家族を捨てた男
家族を捨てた男
ニュースキャスターが続けた。
「ソニック・ウィーラーズの一員として市民に知られるキラン・キリアンさんが、再びヒーローの姿は一つではないことを証明しました。教師でもあるこの青年と、人工知能の相棒マッハは、今やシトロンシティではすっかりおなじみの存在となっています」
画面がインタビュー映像に切り替わった。
そこには、笑顔のキランが映っていた。
「いやあ、僕自身はヒーローだなんて思ってませんけどね」
隣に浮かぶマッハが口を挟んだ。
「君にしては珍しく謙虚な評価だね」
キランはマッハを見た。
「マッハ」
「もっとも、君の行動によって相当な物的損害が発生したのも事実だけど」
「マッハ!」
レポーターが笑った。
やがてインタビュー映像が終わった。
しかし、それを見ていた男は微動だにしなかった。
男は肘掛け椅子に腰を下ろし、口をつけていない水の入ったグラスを手にしていた。
こめかみには白髪が混じり始め、目元には深い皺が刻まれている。その肩には、長年過去から目を背けてきた人間特有の、どこか疲れ切ったような丸みがあった。
男の名は、ダニエル・キリアン。
そして、テレビに映っていた青年は――
彼の息子だった。
ダニエルはゆっくりとグラスをテーブルに置いた。
「キラン……」
その名前を声に出すのは、何年ぶりだろう。
画面には再び、機械仕掛けの相棒と並んで笑うキランの姿が映し出されていた。
ダニエルは身を乗り出した。
あの笑顔には見覚えがあった。
スザンヌにそっくりだった。
彼は唾を飲み込んだ。
そして、通信端末に手を伸ばした。
会わなければならない人がいる。
もっとも、その相手が自分に会いたいと思っているかどうかは――
まったく別の話だった。
翌日の午後、ギアはどう頑張っても修理される気配のないエンジンと格闘していた。
ガチャン!
「くそっ!」
レンチが作業場の床を跳ねた。
ギアはむき出しになった機械を睨みつけた。
「どうして動かないんだよ!」
エンジンが不規則に咳き込むような音を立てた。
細い煙が立ち上る。
ギアは目を閉じた。
「最高だな、まったく」
その背後から、キランが浮遊しながら工房に入ってきた。
マッハも後に続く。
「こんにちはー!」
ギアは振り向かなかった。
「断る」
キランは目を瞬かせた。
「まだ何も頼んでないけど?」
「何であろうと断る」
「お昼ご飯を持ってきたんだけど」
ギアが振り向いた。
「何?」
「サンドイッチ」
「何の?」
「ターキー」
ギアは少し考えた。
「……なら、いい」
キランは笑った。
マッハは煙を上げているエンジンを観察した。
「現在の修理作業は失敗しているようだね」
ギアが睨んだ。
「ありがとうよ、マッハ」
「どういたしまして」
キランは近くの作業台に食べ物を置いた。
ギアは布で手を拭った。
「で、今日は何の用だ?」
「何の用って?」
「何か修理してほしいわけでもないのに、食べ物を持ってきたから」
キランは心外そうな顔をした。
「僕だって親切なことくらいするよ」
「三つ挙げてみろ」
キランは口を開いた。
そして閉じた。
マッハが口を挟んだ。
「手伝おうか?」
「裏切り者」
ギアは笑った。
その時――
ピンポーン!
工房の入口の呼び鈴が鳴った。
ギアは眉をひそめた。
「今日は閉店だぞ」
もう一度鳴った。
ピンポーン!
