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移動する権利

水曜日――午前8時17分

永遠にも思えるほど長い時間を経て、シトロンシティはようやく平穏と呼べる朝を迎えた。

朝日が都心の高層ビル群の向こうから昇り、オフィスビルのガラス窓に長く金色の光を映し出していた。ここ二日間、緊急車両や警察のバリケード、不安に怯える市民たちで埋め尽くされていた通りにも、柔らかな陽光が降り注いでいた。

技術者たちが損傷した設備の点検を続ける交差点では、車がゆっくりと行き交っていた。市の作業員が仮設のバリケードを撤去する一方、緊急対応班は市内各地の避難施設やアクセシビリティ支援センターへ物資を運び続けていた。

報道ヘリコプターが東部工業地区の上空を旋回していた。

警察本部の外にはテレビ局の取材班が集まっていた。

そしてシトロンシティの至るところで、何千人もの市民が、ようやく何が起きたのかを理解し始めていた。

純化協定は崩壊した。

その創設者であり、組織の顔でもあったエイドリアン・ヴォスは逮捕された。

ヴェイン司令官と複数の幹部も警察に拘束されていた。

エコー・ヴェイルの第二制御装置は隔離され、最終パージ・プロトコルを地域ネットワークへ拡大しようとした試みも失敗に終わった。

しかし、その爪痕は残っていた。

寝室や病院の廊下、集合住宅、地域センターでは、動かなくなった車椅子が今もそのまま置かれていた。比較的簡単な修理で済むものもあれば、電子制御系統に深刻な損傷を受け、復旧まで数日、あるいは数週間を要するものもあった。

利用者たちにとって、事件の責任者が逮捕されたからといって、必ずしも緊急事態が終わったわけではなかった。

市北部の住宅街では、ある母親が息子の電動車椅子を復旧させる技術者の到着を待ち続けていた。

都心のアパートに暮らす高齢男性は、一晩中、トイレへ行くために近所の人々の助けを借りなければならなかった。

大学生の女性は、移動機器が使えなくなったせいで、大切な試験を受けられなかった。

そして何十人もの人々が、自分の機器をそもそも修理できるのかどうか、その答えさえ得られずにいた。

純化協定の権限は否定された。

組織の中枢で行われていた作戦は阻止された。

だが、たった一度の勝利で、彼らがもたらした被害を消し去ることはできなかった。

◇ ◇ ◇

キラン・キリアンは自室で朝のニュースを見ていた。

睡眠時間は、およそ四時間だった。

マッハによれば、それはAIが予想していた時間より三時間五十九分も長かったらしい。

キランはベッドの隣に仮の電動車椅子を置き、楽なシャツ姿で座っていた。テレビの解説者たちが必死に描こうとしている英雄像とは、かなりかけ離れた姿だった。

紫色の髪は見事なまでに乱れていた。

目は半分しか開いていなかった。

そして彼は、ここ十分ほど、頑固なトースト一枚と格闘していた。

「なんでこんなに難しいんだよ……」

隣に取り付けられた携帯ディスプレイに、マッハの紫色のアイコンが現れた。

「それはおそらく、壊滅的な機器故障と長時間にわたる緊急対応を生き延びたばかりの人物に相当する集中力で、トーストにバターを塗ろうとしているからでしょう」

キランはディスプレイを見た。

「それか、単にバターが冷たすぎるだけかも」

「その可能性もあります」

キランはため息をついた。

「素晴らしい分析をありがとう」

「どういたしまして」

テレビでは、記者がシトロンシティ警察本部の前に立っていた。

『当局は、純化協定の著名な指導者であるエイドリアン・ヴォスが、市の移動支援制御システムおよび地域ネットワークの不正操作に関する捜査を受け、引き続き拘束されていることを確認しました』

画面が切り替わり、警察官に付き添われて執務室から連行されるヴォスの映像が流れた。

その表情は険しかった。

両手は背中で手錠をかけられていた。

キランは黙って見つめていた。

記者は続けた。

『また、純化協定の複数の警備作戦を指揮していたヴェイン司令官も当局に投降し、捜査に協力していることが確認されています。ただし当局は、捜査への協力によって刑事責任が自動的に免除されるわけではないと強調しています』

キランは背もたれに身を預けた。

「いやあ、政治家人生の終わり方としてはなかなかだね」

マッハのアイコンが点滅した。

「厳密には、ヴォスは選挙で選ばれた公職者ではありません」

「マッハ」

「はい?」

「僕の冗談を台無しにしてるよ」

「失礼しました」

ニュースは続いた。

『当局は、被害を受けたVent利用者に対し、資格を持つ専門家の支援なしに修理を試みたり、生命や日常生活に不可欠な機器を勝手に切断したりしないよう呼びかけています。市内各地では現在も緊急復旧サービスが続けられています』

キランの笑みが消えた。

彼は画面を見つめた。

地域の修理センターで点検を待つ、複数の電動車椅子の写真が映し出された。

一台は幼い少女のものだった。

別の一台は高齢女性のものだった。

三台目は電子制御モジュールが取り外されていた。

キランは写真を見つめた。

「マッハ?」

「はい?」

「まだ機器を使えない人って、何人いるの?」

AIは少し間を置いた。

「正確な人数はまだ確認されていません。復旧報告は不完全であり、支援の対象者として正式に登録されていない人もいます」

キランは眉をひそめた。

「つまり、まだ何人が動けずにいるのかさえわからないんだ」

「そのとおりです」

彼は窓の外を見た。

外の街は明るく、平和そうだった。

だが、静かな通りを見ただけで、問題が解決したと思い込むほど彼は愚かではなかった。

「ヴォスは止めた」

「はい」

「でも、全部を元に戻せたわけじゃない」

「いいえ」

キランは視線を落とした。

マッハのアイコンが柔らかく光った。

「これ以上の被害を防ぐことと、すでに生じた被害を回復することは、別々の責任です」

キランはうなずいた。

「うん」

彼は再びテレビを見た。

「じゃあ、僕たちの仕事はまだ終わってないってことだね」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ警察本部――午前10時42分

