メガネは人間の町に行けば買えますか?
うわ、なんだあれ。
でっかい鹿のツノみたいなのを生やした人っぽいのが、全身を鱗で覆われた半魚人みたいなの四~五人に、足やら腕やらを掴まれて、海に……。
「引きずり込まれてる!?」
俺が叫ぶと、ハッと全員が動き出した。
リーフェリオン様が俺を背に庇うようにして、俺の前に出る。
いやいや、俺を守ってる場合じゃなくてさ、まずは。
「助けなきゃだろ!」
駆け出そうとする俺の肩をグラ兄が押さえる。
「オレが行くから、トーチカはそこ動くんじゃねーぞ」
「わかった!」
俺が動かないでいる事があの人を助ける事に繋がるなら、俺は一歩も動かずじっとしてる。
だからグラ兄、あの人を助けてやってくれ!
グラ兄は後ろで括った鮮やかな緑髪を靡かせて、波打ち際へと走る。
その一歩でやたら進んでんのは魔法の力なんだな。
「援護する!」
ヴァルさんが叫んでグラ兄の方へと駆け込むと、両腕を伸ばす。
バチバチッと電気が走るような音がして、グラ兄のいつも振り回している紺の槍の先が黄色く光った。
「おおっ、雷か、助かる!」
グラ兄は勢いのまま全身を緑の鱗に覆われた半魚人の一人を蹴り飛ばし、槍をぐんっと振り回して三人を薙ぎ払う。
あ、やっぱ五人だったか。
少し離れた場所にいた一人を、グラ兄が槍を回して黄色い方で突き刺す。
ギャアアと悲鳴が上がり、派手に負傷したらしい半魚人を助けようと、飛ばされた二人が駆け寄る。
……なんか、モンスターとは言われたけど、人型な上に知性がありそうな動作をされると……。
「雷付与すげーな、こんなら楽勝ぽいぞ!」
負傷者を海に戻そうとする二人を逃がすためにか、残る二人の半魚人がグラ兄の前に立ち塞がる。
半魚人が何か魔法を使おうとしたその時、ヴァルさんがすばやく何かの魔法を飛ばした。
「グギッ!?」
鳴き声はそんなんなんだ?
会話はできそうにないっぽいな……。
「ディスペルか、最強の大魔導士様はサポートも一流だな! へへ……っ、覚悟しろよ!」
雷を纏った槍を半魚人達に構えたグラ兄に、俺は思わず叫んでいた。
「倒さなくていいから! そっちの人を助けてやってくれよ!」
「ん? 倒さねーでいーのか?」
素直なグラ兄が、これまた素直に俺を振り返った隙に、半魚人達は水音と共に全員海へと逃げ込んだ。
「あーーーーーっ! 逃げられた!!」
「いいって、それよりその人大丈夫なのか!? 俺そっちに行ってもいいか!?」
「わーっ待て待て! オレがそっちに連れてくから、トーチカはそこにいてくれ!」
「わかった!」
俺は二度目の「わかった」を返して、リーフェリオン様の後ろから鹿の角が生えてる人の様子をじりじりした心境でうかがう。
最初に見た時はジタバタ懸命に暴れていたその人は、今は遠目にもぐったりしていた。
けれど意識はあったのか、グラ兄といくつか会話をした後、グラ兄に支えられるようにしてこちらにやってくる。
そっちの鹿っぽい人とは会話が成立してるんだ?
って、うわーーー!?
鹿の角に、ふっさふさの鹿の耳に、尻尾が生えてる……。
これはあれだ。
獣人ってやつじゃないか!?
グラ兄の手を借りてよろよろやって来た鹿の子……顔は普通に人間っぽい、俺よりは歳下に見えるな、18か19歳くらいか? が、俺達の前に膝をついた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
おお、普通に会話できるんだな。
リーフェリオン様が俺の前から半歩だけ横に移動して、俺の姿を鹿少年に見せた。
「君を助けるよう指示したのは彼だよ」
って俺か!?
いや、指示をしたつもりはないが、助けようとしたところをグラ兄に止められたのでグラ兄に任せたって流れではあるか……。
リーフェリオン様がフラウレイドさんに治療を指示する。
フラウレイドさんは治癒魔法が使えるんだよな。
俺が以前、お屋敷の厩舎の出入り口のとこの金具でうっかり腕を引っ掛けたときに一度かけてもらったけど、正直感動した。
だって魔法じゃん。
ケガがすぐ治るとか、どうみても魔法。
むしろ異常。超常現象だよ。
あの時は、やっぱここって異世界なんだなぁと思ったもんな。
鹿っぽい少年は、海に引きずり込まれまいと抵抗したんだろう、あちこちに痛そうな擦り傷や切り傷をつけていたが、フラウレイドさんの治癒魔法でそれもスルスルと治っていった。
「助けていただいた上に治療まで、本当にありがとうございます」
鹿少年がまっすぐ俺に頭を下げる。
いやいや、治癒はフラウレイドさんがしたんだし、その指示はリーフェリオン様がしたからな?
