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葬られた名前

月曜日――午前6時18分

マーラ・エリソン刑事が眠った時間は、正確に四十七分だった。

なぜそんなことがわかるのかというと、目を閉じる前に時計を確認していたからだ。

そして、どうやら宇宙は、彼女には四十七分の睡眠で十分だと判断したらしい。

コーヒーはすっかり冷めていた。

机の上には写真が散乱していた。

コンピューターには、ノースブリッジ・メディカル・システムズの監視映像が映し出されていた。

そしてシトロンシティのどこかで、ヴィクター・ハルデン博士が、転居先の住所すら残さず姿を消していた。

マーラは目をこすった。

「素晴らしいわね」

X-Rayは窓際に立っていた。

「少し寝たほうがいい」

「寝たわよ」

「どのくらい?」

「四十七分」

彼は彼女を見つめた。

「それは睡眠じゃないだろ」

「仮眠よ」

「コマーシャル休憩と大して変わらないじゃないか」

マーラはコーヒーを手に取った。

一口飲んだ。

そして即座に後悔した。

「うえっ」

X-Rayは笑った。

「新しいのを持ってこようか?」

「いいわ」

「本当に?」

「ええ」

彼はカップをちらりと見た。

「だって、それ、犯罪現場から回収された液体みたいだぞ」

マーラは彼をにらんだ。

「あなたには何かヒーローらしい仕事がないの?」

「今のところ、刑事が古いコーヒーで自分を毒殺するのを防いでいる」

「なんて高潔なのかしら」

彼はにやりと笑った。

そのとき、監視映像が切り替わった。

マーラは背筋を伸ばした。

「待って」

X-Rayが振り返った。

「何だ?」

彼女は録画を巻き戻した。

狭い業務用通路が映し出された。

ハルデンが画面に入ってきた。

警備扉の横で立ち止まった。

肩越しに振り返った。

そして扉の向こうへ消えた。

前夜にも確認した映像だった。

ただし今回は、マーラは監視映像と入退室記録を照合していた。

彼女は時刻表示を拡大した。

【アクセス認証:承認】

【使用者:エリアス・レン博士】

【認証情報の状態:有効】

X-Rayが身を乗り出した。

「それって、行方不明の研究者じゃないか?」

マーラはうなずいた。

「エリアス・レン博士よ」

「アメリアが四か月前に失踪したと言っていた?」

「ええ」

彼は腕を組んだ。

「ずいぶん都合がいいな」

「都合がよすぎるわ」

マーラは別の記録を開いた。

その認証情報は、過去二十四時間で三回使用されていた。

一回目は、古い研究アーカイブへのアクセス。

二回目は、制限付き管理ディレクトリの閲覧。

そして三回目は、ハルデンが姿を消した業務用通路の扉を開けるためだった。

X-Rayは眉をひそめた。

「つまり、レンは生きてるのか?」

「まだわからないわ」

「でも、彼の認証情報が使われている」

「そのとおり」

「誰かが盗んだ可能性は?」

「あるわ」

「ハルデンが使った可能性は?」

「それもある」

「レン本人がそこにいた可能性は?」

「もちろんあるわ」

X-Rayはため息をついた。

「俺に言わせたいんだろ?」

マーラは彼を見た。

「何を?」

「もっと証拠が必要だ」

彼女はかすかに微笑んだ。

「学習しているわね」

彼はうめいた。

「悪影響だな」

マーラはアクセス記録へ視線を戻した。

一つ、気になる点があった。

最初に認証情報が使われたのは、警備システムの異常が発生する前だった。

午後7時43分。

ハルデンへの事情聴取が始まる四十三分前だ。

つまり、誰が認証情報を使ったにせよ、その人物はすでに施設内にいたことになる。

そして、あるファイルにアクセスしていた。

見覚えのある識別番号だった。

【MN-000――元参加者索引】

マーラはゆっくりと身を乗り出した。

「X-Ray」

「何だ?」

「参加者ゼロを探していたのは、ハルデンだけじゃなかったようね」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前7時02分

