1
第一話(短編)、「ロックンロールは홍대(ホンデ)に戻る」開幕! 今日もまた、練習生探偵の所へ依頼人がやってくる……。
その男は困惑していた。
探偵に会うためソウル・龍山のとあるビルを訪れたのだが、そこは探偵事務所ではなく芸能事務所だったのである。
『THE ONE』と、おそらくその芸能事務所であろう名前が書かれた看板を前に呟く。
「住所は合っているはずなんだが……」
煉瓦造りに見立てた五階建てのビルが周囲の静かな雰囲気に溶け込んでいる。しかし周りがテナントビルばかりの中で一棟まるまる所持しているというのは立派なことなのだろう。大企業ではないかもしれないが所属しているタレントはそれなりの数で、きっとこの男が名前を知っている芸能人もいるに違いない。
しかし彼はパパラッチではない。自分ではどうしようもない問題を抱え、それを探偵に解決してもらうためにわざわざやってきたのである。ここまで緩い坂を登ってきて汗ばんだ額をぬぐう。
確かに、この探偵の評判はインターネットにあまり載っておらず、不安を感じていた。ただ「お金を払わずに依頼できた」という体験談がどうしても魅力的だったのだ。他の探偵事務所の依頼料は金欠の彼にとって到底払える額ではなく、藁にもすがる思いでここにやって来たものの、まさか探偵事務所ですらなかったとは。スマートフォンを取り出し、目的地の住所をコピーして地図アプリに再度打ち込む。表示される場所はやはり目の前の芸能事務所である。
「無料の探偵なんて、そんな美味い話があるわけがないよな」
肩を落として引き返そうとしたその時、事務所から出てきた二人の女の子が男に声をかけた。
「あら、うちの事務所に御用ですか?」
黒髪をポニーテールにまとめた子が微笑む。白い無地のTシャツに有名スポーツブランドのジャケット。くるぶし丈のスリムなパンツは彼女の足の細さをこれでもかと見せつけている。ファッションがシンプルなので高校生くらいに見えるが、しっかり垢抜けたメイクは大学生と言われても遜色ない。美人タイプの顔付きなのでもしや有名なモデルだろうかと思ったが、芸能人にしては顔を無防備に晒しすぎている。
「は、はあ……まさかとは思うけどここは探偵事務所では……?」
「探偵事務所? ここは芸能事務所だけど」
一緒にいる赤髪のショートヘアの子が怪訝そうに答えた。可愛らしい顔をしているので少し幼く見えるが、髪色と睨むような目つき、そして全身を包むミリタリーファッションのせいで隣の子よりも怖く感じられる。赤髪なんて自分が高校生の時は芸能人でもいなかったぞと、彼は十年前に思いを馳せながら答えた。
「そ、そりゃそうか。홈즈という探偵に依頼をしたかったんだけど……」
「홈즈? 호무즈ならここにいるけど」
やけに「ム」に力がこもっていてバカらしく聞こえるホムズ。そんなことよりもバカらしいのは無料で依頼できるホームズという探偵に会おうとしていた自分だと今更気付いた男だったが、ここにきてそのホームズに一歩近づいたのは事実である。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「호무즈という人がいるのか? ぜひ会って話がしたいんだが」
「人、というか」
赤髪が面倒くさそうにため息をつくので、ポニーテールがあとの言葉を引き継いだ。
「우리가 호무즈입니다」
立ち話もなんだからと、事務所内の一室へと移動した三人。廊下を歩いた際に地下鉄の広告で見た顔とすれ違った気がするが、目の前の二人への疑問で頭がいっぱいの男には声をかける余裕もなく、パイプ椅子に座るとすぐに机の向こうの二人へ質問を投げた。
「君たちがホムズ? 二人でってこと?」
「はい。私が帆風でこの子が무은、2人揃ってホムズです」
「KPOPアイドルでよく言うでしょ? ケミってやつ。メインボーカル担当二人でメボズとかね」
「じゃあ君たちもアイドル?」
「アイドルを目指している最中です。まだ연습생ですから」
練習生。
