表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚余剰人員の為、魔王は任せて異世界満喫?!  作者: 倉地冬馬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/26

第20話 家族:失った日:ともに

 静けさが戻った岩場で、携太は二匹と向き合っていた。


 遠くで川のせせらぎが聞こえる。風が、草の匂いを運んでくる。


 ミントカラーの姉は携太のすぐ前で、じっと地面を見つめていた。


「……無理しなくていいよ」


 携太は静かに言った。


 姉は少しだけ目を伏せたが、やがて顔を上げた。


『……話すわ。ちゃんと、話す』


 ◆


『私たちは、四匹で暮らしていた』


 姉の声が、頭の中に静かに響く。


『父さんと、母さんと、私と、この子』


『森や岩場を転々としながら。夜は風の匂いを聞いて、朝は葉っぱについた雫を舐めて。それが当たり前だったの』


 弟が小さく頷いた。


『父さんも母さんも回復の力を持っていた。父さんは回復だけではなく、探知能力が凄かったわ。何かが近づいてくると、ずっと前から気づいて、私たちを安全な場所に連れていってくれたの。母さんは、どんな傷でもすぐに治してくれたわ。』


 携太は黙って聞いている。


『ずっと続くと思ってたの。あの暮らしが』


 姉の声が、ほんの少し震えた。


 ◆


『その日も、いつもと変わらない朝だった』


 姉が続ける。


『森の中。匂いも、風も、いつも通り。父さんも、何も感じていなかったの』


 弟の耳が、ぴくりと動いた。


『なのに──突然、目の前に人間が現れた。四人』


 携太の手に少し力が入る。


『おかしかった。父さんは、人間や魔物の気配なら遠くからでも察知できる。なのに、その四人は──匂いも、音も、気配も、何もなかった。まるで最初からそこにいたみたいに、突然現れたの』


(……気配を消す能力か道具を持っていた、ということか)


 携太は胸の中でだけ、そう呟いた。


『人間の言葉はわからない。でも──"連れていく"って気配と、"抵抗するな"って圧だけは、わかった』


 ◆


 姉は、一度だけ息を止めた。


 それから、絞り出すように続けた。


『父さんが、私たちの前に出たの』


『家族を守ろうとして。威嚇のつもりで──一人を、傷つけたわ』


 携太は、拳をぎゅっと握った。


『次の瞬間。重い鎧を着た女が、怒ったまま──父さんを、大きな剣で切った』


 姉の声が、淡々と事実だけを並べるような調子に変わっていた。


 感情を乗せたら、壊れてしまうとわかっているかのように。


『一振りだけ。たったの一振りで──父さんは、動かなくなったの』


 弟が、小さく身を震わせた。


『母さんが、すぐに駆け寄って回復しようとした。でも──戻らなかったの。何度やっても、戻らなかったわ』


 携太は息を詰めたまま、二匹を見ていた。


 言葉が出ない。


『私たちは泣いた。弟は声を上げて泣いた。私も、たぶん泣いていたわ』


『母さんが叫んだの。「逃げて」って』


 姉のエメラルドのような宝石の光が、わずかに揺らいだ。


『逃がそうとしてくれた。でもその時──別の男が、刃物を投げた』


 弟の後ろ足が、反射的にびくりと縮まった。


『弟の後ろ足に刺さったの。弟が鳴いて──母さんの声が、裂けたわ』


 沈黙が落ちる。


『"逃げてーーー!"って』


『……あれが、母さんの最後の声だったの』


 姉は、そこで言葉を切った。


 目を閉じ、小さく息を吐く。


 弟が、姉の体に額を押しつけた。


 ◆


 しばらくの沈黙のあと、姉がぽつりと言った。


『私は弟を背中に乗せて、森に飛び込んだの。振り返れなかったわ』


『どれだけ走ったか、わからない。足が震えて、息が切れて──それでも止まれなかったの』


 弟が、ほんの小さな声で付け足した。


『……姉ちゃんの背中、ずっと震えてた』


 姉は何も言わなかった。


 携太も、何も言えなかった。


『気がついたら、昨夜の川の近くにいた。身体中が痛くて、弟の足からは血が止まらなくて。魔力も空っぽで、回復もできなかったの』


『水だけ飲んで。それだけで、二日間過ごしたの』


(二日間……)


 携太は、昨夜のことを思い出していた。


 焚き火の前に現れた、あの小さな影。


 おそらく、姉は限界だったのだ。


 弟の足からは血が止まらず、回復する魔力も残っていない。自分たちだけでは狩りもできない。


 それでも、人間に近づくのは怖かった。


 あの四人のことが、頭にこびりついていたはずだ。


 それでも──姉は来た。


 弟を助けるために、一か八かで姿を見せた。


「あの魚……」


 携太がぽつりと漏らすと、姉が小さく頷いた。


『一口食べて、わかった。普通の魚じゃなかったの。身体の奥から魔力が満ちてくるのがわかって──弟のところに持って帰って、分け合って食べた』


『身体の疲れが取れて、枯れてた魔力が戻ってきた。……だから、やっと弟の傷を治せたの』


(そんな効果が……)


 善行ポイントで買った元の世界の食材には、肉体の疲労や魔力を回復させる効果があるのかもしれない。


 携太は胸の奥が締めつけられるのを感じながら、黙って頷いた。


 ◆


 姉が、ゆっくりと立ち上がった。


 まっすぐに、携太を見上げている。


 弟も、その横に並んだ。


『……お願いがある』


 姉の声は震えていた。


 でも、目は逸らさない。


『一緒に、いさせてほしい』


 携太は、少しだけ間を置いてから口を開いた。


「……国には、連れていけないかもしれない」


 二匹の顔が、わずかに強張る。


「人間が、怖いだろ」


『……怖いよ』


 弟が、小さな声で答えた。


『でも、アナタは違う』


 姉が、弟の言葉に重ねるように言った。


『石をぶつけられて自分も痛かったはずなのに、私たちのことを気にしてくれたわ』


 二匹は、目を逸らさなかった。


 携太は、しばらく二匹を見つめていた。


 小さな体。額に光る宝石。ふわふわの毛並み。


 親を奪われて、傷ついて、それでもここにいる。


(……俺も、同じだったな)


 施設で育った日々が、ふと頭をよぎった。


 俺には手を差し伸べてくれた人がいた。


 この子達はどうだ。どうしたらいいのか分からず途方にくれた経験があるからこそ、放っておけないと思った。


「……わかった」


 携太は、静かに言った。


「一緒に行こう」


 姉のエメラルドの宝石が、ぽうっと光った。


 弟が、小さな声で鳴いた。


 それは、泣き声なのか、喜びの声なのか、携太にはわからなかった。


 でも──二匹が、そっと携太の膝の上に額を寄せてきたとき。


 不思議と、お互いが引き寄せ合って巡り会えたんだと──そう感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