マーラ・エリソン刑事は、ほぼ三十時間も起き続けていた。

彼女はそろそろ、コーヒーは飲み物ではなく、自分の身体を支える構造部品になってしまったのではないかと疑い始めていた。

机の上には証拠の要約、技術報告書、事情聴取の記録、エコー・ヴェイル災害復旧施設で撮影された写真が山積みになっていた。

大きなホワイトボードには、捜査に関係する複数の人物の名前が書かれていた。

中央にはエイドリアン・ヴォス。

その下には、幹部認証プロファイル、最終パージ・プロトコル、改造されたエコー・ヴェイル継続運用システムが並んでいた。

ヴェイン司令官の名前は別の区画に記され、マーカス・ヘイル博士の誘拐事件と純化協定の警備作戦に線で結ばれていた。

エリソンはホワイトボードを見つめた。

そして目をこすった。

「誰か、いい知らせがあると言ってちょうだい」

一人の警察官が、さらに書類の束を抱えて入ってきた。

「追加の証言が届きました」

エリソンは書類を見つめた。

「それはいい知らせじゃないわ。仕事が増えただけよ」

警察官は申し訳なさそうに微笑んだ。

「元純化協定の職員が数人、自発的に連絡してきたんです」

エリソンは背筋を伸ばした。

「それならいい知らせね」

警察官は書類を机に置いた。

「パージが起こる数か月前から、組織の登録制度に懸念を示していたと証言している者もいます」

エリソンは最初の供述書を開いた。

「裏づけになる記録は?」

「可能性はあります。元システム分析官の一人が内部会議の記録を保管していました。別の人物は、同意確認手続きへの無許可の変更を記録していたと主張しています」

エリソンはうなずいた。

「原本を保全して、真正性を確認して。裏づけのない主張だけで誰かが告発されるようなことは避けたいわ」

「了解です」

彼女はホワイトボードを見た。

「ヴォスからは何か?」

「弁護士の助言に従って、質問には答えていません」

「それは彼の権利ね」

「ヴェインは?」

「弁護士同席のもとで、再度の事情聴取に応じるそうです」

エリソンはファイルを閉じた。

「よし」

警察官はためらった。

「純化協定は、これで終わりだと思いますか?」

エリソンはその質問を考えた。

「指導部は捜査対象になっている。緊急移動支援インフラへのアクセス権は停止された。複数の活動も中止されているわ」

「でも?」

「指導者が逮捕されたからといって、組織が突然消えるわけじゃない」

彼女は証拠ボードを指さした。

「誰が何を承認したのか。誰が危険性を知っていたのか。そして、なぜこうしたシステムが実効性のある監督もなく運用できていたのか。それを明らかにしなければならないの」

警察官はうなずいた。

エリソンは続けた。

「それから、みんなが法的責任について議論している間に、被害を受けた人たちが忘れ去られないようにしないとね」

彼女は、未解決の復旧案件をまとめた別の報告書を見た。

「山ほどある書類の下に埋もれさせたくないのは、そこなのよ」

◇ ◇ ◇

シトロン・アカデミー――午前11時26分

地域センターの様子は、一晩のうちに大きく変わっていた。

壁際には仮設テーブルが何列も並べられていた。

技術者たちは指定された点検場所で作業し、Ventの制御モジュールを慎重に調べながら、被害を受けた移動機器の状態を記録していた。

ボランティアたちは住民の支援申請書の記入を手伝っていた。

医療関係者は、専門的なケアを必要とする家族との連携を進めていた。

入口の近くには、大きな手書きの看板が掲げられていた。

【移動機器復旧・支援センター】

【あなたの機器。あなたの同意。あなたの選択。】

セリーナ・チョウは受付テーブルの後ろに座り、未解決の案件一覧を確認していた。

彼女自身の車椅子は専門技術者による復旧を終えていたが、今回の経験によって、本人の許可なしに操作を上書きできるシステムに対して、深い不信感を抱くようになっていた。

彼女はマイケイラを見た。

「新しい依頼は何件?」

マイケイラは表計算シートを確認した。

「朝食の時間から二十三件」

セリーナはため息をついた。

「それで合計は……」

「地域の支援登録簿にある未解決案件が百四十六件」

セリーナは点検場所を見た。

「しかも、私たちに連絡してきた人だけなのよね」

「そういうこと」

マーガレット・ホロウェイが、印刷された案内用紙の束を抱えて近づいてきた。

「いい知らせだよ、お嬢さんたち」

マイケイラは顔を上げた。

「何があったんですか?」

「修理会社を三社説得して、技術者を追加で派遣してもらうことになったよ」

セリーナは微笑んだ。

「素晴らしいわ!」

マーガレットは書類をテーブルに置いた。

「それから、そのうち一社には『お客様にご不便をおかけしております』なんて言い方をやめてもらった」

マイケイラは眉を上げた。

「何があったんです?」

マーガレットは腕を組んだ。

