3話 素直と屈折
湧き上がる歓声がだんだんと遠くなる。階段を下りきるころには、もうあの試合は遠くのことになっていた。いまごろフィンは勝者として会場を賑わせているころだろう。
――なのに、なぜ
「ごきげんよう。わたしの王子様。お元気?」
精いっぱい強がってはいるが真っ赤なドレスから、あられもなく見えている白い肩が上下し、髪も整っていない。試合が終わって一生懸命走ってきたというのがわかった。
「……フィン。なんでお前、ここに」
「カトリーヌが教えてくれたのよ。ラドルフが会場で見てるよって。場所を教えてもらってみてみると、ちょうどあなたが帰るとこだったのよ。信じられる? 二年ぶりに逢うのに、挨拶も無しにどっかいっちゃうのよ」
風龍が俺に気づいたらしい。
二年ぶりと言われて改めてみる。目の前のフィンが大人びて、綺麗になって……強くなって。
「あーあぁ。髪伸びすぎ、ヒゲも生えてるし。良い男が台無しじゃないの。なぁに? ワイルドなほうに路線変更? きらいじゃないけど」
ベタベタと髪なりヒゲなりに手を触れてくる。こいつ、全然変わってねえ。
俺から離れて、覗き込むように見られながら言われる。
「……まだ、頑張ってるのね」
剣を下げていることから、使い魔がいないことに気づいたのだろう。
「ああ」
「そう。じゃ、もうちょっと、がんばんなさいっ」
あどけない笑顔で、俺に向かってそう言った。
「なにすっとんきょうな顔してんのよ。まだあきらめてないんでしょ。なら、わたしはあなたを応援してあげるわよ」
そう言って「がんばれー」と片腕を突き上げて見せる。俺が何の反応もしないことから、小首をかしげていた。
「……もうちょっとだけ、がんばってみるよ」
本当のところを言うと、諦めていた。フィンがこんなんじゃなかったら、俺の心はきっと続かなかっただろう。実際、こいつがどうしてるかだけ確認して、どこか遠い所で別の生き方をするのもありだと思ってたんだ。
「行く当てはあるの?」
「今まで行ってない場所にいく」
「どこ?」
「未開拓地」
そう言うと、すぐさま言葉が返ってきた。
「やめてっ」
言ったフィンは自分でもびっくりしていた。思いのほか強く言ってしまったらしい。
「やめて。お願いだから、それだけは」
ぎゅっと俺の手を握りながら二度目の「やめて」を言われる。
「もう、そこぐらいしか」
「だからってなんでそんなトコにいくの? ……死ににいくようなもんじゃないの。いやよ、わたし。せっかく、あなたにあえたのに死地に送り出すのなんて」
胸の前で強く手を握りしめながら、フィンが言った。
未開拓地なんていう、召喚士の足が踏み入れられないほどに危険な場所に俺を行かせたくはないんだろう。それでも、もうそこしかないという強迫観念が俺を突き動かす。不思議とそこにいけばなにかがある。そんな想いがわいていたのだ。
「いく」
それだけ言うとフィンは諦めた。
思い切り沈んで、顔に陰りをさして下を向ける。それでも、すぐに俺に向き直った。
「それならね、お願いがあるの」
フィンの首にかかっていた紐に通したお守りが外される。
しゃがめと言われて、言われるがままにそうする。俺の首にお守りが通った。
指でそれを掴む。気休め程度のものだろうか。
「ラドルフがいなくなったときに、わたしがつくったの。大事なものを入れてね、思いも込めた。込めた願いはずっと変わらない。ラドルフが無事に帰って来るようにって。わたしがずっと身につけて、毎日、毎日祈ってた。お願い。それを持っていって」
こんなことを言われると、無茶な事はしたくなくなってしまう。
「ありがとう」
「うんっ」
花が開いたような笑顔につられて俺も笑ってしまった。
昔からフィンには元気をもらっていた。周りをも笑顔にさせる。そんなやつだった。
「あのねラドルフ。わたしね、あなたが生きててくれてるだけで、嬉しいよ」
はっとして口を押さえていた。いうつもりじゃなかったらしい。
透明な肌に朱をさして、手を必死に左右に振っている。「違う。違うの。違わないけど、違うのっ」なんて弁解しながら。
「うぅ……あのね、ラドルフ」
真っ赤にした顔が上目使いに俺を見る。緑の瞳がゆれていた。
「もしラドルフが召喚士になれなくても、わたしはラドルフが好きだよ」
そう言われて、俺は鉄のように冷え切った。
――もしラドルフが召喚士になれなくても
この言葉は誰に言われてもカンにさわる言葉だった。ただ、それをフィンの口からだけは聞きたくなかった。
恥じらいながらも「だからね」と続けるその言葉を遮った。
「もし召喚士になれなくても、か。本音を漏らしたな」
俺も俺だ。こんなこと口にしてしまわなくてもいいとわかっているが感情的にそう言った。
フィンの目が大きく見開かれる。自分が何を言ってしまったか気が付いたんだと思う。
「あっ……わたし……そんな、つもりじゃっ。ごめん……ごめんなさい。ごめんなさいっ」
言いながら、ポロポロと大粒の涙が伝っていた。
そんな様子を見て口惜しくも、俺はまたフィンのもとから遠くへ離れた。
崩れ落ちる音が聞こえる。後ろ髪を引かれて一度振り返った。謝り、泣きじゃくりうずくまるフィン。そんな姿が脳裏に焼き付いた。
――くそっ
そんな強烈な姿は、忘れようとしても忘れられるわけがない。
俺はフィンを泣かせてしまったのだという決して消えない罪悪感を胸にいだいて、逃げるように走り去った。




