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4話 白銀の使者と月夜にて

俺は古い人間だ。

年齢が、というわけじゃない。ただ俺の生き方が時代にそぐわない。それが古いということだ。

魔物を斬り伏せる。

剣を振り、ついた血を払った。

明るい夜空のもとに広がった平原に血の線が走る。満月という理由で平原の端までを視界にいれることはできないだろう。

ここは未開拓地。天気も自然環境もデタラメなことがある。何が起こるかわからない土地。尋常じゃなく強い魔物が住むことや、あまりに険しい自然環境のために踏破が叶わなかったなどという理由で指定される土地だ。俺がいるここは常夜。決して朝が来ない場所。そう聞いていたが暗いわけでは無く、昼に次ぐほど明るいが上は闇が広がる。そんなところだ。

鉄の鈍い光が目にさわる。剣を魔物の首元に当てた。

サラマンダーといわれるトカゲは俺を見続けている。俺もそのなにを考えているかわからない瞳を見続けた。

沈黙のあとに静かに問う。


「選べ。死か俺の下での生か」


平べったい口から細長い舌をチロチロと見せる。そのすぐあとに、大きな口を開いた。喉の奥には火が見える。ひとたびふき出されると火炎となり俺に襲い掛かるだろう。

その前に俺は首を斬り飛ばした。


――こいつもダメ


こんなことは慣れていた。生と死の狭間においても一匹とて俺に頭を下げるやつはいない。魔物ですら俺を認めないというような感覚にイラつきを覚えていた。

舌打ちを飛ばして感情を吐き出す。

深い呼吸に戻り、剣を収めて歩き出した。

常に夜であるのに光が溢れる。そんな幻につつまれたような平野ということで、幻夜の平野と言われている未開拓地。一説によると同じ景色が続きすぎて方向感覚を失い戻れないことがあるらしい。同じような場所がつづくということは、自分の正確性との戦いになる。知らない土地を歩くと、短い距離がすごく長いものに思えるだろう。あれが永遠につづくのだ。道に指標もなく、ただただ同じ景色が広がり続ける。もし目印となるものがあるなら空に浮かぶ月だけ。月が動かぬと思うものはいまい。そんなものに自分の命を預けれるはずがなかった。

果てしなく続く平野を歩いていると街が恋しくなる。

パンのやける匂いや、街中の喧噪、行き交う男たちが喧嘩している様子でもいい。そんなものがありふれている様子が恋しくなる。俺はさみしいのだろうか。それとも、人間は本能的に一人では生きられないと知っているのだろうか。

体だけしっかりと動かしながら、思考を飛ばしている最中だった。


「オオオオオーーーーーンッ」


ハウリング――狼の遠吠え。

多くの場合は群れを呼び寄せるときなんかに使われる。だが、この声はその類ではない。横から俺の方向にむかって飛んできた。つまり、俺に対する威嚇だ。なわばり意識が高い魔物――なわばりを主張できるような強力な魔物だとこういった手法を使う。今回は狼ということもあって俺が下がった。狼のなわばりを土足で踏みにじらないように進む方向を変える。狼ならば群れでいる可能性が高い。それとあうと戦闘ではなくハンティングがおこなわれる。どれだけ逃げても足は狼のほうがはやく、逃げ切ることはできない。もし試してみたならばいわゆるドックファイトといわれる逃げの勝負になった挙句に負けるのが見える。


――なわばりを侵犯しないかぎり襲ってこないだろう


そうタカを括って、あても無く歩き続けて数日が経ったときのことだ。

そいつは音も無く目の前に現れた。


――気高き孤高の狼


単独であらわれたそいつは長く綺麗な毛並を風になびかせている。まぶしく、月光に負けないきらめきを放っていた。銀の毛並は月の光をよく跳ね返すからか、銀毛が風に流されるたびに美しい輝きを見せていた。その様子は気高く誇らしく俺の目に映った。威圧するような雰囲気では無い。包み込むようなやわらかで、あたたかい雰囲気を兼ね持つ不思議な狼だった。

頭の中で百度戦えば百度負けた。殺気こそ感じないにせよこの魔物の気が変わればただで済みそうにない。

逃げず、怯えず、目と目を合わせて油断しない程度に気を張り詰めた。


「フッ」


狼が笑ったような錯覚を覚えた。風が鳴る音と聞き違えたかもしれない。

狼は俺に構わず後ろを向いた。長い尾が風に伸ばされて大きく見える。月を背負う狼は俺をしっかりと見たあとに、月に向かって跳躍した。俺に興味がなくなってどこかに去ったかと思った。だけどそれは違った。