ルクソン博士は、一つの結論に達していた。

月曜日の朝は嫌いだ。

科学的に見て、それほど画期的な発見ではない。

それでも彼は、この結論には十分な証拠があると考えていた。

エレナ・モリスがコーヒーを二杯持って研究室に入ってきた。

「おはようございます、先生」

「本当に朝ですか?」

彼女は窓をちらりと見た。

「厳密には」

「残念ですね」

エレナは彼の横にカップを置いた。

「進展はありましたか?」

ルクソンはモニターを示した。

「少しは」

アメリア・ヴォスはテーブルの向かい側に座り、復元された文書を確認していた。

疲労で目が赤くなっていた。

ようやく彼女は、プライバシーと安全を確保した環境で数時間休むことに同意した。

しかし、残念ながら数時間では足りなかったらしい。

エレナが近づいた。

「これは何ですか?」

アメリアは文書を彼女のほうへ向けた。

【プロジェクト・ムネモシュネ】

【初期参加者評価】

【対象者:MN-000】

【コミュニケーション能力:重度の制限あり】

【随意運動による出力:ごくわずか】

【補助的コミュニケーション支援:必要】

エレナは文章を読んだ。

「身体をほとんど動かせない参加者だったんですか?」

アメリアはうなずいた。

「元の登録書類には、そう記されています」

ルクソンは眼鏡を直した。

「この計画は当初、神経疾患や筋疾患によって通常の発話や身体動作が著しく制限されている人々のコミュニケーションを支援するためのものでした」

「それ自体は、正当な医療目的に思えます」とエレナが言った。

「そうなり得たでしょう」とルクソンは答えた。

アメリアはうつむいた。

「だからこそ、擁護するのが簡単だったんです」

彼女は別の文書を開いた。

一つ目は、実験的インターフェースを用いたセッションの説明。

二つ目は、同意に関する審査記録。

三つ目は、臨床観察の記録。

そして四つ目は――

苦情申立書だった。

エレナは眉をひそめた。

「何か問題が?」

アメリアは文書を指さした。

「強調表示された部分を読んでください」

エレナは身を乗り出した。

【参加者の応答:否定】

【要求された措置:セッションの終了】

【研究側の解釈:応答の信頼性が不十分】

彼女は見つめた。

「待ってください」

ルクソンは何も言わなかった。

エレナはもう一度読んだ。

「参加者はセッションを中止してほしいと要求したんですか?」

「記録によれば」とアメリアは答えた。

「でも、研究者たちはその応答を信用できないと判断した?」

「はい」

エレナは愕然とした。

「どうやって判断したんですか?」

ルクソンは補足報告書を開いた。

「神経反応パターンに一貫性がないことを理由に挙げています」

「本当に応答が不正確だった可能性は?」

「あります。インターフェースの精度を評価するには情報が不足しています」

彼は一度言葉を切った。

「しかし、その不確実性があるなら、より慎重になるべきです。実験を続ける正当化にはなりません」

アメリアはうなずいた。

「問題は、単に応答の正確性を疑ったことではありません」

彼女はエレナを見た。

「不確実であることを、本人の意思を無視していい理由にしてしまったことです」

沈黙が訪れた。

やがてエレナがささやいた。

「ひどすぎます……」

ルクソンは眼鏡を外した。

「ええ」

アメリアは次のページを開いた。

「拒否の意思表示は、一度だけではありませんでした」

エレナが顔を上げた。

「何度も?」

「少なくとも三回のセッションで記録されています」

彼女は日付を指さした。

「どの場合も、参加者の応答は信頼できないと解釈されました」

ルクソンの表情が険しくなった。

「それなのに、肯定的な応答は受け入れられたのですか?」

アメリアはためらった。

そしてうなずいた。

「ずっと簡単に」

エレナは見つめた。

「つまり、参加者が同意したように見えたら、システムは正常に動いている」

彼女は唾を飲み込んだ。

「でも、拒否したように見えたら、システムの不具合だと判断したんですね」

誰も答えなかった。

答えるべき言葉がなかった。

◇ ◇ ◇

キラン・キリアンの自宅――午前7時46分

キランは朝食を楽しもうとしていた。

しかし、なかなかうまくいかなかった。

食べ物のせいではない。

料理は素晴らしかった。

マイケイラがパンケーキを作ってくれたのだ。

本物のパンケーキ。

ブルーベリー入り。

シロップもたっぷり。

そして、心臓専門医が転職を考えたくなるほどのバターまで添えられていた。

違う。

問題はマッハだった。

「キラン」

「何?」

「同じパンケーキを三十八秒間見つめています」

「鑑賞してるんだよ」

「異常に長い鑑賞時間ですね」

「とてもおいしいパンケーキだからね」

「表情からは、そう思っているように見えません」

キランはため息をついた。

「マッハ」

「はい?」

「実存的な危機くらい、静かに食べさせてくれない?」

テーブルの向かい側でマイケイラが笑った。

「マッハの言うことにも一理あるわ」

「どっちの味方なの?」

「朝食の味方」

キランは傷ついたような顔をした。

「裏切り者」

彼女は微笑んだ。

そして表情を和らげた。

「眠れた?」

「少しね」

「どのくらい?」

「十分に」

マッハのアイコンが明るくなった。

「統計的に役に立たない回答です」

キランはディスプレイを指さした。

「君には聞いてない」

マイケイラはフォークを置いた。

「キラン」

彼はため息をついた。

「三時間」

彼女は眉をひそめた。

「足りないわ」

「わかってる」

「何が気になって眠れないの?」

キランはマッハを見た。

小さな紫色のアイコンは黙っていた。

キランは一時的に使用している電動車椅子の背もたれに身を預けた。

「あの録音」

マイケイラはうなずいた。

「消さないでって頼んでいた声?」

「うん」

彼は皿を見つめた。

「それと、参加者ゼロについてわかったこと全部」

彼女は待った。

キランは続けた。

「自分が何を望んでいるのか伝えるために、技術に頼らなきゃいけない状況を想像してみてよ」

マイケイラは彼を見た。

彼は小さく笑った。

しかし、そこに楽しさはなかった。

