2話 憧れの舞台
行き先なんて考えずに歩いた。だけれど、俺の脚が無意識に向いていた場所があったかもしれない。
風にのって、歓声が聞こえる。この街で一番に大きな建物――アリーナの目の前まで来ていた。ここで行われているのは召喚士たちの栄えある戦い。多くの召喚士がここで腕を競い、磨き、高みへ上る。その高みの遥かに上層であるAランクの戦いがいまアリーナの中で行われているらしい。
――なんで俺、こんなところに来ちまったんだ
そう自問するが、答えは無い。ただ未練がましくもその場に行けと言っていた。
アリーナに入る。足を踏み入れたそこはいわゆるギルドと言われるスペースであり、大会の運営などを行っている組織だ。そのほかにも召喚士に対しての商売や依頼なんてのも行っているのはここ。強い魔物が出た、なんていう情報なんかも積極的に回している。強い魔物が出たなんて聞くと俺のような一般人にとっては恐怖でしかないが、高位の召喚士にすると興味の対象になるらしい。それは力が無いとわからないところかもしれない。
ギルドのスペースを奥に抜ける。その途中に厳格に守られた通路がある。ギルドの制服を着たガードが二人立ちその通路を塞いでいた。ここは、大会に出る召喚士しか進めない場所だ。俺はアリーナには数えきれないほど通ったがこの先に行ったことはない。そこを横目に見ながら階段をのぼる。
人が集まったときのガヤガヤとした話し声がしている。しきりに名前を呼ばれている。フィオナ、フィオナ。数秒で二回、その名前を聞いた。足が早まる。大きなアリーナの一角に出た。
「「ウオオオオオオオオオオッ」」
それと同時に歓声が上がる。思わず立ち、両手を上げる観客が続出した。アリーナの舞台の上には召喚された使い魔はいない。その代わり、登場するだけでこれだけの観衆をわかせる召喚士がいた。
真紅のドレスに身を包んだ一人の女。おおよそ召喚士らしい恰好じゃない。けれど、あの恰好には意味がある。光が当たると白に見えたりする金色の、腰まで伸びる真っ直ぐな髪を揺らして、凛と歩くその姿。強い意志と明確な強さを感じさせるその切れ長の眼差しが、横顔にして魅力的だった。
久しぶりに見た旧知の友人は変わらず美しく、強く、可憐にうつった。
「あの子、これに勝てばランク戦だけじゃない。Bランクの試合を全勝でAランクに上がるぞ」
「まじかよ。あんな若い娘だぞ。なに連れてやがんだ」
「バッカ。おまえ知らねえのかっ!?」
周りの声が聞こえてくる。あまりの有名っぷりに少し嫉妬しそうになる。けど、そんなのはいつものことだ。あいつは昔からなんでもできた。……俺のあこがれだった。フィンは誰にもできないことを当然にやる。そう、例えば。
「ドラゴンだよ! ドラゴンと契約してやがるんだ! しかも二体! それもこのランク戦の出場記録じゃ契約使い魔は三体になってるって話で持ち切りだ。ドラゴン二体と、もう一体!! 三体目がいるんだよ! みんなそれが知りたいんだ!」
12歳のときに遊びで召喚魔術を試してみたら二匹の風龍が呼び出され、なんの苦もなく契約に至るとかいう離れ業。召喚士としてドラゴンと契約しているやつはフィン以外に存在しない。そんなすごい召喚士が、どうやら三体目まで契約したらしい。通りでアリーナが満席になるはずだ。
フィンの真っ赤な恰好を見てなんとなく気が付いた。赤い魔物と契約した、と。
そんな会場がフィン一色の中で、対戦相手も入場してくる。よく考えれば普通は若いほうが後から入場するはずなのにフィンがさきに舞台の上へと躍り出ていた。なにもかもがめちゃくちゃな奴だ。
二人が入場したところで魔術師が結界を張る。Bランクともなれば強すぎる魔物が観客に被害を生み出しかねないから、被害を抑えるために結界を張るのだ。上空と観客のほうに張られた後、何重にも召喚士二人を結界で包む。一番近い位置で司令塔の役割を持つ召喚士が位置的に一番危険だというのはわかるだろう。召喚士は結界の魔法陣から出てはいけない。それが一つのルールだ。
こうして試合の準備が整ったら次は召喚士の準備だ。レディという準備の合図があり、そこから少しとられる時間のうちに召喚をおこなう。
ステージの上に魔法陣が五つ同時に発生する。しかし、それだけで違いが見えるのはいかがなものか。フィンの対戦相手の魔法陣は中型のものが二つ、大型のが一つ。フィンの召喚の魔法陣は特大のものが二つだ。
一瞬で使い魔が出そろう。