「オオオオオーーーーーンッ」


遠くでこっちを向いて吠えた。吠えた後、狼は行儀よく座り待っている。


――俺に来いと言っているのか


逃げる選択肢はもとよりない。恐る恐るながらに狼に近づく。ある程度近づいたら狼はまた俺の見えるところへ移動し、チョコンと座って俺を待った。

おかしな話だ。俺が魔物に従うように誘導されている。途中から剣に手をかけることもわすれて追っていた。何度か故意的だろうかたまたまだろうか、水場やどうにか食えるような木の実、果物がある木まで案内された。疲労が困憊し、死を覚悟して寝たことがあった。当然の様に自然に目を覚まし近くにはあの狼がいた。

途中からあの狼は幻ではないかと疑った。それはそうだ。人と遊ぶ、もしくは人を導く魔物なんて聞いたことが無い。そんな疑惑があって静かに足音を消して近づいて何度も触ろうとチャレンジし、一度だけ尻尾に触れたことがあった。それはたしかに実在し、存在していた。ただし、尻尾に触れたとたんに「キャウンッ」と狼が飛び上がった。わざとだろうか、その日は水と食料がある場所にたどり着くことがなかった。いや、わざとだろう。度重なる反省を狼に示すと、どうにか果物をくれた。近くに場所がなかったようで俺が休んでいる間に遠くまで取りに行ってくれたらしい。

そんな奇妙な旅がしばらく続いた。旅といったのは終着地点や目的地があったという意味だ。

俺の視界が、そびえたつ城を目にしていた。城壁はなく、ただ石造りの建物が置いてある。石造りながら王都にある王様が住む城のような威厳は無い。あるのは恐怖をかきたてるような異様な城だ。

城壁は無いが、なにか結界のようなものがあった。薄い乳白色に光る透明な壁が浮かんでいる。みればかなりの広域を包み込んでいた。その結界を振れる距離にまで近づく。手を伸ばしたら、あっけなく手が結界を通った。守りの結界ではない。なんの結界だと頭を捻っていると狼が答えを出した。

狼が結界にはばまれている。はばまれていながらに、ガリガリと爪を立てて結界に抵抗していた。


「俺にはよくわからないが、城のなかになにかあるのか?」


口にしてから思った。


――魔物に話しかけるなんて俺もよっぽど疲れている


忘れてくれ、と狼に言おうとして向き直ったらおかしな光景を見た。

狼が首を縦に振っている。

その姿に目を見開かずにはいれなかった。


――魔物が意志をもつ? そんなことが……。


確かめよう。


「その……俺に、なにかしてほしいんだよな」


狼は首をふる。その通りだと。


「俺はなにをすりゃいい」


狼が初めて近寄ってきた。なにをされるのか息を呑んだもんだが、鼻先がコツコツと俺の剣をたたく。毛が顔に当たって、くすぐったかった。


「剣を……剣をとってこればいいのか」


狼はしばらく考えた後、おすわりをして。


「オンッ」


そう叫んだ。それが肯定と言っていたのがなんとなくわかる。

俺はいままで魔物とこんな風になるってのは思ってもいなかったが、魔物を使い魔にするっていうのは心が通じ合うっていうことなのかもしれない。力で組み伏せて言うこと聞かせりゃいいと思ってた。そんな盛大な勘違いに気づいてしまった。

力で支配するなんていうのは、よくよく考えれば悪魔の所業じゃないか。


――ばかだな、俺


不安そうに見つめる狼が鼻を鳴らした。

こいつもなにか思うところがあるんだろう。こいつに教えてもらったことがあるんだ。その借りは返す。


「いってくる。ワン公、少し待ってろ」


「オンッ」


「おう」


結界の中に一人で足を踏み入れる。あの城の中にある剣を取ってこればいい、それでいいのだろう。

城に近づくと違和感に襲われる。この城、尋常じゃなく大きい。城門は人が二十人ほど肩を組んで通っても余りそうだ。ようは測れそうにも無い。

そんな大きさに圧倒されていると。


「オオオオオーーーーーンッ」


後ろから応援する声が届いた。

それだけで歩みに、いささかの余裕が生まれる。

待ってろよ。そう意気込んで振り返る。

遠くで静かになにも言わずに見守るその姿は、月明かりに照らされているせいで金だか白だか銀だかに見えて、長くなびくその人間の髪のような姿がフィンと重なって見えた。


「……お前も待ってろ、フィン。なんとなく魔物と契約するって意味がつかめそうなんだ」


首に下げたフィンのお守りを握りしめて、俺は城門をくぐった。


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