あまりアイドルに詳しくない彼でも制度は知っている。年々増加するアイドル志望の少年少女、彼らは事務所のオーディションに受かったからと言ってすぐにアイドルとしてデビューできるわけではない。事務所に所属したあとは数年間、ほぼ休みなしの歌やダンスのレッスン。厳しい寮での上下関係に一グラムも超過を許されない体重管理。挨拶もなく辞める友人やいつまでもデビューできない先輩……。
目の前の二人が話している様子から考えるに、おそらく先輩後輩という間柄ではないのだろう。練習生と聞くと、ホカゼのスタイルの細さが目立つ。ムウンも、最初に見た時は目つきが悪いようにしか見えなかったが、よく見ると隈がある。あまり寝れていないのだろうか。
そう考えながらムウンをぼんやり見つめていると、ムウンが痺れを切らして話を再開するよう促した。
「で、私たちに依頼って何? ダンスの練習に行くところだったから急いでほしいんだけど」
ムウンの一言で本来の目的を思い出した男。しかしただのアイドル、それも練習生の女の子たちに相談事をしていいものか。だが今の自分には他に頼れる術はない。彼は悩んだ末に、二人に全てを打ち明けた。
「実は俺、バンドをやっているんだが……」
ドヒョンと名乗ったその男。彼はスリーピースバンド『for your…』のギターボーカルであった。この数年間インディーズで活動してきたがその音楽性が認められ、大手レーベルとのメジャー契約が予定されている。メジャーデビューの情報は未発表のため、絶対に口外しないようホムズの二人は念押しされた。
事件は二日前、インディーズとして予定していた最後のライブで起きた。
「大切なギターが、盗まれたんだ。俺たちがライブしている間に楽屋から」
「盗難事件? それは警察に言いなさいよ」
「警察沙汰にはしたくない。ライブしていた会場は俺たちがこの下積み期間ずっと世話になってきたライブハウスで、俺たちは……そのオーナーが犯人だと思っている。でも確実な証拠無しに決めつけて、デビュー前、最後の最後にオーナーと仲違いなんてしたくない。探偵に物的証拠を見つけてもらって、オーナーに盗んだことを素直に認めてほしいんだ」
「警察沙汰にはしたくない、犯人候補との関係も壊したくない、でも盗まれたギターは返してほしい。そのギターはそれほど価値のあるものなんですね?」
「ああ。ヴィンテージもので、売ればかなりの値段になるだろう。だがそんなことより俺たちにとっては、バンドを抜けた親友から譲り受けた思い出のギターなんだよ」
危うく「どうか穏便に取り戻せるよう協力してほしい」と頭を下げそうになったが、繰り返すが目の前にいるのは探偵ではなくアイドル練習生である。こんなことをお願いしても引き受けてくれるわけが……とためらうドヒョンに、ホカゼが微笑んだ。
「分かりました。ドヒョンさんの依頼、우리가 해결하겠습니다」
解決できるのか? という疑問は大いにあるが、ドヒョンにとっては一縷の望みだ。ぜひ、と返事をしようとしたそのときムウンが呟いた。
「依頼の対価は、そうね……」
ホカゼの曇りない笑顔とは真逆、明らかに何かを企んでいる顔である。
無料などというあの評判は流石に嘘だったのか。まさか、この子たちこの若さにしてとんでもない額を吹っかけてくるのではないだろうか。ドヒョンが唾を飲み込む。
だが、ムウンが提示した対価は、拍子抜けするようなものだった。
「私たちを、あなたのバンドの前座としてライブに出演させる。그런 건、어때?」
Talent Profile 〜HOKAZE〜
名前:ホカゼ/호카제
年齢:18歳
誕生日:3/1
身長:163cm
MBTI:ISTJ
担当:メインダンサー/リードボーカル
趣味:カフェ巡り
所属事務所:THE ONE (公開練習生)
Talent Profile 〜MUEUN〜
名前:ムウン/무은
年齢:18歳
誕生日:6/12
身長:162cm
MBTI:ESTP
担当:メインラッパー/サブダンサー
趣味:ドラマ鑑賞
所属事務所:THE ONE (公開練習生)