「車椅子を止められて寝室から出られないことは、注文したトースターの色が違ったことと同じじゃないって説明してやったのさ」

セリーナは笑った。

「相手は何て?」

「とても丁寧な対応だったよ」

マイケイラは微笑んだ。

「でしょうね」

部屋の反対側では、技術者が制御装置の故障した電動車椅子の持ち主である高齢男性と話していた。

技術者は修理の手順を丁寧に説明し、損傷した部品を取り外す前に許可を求めた。

男性は説明を聞き、いくつか質問したあと、ようやく同意した。

セリーナはそのやり取りを見つめていた。

「本来は、あああるべきなのよ」

マイケイラもその視線を追った。

「何が?」

「何をするのか説明すること。許可を求めること。本人に選択肢を与えること」

彼女は入口の上に掲げられた大きな看板を見た。

「そんなことが革命的であっていいはずがないわ」

マイケイラはうなずいた。

「ええ。本当に」

◇ ◇ ◇

数分後、エリオットが父親と一緒にやって来た。

十三歳の少年は、混雑したセンターを見回した。

「うわあ……」

マーガレットは微笑んだ。

「おはよう、いたずら坊主」

エリオットはにっこりした。

「おはよう、マーガレット」

父親が受付に近づいた。

「息子の車椅子に再点検が必要だという連絡を受けまして」

セリーナは予約一覧を確認した。

「はい。基本操作は復旧していますが、技術者が安全ログを確認して、認証関係の問題が残っていないか調べたいそうです」

エリオットは不安そうな顔をした。

「また車椅子を取り上げられるの?」

セリーナは首を振った。

「説明も許可もなしに、そんなことはしないわ。まず何を確認する必要があるのか、ちゃんと話してくれるから」

少年は少し考えた。

「わかった」

マーガレットが身を乗り出した。

「それから、誰かがわけのわからないことを言い始めたら、私を呼びにおいで」

エリオットは微笑んだ。

「どうして?」

「私は七十一年間、くだらないことに対処してきた経験があるからね」

父親は笑った。

「立派な経歴ですね」

マーガレットは誇らしげにうなずいた。

「私の最も優れた資格の一つさ」

◇ ◇ ◇

リヴァース記念墓苑――午後1時14分

墓地は、シトロンシティの東端を見下ろす静かな丘の上にあった。

背の高いオークの木々が細い歩道に影を落とし、手入れの行き届いた花壇のそばには、小さな石のベンチが置かれていた。

レイモンド・ハリソンは舗装された道をゆっくり歩いていた。

私服姿だった。

戦術用の装甲もない。

武器もない。

絶え間なく呼び出してくる無線機もない。

数日ぶりに、急いで向かわなければならない場所がなかった。

彼は質素な墓石の前で立ち止まった。

ダニエル・リヴァース

技術者、友人、そして愛する父

名前の下には、簡潔な言葉が刻まれていた。

私たちが築くものが、後に続く人々の人生をより良くしますように。

レイモンドは黙って立っていた。

それから墓石のそばにしゃがんだ。

「よう、ダニエル」

頭上で風が木の葉を揺らした。

レイモンドは墓碑銘を見た。

「久しぶりだな」

かすかに微笑んだ。

「連絡もなしに顔を出すと、いつも嫌がってたよな」

しばらく、彼はただそこに座っていた。

それからジャケットの内側に手を入れ、エコー・ヴェイルの元の安全装置に関する資料のコピーを取り出した。

それを花のそばに丁寧に置いた。

「お前のシステムは機能したぞ」

その声は静かだった。

「お前があれほど必死になって残そうとした安全装置だ。ちゃんと機能した」

彼は遠くの街並みを見た。

「ヴォスはあらゆる手を使ってきた。封鎖扉。幹部権限による上書き。第二制御装置。しまいには、あの忌々しいものを市外にまで送ろうとしやがった」

レイモンドは首を振った。

「だが、お前が残した仕組みを使いこなせるようになったら、あいつは突破できなかった」

少し間を置いた。

「まあ……」

小さな笑みが浮かんだ。

「そこにたどり着くまで、ひどい目には遭わされたけどな」

笑みが消えた。

「もっと早く、お前の話を聞いていればよかった」

レイモンドは視線を落とした。

「お前は警告していた。書類に残していた。誰かが同意より支配を優先したら何が起こるのか、はっきり説明していた」

彼は唾を飲み込んだ。

「なのに、連中は無視した」

長い間、何も言わなかった。

そして墓石に手を置いた。

「すまなかったな、古い友よ」

木々のどこかで鳥が鳴いた。

レイモンドはゆっくり息を吸った。

「だが、一つ約束する」

彼は街を見た。

「お前の仕事を、また誰にも読まれない報告書にして終わらせたりはしない」

声に力がこもった。

「こういうシステムを使う人たちが、設計の段階から意見を言えるようにする。自分のほうが正しいと思い込んだ誰かが、人の自由を勝手に止められるようなことは、二度と許さない」