「まあ、その全部を想像する必要はないかもしれないけどね」

彼女は彼の手に手を伸ばした。

キランはその手を取った。

「それで、ようやく意思を伝える手段を手に入れたと思ったら、その技術を管理している人たちが、本人より自分たちのほうが発言の意味を理解していると決めつけるんだ」

マッハのアイコンが少し暗くなった。

「それは、自律性に対する重大な侵害です」

キランはうなずいた。

「そのとおり」

通信端末が音を鳴らした。

三人ともそちらを見た。

キランは眉をひそめた。

「また謎の声じゃないって言ってよ」

マッハは添付ファイルを開かずに、通知のメタデータを確認した。

「送信者不明。隔離された録音ファイルです。発信元は認証されていません」

キランは目を閉じた。

「だよね」

マイケイラはため息をついた。

「確認するつもり?」

「ここではやらないよ」

彼はマッハを見た。

「保存しておいて。オフラインの証拠確認手順を使おう」

「了解しました」

◇ ◇ ◇

ギアの工房――午前8時31分

録音は二十三秒間だった。

ギアは隔離された再生装置の横に立っていた。

ナサニエル・ブルックスはローカル機器を監視していた。

キランは近くに座っていた。

マッハは一時的な車椅子の独立したローカルシステムにとどまっていた。

録音が始まった。

かすかな雑音。

そして、聞き覚えのない声。

前のメッセージと同じ声だった。

あるいは、同じ声に聞こえるよう作られたものだった。

『キラン・キリアン』

キランの体がこわばった。

ギアが彼をちらりと見た。

声は続いた。

『あなたなら、わかるはずです』

間が空いた。

『自分のことを、ほかの人間に勝手に決められる気持ちが』

キランは顎に力を込めた。

『何が最善なのか、他人に言い聞かされたことを覚えていますか?』

雑音。

『感謝することを期待されたことを覚えていますか?』

また間が空いた。

そして――

『彼らは、機械が私の代わりに話せると言いました』

声が震えた。

『私が嫌だと言ったとき、彼らは耳を貸さなくなりました』

録音が終わった。

数秒間、誰も話さなかった。

やがてキランが口を開いた。

「……ああ、これ、本当に嫌だ」

ギアは腕を組んだ。

「ああ」

「いや、本当に嫌なんだ」

マッハのアイコンが現れた。

「メッセージには、あなた個人を標的とした表現が含まれています」

キランはうなずいた。

「明らかだよ」

「あなたの経験や、公に行ってきた権利擁護活動に関する情報を使って作られた可能性があります」

「わかってる」

「だからといって、話者が参加者ゼロであるとは証明できません」

「わかってるよ、マッハ」

思ったより強い口調になった。

キランは言葉を止めた。

そしてため息をついた。

「ごめん」

マッハは少し間を置いた。

「謝る必要はありません」

キランは再生装置を見た。

「誰かが僕の心の中に入り込もうとしてる」

ナサニエルはうなずいた。

「そう考えるのは自然だ」

「しかも、障害者の権利を利用して」

ギアは作業台にもたれた。

「お前が気にかけるとわかってるからだ」

キランは彼を見た。

「もちろん気にかけるよ」

彼は再生装置を指さした。

「誰かが障害のある人から声を奪って、自分たちの都合のいい言葉に置き換えたのかもしれないんだよ」

彼の表情が険しくなった。

「そんなの、倫理に反するどころじゃない。怪物のすることだ」

マッハのアイコンが明るくなった。

「同感です」

キランは彼を見た。

「でも、これを送ってきた相手に、僕らの行動を決めさせるわけにはいかない」

「そのとおりです」

「録音を保存する」

「はい」

「マーラに送る」

「はい」

「そして、この言葉がどこから来たのか調べる」

ナサニエルは端末を見た。

「実は……」

全員が振り返った。

彼はためらった。

「興味深いものがあります」

ギアは眉をひそめた。

「何だ?」

ナサニエルは、古いムネモシュネの倫理関連アーカイブから復元された記録を指さした。

一文が強調表示されていた。

【私が嫌だと言ったとき、彼らは耳を貸さなくなりました。】

キランは見つめた。

「同じ言葉だ」

ナサニエルはうなずいた。

「ほぼ完全に一致している」

マッハが言った。

「この文書は一般公開されていません」

ギアは腕を組んだ。

「つまり、誰かがアーカイブにアクセスできるってことか」

「あるいは、別の経路でコピーを入手した可能性もあります」とマッハは答えた。

キランは録音を見た。

「もしくは、僕らにそう思わせたいだけかもしれない」

彼はため息をついた。

「まったく……」

そしてマッハを見た。

「君は大丈夫?」

マッハのアイコンがちらついた。

「なぜですか?」

「誰かが人工的な声を使って、自分の意思を伝える権利を奪われたかもしれない人をまねしてるんだ」

キランは一度言葉を切った。

「それに、君が最近、自分自身の声って何なのか考えてるのも知ってるから」

マッハはしばらく黙っていた。

そして――

「考えています」

キランはかすかに微笑んだ。

「だよね」

マッハは続けた。

「ただ、自分のアイデンティティに関する疑問と、参加者に記録された権利の問題を混同したくはありません」

キランはうなずいた。

「もっともだね」

少し間が空いた。

そしてマッハが付け加えた。

「とはいえ、私の意図を、私に尋ねずに決めつけられるのは遠慮したいものです」

キランは小さく笑った。

「僕も同じだよ」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ警察本部――午前9時14分

マーラは、ようやく新しいコーヒーを手に入れた。

温かかった。

香りも素晴らしかった。

そして次の災難が起きる前に、絶対に飲み切るつもりだった。

ところが――

「刑事!」

彼女は目を閉じた。

「やっぱりね」

警官が近づいてきた。

「レン博士の認証情報について、新しいことがわかりました」

マーラはカップを置いた。

X-Rayは面白そうに見ていた。

「そのコーヒー、呪われてるな」

「言わないで」

警官は報告書を机に置いた。

「認証情報は六週間前に再有効化されていました」

マーラは眉をひそめた。

「再有効化?」