でも、ふさふさした鹿の耳が元気そうにぴるぴるっと揺れると、俺も何だか嬉しくなってしまう。
「俺は見てただけで何にもしてないよ。君が無事で本当に良かった」
嬉しい気持ちでにっこり笑いかけると、鹿の毛色と同じ髪色の少年は驚いたような顔で瞬いた。
なんか俺の前に膝つかれてると、俺が見下ろしてるみたいで申し訳ないな。
けど疲れてるだろうから立てって言うのもなぁ……。
俺は少年と視線が合うように、その場でしゃがみ込んだ。
「君はこんなところで何をしてたの? ここはひとりじゃ危ないみたいだよ」
俺もまだよくわかってないけどさ、とりあえずひとりでうろうろしてるとマズイんだなって事は、今の一件でよーーく分かった。
「ボク……あ、申し遅れました。ボクはコルトって言います」
「コルト君か、よろしく。俺は遠近だよ」
「トーチカ様……」
「様はいらないよ、俺ちっとも偉くないから」
俺の言葉にコルト君は「えっ、えっ、でも……」と困っている。
困らせちゃったか、余計悪いことしたな。
「ではその、トーチカさん……?」
「うんうん」
俺が頷くと、コルト君がホッとした顔をする。
「ボクは……、その、耳が良いと言いますか、人より探知能力に長けているのですが」
「へぇ」
「海岸から、微かに助けを求めるような声聞こえて……」
「え!?」
「あ、でも行っても誰もいなくて……聞き間違いだったんだと思います……」
「どの辺から!?」
「あそこの岩場からです」
コルト君が指したのは、波打ち際にほど近い岩場だった。
「なるほど」
「誰もいないし帰ろうと思った矢先に、海からマーマン達が現れて、先ほどのような事に……」
マーマンってのがさっきの半魚人達の名前……種族名か。
「それは大変だったね」
「ご迷惑をおかけしてしまってすみません……。海に近づき過ぎたボクが迂闊でした」
しょんぼりと肩を落とす様子から、これならこのまま帰しても同じ轍は踏まないだろうなと判断する。
「大事にならなくて良かったよ。ひとりで帰れそう?」
「はい、大丈夫です」
しっかりした答えにホッと胸を撫で下ろす俺に、コルト君がおずおずと口を開いた。
「あの……、もし失礼でなければ、なのですが」
「うん? 何でも言ってみて?」
「皆さんが目につけているのは……何ですか?」
あー……、メガネか。
確かに海岸にいる五人は、その内四人がメガネだからな。
ほぼ皆がつけてると言えるだろう。
「これはメガネって言って、見る力をサポートしてくれる道具だよ」
「メガネ……」
これまでの人生では、たとえ眼鏡店に勤めていても、メガネという言葉に人が出会う瞬間に立ち会うなんて事はなかった。
だけど、この世界に来てからは、メガネという概念に初めて出会う人の反応が見られるのが実に新鮮で良いよな。
まさに、メガネという存在そのものを、俺がこの世界に知らしめているという感がある。
俺が充実感で胸をいっぱいにしていると、コルト君がまたおずおずと口を開いた。
「あの……、ボクのお祖父様が、近頃は小さな字が読めないと言うのですが……」
「それは老眼だね。老眼鏡をかけると字も読みやすくなるよ」
「そうなんですか!? 帰ったらすぐお祖父様に伝えますねっ!」
コルト君が嬉しそうにぱあっと表情を綻ばせると、彼の立派な角に絡まる蔦のような植物に、可愛らしい小さな花がポポポンっと咲いた。
なんだそれ? 魔法みたいなもんか? よくわからんが可愛いな。
俺がほんわか和む後ろで、俺以外の四人が視線を交わしてるとは気づかないまま、俺はコルト君と会話を続ける。
「そのメガネは人間の町に行けば買えますか?」
城下町で買えるだろうかと城の方を指すコルト君に、俺は眉を寄せる。
最終的には町に店舗を構えて、こうやって人づてにメガネの話を聞いた人も気軽に手に取れるようにしたいとこなんだけどな。
今はまだ、俺が生み出すしかないんだよな……。
早いとこメガネの材料も、メガネを作れる職人さんも、揃えたいんだが。
あー……。まだまだ先は長いな。
「できるだけ早くそうしたいと思ってるんだけどさ。今は俺が直接作るしかないんだ。……ごめんな」
苦い気持ちをつい口にしてしまうと、コルト君が慌てて両手を振った。
「いっ、いえいえいえっ、トーチカさんが謝る事ではありませんよっ!?」
確かに、急に謝られても困るよな。
俺が「あはは」と苦笑いで誤魔化すと、コルト君は申し訳なさそうに俺に尋ねた。
「トーチカさんのお住まいはどちらですか? ぜひ日を改めて伺わせてください」
「俺は……」
って、そういえばリーフェリオン様のお屋敷の住所だとかって全然知らないな!?
俺が困ったのに気づいたのか、リーフェリオン様が屋敷の場所をコルト君に伝えてくれた。
「そちらでしたら、ここよりもボク達の森から近いですね。来週のご予定はいかがでしょうか?」
「あー……、それがまだ、いつそっちに帰れるかわかんないんだよな……」
片手で首の後ろを撫でつつ俺が正直に答えると、コルト君は「そうなのですね」と答えて、腰のベルトに付いた袋から何かをゴソゴソと取り出した。
「ではこれをお持ちください」
まだ若々しい彼の手で、大切そうに手渡されたのは、布につつまれた木製の鈴だった。
どんぐりのような形をしていて、上には紐で輪がついている。
中でコロコロと木の玉が動くと、なんとも温かな音がする。
「へえ、よく出来てるな」
「トーチカさんのご都合の良い時に、それを鳴らしながらボクの名を呼んでくだされば、必ずボクの耳に届きますので。いつでもお呼びくださいね」
必ず……ってことは、これもなんかこう……魔道具みたいなもんなのかな?
「ああ、分かったよ」
微笑んで再会の約束を交わすと、俺達はコルト君を見送った。
うん、元気そうな足取りだし、大丈夫そうだな。
彼の背が見えなくなると、俺はすぐ岩場に足を向けた。