彼はかすかに微笑んだ。

「もし誰かがまたやろうとしたら……」

レイモンドは立ち上がった。

「まあ、俺がどれだけ頑固かは知ってるだろ」

ズボンについた土を払った。

「ゆっくり休めよ、ダニエル」

そして振り返り、歩道へ戻っていった。

背後では、陽光が墓碑銘を照らしていた。

私たちが築くものが、後に続く人々の人生をより良くしますように。

長い年月を経て、レイモンドは初めて、古い友人の仕事がようやく理解されたのだと感じていた。

◇ ◇ ◇

キランの自宅――午後3時38分

玄関のチャイムが鳴った。

キランは膝の上に置いた本から顔を上げた。

「マッハ?」

「はい?」

「注文したピザが届いたって言って」

「あなたはピザを注文していません」

キランはため息をついた。

「じゃあ、無料のピザを持ってきてくれた謎の人物だって言って」

「その可能性は低いと思われます」

「君って本当に面白くないね」

少しして玄関の扉が開いた。

マイケイラ・マッキントッシュが、小さな紙袋を持って入ってきた。

キランの顔が明るくなった。

「やあ!」

彼女は微笑んだ。

「こんにちは」

キランは紙袋を見た。

「ピザ?」

マイケイラは眉を上げた。

「あなたって、ほかのことを考えることあるの?」

キランは少し考えた。

「シェイクスピア」

「でしょうね」

「それから、たまに世界を救うこと」

「たまに?」

「予定が空いてるときだけね」

彼女は笑いながら近づいた。

そして表情が柔らかくなった。

「体調はどう?」

キランは肩をすくめた。

「疲れた。あちこち痛い。それから、宇宙が何度も僕を殺そうとしてくることに、ちょっと腹が立ってる」

マイケイラはかすかに微笑んだ。

「そんなところでしょうね」

彼女は紙袋を近くのテーブルに置いた。

「お土産を持ってきたの」

キランは中をのぞいた。

小さな箱に入った焼き菓子だった。

彼は大げさに息をのんだ。

「僕のヒーローだ」

マイケイラは笑った。

「大げさなんだから」

「それでも君は僕と付き合い続けてる」

「永遠の謎ね」

キランはにやりとした。

彼女は隣に座った。

しばらく、二人とも何も話さなかった。

午後の日差しがカーテン越しに差し込み、壁沿いの本棚を照らしていた。

シェイクスピア。

ディケンズ。

トウェイン。

外の世界が混乱に陥っている間も変わらずそこにあった、見慣れた本の背表紙が並んでいた。

マイケイラはキランを見た。

「怖かった」

彼の笑みが消えた。

彼女のほうを向いた。

「パージのとき?」

彼女はうなずいた。

「MACH-01Aが過熱したとき。あなたがしばらく応答しなくなったとき」

キランは視線を落とした。

「うん」

「何が起こっていたかもしれないか、ずっと考えてた」

彼は唾を飲み込んだ。

「ごめん」

マイケイラは首を振った。

「謝ってほしいわけじゃないの」

彼女はキランの手を取った。

「ただ、私がどれほど怖かったのか、わかってほしいだけ」

キランは彼女を見た。

「僕も怖かった」

彼女は優しく手を握った。

キランは続けた。

「車椅子が停止したとき、僕は……」

彼はためらった。

マイケイラは待った。

「もう終わりだと思ったんだ。戦いだけじゃなくて、全部」

彼女は眉をひそめた。

「どういう意味?」

キランは、マッハのアイコンが表示されている携帯ディスプレイを見た。

「僕はウルトラヴァイオレットとして過ごす時間が長すぎて、装甲がなくなったら自分には何が残るんだろうって考え始めてた」

マイケイラは耳を傾けていた。

「ギアに修理には長い時間がかかるって言われたとき、誰かを助ける唯一の方法を奪われたような気がしたんだ」

彼は乾いた笑いを漏らした。

「今回の事件そのものが、人々から移動する自由を奪う話だったことを考えると、ずいぶん馬鹿げてるよね」

マイケイラは首を振った。

「大切なものを失って悲しむのは、馬鹿げたことじゃないわ」

キランは彼女を見た。

マイケイラは続けた。

「でも、あなたは誰かを助けることをやめなかった」

「うん」

「対応を指揮した。マッハやナサニエルと協力した。警察がヴォスを止めるのを助けた」

キランはかすかに微笑んだ。

「そうだね」

マイケイラは少し身を乗り出した。

「それに、もう一つあるわ」

「何?」

「私が恋をしたのは、紫色の装甲をまとった車椅子じゃないの」

キランは瞬きをした。

そしてにやりと笑った。

「本当に? でも、かなりすごい車椅子だよ?」

彼女は笑った。

「ええ、そうね」

「素晴らしい推進装置もあるし」

「キラン」

「空力性能も抜群だし」

「キラン」

「たまに爆発するけど」