ギアはため息をついた。
「字が読めない奴もいるんだな」
入口へ向かって歩いていく。
キランはサンドイッチの包みを開け始めた。
マッハが扉の向こうをスキャンした。
そして、動きを止めた。
「キラン」
「ん?」
「少し妙なことがある」
キランは顔を上げた。
「何?」
マッハが答えるより先に――
ギアが扉を開けた。
そこには一人の男が立っていた。
白髪交じりの髪。
暗い色のジャケット。
小さな旅行鞄。
そして、不安げな笑顔。
「久しぶりだな、ジェラルド」
ギアは凍りついた。
数秒間、二人とも動かなかった。
やがてギアの表情が変わった。
驚きが消えた。
温かみが失われた。
顎に力が入った。
「……あんたか」
ダニエル・キリアンは鞄を下ろした。
「久しぶり」
ギアは彼を睨みつけた。
「何しに来た?」
ダニエルはためらった。
「お前たちに会いに来たんだ」
「何で?」
「いや、それは――」
「何でだよ?」
ダニエルはギアの向こう側を見た。
そして、キランを見つけた。
息子は工房の中央にいた。紫色の車椅子が蛍光灯の光を受けて輝いている。
ダニエルの表情が和らいだ。
「キラン」
キランは噛むのをやめた。
一瞬、その男が誰なのかわからなかった。
だが、すぐに気づいた。
手にしていたサンドイッチがゆっくりと下がる。
「……父さん?」
誰も口を開かなかった。
壊れかけたエンジンでさえ、今は音を立てるべきではないと判断したかのようだった。
ダニエルが一歩前に出た。
「大きくなったな」
キランは動かなかった。
ダニエルはぎこちなく微笑んだ。
「ニュースで見たよ」
キランは答えなかった。
「空を飛んで、人を助けて……いろいろ活躍しているんだな」
ダニエルはMACH-01Aに目を向けた。
「すごい機械だ」
マッハが近づいた。
「ありがとう」
ダニエルは目を瞬かせた。
「ああ……」
キランが静かに言った。
「マッハだよ」
ダニエルは頷いた。
「そうか。お前の相棒なんだな」
マッハは男を観察した。
「ダニエル・キリアン。キランとギアの実の父親だね」
ギアは腕を組んだ。
「残念ながらな」
ダニエルは顔をしかめた。
「ジェラルド――」
「その名前で呼ぶな」
キランはギアを見た。
珍しいことだった。
普段、ギアがその名前を呼ばれてここまで怒るのは、キランがわざと呼んだ時くらいだった。
ダニエルは二人の子供を交互に見た。
「突然来て驚かせたのはわかっている」
ギアが笑った。
突然。
確かにそうだった。
「何年も顔を見せなかったくせに、テレビでこいつを見たから来たってのか?」
ダニエルはためらった。
「どうしているのか知りたかったんだ」
ギアが一歩近づいた。
「電話できただろ」
「わかってる」
「手紙だって書けた」
「わかってる」
「会いに来ることだってできた」
ダニエルは目を伏せた。
「わかってる」
ギアの声が鋭くなった。
「でも、しなかった」
キランは目を逸らした。
ダニエルが彼に近づこうとした。
「キラン、私は――」
ギアが二人の間に立った。
「駄目だ」
ダニエルは足を止めた。
「頼む」
「駄目だ」
「息子と話がしたいだけなんだ」
ギアの表情が険しくなった。
「おかしな話だな」
ギアはキランを指さした。
「昔は話そうともしなかったくせに」
十五年前。
雨がキリアン家の窓を激しく叩いていた。
スザンヌは医療関係の書類を何枚も抱え、台所に立っていた。
目は赤く充血している。
ここ数日、まともに眠れていなかった。
ダニエルはテーブルに座っていた。
夕食には一口も手をつけていない。
隣の部屋からは、幼いキランの呼吸を支える医療機器の静かな作動音が聞こえていた。
スザンヌは夫を見た。
「専門医から電話があったわ」
ダニエルは答えなかった。
「追加の医療機器について相談したいそうよ」
それでも返事はない。
