異教徒ー3
――クローディア王国、王都アシュレイ
宿の外に出ると辺りは暗く、人気もなかった。
周囲を見回し、先ほどの声の主を探すシュヴェリア。何者かを追っているようだったが……
「シュヴェリアさん」
一歩踏み出そうとして、呼び止められる。振り合変えるとシルビアがいた。
どうしてこんなところに居るのかを尋ねるシュヴェリア。
「どうしても何も、外が騒がしいので様子を見に来たら、クレハさんがいて、シュヴェリアさんが様子を見に行ったと――異国の地で厄介ごとに首を突っ込むのはあまり褒められた行為ではありませんよ」
言われて頭を掻くシュヴェリア。
シルビアはシュヴェリアの隣に並ぶと、「行きましょう」と誘導する。
「む?」
「どうせ止めても行くのでしょう? ならば私がついて行きます。国の内情に詳しいものがいた方が良いでしょう?」
やれやれ、お見通しか、シュヴェリアはシルビアの後に続いた。
暗い夜道を行く2人、ふと、シルビアが話かけて来た。
「昼間、巫女様を殴り飛ばした件ですが――」
「…………」
あまり触れられたくない件に触れられて目線を泳がせるシュヴェリア。しかし、昼間迷惑をかけたのも事実、さっさと謝っておこうと会話に参加する。
「すまない、迷惑をかけたようだな。礼をいう。今後はもう少し考えて行動を――」
「いえ、それは結構です。私も今回の巫女様の行動は流石に無茶が過ぎると思っていましたから。むしろ手間が省けました」
「そうか――」返事を返しながら、シルビアの顔色をうかがうシュヴェリア。彼女はすました様子で正面の暗闇を見つめていた。
「私が聞きたいのは、あれはあなたの個人的な意見から生まれた行動なのか、貴方の立場的役割から来たものなのか、そのどちらなのか、です」
変わった質問をされ、戸惑うシュヴェリア。しかし、シルビアの視線は真剣なものだった。シュヴェリアはしぶしぶ、答えを考える。
「フム、どちらでもさほど違いはない様に感じるが、そんなに重要な事か?」
「変わってきますね、自分の意思で行ったのならそれは、自分の意思への絶対の信頼への証、立場的なもので行ったのなら、立場を奪われれば何も出来ない事への証明となります」
(つまり絶対的な自己中心者か、立場がなければ何もできない臆病者か、ということか?)
どちらにしろ貶されているじゃないか、と思いながらも意見をまとめる。
「そうだな、両方だろう」
シュヴェリアは答えをひねり出した。
「両方ですか」
「ああ、両方だ。個人的にああいった勝手は危険だと感じた、メンバーをまとめる立ち位置に自分がいるという自覚から叱った方が良いと感じた。まあ、メンバーをまとめる立ち位置なのかどうかは疑問だが……」
「御心配には及びません、貴方はこのパーティーのリーダーですよ」
そう言ってほほ笑むシルビア、良く解らないが、気に入った答えを返せたようだ。
「そうですか、貴方は、自分の役目と意思を両立させているのですね」
どこか値踏みするような言葉にシルビアの方を向く。その目はどこか寂しそうだった。
(何かあったのだろうか? しかし、人の心にずかずか踏み入るのはどうだろう)
考えて、何も言えないまま、時が過ぎていった。
「!! シュヴェリアさん、あれ!」
突然、シルビアの声が上がる。視線を向けると兵士が一人倒れていた。
「おい、大丈夫か」
シュヴェリアが抱き起し、シルビアが回復魔法をかける、傷口はすぐにふさがった。
「う……」
目を覚ます兵士、「大丈夫か?」シュヴェリアの問いに頷き起き上がる兵士。
「俺、刺されて――あんたらが直してくれたのか?」
問いに頷くシルビア。「何があった」シュヴェリアが尋ねる。
「『女神教』の教会から、宝具が盗み出されたんだ。アシュレイ中の兵士に出動命令がかかって、俺も盗み出した犯人を追っていたんだが――このざまだ」
兵士の傷跡を見るシュヴェリア。左胸を鎧の上から貫通させられている。獲物はナイフのようだが、中々の腕前だ。
「運がよかったな、あと数センチずれていたら助からなかったぞ」
「ああ、死んだと思ったよ。めちゃくちゃ早くて動きを目で追うことすらできなかった」
「犯人に心当たりは?」