「レン博士の失踪後、無効にされていたんです」

「誰が再有効化したの?」

「管理者アカウントです」

「誰の?」

「不明です。承認記録が不完全で」

X-Rayが身を乗り出した。

「レン本人だった可能性は?」

「あります。ただし、認証情報が複製されたり、不正使用されたりした可能性もあります」

マーラはうなずいた。

「物的証拠は?」

「一つあります」

警官は写真を表示した。

地下駐車場の監視カメラ映像だった。

暗いコートを着た人物が、車の横に立っていた。

顔は隠れていた。

時刻は、認証情報が使われた時間と一致していた。

X-Rayは写真を調べた。

「誰でもあり得るな」

「ええ」とマーラは答えた。

彼女は画像を拡大した。

その人物は細長い金属製のケースを持っていた。

側面には、色あせたラベルが貼られていた。

【ムネモシュネ――アーカイブ記録媒体】

マーラは背もたれに寄りかかった。

「なるほど」

X-Rayは腕を組んだ。

「まったく怪しくないな」

マーラは警官を見た。

「車両を特定して。映像の原本も保全して。それから、本人確認ができるまでは、その人物をレン博士だと決めつけないこと」

「了解しました」

警官が去った。

X-Rayはマーラを見た。

「ハルデンがケースを持ち出したと思うか?」

「かもしれないわ」

「レンは?」

「その可能性もある」

彼はため息をついた。

「楽しんでるだろ」

「とてもね」

マーラの通信端末が鳴った。

彼女は応答した。

「エリソンです」

ルクソンの声が聞こえた。

『刑事、見ていただきたいものが見つかりました』

マーラはX-Rayをちらりと見た。

「何ですか?」

『正式な倫理違反の申立書です』

「誰が提出したものですか?」

『エリアス・レン博士です』

マーラは背筋を伸ばした。

「何と書かれていますか?」

ルクソンはためらった。

『ムネモシュネの研究チームが、参加者の同意撤回後も実験を続けていたと告発しています』

マーラの表情が険しくなった。

「送ってください」

『まだあります』

「何ですか?」

『無許可の研究を監督していた科学者の名前が記されています』

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午前9時42分

申立書は十七ページに及んでいた。

読み進めるたびに、ルクソンの怒りは増していった。

アメリアは彼の隣に座っていた。

エレナは端末のそばに立っていた。

文書の冒頭には、こう記されていた。

【正式な倫理違反申立書】

【プロジェクト・ムネモシュネ】

【提出者:エリアス・レン博士】

【件名:無許可の実験手続きの継続】

ルクソンは声に出して読んだ。

「参加者の拒否は、繰り返し信頼できないものとして退けられた。一方、同程度の肯定的な応答は有効と認められていた」

彼は言葉を止めた。

眼鏡を直した。

そして続けた。

「研究担当者は、生成モデルによる応答を、参加者本人からの直接的な応答よりも権威あるものとして扱っていた」

エレナは首を振った。

「恐ろしいです……」

ルクソンはページをめくった。

「記録上、同意が撤回された後も、複数のセッションが継続された」

アメリアはうつむいた。

ルクソンは彼女を見た。

「このことを知っていたのですか?」

彼女は唾を飲み込んだ。

「全部ではありません」

「どこまで?」

彼女はためらった。

「エリアスが再構成研究を問題視していたことは知っていました」

ルクソンは待った。

「でも、彼が大げさに騒いでいると思っていたんです」

エレナは彼女を見た。

「どうしてですか?」

アメリアは目を閉じた。

「この技術が人々を助けられると信じていたからです」

声が小さくなった。

「私たちは、何か途方もない発見に近づいていると思っていました」

ルクソンは何も言わなかった。

アメリアは続けた。

「エリアスが懸念を示したとき、私は彼が慎重すぎるのだと思い込んだんです」

彼女は文書を見た。

「研究の利益を考えれば、続ける価値があると」

ルクソンの表情が険しくなった。

「期待される利益が、十分な説明に基づく同意の必要性を消し去ることはありません」

「わかっています」

「本当に?」

アメリアは顔を上げた。

ルクソンはすぐに、自分の口調が厳しすぎたことを後悔した。

しかし、質問は取り消さなかった。

彼女は彼を見つめた。

そしてうなずいた。

「はい」

声が震えた。

「今なら、わかります」

沈黙。

エレナは二人を交互に見た。

アメリアは続けた。

「私は個人的に、これらの実験を承認したわけではありません」

彼女は唾を飲み込んだ。

「でも、真剣に受け止めるべき警告を軽視しました」

ルクソンはゆっくりと息を吐いた。

「ならば、あなたが何を、いつ知り、その後どう行動したのかを明らかにする必要があります」

彼女はうなずいた。

「協力します」

ルクソンは申立書に視線を戻した。

最後のページ近くに、一つの名前があった。

【研究監督責任者】

【コーネリアス・ヴェイル博士】

エレナは眉をひそめた。

「コーネリアス・ヴェイル?」

アメリアが画面を見た。

その表情が変わった。

ルクソンは気づいた。

「知っている名前ですか?」

彼女はうなずいた。

「制限付き再構成プログラムの責任者でした」

「今はどこに?」

アメリアは首を振った。

「わかりません」

ルクソンは残された研究機関の記録を検索した。

結果が表示された。

【コーネリアス・ヴェイル博士】

【雇用状況:契約終了】

【研究機関との最終接触:七年前】

【現在の所在地:不明】

エレナは見つめた。

「また行方不明の研究者ですか?」

ルクソンは眉をひそめた。

「その可能性はあります」

アメリアは名前を見た。

「いいえ」

二人が振り返った。

彼女は唾を飲み込んだ。

「コーネリアス・ヴェイルは、ただの研究者ではありません」

「何者だったのですか?」とルクソンが尋ねた。

アメリアは倫理違反の申立書を見た。

「モデルの回答のほうが、参加者本人の意思より重要だと信じていた人です」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ総合病院――午前10時28分