スザンヌは書類をテーブルに置いた。
「ダニエル」
彼は顔をこすった。
「聞こえてるよ」
「決めなきゃいけないの」
「聞こえてるって言ってるだろ!」
スザンヌはびくりと肩を震わせた。
ダニエルはすぐに後悔した表情を浮かべた。
「すまない」
スザンヌは向かいに座った。
しばらく、雨音だけが響いた。
やがてダニエルが口を開いた。
「もう無理だ」
スザンヌは彼を見つめた。
「何が?」
彼は医療書類を見た。
「機械も、診察も、いつも何かを心配していなきゃいけないことも……」
声が震えていた。
「キランを見るたびに、あの子ができないことばかり考えてしまうんだ」
スザンヌの表情が険しくなった。
「ダニエル」
「あの子を釣りに連れていきたかった」
「今からだって行けるわ」
「自転車の乗り方を教えたかった」
「ほかの方法だってあるでしょう――」
「庭を走り回る姿が見たかったんだ!」
彼の声が裏返った。
スザンヌは黙って見つめた。
ダニエルは両手で顔を覆った。
「普通の人生を送ってほしかったんだ……」
数秒間、スザンヌは何も言わなかった。
そして――
「キランには人生があるわ」
ダニエルは顔を上げた。
「あの子には未来があるの」
「スザンヌ――」
「あなたが想像していた未来とは違うかもしれない」
彼女は身を乗り出した。
「でも、それはあの子自身の未来よ」
ダニエルは廊下の方を見た。
「どうすれば父親になれるのかわからないんだ」
スザンヌの目に涙が浮かんだ。
「だったら学んで」
沈黙。
「私と一緒に学べばいいでしょう」
ダニエルは目を逸らした。
「できない」
スザンヌの表情がゆっくりと変わった。
「どういう意味?」
ダニエルは答えなかった。
彼女は台所の扉のそばに置かれたスーツケースに目を向けた。
胸が冷たくなった。
「ダニエル?」
彼は立ち上がった。
「すまない」
スザンヌはスーツケースを見つめた。
そして夫を見た。
「駄目よ」
「スザンヌ――」
「駄目」
彼女も立ち上がった。
「そんなこと、許されないわ」
ダニエルはスーツケースを持ち上げた。
「少し時間が必要なんだ」
「時間?」
彼女の声が震えた。
「私たちには子供がいるのよ!」
彼は何も言わなかった。
「キランには私たちが必要なの!」
ダニエルの目に涙が浮かんだ。
「わかってる」
「ジェラルドは?」
彼は目を逸らした。
「あの子がどうした?」
スザンヌの声が大きくなった。
「あの子だってまだ子供なのよ!」
ダニエルは動かなかった。
スザンヌは彼に近づいた。
「自分が父親でいることから逃げるために、あの子を大人にさせるなんて、絶対に許さないから!」
ダニエルが扉に手を伸ばした。
その時――
廊下から小さな声がした。
「パパ?」
両親が振り向いた。
そこにはギアが立っていた。
今よりずっと幼い姿。
裸足で、パジャマを着ている。
その視線はスーツケースに向けられていた。
「どこ行くの?」
ダニエルは凍りついた。
ギアはスザンヌを見た。
そして父親を見た。
「パパ?」
ダニエルはしゃがみ込んだ。
笑おうとした。
「少しの間、出かけるんだ」
ギアは眉をひそめた。
「どうして?」
ダニエルは唾を飲み込んだ。
「ちょっと時間が必要なんだよ」
「帰ってくる?」
その質問が宙に残った。
ダニエルには答えられなかった。
ギアはスーツケースを見た。
そして、キランが眠っている廊下の奥を見た。
「じゃあ、誰がママを手伝うの?」
ダニエルは目を閉じた。
ギアは待った。
返事はなかった。
ダニエルは立ち上がった。
「ごめんな」
扉を開けた。
雨風が室内に吹き込んだ。
スザンヌが泣き始めた。
ギアはその場から動かなかった。
ダニエルは外へ出た。
扉が閉まった。
カチャリ。
こうして――
キリアン家から、一人がいなくなった。
最初の数週間は大変だった。
その後の数か月は、さらに厳しかった。
