5話 城を総べる者は王
巨大な城のなかに入った。外から見て大きいと思っていたがようやく気が付いた。この城は人に対してあまりに大きすぎる。つまり、この規格は人のものではない。人より体が巨大ななにかのための城だ。
城に入るとその仮説が確信に変わる。扉一つをとっても人に開けられる大きさではなかった。
それだけ確認するとしばらく目を閉じる。そして開く。外の光に慣れてしまっていて、室内が暗く見えた。目が慣れない状態で動き出したくないというのが本音だった。急な対応ができなくなる。
城というのは遺跡などと違い、トラップなんていうのはあまり気にしなくていい。なぜなら人の往来がはげしく入って来るものを拒むような城であったら、間違いなく城の関係者が引っかかる。そもそも城攻めまでされるような状況をつくりだすのが負けということだ。城の外の防衛設備――城壁や結界などが最終ラインだ。だから中は比較的安全と思い慎重に足を進めるが、その予感は正しくその類のものは見当たらない。だが、不気味なことになにも見当たらないのだ。
この城は人間のものではない。しかし、あの結界が外的の侵入を阻むのはいいのだが、人を通して魔族を弾いたということは魔族が敵だという認識だと思うのだが……まったくもって理解にしがたい。城内には人も魔物もおらず、ネズミなどの生物の気配もない。それが逆に不気味でたまらなかった。
――とりあえず、目的のものをいただいて帰ろう
……考えると、これはコソ泥の真似ごとじゃないのか。見知らぬ城に入って剣を狙う人間。なんの正当性も無く、ただの盗人だった。こんなことはあとで考えようと頭をふる。
一歩一歩、踏みしめるように進んだ。幸いにこの大きさだと二階はない。一階建てのバカでかい城だ。建築構造を見ても左右対称なところが見られ、人の城と酷似している点がある。もしこの城に主がいるのならば、入口から離れたところにいるはずだ。そしてその部屋は一番広いだろう。魔物も人もある種の縄張りを持つ。一番偉いやつが一番広いなわばりや空間をもつというのは共通しているはずだ。そんなあたりを付けながら扉を開けたり、空いている扉から室内を見渡して剣を探す。しかし、どうしても力の関係上開かない扉があり、奥へ奥へと探索していると、ふと左右に扉が無くなった。
長く、巨大な通路。その先に小さな光が見えた。その光は青い。あれが終着点か。それとも中庭なんていうシャレたもんがあんのか。
通路の先に広間があった。これは、まずい。来たくなかった部屋だ。
豪華絢爛な赤い絨毯がひかれ、天井には巨大なガラスのオブジェ。取り付けられた巨大な色付きのガラス窓からは潤沢な月光が差し込んでいる。
この部屋が一番広い。すなわち、人の知識で例えるなら王との謁見をする部屋というのはここだろう。ただし、いささか規模もおかしく、部屋の奥に階段があり、そこをのぼると巨大な椅子がある。そこに、蒼い光を放つ奴がいた。そいつは間違いなく生物であり、視線を感じた。
「……貴様は人間か。ふん、なにをしに来た。よもや今さら殺しにきたわけではあるまい」
静かな理性的な声だ。独特の声の重みがあり、よく通る。王に必要な才覚のうちに声があると聞く。この広間に重く響き渡る声をきいた。それだけで威厳を感じた。
「土足で場内を歩き回った非礼は詫びる。あなたを殺す意志はない。ただ、剣を一本欲しいだけだ」
「覚悟はあるか」
「は?」
「覚悟はあるか、と問うたのだ。剣の一本を抜くその覚悟が」
どういうことだか、わからなかった。
「覚悟はないけど理由はある」
「続けろ」
命令口調で声が飛ぶ。玉座の低い位置が光っている。座って口を開いているのだろう。座って言っているとは思えない声の大きさだ。
「俺は知らん狼にここまで連れて来られた。そいつが、この城にある剣が欲しいっていっている。それだけだ。その理由までは知らん。実際には命が惜しくて従っている」
「クハックハハハハハッ」
笑いが反響した。その笑い声はなんども木霊する。
「名は何という。人間」
「ラドルフ・ヴォルフ」
「よろしい。ラドルフ。貴様が求める剣は玉座にある。しかし、この広間のそう、ちょうど真ん中までくるとゴーレムが召喚される。それを倒し、俺っち――俺のもとまで来い」
俺の近くを言い直したか? まあ、いい。
「ゴーレムって、どんな」
抜刀し、歩きながら言う。
「知らん。ただ、あの女は言っていた。昔遊んでいたゴーレムを置いておく、と。その程度だ」
「全然わからねえぞ」
「見るのは初めてだ。敵わないと判断したら逃げろ。命をかけるほどではない」
俺が話している相手の性格がわからなくなった。来いと言ったり、逃げろと言う。
この広間の半分まで来た。息を整えて、剣を構えてじりじりと進む。魔法陣が玉座の階段の前に浮かび上がる。魔法陣の大きさは小さい。そこから生れ出たのは人型のゴーレム。女性の姿をしており、剣を片手に構えている。
「なんだ、こいつか」
構えも解いて、距離を詰める。
「油断するなっ!」
叱咤の声が飛んだ。
「いや、油断じゃない」
間合いに入った。思った通りに剣を上から下に振り下ろす。一歩下がってそれを避けて、一歩踏み出して剣を足で押さえつける。そこから体重をのせた横なぎの一撃を関節部分にあてる。このゴレームの関節は特にもろい。それが長年こいつと似たような奴と戦った経験則から導き出した勝利方法。思った通りに腕を切断しゴーレムは地面に倒れ込んだ。
「やっぱこいつ、昔フィンがよんでたやつと一緒なゴーレムじゃないか。変なところで縁があるな」
ゴーレムが機能を停止したところで剣をしまう。歪んだそれはあるべき場所にもどらず、仕方がないから手で持った。
倒れた残骸に懐かしさを覚える。それは昔、剣の練習をしたいと言い出したフィンがどこかでよんだことのある文献に乗っていたらしいゴーレム――剣の練習用のゴーレムを召喚したときのものと一緒だ。ただし、そのときの俺とフィンはもちろん倒す事が出来ず主に俺がゴーレムにボロボロにされてフィンが泣いた。その後、お互いに剣の鍛錬を積んでリベンジを果たしたのだ。
「おい、裸の王様。仕掛けはこれだけか?」
「舐めた口をきく。こちらへのぼって来い」
言われるままに階段をのぼる。俺でも登れるような階段だった。これを考えると、ここをのぼる奴は案外小柄なのかもしれない。階段をのぼりきって、正面に玉座を見すえる。
――なんだ、こいつ
俺の正面には、腹に剣をぶっさされて平気で、優雅に頬杖をついて笑う鳥が玉座に座っていた。




