1-あーしもオタクだよ?
「あーしもオタクだよ! 今月漫画賞佳作だったし!」
そう……彼女――如月梨沙の言葉で、教室の空気は止まった。
それが自分を助けるためなのだと三木信二はわかっている。
複数のクラスメイトからオタクいじりされ困っていたところへの助け舟であるのは間違いなかった。
彼女としてはたぶん『わたしもわたしもー』程度のつもりだったのだろう。
ただ……ちょっとばかり、助け船がデカすぎた。
ふんすと鼻息あらくする彼女に、誰も何も言えない。
彼女の外見から受けるキャラクター性から逸脱しており、ギャップという言葉さえまだ物足りないくらいだった。
「す、すごいですね……」
三木は何とか言葉を絞り出す。
気の利いたことなど言えるわけもなく、ただそれしか口にすることが出来なかった。
「えへへ、ありがとっ。お祝いに驕るからどっかいかね?」
曖昧に笑って三木は誤魔化す。
正直言えば、距離感が少しだけ怖い。
何故、一軍女子の彼女が三軍友達なしの自分にこう愛想よく声をかけてくれるのか。
それが三木にはわからない。
三木が返事を返さなかったからだろうか、梨沙は少し悲しそうな顔をして、何かを伝えようと口を開く。
その瞬間――クラスメイトがわっと彼女の周りに集まり、三木は輪の外に追いやられた。
「マジで? すげぇじゃん!」
「というか漫画描いてたなんて知らなかったんだけど!?」
「サインくれよサイン!」
気づけばクラスの大半が彼女の周りに集まっていた。
「あの、三木く――」
「じゃあ、僕はこれで……」
三木はぺこりと頭を下げ、席に戻って前を見る。
ぼっちである三木が、大衆の輪に入れるわけがなかった。
いじめがあるわけではない。
オタクいじりだって、馴染めない三木を何とかしようとするクラスメイトの、ちょっとズレたいじりだと三木は理解している。
むしろ、恵まれている方だろう。
自分含めクラスに馴染めていない四人さえも、いじめられていないのだから。
逆に言えば、これだけ恵まれたクラスでいながらも、三木を含めた四人は孤立している。
いくら相手が良くても、当人に能力がなければどうしようもない。
その自覚があるから、三木はなるべく彼女と会話しないようにしていた。
何もない自分なんかと話して、楽しいわけがないから。
それでも、先の漫画賞受賞発言はちょっとばかしインパクトが強かったからだろう。
三木は珍しく、輪の方に聞き耳を立てていた。
聞こえたのは、載った雑誌は誰もが知る超大手週刊漫画雑誌であること。
そして『マイラブマイヒーロー』というタイトルだけだった。
学校が終わり、帰宅した三木の手には漫画雑誌が握られていた。
紙の本を、それも週刊誌を買うなんてのは本当に久しぶりだった。
オタクと称され笑われた三木の部屋には、驚くほどに何もない。
ベッドと勉強机と、ノートパソコン。
ただそれだけ。
フィギュアやゲームどころか、本棚さえそこにはおかれていなかった。
趣味らしい趣味のない三木の数少ない特徴が、冴えない容姿というだけ。
オタクいじりされているが、オタクにさえなれない。
射撃もあやとりも得意じゃない代わりに、ほんのり勉強が出来るのび〇君。
そんな評価を、三木は自分に下していた。
「……本当、出来る人は凄いなぁ」
彼女、如月梨沙のことを思い出し三木は呟く。
クラスカースト堂々の一位。
学園一の美女と称され、教師からも上級生からも好かれている。
運動神経も非常に良く、ソフトボールや女子バスケのような集団競技からは大体スカウトを受け。当然のように頭も良くて、テスト前になると大勢のクラスメイトが彼女の前に列を為す。
その時点でもう完璧超人なのに、ここで漫画賞受賞まで付属された。
もはや凄すぎて笑うことしか出来ない。
ぱらぱらと読み飛ばし、新人の部分を開く。
そしてそのページを見て、一瞬目を疑った。
三木にとって如月梨沙は完璧な存在である。
美術で彼女の描いた風景画を見たことがあるが、正直レベルが違った。
だから漫画も凄く上手いものだと当然のよう思っていたが……一番酷い絵に、先のタイトルが書かれていた。
『マイラブマイヒーロー』
ペンネームなし、本名未公開。
彼女の絵は、お世辞でさえ綺麗とは言えない。
線はがたがたで、パースは狂い、コマ割りも順がわからなくなるくらいにバラバラ。
それでも――。
三木は無言で、先に進む。
引き込まれる……とも違う。
失礼だが、単純な面白さはない。
ただ――熱かった。
内容がではなく、作者の熱が、作品ごしに届くくらいに熱かった。
短編一つ。
それだけのはずなのに、読み終えた後妙な疲労感があった。
「……凄い熱量だな」
ちょっとだけ意外だった。
何でもそつなくこなすというのが印象だったのに、これはどっちかと言えば逆。
下手くそが情熱を武器にして、泥臭く足掻くような、そんな物。
それほどまで彼女が漫画を愛していたなんて知らなかった。
内容は、現代舞台の中少年が突如現れた少女を助け、非日常の世界に踏み入れるという王道のボーイミーツガール。
少し変わっているのは、少年が剣や魔法を使わず拳で戦うことと、少年の身長が非常に小さいこと。
他のキャラは等身が高いのに、主人公だけデフォルメしていると思うくらいに背丈が低かった。
雑誌に『賞の詳しい内容はホームページに』と書かれていたから、三木はスマホで賞特設サイトを覗いてみる。
そこには、彼女が漫画をいかに好きかについてと、好きな漫画が幾つか紹介されていた。
ドラゴンボ〇ル序盤、YAI〇A、N〇NKU -忍〇-。
彼女が熱く語り紹介する作品を検索にかけ、内容を確認する。
一見してわかるほど、露骨な共通点が見えた。
皆、背丈が小さな少年だった。
それが彼女の拘りなのだろう。
サイトに記載される、インタビュー形式の問答。
それに答える彼女は饒舌で口数も多く、また自作品の主人公に対する並々ならぬ愛も感じられた。
彼女には、才能があった。
人に愛されて、その上、誰にも負けない情熱まで持っていた。
それに気づいたらなんだか無性に辛くなって……三木はスマホの画面を消し、机に裏返しに伏せた。
三木には、比べるものさえなかった。
幼い頃から、アクティブな父に言われるがまま色々な習い事をしたものの、どれも長続きすることはなかった。
勉強だって頑張ったところで平々凡々。
しかも昔のことだからあまり覚えていないが、大した努力もしていないのに心を痛めクリニックに通院までしていたらしい。
頭も体も弱いのに、それ以上に心まで弱い。
こんな生まれで全くもって両親に申し訳がない。
だから――辛かった。
成功する彼女を、心から祝えない自分の醜さが。
何か一つでも、自信になるものがあったらきっと、彼女とだって目を見て話せるのに……。
「たった一つさえないから、このざまなんじゃないか……」
気持ちがどんどん沈んでいく。
もう何を考えても悪循環になるということは体験からわかっていた三木は、何も考えないようにしてベッドの中にもぐりこんだ。
ありがとうございました。




