第37話 壊れてしまっていて手遅れだ
「橘くん! 大丈夫ですか⁉」
「橘っちぃ~~!」
「う……ぐすっ……良かった無事で……」
あの後、何とか蘇生して意識がおぼろげながら戻った渚橋さんに肩を貸しながら無事に下山すると、一斉にクラスの女の子たちに取り囲まれた。
「大丈夫だよ。この通り元気さ。あー、腹減った」
みんな、涙で顔がクシャグシャだし、ジャージも雨に濡れてびしょ濡れだ。
悪天候なのに、みんな捜索に出てくれてたんだな。
「で、でも。ジャージがびりびりに破れて」
「まるで乱暴された男の子みたい……」
「エッ!」
「う……心温まる生存シーンなのに、私の心のチ〇ポが勃つ……」
そして、この世界の女の子たちは相変わらずだった。
うむ。
まぁ、無事だったから全て良し!
「橘ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛! 良がっだぁ゛ぁ゛ぁ゛! 生きててぇぇ!」
「エッちゃん先生にも心配かけたね」
泣きじゃくるエッちゃん先生を、ポンポンと頭を軽く叩いて慰める。
「すぐに病院に」
病院か……。
でも、あんまり事を大きくしたくないんだよな。
行事での割とヤバメな事故だから、報告書とかも大変そうだし……。
エッちゃん先生の責任問題とかになったら嫌だから、後で真名瀬学園長にも、エッちゃん先生に累が及ばないように裏から話を通しておこう。
晴飛絡みだと言えば、大目に見てもらえるだろう。
「大丈夫だよエッちゃん先生。頭は打ってないし、骨も大丈夫そうで、ほんの擦り傷程度で……」
そう言って、肘を見せようとしたら。
──あれ? 傷がもう、ほぼ治りかけている……。
ジャージの袖をまくった腕には、打撲痕も擦り傷もほぼなかった。
でも、結構な高さからの滑落だったよな?
滑落事故の直後は、橘知己の身体の頑丈さには感謝だな程度にしか思ってなかったが、普通は滑落事故を起こしたら全身がすり下ろされていてもおかしくないのに……。
俺の身体って……。
「観音崎様! 良かった!」
「早く医務室に!」
「ドクターヘリはまだなの⁉」
「み、みんな。ボクは大丈夫だから……かかりつけ医じゃないと、ボクはその……」
一瞬、自分の身体の事が気になったが、2組の子たち以上に心配している1組の女子たちと、晴飛の困った返答が聞こえてくる。
これはマズい。
俺の方で2組の側は抑え込めたとしても、晴飛のいる1組の方で大騒ぎになったら、折角俺が大事にしないように動いても、結局は1組側の動きに引っ張られる形で事が大きくなってしまう。
ここは、いつもの作戦で落ち着かせるか。
「1組のみんな大丈夫だよ。晴飛は無傷だ。だって、俺が晴飛をしっかり抱きしめて護ったからな」
「「「「ワキャアアァァァアアアア!」」」」
俺の言葉に2組の多くの女子たちが倒れた。
「ボ……ボクだって役に立ったよ。ずぶ濡れで震えてた知己くんの事を温めたのはボクじゃない」
「「「「オンギュラッパァァァァァァアッ!」」」」
ここで、俺の意図を汲んでくれたのか、はたまた男としての対抗心からか、晴飛が自分も役に立ったんだぞとアピールしてくる。
その結果、1組の女子たちが轟沈する。
しかし、1組の女子って普段はお淑やかなのに、気絶する時の叫びは案外下品なんすね。
お嬢様女子が下品なのって、ちょっと興奮します。
そんなこんなで、俺と晴飛のファインプレーにより、俺達が病院送りにされてしまうのは防ぐことが出来た。
まぁ、その分、女の子達に意識不明者が出てしまったけど、いつもの事なので良し!
「橘さん……貴方は本当に……」
「橘様。此度は、うちの渚橋が結局、御迷惑を……」
意識不明者の対応のために、あっという間に野戦病院と化した中、1組学級委員長の江奈さんと3組学級委員長の荒崎さんの仲良しコンビが話しかけてきた。
流石は、委員長2人。血染めのクラス入れ替え戦で生き残ってただけあるね
「いやいや。渚橋さんが、着替えやカイロなんかを持って助けに来てくれたから助かったよ」
渚橋さんは、流石は軍にいただけあって、俺以上にデッカイ背嚢に装備してたからな。
まぁ、渚橋さんはその後意識が朦朧としていたので、結局おんぶして下山する事になったけど。
「そう言っていただけると救われる。渚橋さんはお二人が避難していた洞窟に辿り着くや否や、何やら、ショッキングな光景を見たらしいのですが、記憶がひどく混濁していて憶えていないそうです」
この世界には、BLの露骨な濡れ場シーンっぽく見えてしまう光景は、屈強な傭兵上がりの渚橋さんが撃沈された事からしても、まだ早かったようだ。
流石に、あのシーンを誤魔化すのは色々と骨が折れる所だったからな。
いや、滑落しても骨折はしていないが。
「そ、そう……。あれ? そう言えば、一際騒がしい奴がいないな?」
「ああ。不入斗さんなら、私たちが一先ず下山した時には、すでに都内の方に帰ってましたよ。体調不良だからと」
「そうなのか」
騒がしい奴だけで、誰なのか特定される残念なかぐや姫……。
まぁ、体調が悪いって言ってたから、仕方ないか。
結局、好感度を稼ぐための大チャンスだった遭難イベントは、俺が消費するという誰得な展開となってしまった。