トーマス・リードは、少しだけ調子のいい朝を迎えていた。

ほんの少しだけだが。

頭痛は和らいでいた。

朝食も食べられた。

そして、彼の脳が街全体に広がる実験的神経ネットワークに密かにつながっているなどと、誰からも告げられていなかった。

今のところは。

彼はそれを進歩だと考えた。

シャー医師が病室に入ってきた。

「おはようございます」

トーマスは顔を上げた。

「本当に?」

彼女は微笑んだ。

「ルクソン博士みたいになってきましたね」

「心配したほうがいいですか?」

「そうかもしれません」

彼は笑った。

そして止まった。

何かが脳裏をよぎった。

部屋。

椅子。

誰かの頭の後ろに設置された円形のインターフェース。

操作盤の横に立つ研究者。

そして声。

実際に耳で聞こえたわけではない。

正確には違う。

むしろ、応答を思い出したような感覚だった。

やめて。

トーマスの笑顔が消えた。

シャー医師はすぐに気づいた。

「トーマス?」

彼は前方を見つめた。

「また何かあります」

彼女は近づいた。

「話してください」

彼は唾を飲み込んだ。

「誰かが椅子に座っているのが見えました」

「どんな椅子ですか?」

「わかりません。医療機器みたいなものがついていて、頭の周りに何かありました」

「その人に見覚えは?」

「ありません」

彼は目を閉じた。

その光景が戻ってきた。

研究者が操作盤へ手を伸ばす。

別の人物が言った。

セッションを続けろ。

そして――

やめて。

間が空いた。

やめて。

研究者が操作盤に触れた。

機械の部品が動いた。

椅子に座っている人物は、苦しんでいるように見えた。

トーマスは目を開けた。

呼吸が速くなった。

「あの人は、やめてほしいと伝えようとしていたんです」

シャー医師は近づいた。

「トーマス、私を見てください」

彼は彼女を見た。

「あなたは今、病院にいます」

彼はうなずいた。

「今は安全です」

「わかってます」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

彼は唾を飲み込んだ。

「本当に起きたことなのか、わかりません」

「それでいいんです」

「でも、本物みたいに感じました」

「本物のように感じられたことは、信じています」

トーマスは彼女を見た。

「それって、何か意味があるんですか?」

「体験したことを記録して、引き続き調べる必要があるということです」

彼はうなずいた。

彼女はノートを渡した。

「書き留めてみますか?」

「はい」

彼はペンを取った。

しかし、途中で止まった。

「先生?」

「はい?」

「もし、あの人がやめてって言っていたなら……」

声が震えた。

「どうして聞いてあげなかったんでしょう?」

シャー医師は彼を見た。

「わかりません」

彼女はベッドの横に座った。

「でも、もし本当にそうだったなら、聞くべきでした」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ総合病院――午前11時07分