シルビアが聞くと、兵士は震え出した。心当たりがあるようだ。
「多分、あいつだ、もう何十人も殺されてる。『悪魔教』のアサシン」
「『悪魔教』?」
さっきの『女神教』に続き、訳の解らない単語が出て来た。
「――『悪魔教』のアサシン、彼ですか」
当該の人物を知っているらしいシルビアが口元に手を運んで考え込んだ。
「知っているのか?」
「はい、この国で有名な賞金首ですよ。兵士や『女神教』の関係者を何人も殺し手配されています。すでに相当な数を手にかけているにもかからずその目的、所属、正体も何も解らない人物です。ある時、『自分は悪魔教を信奉するもの、女神教が存在する限り、暗躍し続ける影である』と取り囲んだ大勢に言い放ったことから、『悪魔教』のアサシンと呼ばれています」
「取り囲まれたのに無事だったのか?」
「はい、取り押さえることが出来なかったそうです」
つまりは手練れ、この国の兵士では手も足も出ない存在ということだろう。
「盗まれたものはなんだ? 確か女神教? の宝具がどうとか言っていたが……」
「はい、巫女様が使う錫杖です」
「……女神よりもたらされた宝具という『聖環の杖』」
「はい――」
(『聖環の杖』か……)
『聖環の杖』、女神からもたらされた宝具、確かにそれは間違いない。ならば、何故、支配された人間の手にそんなものがあるのか、答えは簡単、人間の手にあっても問題のないものだからである。
(あの杖は確か、適合するものが持つと、人々の想いの力『エーテル』を人々から集約し、エネルギーとしてその所有者に与える効果がある。人々の想いを力に変える、女神らしい遺物だ。確かに女神が持てば危険だろう。ただし、普通の人間ならば問題はない)
個体には魔力許容量というものがある。それぞれ、持てる魔力の量は決まっているのだ。それを超えて魔力を保持することは出来ない。もし、供給すればどうなるか――風船を想像してもらえば解りやすいだろう。空気を入れ過ぎれば、破裂する。魔力も同じだ。
計算では人間の身体では保持できる魔力は通常時使用している5倍が限度、それを超えて得ることは出来ない。通常の5倍の魔力を持った人間、強そうだが、魔将からすればへでもない存在だ。故に放置されている。いや、放置されてきたのだが……
「あの杖は魔道砲計画の要、なるほど、それで、女神教の騎士だけではなく貴方たちクローディア軍にまで招集がかかっているのですね」
「はい、そうです」
「え?」シュヴェリアが戸惑いを見せた。魔道砲計画? なんのことだ?
シルビアに説明を求めるシュヴェリア。
一瞬、しまったと口元に手を当てたシルビア。片目を閉じ、考え、仕方がないかという表情で語り始めた。
「これはサルフェースの国軍や、一部の高位冒険者にしか知らされていない事なのですが――」
シルビアの言葉に耳を傾けるシュヴェリア、驚くような内容が返って来た。
「スルト魔導公国で建造中の魔道砲のエネルギー源に、『女神教』の巫女の力が使われる予定なんです」
「何?」
言葉を失うシュヴェリアにシルビアは淡々と説明を続けた。
いわく、今代の『女神教』の巫女とやらは自身の魔力を他者に移すことが出来るらしい。このスキル――いや『特性』を使い人々から集めたエーテルを巫女を通し、魔道砲に流し続けることにより、膨大なエネルギーが必要になる魔道砲を稼働させようとしているらしい。
(魔道砲を建造していることは知っていた。魔力の問題があるから大したものは作れないと踏んでいたのだが……まさか、そんな方法で魔力を集めようとしていたとは)
驚愕するシュヴェリア。少し人間を舐めすぎていたかと頭を抱える。
「シュヴェリアさん?」
シルビアがその様子に困惑したように声をかけた。
「あ、いや、すまない。壮大な計画に少し驚いただけだ。
なるほど、そんな重要なものが盗み出されてしまったのでは大事だな」
「ですね、急いで追わないと――」
「ですが、相手はあのアサシンです、囲んだところで捕まえられるとは――」
「大丈夫です」
シルビアは兵士ににこりと笑って見せる。
「私もこの方も普通ではありませんので」
ダイアリングを見せながらほほ笑むシルビアに、シュヴェリアも合わせて笑顔を作った。