スザンヌの労働時間は長くなった。
予定表は通院の予定で埋まっていった。
請求書が積み重なった。
夜には、書類に頬をつけたまま台所のテーブルで眠ってしまうこともあった。
ギアはすべてに気づいていた。
スザンヌが隠そうとしていることにさえ。
ある夜、ギアは台所に座っている母親を見つけた。
泣いていた。
静かに。
誰も起こさないように。
ギアは入口に立った。
「ママ?」
スザンヌは慌てて涙を拭った。
「あら、どうしたの?」
無理に笑顔を作った。
「こんな時間に起きて」
ギアは積み上がった請求書を見た。
「うちって、お金ないの?」
スザンヌの笑顔が揺らいだ。
「何とかやってるわ」
ギアが近づいた。
「悲しいの?」
スザンヌは目を逸らした。
「ちょっと疲れただけよ」
ギアは母親を見つめた。
そして隣の椅子によじ登った。
「手伝うよ」
スザンヌは弱々しく微笑んだ。
「もう十分手伝ってくれてるわ」
「違う」
ギアは首を振った。
「もっとちゃんと手伝う」
廊下の方を見た。
「キランのことも手伝えるよ」
スザンヌの目に再び涙が浮かんだ。
「そんなこと、しなくてもいいのよ――」
「やりたいんだ」
ギアは俯いた。
「パパ、いないから」
スザンヌは目を閉じた。
ギアは続けた。
「誰かがやらなきゃ」
時は流れた。
ギアは家庭で使う機器の管理方法を覚えた。
どの備品をどこに保管するかを覚えた。
キランが助けを必要としている時と、ただ一人にしてほしい時の違いもわかるようになった。
簡単な料理を覚えた。
壊れた家電の修理を覚えた。
限られたお金で生活する方法を覚えた。
スザンヌが誰かに話を聞いてほしい時には、黙って耳を傾けることも覚えた。
そして、いつしか――
ダニエルが帰ってくることを期待しなくなった。
ある日の午後、幼いキランは、ギアが車椅子の壊れたモーターを修理している様子を見ていた。
「直せる?」
ギアは眉をひそめた。
「たぶん」
「本当に?」
「わかんない」
キランは笑った。
ギアが接続部分を締め直した。
モーターが音を立てた。
そして――
ウィィィン!
車輪が回転した。
キランが笑顔になった。
「やった! 直った!」
ギアは背もたれに寄りかかった。
「当然だろ」
「さっき、わかんないって言ったじゃん!」
「嘘ついたんだよ」
キランはまた笑った。
ギアは弟を見つめた。
その瞬間だけは――
請求書のことも。
通院のことも。
食卓に残された空席のことも。
すべて忘れられた。
そこにいたのは、笑っている弟だけだった。
それだけで十分だった。
現在。
「あんたは出ていった」
ギアの声が工房に響いた。
ダニエルは動かなかった。
ギアは続けた。
「母さんは死ぬほど働いたんだぞ」
「ジェラルド――」
「その名前で呼ぶなって言っただろ」
ダニエルは黙った。
ギアはキランを指さした。
「こいつには誰かが必要だった」
声が震えた。
「でも、あんたはいなかった」
キランは床を見つめた。
ギアは続けた。
「だから、俺がいた」
沈黙。
「機械が壊れた時も」
ギアが近づいた。
「母さんに修理代が払えなかった時も」
さらに一歩。
「キランが怖がっていた時も」
ダニエルは俯いた。
「わかってる」
「違う」
ギアは首を振った。
「あんたにはわからない」
その目が潤んだ。
「母さんが何でもないふりをしてるのを見るのが、どんな気持ちだったか」
ダニエルは何も言えなかった。
「まだ子供なのに、もう誰も助けに来てくれないって気づくのが、どんな気持ちだったか」
ギアの声が裏返った。
「それに、自分の父親が障害のある息子を受け入れられなかったせいで、代わりに父親の役目まで背負わなきゃならなかった気持ちなんて、あんたにわかるわけないだろ!」
工房が静まり返った。
キランはギアを見た。
怒っていることは知っていた。
