第26話 検問:白い街:応答なし
中級層と富裕層の間に立つ城壁。その前の小さな関所では、槍を持った兵士が通行人を一人ずつ確認している。列に並んでしばらく待ち、やがて携太の番がきた。
「富裕層エリアへの用は?」
「商人として、薬師のクリスフォードさんのお宅に伺うんです」
「手を」
短く言われ、携太は戸惑いながらも手を差し出す。手甲をつけた兵士の手が手の甲にかざされると、淡い光が灯り、三つのギルドの紋章が浮かび上がった。兵士の眉が、ごくわずかに上がる。
(……三つ登録してるのが、珍しいのかな?)
「……わかった。行っていいぞ」
軽く頭を下げ、一歩踏み出した瞬間、景色が変わった。石畳は白く平滑で、目地まで揃っている。街路樹が等間隔に並び、建物はどれも磨かれた白い石壁。空気の匂いまで、張り詰めたように澄んでいる。
『……ここ、なんだかキラキラしてる』
チョコの感心した声に、ミントが静かに返す。
『……でも住みたくはないわ』
『……俺も中級層のほうが好きだな』
携太は心の中で同意しながら、小走りになった。通りを横に折れると、人通りがほとんどなくなる。建物の規模が一回り小さく、富裕層エリアの中でも慎ましい一角のようだ。
すぐにクリスフォードの家が見えた。二階建ての石造りで、庭の花壇からは雑草が顔を出し、垣根も少し伸びすぎている。軒先に吊るされた癒月草の束は、乾かしかけのまま少し色褪せていた。
玄関の前に立って──気づく。ドアが、わずかに開いていた。
(なんで開いてるんだ?)
嫌な予感がして、急かすようにドアを叩いた。返事はない。もう一度強く叩くと、その衝撃でドアがさらに少し押し開かれた。
「クリスフォードさん? ごめんくださーい」
『クリスフォードさーん!』
チョコも一緒になって呼ぶ。
『チョコの声は聞こえないって』
『あっ、そっか』
隙間から中を覗き込むと、薄暗い室内に人影はない。ドアが開いたまま、返事もない──胸がざわついた。
すると、隣家の扉が勢いよく開いた。
「クリスフォードさん! 帰ってきたの?!」
髪を後ろで結わえた若い女性が、慌てた様子で飛び出してくる。その後ろから、足音を立てて小さな子どもが二人駆け出てきた。まだ四、五歳ほどの双子の男の子だ。
「お父さん!」
「お父さん!」
だが、携太の姿を見た瞬間に二人の足が止まる。父ではない──期待に輝いていた双子の顔が、くしゃっと歪んだ。
「……ちがう」
一人がぽつりと呟くと、二人の目に涙が溢れ、再びわっと泣き出す。女性は慌てて二人を抱き寄せ、携太に鋭い目を向けた。
「あなた、どなた? クリスフォードさんに何の御用?」
(……そりゃ警戒されるよな)
携太は、自分の黒い魔導ローブをちらりと見下ろす。この街並みには、明らかに浮いている。
「朝に伺う約束をしていて──クリスフォードさんは」
「奥さんがひどい容態で、お城の方へ──」
城、という言葉で全身が強張った。
(昨日、ギルドで聞いた──治癒師はろくに診てくれない。それでも押しかけたなら、奥さんだけじゃない……クリスフォードさん自身も、どうなるか分からない)
「ありがとうございます!!」
叫ぶように礼を返して、携太は走り出した。
「ちょ、ちょっと! どなたなのって聞いてるでしょ!」
背後から追ってくる女性の声と、双子の泣きじゃくる声が、背中に突き刺さる。それでも足は止められない。白い石畳を、全力で駆け抜ける。
(──無事でいてください、クリスフォードさん!!)




