るくなるのぞみ。のぞみナルシスト疑惑は一旦置いておくとして、僕はしびれを切らせ質問した。

 「で、僕と国民的有名人が散歩しているんだから、なにか訳があるんでしょう?」

 「国民的有名人?」

 「()()()()国民的有名人」

 にやけが止まらないのぞみを前に僕は溜め息をつき目配せする。

 「訳っていうか、聞きたいことがあるだけなんだけどね」

 コホンと咳払いするのぞみ。空気が変わった。

 「つばさくんってさ、徳山なすの先生の息子さん?」

 「違います。それどこ情報?」

 「なぜしらをきるのですか、つばさくん。なすの先生から色々聞いてますよ、つばさくんのこと」

 新事実が発覚した。母親が僕のことを話のネタにしているようだ。帰ったら詳しく聞こうかと思ったけれど面倒臭いので止めた。

 「ちなみになんて言ってましたか?」

 「一日中家に引きこもってるという愚痴を聞かされました」

 一日中家に引きこもってて何が悪いのかやっぱり帰って聞く必要がありそうだ。その前に忘れるだろうけど。

 「はいはい、お手上げだよ。確かに僕は徳山なすのの息子だけど、それがどうかしました?『都会戦線』のヒロインさん」

 徳山なすの著作『都会戦線』は現実世界バトルアクションライトノベルであり三年前にアニメ化、昨年実写化という人気っぷりだ。

 「その前に、私のこと知ってたじゃないですか!どうやって私を騙せたんですか?」

 ムッと頬を膨らませながら聞いてくるのぞみに僕は我慢できずに吹き出してしまった。笑い声が止まらない。

 「笑わないで下さいよ、つばさくん」

 「ごめんごめん。その情報仕入れたのさっきだよ。こまちがコソッと教えてくれた」

 「貴方の情報網も侮れませんね」

 「のぞみさんには勝てる気しないっすけどね」

 流石に芸能人相手の情報網なんて僕に劣るはずがない、と僕は勝手に思ってしまう。笑いはもう収まった。

 「もう、単刀直入にお聞きします。なすの先生ってなんであんなに爆発するんですか?」

 「それ、被害総額どれくらい?」

 「物理的じゃないです!以上なくらい元気すぎるんです!」

 「知らねー。こまちもそうだから遺伝じゃね」

 「もう、あなたたちの家族は変人ばかりです!」

 「そのなかに僕は含まれていませんよね?」

 「それ本気で言ってます?」

 「勿論」

 「バーカ」

 と、のぞみはジト目で見てきた。僕は変人なのだろうか。

 そして僕はビル街へと足を運び始めたところで質問した。

 「ここ、どこ?」

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