多くのものを犠牲にしてきたことも知っていた。
だが、こんなふうに口にするのを聞いたことはなかった。
ダニエルは唾を飲み込んだ。
「お前の言う通りだ」
ギアは彼を睨んだ。
「私は臆病者だった」
「そうだよ」
ダニエルは頷いた。
「その通りだ」
ようやくキランが口を開いた。
「どうして今なの?」
全員が彼を見た。
キランの声は静かだった。
「どうして今になって戻ってきたの?」
ダニエルが振り向いた。
「お前を見たからだ」
キランは眉をひそめた。
「テレビで?」
ダニエルは頷いた。
「立派になったお前を見たんだ」
キランはMACH-01Aを見た。
そして父親に視線を戻した。
ダニエルは続けた。
「街の空を飛んで、人を助けて、笑っていた」
彼は唾を飲み込んだ。
「そして、自分がどれほど多くのものを見逃してきたのか、ようやく気づいたんだ」
キランは彼を見つめた。
ダニエルが近づいた。
「お前を誇りに思うよ」
その言葉には、何か意味があるはずだった。
かつてなら――
何よりも聞きたかった言葉だっただろう。
だが今は――
どう受け止めればいいのかわからなかった。
「僕を誇りに思う?」
ダニエルは頷いた。
「もちろんだ」
キランの表情が険しくなった。
「ヒーローだから?」
ダニエルはためらった。
「いや、そういうことじゃ――」
「空を飛べるから?」
「キラン――」
「ニュースに出てるから?」
ダニエルは困惑した。
キランは続けた。
「もし僕がただの教師だったら、会いに来た?」
沈黙。
「もし今でも実家で暮らしていたら?」
ダニエルは答えなかった。
「もしMACH-01Aがなかったら?」
マッハは彼の隣で静かにしていた。
キランは父親をまっすぐ見つめた。
「それでも僕を誇りに思ってくれた?」
ダニエルは口を開いた。
しかし、言葉は出てこなかった。
キランはゆっくり頷いた。
「……そう」
目を逸らした。
「やっぱりね」
二十分後、スザンヌが到着した。
ギアが連絡していたのだ。
彼女はハンドバッグを持って工房に入ってきた。
「ジェラルド、そんなに大事な話っていったい――」
足が止まった。
ダニエルが振り向いた。
「スザンヌ」
彼女の手からバッグが滑り落ちそうになった。
表情が冷たくなった。
「……ダニエル」
彼は笑おうとした。
「久しぶり」
スザンヌはギアを見た。
キランを見た。
そして再びダニエルを見た。
「何しに来たの?」
ダニエルはため息をついた。
「家族に会いたかったんだ」
スザンヌは彼を見つめた。
「家族?」
「ああ」
彼女は笑った。
そこに楽しさはなかった。
「面白いことを言うのね」
ダニエルは俯いた。
「スザンヌ――」
「私の記憶では、あなたは家族なんていらないと決めたはずだけど」
彼は顔をしかめた。
「傷つけたことはわかってる」
スザンヌの目が細くなった。
「傷つけた?」
彼女が近づいた。
「あなたは私を捨てたのよ」
ダニエルは黙っていた。
「子供たちも捨てた」
「わかってる」
「キランがあなたの望んだ子供じゃなかったから、出ていったんでしょう」
ダニエルは目を閉じた。
スザンヌの声が静かになった。
そして、その静けさがかえって痛々しかった。
「それがあの子に何をしたかわかる?」
ダニエルはキランを見た。
キランは視線を返さなかった。
スザンヌは続けた。
「あの子が何度あなたのことを尋ねたか、知ってる?」
ダニエルは唾を飲み込んだ。
「何度誕生日を逃したと思う?」
沈黙。
「私が疲れ果てて動けなくなった夜、ジェラルドが何度遅くまで起きて私を手伝ってくれたと思う?」
ギアは目を逸らした。
スザンヌの目に涙が浮かんだ。
「あなたは私の心を壊しただけじゃないの、ダニエル」
彼女は子供たちを指さした。
「その破片まで、この子たちに背負わせたのよ」
誰も何も言わなかった。
