番外編〈運命の三年前より過去の俺〉
「ふざけるなっ!いつからそんな男になった?!一族の誇りも、プライドも無いのかっ?!?!」
全てが高そうなシックな雰囲気の父さんの書斎。
そう、今目の前で怒っている白ヒゲのおじさんが、俺の父さん。
「俺はそこまで好きにしろと言った覚えはないっ!いや、そこがわからないのか?!?!」
もうお分かりかと思います。俺はお坊っちゃまだ。
父さんはフランスで最も売れるファッション雜誌の編集長兼社長。
父さんのお兄さん、俺の叔父はパリコレにも何度も出場する、有名ブランド創立者のお孫さんで家族でそれを繋いでいる。
母さんは気の強い財閥の娘で、叔母さんはそのお姉さん。
血縁をとても重んじる一家に、俺を含めた息子たちはうんざりしている。
「山野ー!…明彦を呼べ。」
「かしこまりました。」
山野さん、父さんにこき使われてる秘書。
とても素晴らしい方なのに、人生棒に振ってるよ。
「叔父さん、もうそんなに肩を張らずとも父さんがやってくれますから。」
「兄貴はあてにならないだろ。わざわざコロンビア大学にまで行かせたんだ!大手に行くほどの能はある。」
「しかし、ゆずが次期社長です。蓮を引き入れる理由がありません。」
ここで補足しよう。
“明彦”は俺の従兄。年は5つ離れていて一家の長男である。
“ゆず”は明彦さんの妹。年は一つ下。デザイナーに憧れている。母譲りか、気が強い。
“蓮”というのは俺。今年20歳。
ステップ制度を利用して去年卒業した。
そのせいか、大手に就いてもらいたいらしい父さんに日本の大学に通ってみたいと申し出たのだ。
日本の血が濃いのに日本を知らないのは嫌だったからだ。
「父さん、俺はまだ20です。日本じゃやっと成人なんです。いくらなんでも早すぎます。」
「お前に日本の空気なんぞ吸わせるか!!」
「祖国を知るのがいけませんか?」
「日本に行かずとも学べるだろう?世界規模で生きている人間があそこにどれほどいると思うか?離島で鎖国をしてた国に、市民が世界を見るわけないだろう。みんながそうならそれでいい。それが日本だ。」
「社会勉強ですよ。」
「しかもお前、日本の普通の学生のように生活してみたいとか言ったな?!一家を恥さらしにしたいのか?!?!」
「叔父さん、表ウケはいいかと思いますが。」
「…アルバイトをするんだろ?」
「え?!」
「…はい。」
「お、おま、それはやめと…」
「お前の人生何だと思ってる?!?!お前は黒崎にはいらないっ!!!二度と顔を見せるなっ!!!!山野!!」
「はっ、はい。」
「こいつの荷物、全て日本に放り出せ!!」
仕方なく夜中なのにも関わらず、そのまま家から出ようとすると声をかけられた。
「バカよ。蓮兄。」
「ごめん。ゆず。」
「……もう会えないじゃない!」
泣きながら抱きついてきた。俺は背中に手を回す。
「なんで、日本に行くの?」
「絵本の中から出たくて。おとぎ話を書き連ねた、人生というタイトルの絵本から。」
「じゃあ、私は?」
「……おとぎ話にはお決まりのお姫様かな。」
「いや!おとぎ話はハッピーエンドよ。」
「…エンドまで本の中にいたくないんだ。」
するするとゆずから離れ、中途半端に開いた扉の向こうへ足を進めた。
実はゆずから告白されていた。応えられないから、なんでもしてあげていた。それこそキスだってした。
「蓮っ…!」
真っ黒な車に乗ろうと言う時、明彦さんの声が俺の名前を呼んだ。
「蓮!お前ほどの能なら巧妙な手で事を運べるのに、あえて真っ向から門を叩けるほどの精神力。叔父さんが行かせたくない理由は簡単だ。我がブランドには必要なんだ、蓮が。」
「……………一度旅に出たい。それに、親族っていう理由で、君らの会社に行くのは失礼だから。」
「…ゆずの事は、どうするんだ?」
「さっき断った。はっきり言えなかったけど、伝わったと、思う。」
「親父、何て言うかな……?」
「その時はごめん。」
「ふぅー……帰ってくるんだな?」
「……いってきます。」
笑って誤魔化した。明彦さんは当然分かってる。なぜなら、その時の顔は悲しく、苦しそうだったから。
分かってるのに分からないって、知らないって、鈍感なフリをする。
もはや小さい頃からずっとなので、無意識なのであろう。
この時は、また戻る気なんてそうそうなかったんだがな。