フィンの元には大きな羽をはばたかせ風を纏う龍が二匹、飛んでいる。風龍は龍種のわりにブレスが弱いと言われている種族だ。火龍のブレスは辺り一面を炎の海に変えると言われているから、それと比べられてその評価をもらっているらしい。その代りに尋常じゃない機動力と発達した前足のかぎづめによる攻撃が強力なのが特徴だ。はやく動けて重い一撃を見舞えてその上に飛べる。正直、破格の性能だ。
そのドラゴンの姿に観客は湧き上がる。それも当然。ドラゴンなんて言い伝えでしか聞けなかった魔物だ。そんなのが目の前に姿を見せているのだから、興奮するのもおかしくない。フィンがドラゴンを見せてくれるまで俺もトカゲが大きくなった程度だと考えていた。あんなに雄々しく恰好いいものだとは思わなかったのだ。ただし、フィンのドラゴンが雄々しいなんて言ったらフィンが激怒する。女の子に向かって雄々しいとかありえない、と言われたことがある。一応そのために言っておくと、あの風龍は二匹とも女の子らしい。子という表現がこれほど似合わないことは珍しいかもしれない。
対戦相手を見定める。リザードマンが二体にゴーレム種が一体。きっちりと三体を召喚していた。あのゴーレムは光沢を持っていることからアイアンゴーレムあたりだと推測する。バランスもよくアタッカー二枚が強力な良いチームだ。
この両チームを見てると大体、同じ魔物を二体いれるのがセオリーとなっているらしい。おそらく理由は二つ。一つは使い魔同士の連携が組みやすいこと。二つ目は召喚士が種族や特性を把握し使いやすいこと。そんなところだと思う。
笛が鳴る。試合が始まる十秒前。ピッ、ピッ、ピッ。規則正しく吹かれるその合図に召喚士は集中を高める。フィンなんかはいつも目を瞑っているはず……と思いきや、審判から一瞬たりとも目を離していなかった。
――なにか狙ってやがる
試合開始まで残り二秒。召喚の時間が終わり戦いの火ぶたが切られる。観客も、召喚士も静かに息を呑んで見守っている。
そんなときだった。
「いらっしゃい」
口が動いていた。鈴が鳴る程度に透明な声が鳴り響いたことだろう。
残り数秒での召喚――駆け込み召喚を決める。召喚士が戦略として取れる一つのカード。だが、普通こんなことはしない。今までやってきた奴も最初から召喚しておいて使い魔にも相応の心の準備をさせたほうがいいだろうという判断になり、やめたのだ。そこまでしてギリギリに召喚するメリットが少ない。だがこれは、フィンがやるから意味がある。今まで二体しか使ってこなかったためか、対戦相手も二体召喚された時点で覚悟を決めている。また、それに対する対策も練ってきたはずだ。だからこそ、意味がある。だからこそ、やる。
――本当、勝負に強いやつだ。
序盤の落ち着いた試合構築に動揺をあたえるためだろうか。
フィンの三体目が出てきたと同時に「ファイッ」と試合の火ぶたが切られる。それと時を同じくして、いままでの俺の考えがすべて甘かったと脳裏をよぎり、同時に魅入っていた。
フィンの三体目が地面に足を付き、真っ赤な身体を大きく広げていた。その大きな羽を目いっぱいに広げて上体を反らし特にその長い首を太陽に向けるがごとく、真上に高く、高くのばしていた。
浮いていた前足を大きな地響きと共に地面に戻す。その力としなりをすべて利用してふられた頭。その口から、光が湧き出た。会場が炎の海につつまれた。
『火竜のブレスは辺り一面を炎に変える』
そんな文献や言い伝えレベルの現象を引き起こしていた。
対戦相手は使い魔の配置が悪かった。戦いに「もし」はない。だが、ゴーレムが前衛にいてその後ろにリザードマンが隠れられたなら、この火の海を耐えきれたかもしれない。いや、もしその形が出来ていたら火竜は召喚されなかったかもしれない。その判断は召喚士の英断だ。
長く感じられる火の海が消えると、そこには戦闘不能になっている二体のリザードマンがいた。わずかに気力を振り絞るゴーレムも風龍二体が瞬時に止めをさして試合は終える。
その鮮やかで派手な戦いっぷりは絶大な賞賛を送られていた。それに加えて、新しく契約した一体もドラゴン――真っ赤な火竜だった事実がますますフィンの人気を加速させる。
注目の的となっている四足のドラゴンは興奮が冷めないのか、まだ息をする度に口のはじから火をふいていた。
その三体が改めて揃うと圧巻だった。なにを揃えればあいつに勝てるのだろう。そんなことを思うけれど、いまだに舞台にすらのぼれない俺は、アリーナの観客席の端にいる俺と舞台の上で手を上げるフィンの間の距離が途方も無く遠いものに感じていた。そんな気持ちでいるからか、拍手が沸き起こるなかで手を叩くことができない。そんなときに、遠く眺めるフィンと目があったような錯覚を起こす。すぐに視線をきって俺は観客席を立ち去った。