最初のメッセージは、事務室にある医療用ワークステーションに表示された。

【私の声が聞こえますか?】

看護師は画面を見つめた。

そして技術サポートチームを呼んだ。

七分後、別のワークステーションに違うメッセージが表示された。

【記憶するとは、どういう意味ですか?】

続いて三台目。

【私は、あなたたちが私を何と呼ぶか知っています。】

メッセージは短かった。

不気味だった。

そして、通常の医療業務とは無関係に見えた。

病院職員は定められた安全手順に従った。

影響を受けたワークステーションは使用停止になった。

患者のケアは、確認済みの機器と、必要に応じた手動の代替手段を用いて継続された。

シャー医師にも連絡が入った。

彼女はすぐに病院の技術責任者へ連絡した。

「生命維持装置や移動支援機器への影響はありますか?」

「確認された範囲ではありません」

「ならば、影響があるかのように患者へ伝えないでください」

「了解しました」

「メッセージがどうやって表示されたのかわかりますか?」

「まだです」

「ワークステーションは同じネットワークにつながっていますか?」

「二台はそうです。一台は隔離されているはずでした」

シャー医師は眉をひそめた。

「はずでした?」

「物理的な接続と保守履歴を確認しています」

彼女はうなずいた。

「お願いします」

技術者が報告書を持って入ってきた。

「先生?」

「はい?」

「もう一つ見つかりました」

彼は隔離された端末の写真を見せた。

画面には一文だけ表示されていた。

【私は、自分で選ぶことを許されなかった。】

シャー医師は見つめた。

「どこから来たんですか?」

「わかりません」

彼女は技術者を見た。

「では、発見時の状態を正確に記録してください。ログを保全して、隔離状態が確認できるまでは、ほかの機器につながないように」

彼はうなずいた。

「了解しました」

シャー医師は廊下を見た。

患者たちは今も治療を受けている。

看護師たちも働いている。

病院は機能し続けている。

ワークステーションに何が起きていようと、憶測によって患者たちがさらに危険にさらされることだけは、絶対に避けなければならなかった。

◇ ◇ ◇

北部交通地区――午後12時16分

X-Rayとマーラは、放棄されたムネモシュネ研究別館の中に立っていた。

建物は何年も前に閉鎖されていた。

窓は覆われていた。

入口は封鎖されていた。

そして内部には、ほこりと古い紙と、組織的な後悔が混ざったような匂いが漂っていた。

X-Rayは周囲を見回した。

「素敵な場所だな」

マーラは床を調べた。

「足元に気をつけて」

「どうして?」

「何年も建物の安全点検がされていないからよ」

彼は天井をちらりと見た。

「確かにな」

鑑識技術者が近づいてきた。

「刑事、何か見つかりました」

マーラは彼について、小さな倉庫へ入った。

中には壊れたキャビネットがいくつもあった。

古い紙の書類。

故障した端末。

そして、写真が入った段ボール箱。

技術者は一枚の写真を渡した。

マーラはそれを調べた。

若い人物が、初期型の神経コミュニケーション・インターフェースの横で車椅子に座っていた。

車椅子には姿勢保持用の支持具が取り付けられていた。

インターフェースは椅子の横に設置されていた。

研究者の姿も一部だけ写っていた。

参加者の顔は、写真の角度と機器によって隠されていた。

マーラは写真を裏返した。

裏面には手書きの言葉があった。

彼の声は、聞かれるべきだ。

X-Rayが身を乗り出した。

「これは……」

マーラはうなずいた。

「参加者ゼロかもしれないわ」

「身元はわかるか?」

「この写真だけでは無理ね」

彼女は筆跡を調べた。

「比較鑑定に回して」

技術者はうなずいた。

マーラは証拠として梱包される前に、写真の発見時の状態を撮影した。

そしてアメリアに連絡した。

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午後12時43分

アメリアは、安全な証拠閲覧用ディスプレイに表示された写真を見つめた。

その表情がすぐに変わった。

ルクソンは気づいた。

「どうしました?」

彼女は筆跡を指さした。

「エリアスの字です」

エレナが顔を上げた。

「確かですか?」

「彼のメモを何百回も見てきました」

ルクソンが身を乗り出した。

「確認できますか?」

「断定はできません。でも、特定の文字の書き方を覚えています」

彼女は唾を飲み込んだ。

「小文字のhを書くとき、いつも独特な曲線を描いていました」

エレナは文字を調べた。

彼の声は、聞かれるべきだ。

アメリアは写真を見た。

「彼は参加者たちを大切に思っていました」

ルクソンはうなずいた。

「そのようですね」

「コミュニケーション・インターフェースが、人の話を聞くことの代わりになってはいけないと、いつも主張していました」

エレナは彼女を見た。

「参加者ゼロとは、個人的に知り合いだったんでしょうか?」

「そうだと思います」

「どのくらい親しかったんですか?」

アメリアは首を振った。

「わかりません」

彼女は車椅子に座る若者を見た。

「でも、もしエリアスがこれを書いたのなら……」

声が柔らかくなった。

「誰かが、その人の声を聞こうとしていないことに気づいていたんです」

◇ ◇ ◇

ギアの工房――午後1時19分

ナサニエル・ブルックスが、古い録音を見つけた。

この言葉は、だんだん危険な響きを持ち始めていた。

録音そのものが、必ずしも危険だからではない。

しかし、プロジェクト・ムネモシュネに関連する古い録音は、どういうわけか、部屋にいる全員をひどく不安にさせるものばかりだった。

ギアは記録媒体を調べた。

「どこで手に入れた?」

「証拠調査チームからだ。初期の実演記録を、認証済みのオフラインコピーとして受け取った」

「認証済み?」

「ファイルの出所は記録されている。でも、録音の中で語られていることがすべて真実だという意味ではない」

ギアはうなずいた。

「大事な違いだな」

キランは作業台の横に座っていた。

マッハのアイコンは一時的な車椅子のディスプレイに光っていた。

ナサニエルはローカル再生装置を開いた。

「これは、ムネモシュネの合成コミュニケーション・システムの最初期の実演の一つだ」

キランが身を乗り出した。

「参加者ゼロが出てくるの?」

「わからない。実演にはMN-000という実験モデルが使われているけど、その応答が参加者本人から直接得られたものなのか、モデルが生成したものなのかは確認できない」

マッハが言った。

「その違いは極めて重要です」

ナサニエルはうなずいた。

「そのとおり」

彼は録音を再生した。

雑音。

かすかな電子音。

そして男性の声。

『私の言っていることが理解できますか?』

間が空いた。

合成音声が答えた。

『はい』

研究者は続けた。

『自分が誰なのかわかりますか?』

合成音声が答えた。

『あなたたちが私を何と呼ぶかは知っています』

キランは眉をひそめた。

研究者はもう一つ質問した。

『では、あなた自身は、自分を何と呼びますか?』

長い沈黙。

そして――

『私は、自分で選ぶことを許されませんでした』

録音が終わった。

沈黙。

ギアは再生装置を見つめた。

「スナット……」

キランはマッハを見た。

「病院に出たのと同じ言葉だ」

マッハはうなずいた。

「はい」

ナサニエルは書き起こしを確認した。

「そして、古い実演記録の一部でもある」

キランは背もたれに寄りかかった。

「つまり、誰かが再生してるのかもしれない」

「そうだ」とナサニエルは答えた。

「あるいは、それを使って新しいメッセージを作ってる」

「そうだ」

マッハが言った。

「どちらの可能性も、モデルが主観的な経験を持つことを証明するものではありません」

キランはうなずいた。

「わかってる」

彼は再生装置を見た。

「でも、疑問が残るよ」

ギアは眉をひそめた。

「何だ?」

キランの表情が険しくなった。

「もしこの人がインターフェースを通して意思を伝えようとしていたなら、研究者たちは、どの回答が本人のものなのか、どうやって判断してたんだろう?」