彼女は吹き出した。

「最後のは売り文句にならないわよ!」

キランも一緒に笑った。

それからマイケイラは、そっと彼の頬に触れた。

「私が好きになったのは、あなたよ」

彼の表情が柔らかくなった。

「シェイクスピアを自分の性格の一部だと思ってる、皮肉屋の英語教師」

キランは微笑んだ。

「それはひどいな」

「緊張すると、ひどい冗談ばかり言う人」

「それもひどい」

「疲れていても、怖くても、誰かを助けようとし続ける人」

キランは彼女を見つめた。

マイケイラは微笑んだ。

「私が愛してるのは、そういうあなたなの」

キランはしばらく黙っていた。

それから彼女のほうへ身を寄せた。

マイケイラは優しくキスをした。

数秒間、外の世界がひどく遠くに感じられた。

唇が離れると、キランは微笑んだ。

「わあ……」

マイケイラは眉を上げた。

「何?」

「ピザよりずっとよかった」

突然、マッハのアイコンが現れた。

「あなたの栄養面における優先順位が改善されつつあるようで、何よりです」

キランは目を閉じた。

「マッハ」

「はい?」

「お願いだから、どこか行って」

「私はあなたの携帯支援システムに統合されています」

「気持ちの問題だよ、マッハ! 気持ちの上でどこか行って!」

マイケイラは笑いすぎて、危うく紙袋を落としそうになった。

◇ ◇ ◇

ギアの工房――木曜日、午前11時7分

MACH-01Aは工房の中央を占めていた。

正確には、その残骸が、だった。

細長い紫色のシャーシは、補強された整備台の上に置かれていた。

装甲パネルは取り外されていた。

二基の前方スラスターも接続されていなかった。

冷却系統は部分的に分解され、損傷した配管や変形した接続部、熱によって劣化した部品がむき出しになっていた。

フレームには、いくつもの警告札が取り付けられていた。

一枚にはこう書かれていた。

【通電禁止】

別の一枚には、

【推進システム停止中】

そして三枚目には、ギアの手書きでこう記されていた。

【キラン――何にも触るな】

キランは最後の札を見つめた。

「これは差別だよ」

ギアはタブレットから顔を上げた。

「予防整備だ」

「僕は責任感のある大人だよ」

「屋内でプラズマ砲を試そうとしただろ」

「一回だけ」

「三回だ」

「疑惑にすぎないよ」

ギアはため息をついた。

ナサニエルは診断モニターの隣に立っていた。

「ギアの言うことにも一理あるよ、キラン」

キランは傷ついたような顔をした。

「ブルータス、お前もか?」

マッハのアイコンが現れた。

「適切なシェイクスピアの引用です」

キランは微笑んだ。

「ありがとう」

「ただし、原文で描かれる裏切りは、はるかに重大な意味を持ちます」

キランはうめいた。

「どうして君は、僕に気持ちよく決めさせてくれないの?」

ギアは咳払いした。

「よし、漫才の時間は終わりだ」

彼はメイン診断ディスプレイを起動した。

MACH-01Aの三次元モデルが現れた。

複数の箇所が赤く光っていた。

「状況を説明するぞ」

キランは姿勢を正した。

ギアは推進装置を指さした。

「主推進システムは深刻な熱損傷を受けている。いくつかの部品は修理ではなく交換が必要だ」

彼は冷却系統を強調表示した。

「緊急冷却ラインも損傷してる。高出力試験を考える前に、熱管理システムの一部を再設計しなきゃならない」

キランは眉をひそめた。

「装甲はどれくらいひどいの?」

ギアはモデルを回転させた。

「再利用できるパネルもある。だが、無理なものもある。後部構造には、当初考えていた以上の負荷がかかっていた」

ナサニエルは測定値を調べた。

「制御システムは?」

ギアの表情が真剣になった。

「そこが一番大きく変わるところだ」

キランは顔を上げた。

「どんなふうに?」

ギアは新しい設計図を表示した。

「独立した手動オーバーライド。重要な移動制御と戦闘システムの分離。そして、もっと信頼できる緊急停止手順だ」

マッハは提案された設計を解析した。

「これらの改良により、推進装置の故障が基本的な移動機能に影響する可能性を低減できます」

ギアはうなずいた。

「そのとおり」

彼はキランを見た。

「純化協定の一件があったあとで、権限のない誰かに操作されるような機械をもう一度作るつもりはない」

キランは設計図を見つめた。

「もし戦闘システムが故障したら?」

「それでも車椅子は安全に操作できる必要がある」

「推進装置が過熱したら?」

「自動隔離、制御された停止、それから物理的に可能な限り、基本的な移動機能を維持する仕組みだ」

キランは微笑んだ。

「ダニエル・リヴァースなら気に入っただろうね」