工房の外では、シトロンシティの交通が普段通りに流れていた。
世界は動き続けていた。
しかし工房の中では――
時間が止まったかのようだった。
やがてダニエルは丸椅子に腰を下ろした。
来た時よりも年老いて見えた。
「許してもらえるとは思っていない」
ギアは腕を組んだ。
「それで正解だ」
ダニエルは頷いた。
「当然だな」
彼はスザンヌを見た。
「私がいなくなれば、少しは楽になると思っていた」
スザンヌは彼を見つめた。
「誰が?」
ダニエルは答えなかった。
彼女は頷いた。
「そういうことよ」
キランは父親を見ていた。
長い間、この瞬間を想像してきた。
ある時は、ダニエルが謝っていた。
ある時は、自分が怒鳴っていた。
抱き合うこともあった。
出ていけと言い放つこともあった。
しかし、想像の中のどんな会話も、目の前に座る現実の男に向き合う準備にはならなかった。
ダニエルは怪物ではなかった。
かといって、特別立派な人間でもなかった。
ただ、取り返しのつかない決断を下し――
その決断を何年もの不在へと変えてしまった、一人の男だった。
キランが口を開いた。
「父さん」
ダニエルは顔を上げた。
「僕は父さんを憎んでない」
ギアが勢いよく振り向いた。
「キラン――」
「憎んでないよ」
キランはギアを見た。
「でも、嬉しくもない」
ダニエルは頷いた。
「わかるよ」
「違う」
キランは首を振った。
「わかってないと思う」
彼は近づいた。
「父さんは僕の人生をほとんど見てこなかった」
ダニエルの目に涙が浮かんだ。
「わかってる」
「マッハのことも知らない」
マッハはキランの隣にいた。
「ギアの工房のことも知らない」
ダニエルは周囲を見回した。
「母さんが何を経験したかも知らない」
スザンヌは涙を拭った。
キランは続けた。
「それに、僕のことも知らない」
ダニエルは打ちのめされたような顔をした。
キランの声は落ち着いていた。
「父さんが知ってるのは、テレビに出てる僕だけだよ」
少し間を置いた。
「でも、それは僕を知ってることにはならない」
ダニエルは俯いた。
「ああ」
彼は唾を飲み込んだ。
「その通りだ」
やがてダニエルは立ち上がった。
旅行鞄を手に取った。
「そろそろ帰るよ」
ギアは何も言わなかった。
スザンヌも引き止めなかった。
ダニエルはキランを見た。
「いつか電話してもいいだろうか?」
キランはためらった。
ギアの表情が険しくなった。
スザンヌは黙って見守っていた。
キランは父親を見つめた。
「わからない」
ダニエルは頷いた。
「そうだよな」
彼は扉へ向かった。
そして立ち止まった。
「ジェラルド」
ギアは振り向かなかった。
ダニエルは唾を飲み込んだ。
「お前をあんなに早く大人にしてしまって、すまなかった」
ギアは作業台を見つめていた。
拳に力が入った。
数秒間――
何も答えなかった。
やがて――
「一度謝ったくらいで、十五年が消えると思うなよ」
ダニエルは俯いた。
「わかってる」
ギアはようやく彼を見た。
「本当にこの家族の一員になりたいなら……」
その声は静かだった。
「……今度こそ、ちゃんとそばにいろよ」
ダニエルは頷いた。
「そうする」
ギアは笑わなかった。
「前にもそう言っただろ」
ダニエルには返す言葉がなかった。
扉を開けた。
そして去っていった。
今度は――
誰も後を追わなかった。
ダニエルが通りの向こうへ消えてからも、工房には長い沈黙が残っていた。
スザンヌはキランの隣に座った。
ギアは作業台に戻った。
レンチを手に取った。
置いた。
また手に取った。
キランはその様子を見ていた。
「ギア?」
「何だ?」
「ありがとう」
ギアは眉をひそめた。
「何が?」
キランはかすかに微笑んだ。
「全部」
ギアは目を逸らした。
「やめろよ」
「本気だよ」
「キラン」
「僕の車椅子を直してくれた」
ギアは肩をすくめた。
