エピローグ
真っ白な部屋。天井に規則正しく配置された蛍光灯も真っ白に光り、同色の床、壁、天井に反射し、全てを等しい明るさで照らしている。そんな影のない空間で、壁一面に広がる鏡を前に地面に横たわる二人の女の子。
「어떡해 무은아……昨日の今日で、やる気が出ない……」
「어쩔 수 없지……オンニがいない練習なんて身が入らないわよ……」
チェソンがボラムを送り出した翌日。事務所はまるで何事もなかったかのように、彼女たちに練習生としてのタスクを与えた。全てが今までと同じ状況に戻っていた。……ただ、そこからキム・イェリンという名前が消えたことだけを除いては。
ずっと四人で歩んできた道。別れの挨拶も言うことができなかったホカゼとムウンは、今日から一人欠けるという事実を受け入れることができていなかった。
「……なんだか、待っていたらチェソニと一緒にオンニも来てくれるんじゃないか、って考えちゃう」
ホカゼがそうつぶやいた瞬間、練習室の扉が開いた。反射的に身体を起こし、入口を見るホカゼとムウン。だが入ってきたチェソンを見ると再び床に倒れ込んだ。
「なんだ、あんただけか……」
「マネージャーもいますよ」
チェソンの言葉を聞いて飛び上がる二人。部屋に入ってきたマネージャーは、その様子を見てもいっさい表情を変えることなく喋り始める。
「練習室は予約制です。練習しないのであればその時間はキャンセルし、他の人が使えるように配慮をしてください」
「죄송합니다……」
「네、알겠습니다……」
昨日までであれば噛み付いていたムウンも、何の言い訳をすることもできず頭を下げる。
「もう、オンニたちやる気無さすぎです! 私はもう、昨日の夜のうちに次の動画でやることを決めましたからね!」
「え、動画って……公開練習生の動画のこと?」
「オンニがいなくなってデビューがおじゃんになったんだから、私たちもただの練習生に戻るんじゃないの?」
チェソンを質問攻めにする二人。だが、答えたのはマネージャーだった。
「非公開にしたとはいえ、あなたたちはあの動画で一度THE ONE所属タレントとして姿を出してしまっています。一人どころかこのまま全員フェードアウトするのは事務所の信用に関わる。構想は白紙に戻りましたが、あなたたちは公開練習生としての活動を継続しつつ、並行して再びデビューの道も探る。……と、部長が上層部にかけあった結果、なんとかあなたたちの降格処分や解雇を免れることができました」
「部長が……」
険しい表情をするムウンだったが、気にせずチェソンが動画についての話を始める。
「次の動画の曲はズバリ、Billlie先輩のB@ck 2 where we Belongです!」
「ちょっと待ってチェソニ、その曲ダンス無いよね? カラオケ動画ってこと?」
「よりによってメインボーカルのオンニがいなくなったこのタイミングで?」
チェソンが頷く。
「このタイミングだからです。いくら公開練習生のままって言ったって、今の私たちの歌唱力じゃ月末評価を乗り越えられませんよ!」
初めてチェソンに説教され、たじろぐ二人。マネージャーが出口の扉を開けた。
「そういうことですので、動画が撮影できたらまた私に送ってください。……それから、今日の練習が終わったら会議室へ行くように。あなたたちに人探しの依頼が来ています」
「……人探し?」
ホカゼに対して頷くマネージャー。
「部長による斡旋です。伝言も承っています……『現状維持が決まって安心できると思ったら大間違いだ。デビューするまでの仕事は自分で取ってこい』と」
「それで、どうして人探しを……」
扉が閉まり、ホカゼの言葉は壁に吸い込まれていった。練習室に残された三人。
「あの部長、昨日から何か企んでいるとは思っていたけど……いったいどういうつもりかしら」
マネージャーの消えた出口へと厳しい視線を向けるムウン。だが、その目はすぐにチェソンへと移った。
「あんた、びっくりするからマネージャーと一緒に来るのやめなさいよ! 昨日空港に迎えに行ったときも、マネージャーやキム・ヨンヘと一緒にいるのを見てこっちは心臓止まりかけたのよ!? オンニが捕まったのかと思って!」
「ご、ごめんなさい……」
「しかも自分だけオンニとたっぷり話してきて、私たちには何も無いし。 ビデオメッセージくらい撮ってきてくれたっていいじゃない! おかげで私たち、全然気持ち切り替えられてないんだから!」
「まあまあムウナ。チェソニはちゃんとオンニを助けてくれた、それで充分じゃない。ほら、練習しよう?」
「そうですよ! いつかボラムオンニとアイドルになるために、私たちはこんなところで止まっているわけにはいかないんです!」
ホカゼに便乗し、ムウンの意識を練習へと向けようとするチェソン。だがその発言が、さらにムウンの小言を呼んだ。
「その発言も! よくも私たちのいないところで、私たちが事務所の悪を根絶するなんていう大口叩いてきてくれたわね!」
「だって、そうしないとボラムオンニが帰ってこられないんだもん! 大丈夫、언니들이 할 수 있어! この十日間、オンニたち探偵さんみたいでした! さっきマネージャーが言っていた人探しの件もオンニたちならすぐ解決しちゃいますよ!」
チェソンに褒められ、満更でもない表情を浮かべるムウン。調子に乗ってチェソンはおだて続ける。
「そうだ、二人合わせて探偵キャラで売り出したらどうですか? ホカゼとムウンでホムズとか!」
「チェソニ、それちょっとダサくない……?」
「ええ、何でですか!? ホームズみたいでかっこいいじゃないですか!」
「もう分かったから、落ち着けワン・チェソン!」
ホカゼに詰め寄るチェソン、その頭をムウンが押さえつけた。
「……上等だわ。探偵でも何でもやってやろうじゃない。そうやって色んな事件に首を突っ込んでいれば、いつかこの事務所の闇を明るみに出すことができるかもしれないしね」
ホカゼが真剣な眼差しでムウンを見つめた。
「……いつか、ボラムオンニと出会うために」
ムウンもホカゼを見つめ返す。いつか、四人でデビューするために……二人の眼には決意がみなぎっていた。
チェソンがムウンの手を頭から取り払う。
「そのために、今は練習です!」
ホカゼが壁に設置された棚からワイヤレスマイクを三本取り出す。ムウンが音響機器の電源を一つずつ入れていく。三人で協力して準備をしながら発声練習をする。それは、彼女たちの知るメインボーカルの発声練習法だった。
チェソンがスマートフォンをスピーカーに繋いだ。その画面には、先ほど彼女が口にした曲の再生画面が表示されている。小さな輪を囲むように立つ三人。
「準備、できましたか?」
「当たり前じゃない」
腕を組むムウン。するとホカゼが、手にしたマイクを見つめながらつぶやいた。
「動画を出したら、オンニも見てくれるかな」
頷くチェソン。三人は笑顔で互いの顔を見ると、大きく深呼吸をして肩の力を抜いた。練習室は、スピーカーから流れる小さなノイズ音だけが聞こえている。チェソンが再生ボタンを押すのと同時に、三人はまぶたを閉じた。
優しいギターの音がスピーカーから流れ出す。三人の、未完成でまっすぐな歌声が部屋の中を満たしていく。今はここにいない……いつかまた出会う맏언니《マドンニ》へ届くと信じて、彼女たちは歌い続ける。
「맏언니(マドンニ)のキセキ」お読みいただき、ありがとうございました! 次回、短編「증거네컷(証拠4コマ)」韓国プリクラの謎を暴け!