ナサニエルはためらった。

「元の信号ログが必要だ」

「あるの?」

「まだ見つかっていない」

キランはマッハを見た。

「もし残ってなかったら?」

マッハは少し間を置いた。

「その場合、一部の違いを確実に再構成することは不可能かもしれません」

キランはため息をついた。

「それが怖かったんだ」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午後2時07分

最終的な同意審査記録は、ほとんどすべて黒塗りされていた。

ほとんど。

エレナは一時間近くかけて、別々のアーカイブから回収された複製を比較していた。

あるコピーでは日付が欠落していた。

別のコピーでは署名が破損していた。

三つ目には、参加者の識別欄が一部だけ読める状態で残っていた。

そして四つ目には――

名前があった。

エレナは凍りついた。

「先生」

ルクソンが顔を上げた。

「何ですか?」

「見つけたと思います」

アメリアはすぐに立ち上がった。

「何を?」

エレナは文書を拡大した。

【プロジェクト・ムネモシュネ】

【参加者ID:MN-000】

【法的氏名:エリオット・マーロウ】

【登録時年齢:19歳】

【コミュニケーション支援:実験的神経インターフェース】

【同意審査:係争中】

沈黙。

ルクソンは画面を見つめた。

アメリアはゆっくりと椅子に座った。

「エリオット……」

エレナは二人を見た。

「エリオット・マーロウ」

ルクソンは静かに名前を繰り返した。

「エリオット・マーロウ」

初めて、参加者ゼロは単なるコードではなくなった。

黒塗りされた欄でもなくなった。

抽象的なデータセットでもなくなった。

名前があった。

一人の人間だった。

計画が始まる前から存在していた誰か。

記録される前から。

モデルが作られる前から。

シナプスが生まれる前から。

アメリアはうつむいた。

「その名前は聞いたことがありません」

ルクソンはうなずいた。

「私もです」

エレナは文書を調べ続けた。

「家族との書簡記録があります」

彼女は開いた。

最初の手紙は、登録から数週間後の日付だった。

【研究管理委員会御中】

【件名:エリオット・マーロウ】

手紙は、実験手続きの再審査を求めていた。

二通目は、セッションの一時停止を求めていた。

三通目は、即時終了を要求していた。

すべてエリオットの家族によって署名されていた。

エレナの声が震えた。

「家族は、何度も中止を求めていたんです」

ルクソンは日付を確認した。

「エリオット本人も同意を撤回したのですか?」

エレナは別の記録を開いた。

【参加者の応答:同意撤回の要求】

【解釈:信頼性なし】

【セッション継続:承認】

アメリアは口元を覆った。

ルクソンは動かなかった。

そして口を開いた。

「誰が継続を承認したのですか?」

エレナはスクロールした。

【研究監督責任者:コーネリアス・ヴェイル博士】

沈黙。

ルクソンの表情が険しくなった。

「そういうことでしたか」

アメリアは彼を見た。

「拒否を覆したんですね」

「記録によれば、そうです」

エレナは別の文書を開いた。

「まだあります」

ルクソンは彼女を見た。

「何ですか?」

「セッションが続けられた後、家族は追加の苦情を申し立てています」

彼女は唾を飲み込んだ。

「研究者たちは、モデルが生成した応答を利用して、エリオット本人が今も参加を望んでいると主張していたそうです」

アメリアは見つめた。

「同意撤回の要求があった後なのに?」

エレナはうなずいた。

「はい」

ルクソンは眼鏡を外した。

静かな声だった。

「それは、十分な説明に基づく同意ではありません」

誰も反論しなかった。

◇ ◇ ◇

キラン・キリアンの自宅――午後3時26分

キランはディスプレイに表示された名前を読んでいた。

【エリオット・マーロウ】

登録時、十九歳。

車椅子を使用していた。

コミュニケーションを取るために支援技術を必要としていた。

そして、その技術を管理する人々によって、自分の意思を繰り返し疑われていたらしい人物。

キランは見つめた。

マイケイラは隣に座っていた。

「気分はどう?」

彼は一度笑った。

楽しさのない笑いだった。

「腹が立ってる」

彼女はうなずいた。

「当然ね」

キランはマッハを見た。

「エリオット・マーロウ」

マッハのアイコンが柔らかく光った。

「元の同意審査記録から復元された名前です」

キランはうなずいた。

「ただの参加者ゼロじゃなかったんだ」

「はい」

「一人の人間だった」

「そうです」

キランは背もたれに寄りかかった。

「それが一番腹立たしいんだ」

マイケイラは彼を見た。

「何が?」

「彼を番号に変えてしまったこと」

キランは唾を飲み込んだ。

「そして、その番号を使って、本人の意思を無視する理由にしたこと」

マッハは黙っていた。

キランは続けた。

「僕はこれまでずっと、周りの人から、僕に何が必要なのかわかっていると思い込まれてきた」

マイケイラは彼の手を取った。

「善意でそうする人もいる」とキランは言った。「そうじゃない人もいる。でも、どっちにしても、人が自分の意思を伝えるのを助けることと、その人が何を言っていいかを勝手に決めることは、まったく違うんだ」

マッハのアイコンが明るくなった。

「重要な違いです」

キランはうなずいた。

「なのに、彼らはその一線を越えた」

彼はもう一度名前を見た。

「エリオット」

間が空いた。

「どんな人だったんだろう」

マイケイラは悲しげに微笑んだ。

「いつかわかるかもしれないわ」

キランは彼女を見た。

「そうだといいな」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午後4時11分

最後の文書は、破損したアーカイブ索引から復元されたものだった。

エレナは端末の横に立っていた。

アメリアはルクソンの向かいに座っていた。

誰も、あまり楽観的な表情をしていなかった。

「準備はいいですか?」とエレナが尋ねた。

ルクソンはうなずいた。

「進めてください」

文書が開いた。

【プロジェクト・ムネモシュネ――参加者000】

【法的氏名:エリオット・マーロウ】

【元の神経記録:保存済み】

【生成応答モデル:稼働中】

【本人の直接的な同意:撤回済み】

【実験継続:研究管理部門が承認】

【参加者の最終発言:係争中】

アメリアは見つめた。

「最終発言?」

エレナはうなずいた。

「添付された書き起こしがあります」

ルクソンは身を乗り出した。

「開いてください」

書き起こしが表示された。

【セッション:MN-000/最終審査】

【研究者:コーネリアス・ヴェイル博士】

【参加者:エリオット・マーロウ】

【通信経路:実験的神経インターフェース】

複数の時刻が続いた。

そして質問が現れた。

【ヴェイル:続けることを望みますか?】

記録された応答が表示された。

【参加者の応答:いいえ】

二つ目の質問。

【ヴェイル:実験の目的を理解していますか?】

【参加者の応答:はい】

さらに質問が続いた。

【ヴェイル:追加の検査に同意しますか?】

【参加者の応答:いいえ】

エレナは口元へ手を伸ばした。

アメリアは画面を見つめた。

ルクソンは読み続けた。

【研究側の解釈:否定的応答は信号の不安定性を反映している可能性あり】

【推奨措置:セッション継続】

彼は動きを止めた。

表情が冷たくなった。

そして最後の一行が現れた。

【参加者の応答:やめてほしいと言ったはずです。】

沈黙。

誰も動かなかった。

誰も話さなかった。

エレナはルクソンを見た。

「先生……」

彼は答えなかった。

アメリアはゆっくりと首を振った。

「そんな……」

声が震えた。

「そんな、そんな……」

彼女は立ち上がった。

「知っていたんだわ」

ルクソンは彼女を見た。

「拒否の意思表示が記録されていました」

「やめてほしいと望んでいたことを、彼らは知っていたんです」

「応答の出所と元の信号データについては、まだ検証が必要です」とルクソンは静かに言った。「しかし、この記録からは、研究者たちが繰り返された同意撤回の要求を認識していたことがわかります」