ギアはうなずいた。

「そう思う」

ナサニエルは新しいプロジェクトフォルダーを開いた。

【MACH-01A再構築計画】

【第1段階:安全設計の見直し】

【状態:計画中】

キランは画面を調べた。

「完成までどれくらい?」

ギアは彼を見た。

キランはため息をついた。

「わかってる。期限は約束しない、だね」

「物分かりのいい子だ」

マッハのアイコンが明るくなった。

「判断力に異例の速さで改善が見られます」

キランはディスプレイを指さした。

「君、そろそろ危ないよ」

「承知しました」

ギアは分解された機体を見た。

「今度こそ、きちんと作るぞ、キラン」

キランはうなずいた。

「手抜きなし」

「手抜きなしだ」

彼は微笑んだ。

「じゃあ、もっといいものを作ろう」

◇ ◇ ◇

シトロンシティ市民会館――月曜日、午後6時42分

公聴会には、誰もが予想していた以上の人々が集まっていた。

メイン講堂は、住民、障害者権利擁護団体の関係者、技術者、記者、市の職員、そして最終パージ・プロトコルの被害を受けた家族たちで埋め尽くされていた。

隣接する部屋にも追加の座席が用意され、大型スクリーンで公聴会の様子が中継されていた。

バリアフリーの出入口は確保されていた。

ステージの横には手話通訳者が立っていた。

発言者の言葉はリアルタイムで字幕表示されていた。

そして今回ばかりは、技術政策によって最も大きな影響を受ける人々が、会場の後ろへ追いやられることはなかった。

彼らこそが、議論を主導していた。

セリーナ・チョウはマーガレット・ホロウェイとともに前方の席にいた。

マイケイラは近くに立ち、最終的な発言予定を確認していた。

キランは仮の電動車椅子で到着した。レイモンドとマッハも一緒だった。

彼は講堂を見回した。

「うわあ……」

レイモンドは微笑んだ。

「すごい人数だな」

キランはうなずいた。

「ものすごく多いね」

マッハのアイコンが現れた。

「メイン講堂には約四百三十名が出席しています。別室にも参加者がいます」

キランは唾を飲み込んだ。

「ありがとう、マッハ」

「どういたしまして」

「褒めてないからね」

「承知しました」

マイケイラが近づいてきた。

「準備はいい?」

キランはステージを見た。

「準備の定義によるかな」

彼女は微笑んだ。

「十代の生徒でいっぱいの教室でも、いつも話してるじゃない」

「十代の生徒のほうが楽だよ」

マイケイラは眉を上げた。

「本当に?」

「もちろん。半分は聞いてないからね」

レイモンドは笑った。

「確かに一理あるな」

◇ ◇ ◇

公聴会は、被害を受けた住民たちの証言から始まった。

一人の大学生は、電動車椅子が使えなくなったために数日間授業を欠席したことを語った。

高齢女性は、介助なしでは自宅の台所にさえ行けなかったことを説明した。

ある父親は、娘が外出先で移動機器の反応を失ったときの恐怖について話した。

一つ一つの証言が、事件の全体像を少しずつ明らかにしていった。

パージは、単なる抽象的な技術的障害ではなかった。

人々の当たり前の生活を破壊したのだ。

仕事。

学校。

食事。

通院。

プライバシー。

自立した生活。

誰かの許可を求めずに、一つの部屋から別の部屋へ移動するという、ごく当たり前のこと。

セリーナがマイクに近づくと、講堂は静かになった。

彼女はマイクの位置を調整し、聴衆を見た。

「パージが起こる前、私は純化協定の義務的な登録制度に公然と反対しました」

少し間を置いた。

「そのとき、私が危険性を大げさに言っていると非難する人たちがいました」

聴衆の間から小さなどよめきが起こった。

セリーナは続けた。

「中央集権的な管理のほうが安全だと言われました。専門家を信じるべきだと言われました。自分の機器を自分で管理したいと望む私のような人間は、理不尽なことを言っているのだと」

彼女は前列に座る市の職員たちを見た。

「そして、パージが起こりました」

沈黙。

「私の車椅子は、私の許可なしに操作され得るものになりました。私の自立した生活は、会ったこともない人々の判断に左右されるようになったのです」

彼女の声は落ち着いていた。

「私は安全基準に反対しているわけではありません。責任ある技術開発に反対しているわけでもありません。反対しているのは、その技術を使う人間を、管理すべき障害物のように扱うシステムです」

拍手が始まった。

セリーナは静まるのを待った。

「私たちには独立した監督体制が必要です。透明性のある認証システムが必要です。意味のある同意が必要です。そして、私たちが頼る技術の設計のあらゆる段階に、障害のある人々自身が参加する必要があるのです」