「お前が壊したからな」
「母さんを助けてくれた」
「助けが必要だったからだ」
「僕の面倒も見てくれた」
ギアはようやく振り向いた。
キランは続けた。
「そんなこと、しなくてもよかったのに」
ギアは彼を見つめた。
そして小さく笑った。
「ああ」
古いエンジンを見た。
「でも、するしかなかったんだ」
キランは眉をひそめた。
「え?」
ギアは彼を見た。
「お前は俺の弟だろ、バカ」
キランは微笑んだ。
ギアは続けた。
「お前が今よりもっと厄介な奴になるまで生き延びられるよう、誰かが見張ってなきゃいけなかったんだよ」
キランは笑った。
マッハが前に浮かび出た。
「実に見事な成果だね」
ギアはマッハを指さした。
「お前は黙ってろ」
「僕はいつも役に立たないからね」
スザンヌは涙を浮かべながら微笑んだ。
しばらくの間――
三人はただ一緒にいた。
喧嘩もない。
怒鳴り声もない。
説明もいらない。
ただの家族だった。
やがてキランが扉の方を見た。
「本当に電話してくると思う?」
スザンヌは少し考えた。
「わからないわ、キラン」
ギアは腕を組んだ。
「してこなかったら承知しないぞ」
キランはギアを見た。
ギアの表情は険しいままだった。
「また母さんを泣かせたら……」
レンチを手に取った。
キランは笑った。
「殴るの?」
ギアはレンチを見た。
そしてキランを見た。
「いや」
少し間を置いた。
「出ていってから今までに俺が修理した機械の代金を、全部請求してやる」
マッハが即座に答えた。
「人件費、交換部品代、物価上昇率、累積した整備費用を考慮すると、かなりの金額になるだろうね」
ギアは笑った。
「だろ?」
スザンヌが笑った。
キランもつられて笑った。
そして、その日の午後、初めて――
工房に温かさが戻った。
数ブロック離れた場所で、ダニエルは借りた部屋に一人で座っていた。
旅行鞄はベッドの横に置かれている。
彼は通信端末を見つめた。
画面にはキランの連絡先が表示されていた。
親指が通話ボタンの上で止まった。
そして、動かなくなった。
彼は思い出していた。
自分が捨てた幼い息子を。
父親を必要としていた子供を。
自分の代わりに家族を支えた上の子を。
一人で二人を育て上げた女性を。
そして今、空を飛び、見知らぬ人々を救っている青年を。
ダニエルはゆっくりと端末を下ろした。
自分がしたことは変えられない。
失った年月を取り戻すこともできない。
ようやく帰ってきたからといって、子供たちが喜んで迎えてくれると期待することもできない。
だが、一つだけできることがあった。
もう逃げないことだ。
ダニエルは新しいメッセージを開いた。
ゆっくりと文字を打った。
キランへ。
もう一度チャンスをもらう資格がないことはわかっている。許してほしいとは言わない。でも、もし許してくれるなら、お前のことを知りたい。テレビに映るヒーローとしてではなく、私の息子として。
彼はその文章を見つめた。
そして送信ボタンを押した。
工房に戻ると――
キランの通信端末が鳴った。
彼は画面を見た。
メッセージだった。
ダニエルから。
キランはそれを読んだ。
マッハが近づいた。
「返信の文章を作ろうか?」
キランは少し考えた。
そして首を振った。
「まだいいよ」
端末を脇に置いた。
ギアが彼を見た。
「大丈夫か?」
キランはかすかに微笑んだ。
「うん」
スザンヌを見た。
ギアを見た。
そしてマッハを見た。
「大丈夫だよ」
父親を許す準備は、まだできていなかった。
これから先も、長い間できないかもしれない。
だが、初めて一つのことを理解した。
父親であるということは、自分が思い描いた未来を子供に与えることではない。
子供が実際に歩んでいく未来に、寄り添うことなのだ。
そして、ずっとそうしてくれた人たちは――
最初から彼のすぐそばにいた。