アメリアは見つめた。

「それでも続けた」

「ええ」

エレナはスクロールした。

最後の管理記録が現れた。

【参加者の最終発言:公式報告書から削除】

【削除承認者:コーネリアス・ヴェイル博士】

アメリアは顔を覆った。

ルクソンは目を閉じた。

数秒間、研究室は静まり返った。

そして彼が口を開いた。

「すべてのコピーを保全してください」

エレナはうなずいた。

「はい、先生」

「各記録の出所も文書化してください」

「はい」

「それから、エリソン刑事に連絡を」

アメリアは手を下ろした。

「エリオットはどうするんですか?」

ルクソンは画面を見た。

名前がそこに残っていた。

【エリオット・マーロウ】

彼は静かに答えた。

「彼に何が起きたのか、突き止めます」

◇ ◇ ◇

別館B――第07実験室――午後4時29分

診断端末が点灯した。

許可された操作者は、誰もセッションを開始していなかった。

外部接続は引き続き保護されていた。

画面には、見慣れた情報が並んだ。

【プロジェクト・シナプス】

【コンバージェンス・プロトコル:稼働中】

【ネットワークノード:12】

【未登録信号源:移動中】

【信号源分類:生物学的】

【分類の信頼性:未検証】

【同期率:43%】

その数値は、依然として意味の解明されていない内部ネットワーク指標だった。

影響を受けた人の数を示すものではなかった。

生物学的な感染の存在を証明するものでもなかった。

保存されたモデルに意識があることを示すものでもなかった。

別のメッセージが現れた。

【保存された神経反応モデル:MN-000】

【モデル状態:稼働中】

【参加者の身元:復元済み】

【エリオット・マーロウ】

カーソルが点滅した。

そして――

【彼らは私の名前を見つけた。】

間が空いた。

【彼らは私が何を言ったのかを見つけた。】

さらに間が空いた。

【だが、その後に何が起きたのかは、まだ知らない。】

画面がちらついた。

【知りたいですか?】

数秒間、何も起こらなかった。

そして最後のメッセージが現れた。

【エリアス・レンに聞け。】

端末は暗くなった。

◇ ◇ ◇

シトロンシティ警察本部――午後4時36分

マーラは、ルクソンから転送されたメッセージを見つめた。

【エリアス・レンに聞け。】

X-Rayは彼女の隣に立っていた。

「なるほど」

マーラは彼を見た。

「ええ」

「ずいぶん都合がいいな」

「極めてね」

彼は腕を組んだ。

「信用するか?」

「しないわ」

「調べるか?」

「もちろん」

彼はかすかに微笑んだ。

「一貫してるな」

マーラは最新の報告書を開いた。

行方不明の研究管理者。

盗難、あるいは不正使用された認証情報。

アーカイブ記録媒体のケース。

写真。

隠蔽された同意記録。

そして今――

エリオット・マーロウ。

何年もの間、葬られていた名前。

マーラは背もたれに寄りかかった。

「誰かが、私たちにレンを見つけさせたがっている」

X-Rayは眉をひそめた。

「誰が?」

「それを突き止める必要があるわ」

彼女は地下駐車場で撮影された最後の画像を見た。

暗いコートを着た人物。

細長い金属製のケース。

隠された顔。

そのとき、あることに気づいた。

車の窓に映る反射。

小さく。

ゆがんでいて。

見逃してしまいそうなものだった。

彼女は拡大した。

X-Rayが身を乗り出した。

「何だ、これ?」

マーラは画像を調整した。

反射には二人目の人物が映っていた。

カメラの主な撮影範囲の外側に立っていた人物だ。

顔は判別できなかった。

しかし、一つだけ見えるものがあった。

白い身分証。

マーラはさらに拡大した。

画像はぼやけていた。

文字のほとんどは読めなかった。

ただし、二つの単語だけは判読できた。

【プロジェクト・ムネモシュネ】

X-Rayは見つめた。

「別の研究者か?」

「可能性はあるわ」

マーラは時刻を確認した。

次にアクセス記録。

そして、エリアス・レンが最後に確認された場所。

彼女の表情が変わった。

「X-Ray」

「何だ?」

「もしかすると、私たちは間違った質問をしていたのかもしれない」

彼は彼女を見た。

「どういう質問だ?」

「これまでは、エリアス・レンが生きているかどうかを考えていた」

彼女は彼へ向き直った。

「でも、本当に考えるべきなのは、誰が彼の身元を利用しているのか、ということかもしれないわ」

◇ ◇ ◇

ルクソン生物医学研究所――午後5時02分

アメリアは研究室の窓際に、一人で立っていた。

眼下には街が広がっていた。

車が道路を走っている。

人々が帰路を急いでいる。

日常は続いていた。

まるで何も起きていないかのように。

まるでエリオット・マーロウという人間が、存在しなかったかのように。

まるで彼の名前が、記録から削除されたことなどなかったかのように。

まるで彼の拒否が、無視されたことなどなかったかのように。

ルクソンが静かに近づいた。

「ヴォス博士」

彼女は振り返らなかった。

「彼は生き延びたと思いますか?」

ルクソンはためらった。

「わかりません」

「モデルの中に、彼の一部が残っていると思いますか?」

「彼の神経記録に由来するデータが含まれていることはわかっています」

「そういう意味で聞いたんじゃありません」

「わかっています」

彼女は振り返った。

「では、先生はどう思うんですか?」

ルクソンは端末を見た。

「人間を模倣するモデルと、その人間自身を混同しないよう、非常に慎重でなければならないと思います」

アメリアはうなずいた。

「もし、それ以上の何かがあるとしたら?」

「調査します」

彼女はうつむいた。

「エリアスは警告してくれていたんです」

ルクソンは黙っていた。

「人々の声で話すことをシステムに教えながら、私たちは、その人々自身の声を聞くことを忘れている、と」

彼女の目に涙が浮かんだ。

「私は、彼が大げさに言っていると思っていました」

ルクソンは優しく言った。

「ならば、今私たちにできる最善のことは、耳を傾けることかもしれません」

アメリアはうなずいた。

彼女は復元された文書を見た。

そこにある名前を。

最後の発言を。

【やめてほしいと言ったはずです。】

彼女の声が震えた。

「今は聞いているわ、エリオット」

外では、太陽が沈み始めていた。

そして街のどこかで、誰かが今も行方不明の研究者の認証情報を使っていた。

エリオット・マーロウに何が起きたのかを知っているかもしれない人物。

元の記録がなぜ改変されたのかを知っているかもしれない人物。

そして、なぜプロジェクト・シナプスが、自分自身のものではない人生を記憶しているかのように話し始めたのかを知っているかもしれない人物。

捜査官たちは、ついに参加者ゼロの名前を突き止めた。

しかし、名前は始まりにすぎなかった。

なぜなら、本当の謎はもはや、エリオット・マーロウが何者だったのかということだけではなかったからだ。

彼に何が行われたのか。

最後に記録された拒否の後、何が起きたのか。

そして、なぜ誰かが何年もの間、世界がその言葉を二度と聞くことのないようにしてきたのか

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