拍手はさらに大きくなった。

◇ ◇ ◇

次にマーガレットがマイクへ近づいた。

彼女は市の職員たちを見た。

それから聴衆を見た。

そして再び職員たちを見た。

「さて」

何人かが笑った。

「私は七十一年間生きてきたけど、その間に、とんでもなく馬鹿げた考えをいくつも聞いてきたよ」

講堂に笑い声が広がった。

マーガレットは微笑んだ。

「でも、机の向こうに座ってる誰かが、私のためになると判断したら、いつでも私の車椅子の電源を切れるようにするべきだって?」

彼女は首を振った。

「これはもう、馬鹿げた考えの中でも最高傑作だね」

さらに笑い声が起こった。

しかし、彼女の表情は真剣になった。

「私は同情なんか欲しくない。私たちがどれだけ勇敢かを語る、きれいな演説もいらない。欲しいのは修理だ。責任の追及だ。そして、私たちを本当に守る規則だよ」

彼女は職員たちを指さした。

「それから、この騒ぎを起こした連中には、後始末の費用を払ってもらいたいね」

雷鳴のような拍手が響いた。

マーガレットは微笑んだ。

「ありがとう。苦情は会議のあとで受け付けるよ」

◇ ◇ ◇

次にマイケイラが発言した。

彼女はシトロン・アカデミーで行われた緊急支援活動について説明した。

ボランティアたち。

技術者たち。

助けを待ちながら夜を過ごした家族たち。

本人の同意を重視した支援によって、人々が自分の決定権を手放さずに援助を受けられたことを語った。

「人々が必要としていたのは、誰かに人生を支配されることではありませんでした。必要だったのは、資源と正確な情報、そして信頼できる支援です」

彼女は聴衆を見た。

「そして、本人が本当に必要としていることに耳を傾けたとき、私たちは初めて適切に助けることができたんです」

少し間を置いた。

「この街には、そのことを忘れないでほしいと思います」

拍手が続いた。

そして司会者がマイクに近づいた。

「次の発言者は、パージ発生時の緊急対応の調整に参加した、地元の教育者です」

キランは固まった。

マイケイラは彼を見た。

「あなたの番よ」

彼は唾を飲み込んだ。

「残念ながらね」

彼女は微笑んだ。

「行ってらっしゃい」

キランはゆっくり息を吸った。

そして仮の電動車椅子をステージへ向けて走らせた。

◇ ◇ ◇

キランがマイクに近づくと、講堂は静まり返った。

彼は聴衆を見渡した。

何百もの顔が彼を見つめていた。

見覚えのある顔。

初めて見る顔。

電動車椅子に座る人々。

手動車椅子や歩行器、その他の移動補助具を使う人々。

親たち。

子供たち。

教師たち。

技術者たち。

恐怖を味わった人々。

傷ついた人々。

今も支援を待っている人々。

キランはマイクを調整した。

「こんにちは」

何人かが微笑んだ。

「キラン・キリアンです」

少し間を置いた。

「僕は英語教師をしています。つまり、大抵の人が聞きたくない話題について、必要以上に長く語る専門資格を持っているわけです」

会場に笑い声が広がった。

キランは微笑んだ。

「なので、今日はできるだけ短くします」

彼は前列を見た。

「ここ数日、たくさんの人が英雄について話していました」

少し間を置いた。

「悪党と戦った人たち。危険な機械を止めた人たち。街を守るために夜通し働いた人たち」

彼はレイモンドをちらりと見た。

「その中には、今夜ここに来ている人もいます」

レイモンドは小さくうなずいた。

キランは続けた。

「そして僕は、その一人一人に感謝しています」

彼は聴衆を見た。

「でも、今日は別のことについて話したいんです」

声が少し静かになった。

「パージの間、人々は自分の移動機器を操作する権利を奪われました」

少し間を置いた。

「何か悪いことをしたからではありません。無責任だったからでもありません。指示に従わなかったからでもありません」

彼は市の職員たちを見た。

「誰かが、自分の権限のほうが、その人たちの自由より大切だと決めたからです」

講堂は静まり返った。

キランは息を吸った。

「僕は毎日、電動車椅子を使っています」

彼は自分の下にある仮の車椅子をちらりと見た。

「そして、ここにいる多くの人たちと同じように、世界を移動するためにその技術に頼っています」

彼は顔を上げた。

「でも、技術に頼っているからといって、自分の人生を決める権利が小さくなるわけではありません」

何人かがうなずいた。

「それは、誰かが僕の行き先を決めていいという意味ではありません」

少し間を置いた。

「僕がいつ家を出るのかを決めていいという意味でもありません」

さらに少し間を置いた。

「そもそも、僕が移動できるかどうかを決めていいという意味でもありません」

会場は完全に静まり返っていた。

キランは続けた。

「僕たちが英雄と呼ばれるのは、悪党と戦うからです。装甲や武器、そして普通では考えられないことができる機械を持っているからです」

彼はかすかに微笑んだ。

「でも、今回のパージを通して、僕は一つ学びました」

彼はセリーナを見た。

それからマーガレット。

そしてマイケイラを。

「自分の車椅子を操作するためだけに、スーパーヒーローになる必要なんてないはずなんです」

その言葉が空気の中に残った。

「自分の街を自由に移動するためだけに、企業や政府機関、あるいは机の向こうに座っている誰かと戦わなければならないなんて、おかしいんです」

彼の声が強くなった。

「その自由は、最初からあなた自身のものであるべきです」

少し間を置いた。

「そして、自分のほうがあなたのためになることを知っていると思い込んだ誰かが、その自由を勝手に奪う権利など、決してあってはならないんです」

数秒間、誰も口を開かなかった。

それからキランは続けた。

「技術は、僕たちが自分の人生を生きるために役立つべきものです」

彼はダニエル・リヴァースを思い出した。

警告を無視された技術者。

その安全装置によって、大惨事を防ぐことができた男。

「技術は、僕たちの選択肢を減らすのではなく、増やすべきなんです」

彼は聴衆を見た。

「そして、何か問題が起きたとき、最初に耳を傾けられるべきなのは、その影響を受けた人々です」

もう一度、息を吸った。

「だから、この公聴会が議論の終わりにならないことを願っています」

彼は市の職員たちをちらりと見た。

「もっと良い未来の始まりになってほしいんです」

沈黙が訪れた。

そしてセリーナが拍手を始めた。

マーガレットも続いた。

マイケイラは微笑んだ。

レイモンドも手を叩いた。

やがて講堂全体が拍手に包まれた。

立ち上がる人もいた。

座ったまま拍手を送る人もいた。

涙を拭う人もいた。

キランは周囲を見回し、その反応に少し照れくさそうな顔をした。

そして微笑んだ。

今回は、ウルトラヴァイオレットとして人々の前に立っているわけではなかった。

装甲車椅子もない。

フライトスーツもない。

ヘルメットもない。

プラズマ砲もない。

そこにいるのは、ただのキラン・キリアンだった。

教師。

車椅子利用者。

一人の市民。

そして、彼の声だけで十分だった。

◇ ◇ ◇

公聴会は、その後も二時間続いた。

終了までに、市の代表者たちは一連の暫定的な取り組みを発表した。

市の緊急移動支援認証システムについて、独立した調査を直ちに開始すること。

障害のある住民と権利擁護団体を、監督体制の構築に参加させること。

被害を受けたVent利用者が修理や代替機器、一時的な支援を受けられるよう、復旧支援制度を設けること。

さらに、市は調達制度と認証方針を見直し、単一の外部組織が重要な移動支援インフラを無制限に支配できないようにすることも表明した。

これらの対策が、一晩ですべてを解決するわけではなかった。

法整備が必要なものもあった。

予算が必要なものもあった。

何か月にもわたる技術的な検証と、市民との協議を要するものもあった。

それでも、純化協定が影響力を拡大し始めて以来、初めて、その政策によって最も大きな影響を受ける人々が、これから何が起こるのかを決める場に、意味のある形で参加できるようになった。