そういう意味では、かぐや姫に事前に発破をかけてたら色々とぶち壊しだったので、結果論的には良かったとも言える。
まぁ、好感度を稼ぐチャンスは今後もあるしな。
なんて考えていると。
「橘ぁ! 無事だったか!」
「お、おう……虎嶺か」
こちらに走り寄って来た虎嶺に、俺がぎこちなく答える。
意図しての事ではなかったのだが、寝取り婚約破棄させてしまった手前、だいぶ気まずいのだが……。
元婚約者の荒崎さんもこの場に居るし。
ぶっちゃけ、かなり気まずいのだが、虎嶺の顔は本気で心配してくれている感じなので、余計に罪悪感を感じる。
「気の利かない女どもめ。なぜ、医療チームの一つも準備させていない? 待っていろ橘。今、寝室家系列の病院から医師団をヘリで派遣させる」
「虎嶺。橘様は事を大きくしたくない御意向。負傷もほぼ無いとの事」
大袈裟な事を言いだす虎嶺に対し、元婚約者の荒崎さんが事務的に最低限の事項を伝える。
──それにしても、虎嶺と荒崎さんの間が思った以上に平穏だな。
「麻衣。今後は、こういった事態を想定して、寝室家に山岳救助の専門救助隊を創設すべきと考える。傭兵上がりでは、所詮は救助の専門家ではないからな」
「渚橋さんの事を堕とされるのは甚だ遺憾……。だが、確かに専門部隊を創設する方が確実。荒崎家でも、山岳救助部門に関連している会社から人材を集めてみる。よければ、寝室家にもその人材を回す」
「頼んだ」
──おや? 何か2人とも落ち着いた感じの大人な関係に見えるぞ。これはひょっとして……。
「なぁなぁ虎嶺」
「なんだ? 橘」
周りに聴こえないように、虎嶺の肩を組みコソコソ内緒話をする。
「お前、荒崎さんとは元鞘に戻ったの?」
「いや。そんなことはないぞ。絶賛、婚約破棄中だ」
「え⁉ じゃあ、なんでこんな穏やかなんだ?」
クラス入れ替え戦を自分のクラスの3組が起こしただけで、大激怒していたプライドの高い虎嶺だ。
婚約者を学校の男に獲られるなんて、メンツ丸つぶれもいい所なのに何でだ?
「何だろうな……。今の俺は、不思議ととても心が穏やかなんだ。怒りは大して湧かないんだ」
「はぁ……」
それって、寝取られの脳破壊ダメージで、怒りの回路が逝ってるだけなんじゃね?
「そんな不思議と凪いだ穏やかな心で、俺は今回、大自然の中で自問自答をしてきた。そして分かったんだ。俺にとって本当に大切な物とは、お前との男同士の友情だと」
「「……は?」」
って、いつの間にか隣にいた晴飛が俺と一緒に驚きの声を上げる。
聞き耳立ててたの? 晴飛。
「女なんて、所詮は星の数ほどいる。女の一人や二人、これからもくれてやる。寧ろ、あの経験を重ねれば重ねるほど、俺は強くなれる気がする。これは直感に似た確信だ」
いや、寝取られを経るごとに強くなる戦士って聞いたことねぇよ!
そして、お前のレベルアップに俺を巻き込むんじゃねぇよ!
アカン。
虎嶺は、やはり壊れてしまっていて手遅れだ。
こんな変態とは出来るだけ距離を取るに限る。
「いや……そんな寝取り前提っていうのは、女の子に対しても失礼かな」
「そうか。橘が言うなら俺も態度を改めるよう努力する。だから俺と仲良くして欲しい」
──え……何でこの子、こんな素直になってんの? プライド高くて残忍な性格の1章の虎嶺はどこに行ったんだよ!
いや、穏やかな性格になったから、これは良い事なのか?
まぁ、婚約者の寝取られによる脳破壊でそうなった事にだけ目をつぶればメデタシメデタシ……。
「ダメ……。橘君はボクと仲良しなの……。だから、寝室君が入り込む余地はありません」
とは問屋が卸さずに、妙に虎嶺に対してライバル心をむき出しにして、ちょっとビビりながら、でも、きちんと自分の意志を表示する晴飛。
──だから、晴飛はその意志表示を女の子相手にも、ちゃんとしないとさ……。
「ほぉ~、1組男子様は何でも独占したがる強欲な男なんだな。ちょっとは俺の謙虚さを見習ったらどうだ? 橘に嫌われるぞ」
「寝室くんに言われたくないよ!」
そして始まる俺を賭けた晴飛と虎嶺の一騎打ち。
2人の名前からして、さながら天を飛ぶ龍と山の頂で吠える虎の、龍虎の闘いだ。
そしてそして、前世でもあまりお見掛けしない、堂々たるBL三角関係が突如繰り広げられた結果……。
「「「「…………」」」」
「ちょ⁉ みんな息してない!」
まるで、突如として宇宙服の故障により真空状態になり、断末魔の叫びを上げる間もなく絶命するが如く、周囲の女の子たちが立ったまま意識を飛ばしている。
さっきの晴飛とのじゃれ合いを生き残った猛者たちの意識を一瞬で刈り取るとは。
恐るべし、野郎三つ巴。
って、そんな事を考えてる場合じゃない!
「いがみ合ってないで、晴飛も虎嶺も女の子達を介抱しろ!」
相変わらずメンチを切り合っている晴飛と虎嶺の事を小突いてから、慌ててホテル側に追加の医療スタッフの派遣をするよう依頼するため俺は走った。
おかしいな……。
俺が遭難してたはずなのに。
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