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カルテNo,4 ふたりのじかん

※この記録には、わずかな異常が含まれる場合があります。


すべては正常に管理されています。

その日は、いつもより病棟が静かだった。

白い廊下には足音が少なく、遠くで鳴る器具の音だけが規則的に響いている。


「今日は、少し暇ですね…」


アオイの病室にて、天羽(あもう)ゆらがそう呟くと

アオイは、ぱっと顔を上げた。


「ほんと!?じゃあ今日ゆらさんとずっっと一緒にいられる日!?」


とてもキラキラした表情でこっちを見つめてくる。

まるで珍しいものを見つけたような、純粋な表情。


「いえ……そういうわけではありませんが」


ゆらは軽く苦笑いしながらカルテを確認する。

アオイは残念そうな顔をしたあと、すぐに笑った。


「でも、少しでもながーくいるんだよね…??」


「はい。次の巡回の時間までは」


その言葉に、アオイは小さく頷いた。

その一瞬だけ、少し安心したような表情に見えた。


ゆらはポケットから小さな袋を取り出す。


「これ、時間があったらどうぞ」


中には折り紙が入っていた。

アオイと一緒に遊んであげなよ!!と院長に言われて渡されたもの。


「折り紙??」


アオイの目が一気に輝く。


「やるやる!!それやりたい!!」


その反応に、ゆらは少しだけ目を瞬かせる。


「そんなに折り紙好きなんですか??」


「好き!!こういうの、ひとりだとできないから…」


その言葉に、ゆらの指がほんの少し止まった。


「……ひとりだと??」


アオイは、ゆらが問う"本当の意味"に気づかずに紙を広げる。


「うん。なんかね、誰かと一緒じゃないと、途中でやめちゃうの」


そう言いながらアオイは丁寧に折り始めた。

不器用ではない。むしろ手つきはとても丁寧で集中している。

ただ――いつものアオイとは違い、やけに静かだった。


しばらくして、アオイが顔を上げる。


「みてみて!!ゆらさん!!」


そう自信満々に見せてきたのは鶴だった。

今にも飛び出しそうなぐらい。すごくきれい。

しかし、アオイは


「ワンちゃんだよ!!どうかな〜??」


「…ワンちゃん??」


少しだけゆらの時間だけが止まる。


「うん!!ワンちゃん!!羽のあるワンちゃん!!」


どこからどう見てもきれいな鶴に見えるが…

本人が楽しそうならいいか。

アオイの想像力に少し関心してるとき、アオイがふと呟いた。


「ゆらさんっていつ寝てるの??」


「…え??」


折り紙の話題を置いてけぼりにしたその質問に、一瞬だけ思考が止まった。


「だって、いつ見てもいるもん。廊下にも「せんせいたちのひみつのおへや」にも!!」


「せんせいたちのひみつのおへや」――多分監視室のことだろう。

院長が絶対教えたであろうネーミングセンスだ。

アオイの質問に対してゆらが考える。

でもそういえば、


(……私、いつ寝てるんだっけ)


寝てない。ということはまずないだろう。

寝ていなかったら、患者さんの看護どころではない。

今頃倒れている。

きっと疲れて寝る前の記憶が飛んでるのだろう。

ゆらは咄嗟にこう答えた。


「アオイちゃんが寝てる間に一緒に寝てるよ」


「ほんと!?やっった!!!」


本当は違うかもしれないが、寝ていたら意味的には合っているだろう。

アオイがはしゃいでる姿をゆらはそっと眺めていた。



その頃。監視モニター室にて。

院長がモニターに映るアオイの部屋を眺めていた。

アオイとゆら看護師が一緒に遊んでいる。

それを見て院長は微笑んでいた。

まるで小さなランプのように。優しい表情で。


「…意外とゆら看護師って付き合い上手だよねぇ」


そうつぶやき、カルテに何かを記入する。

ゆらのカルテとは違う、"病棟全体"のカルテ

だがカルテにはなにか文字が記入できるような、

不自然な空白ができていた。



巡回の時間が終わる頃。

ゆらが立ち上がると、アオイがすぐに気づいた。


「もう行くの…??」


「次の患者さんのところへ向かいます」


「……そっかあ」


アオイは折り紙を握りしめる。

少しだけ間があった。

そして


「ねぇ」


「はい」


「次って、どれくらい??」


ゆらは一瞬答えに詰まる。


「……少しあとです。」


「少しって、どのくらい??」


その問いは、ただの疑問のはずだった。

けれどどこか逃さない響きがあった。


「業務が終わり次第です。今日中にもう一回来ますよ」


「……そっかあ」


アオイは笑った。

でも笑っているのに視線は離さなかった。



ゆらが扉に手をかけたその瞬間。

部屋の空気が、わずかに重くなった。


「…ゆらさん」


呼び止める声。


「……はい」


振り返ると、アオイは立ち上がっていた。


「…すぐ、もどってくる??」


一瞬。

ほんの一瞬だけ空気が止まる。

ゆらはその違和感を"説明できないまま"飲み込む。


「戻ります。ちゃんと」


そう答えた瞬間。

空気がふっと軽くなった。

そしてアオイは笑った。


「…よかった!!」


扉が閉まる。

廊下に出たゆらは、息をゆっくり吐いた。


(今のは……)


理由はない。

でもたしかに引っかかる"違和感"がある。

ただの会話。

ただの患者。

ただの確認。

――それだけのはずなのに。


その日の夕方。

監視室のモニターの中では、アオイが折り紙を見つめていた。

何度も、何度も。

同じ場所を指でなぞりながら。

小さく、何かを数えるように。


「……すぐ、かえってくるよね…」


誰にも届かないぐらい小さな声で――



今日も夢幻病棟はいつも通り静かだった。

だけどその静けさの中に

ほんの少しだけ"誰かを待っている音"と

"存在しないはずの気配"が含まれていた。

――補助記録:閲覧ログは正常に保存されています。

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