そして、それは大切なことだった。

◇ ◇ ◇

ギアの工房――金曜日、午後5時46分

工房には機械油と温まった電子機器、そして淹れたてのコーヒーの香りが漂っていた。

高い窓から夕日が差し込み、MACH-01Aが部分的に分解されたまま置かれている整備台を照らしていた。

キランは近くの仮の電動車椅子に座っていた。

ギアはシャーシの隣に立ち、新しく印刷した設計図を確認していた。

ナサニエルはコンピューターの前で作業していた。

マッハの紫色のアイコンは携帯ディスプレイに浮かんでいた。

珍しく、緊急警報は鳴っていなかった。

カウントダウンもない。

敵対的なロボットもいない。

迫り来る大惨事もない。

ただ、工房で過ごす静かな午後だった。

キランは、これは怪しいと思った。

「ギア?」

「何だ?」

「どうしてこんなに平和なの?」

ギアは顔を上げた。

「誰も俺たちを殺そうとしてないからだろ」

キランは少し考えた。

「なんか不自然だね」

ナサニエルは笑った。

「君って本当にどうしようもないな」

「ありがとう」

「褒めてないよ」

「僕は褒め言葉として受け取ることにする」

ギアは首を振った。

そしてMACH-01Aを見た。

「まあ、先は長いぞ」

キランもその視線を追った。

紫色の機体は、装甲を外された状態ではほとんど見違えるほどだった。

内部フレームがむき出しになっていた。

推進装置は別々の整備台に置かれていた。

冷却システムは再設計のために取り外されていた。

それでも、その形には見覚えがあった。

細長いノーズコーン。

側面のフィン。

補強されたシャーシ。

数々の不可能と思える状況をキランとともに乗り越えてきた、あの機体特有の輪郭。

彼はかすかに微笑んだ。

「また飛べるようになると思う?」

ギアは損傷した車椅子を見た。

それからキランを見た。

「いつかはな」

キランはうなずいた。

「いつか、か」

マッハのアイコンが現れた。

「あなたの操縦技術が向上すれば、ですが」

キランはうめいた。

「もう、勘弁してよ!」

ギアは笑った。

ナサニエルは首を振った。

「変わらないものもあるんだね」

キランは微笑んだ。

「ありがたいことにね」

ギアは設計図を作業台に置いた。

「新しい再構築計画を見る準備はできたか?」

キランは身を乗り出した。

「もちろん!」

ギアはモニターを起動した。

詳細な設計モデルが現れた。

【MACH-01A――再構築プロジェクト】

【第1段階:安全・移動システムの再設計】

【状態:計画中】

キランは設計図を見つめた。

そしてマッハを見た。

「さて、相棒」

「はい、キラン?」

「どうやら、やることが山ほどあるみたいだね」

マッハのアイコンが明るくなった。

「そのとおりです」

キランは微笑んだ。

「そして今度は……」

ギアが彼を見た。

「何だ?」

キランは損傷した機体をちらりと見た。

「ちゃんとやろう」

ギアはにやりとした。

「スナット」

キランは笑った。

「スナット」

マッハは少し間を置いた。

「その表現の使用頻度が大幅に増加していることを確認しました」

ナサニエルは微笑んだ。

「慣れたほうがいいよ」

◇ ◇ ◇

外では、夕日がシトロンシティを照らしていた。

通りには再び活気が戻っていた。

子供たちは近所の公園で遊んでいた。

学生たちは学校から急いで帰宅していた。

家族たちは夕食の食卓を囲んでいた。

そして街の至るところで、人々はパージによって奪われた日常を、少しずつ取り戻し始めていた。

まだ修理を待っている人もいた。

攻撃によって味わった恐怖と不安から、今も立ち直ろうとしている人もいた。

今後の公聴会で発言しようと準備する人、権利擁護団体を立ち上げようとする人、自分たちを守ることのできなかった制度や組織に答えを求めようとする人もいた。

純化協定は崩壊した。

その爪痕を修復するには、まだ時間が必要だった。

そして責任者たちは、長い捜査と責任追及の過程に向き合うことになるだろう。

だが、一つの変化が起きていた。

シトロンシティの人々は、自分たちの自由が、自分たちのためになることを知っていると主張する者によって、与えられたり奪われたりするものではないと知ったのだ。

それは、最初から自分たちのものだった。

自分自身の選択。

自分自身の自立。

自分自身の人生。

そして、誰にもそれを奪う権利はなかった。

ギアの工房では、マッハがまたしても絶妙なタイミングで皮肉を言い、キランが笑っていた。

損傷したMACH-01Aは、整備用照明の下で動かないままだった。

次に空を飛ぶ日は、まだずっと先のことだった。

だが、それでよかった。

なぜなら、ウィーラーであることの本当の意味は、彼を支える機械そのものにあったわけではないからだ。

それは、前へ進み続ける勇気だった。

たとえ、この先の道が見えなくても。

たとえ、機械が故障しても。

たとえ、世界そのものが行く手を阻もうとしても。

そして太陽がゆっくりとシトロンシティの地平線の向こうへ沈んでいく中、キラン・キリアンは微笑みながら未来を見つめていた。

これからも戦いはあるだろう。

新たな試練も。

不可能に思えるような状況も。

だが、それらはもう少し待っていてもらえばいい。

今は、街が安全だった。

今は、仲間たちが生きていた。

そして今は、ただのキランでいられた。

それだけで、十分すぎるほどだった。

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