1.婚約者
<補填率 50% 補填完了>
夢を見ているんだとぼんやりとした意識のなかでわかった。
部屋の隅で膝を抱えている小さな男の子がいる。
どうしたんだ?
「・・・」
なぜ泣いているんだ?
「僕のことなんて放っておけばいいだろ。泣いていようがお前には関係ないはずだ」
私は君に笑ってほしい。悲しい思いをしてほしくないんだ。
「嘘つき。お前だって最後には僕を見捨てるんだ」
嘘じゃない。
信じられないなら、約束しよう。
「・・・約束?」
あぁ、約束だ。
私は君を諦めない。
だから、君も自分を諦めるな。
「・・・」
だからもう泣くな。私が必ず君を守るから。
「たとえ・・・」
ようやく男の子が笑ってくれた。
そうだ、この子の名前は———
呼ばれたような気がして目を開ける。よく寝た気がするからだろうか、瞼がやけに重たい。
開けられている窓からは心地良い風が吹き抜けて白いカーテンが揺れていた。
視線を巡らせると顔のすぐ横に小さなクッションが置いてあり、小さな赤い鳥の雛が寝息を立てている。
穏やかな空気のなか、左手にぬくもりを感じて視線を巡らせると金髪の人が私の手を握りながらベッドに突っ伏して眠っている。
「・・・・だ、れ・・?」
久しぶりに音を出したかのように掠れた声が出た。男性の手がピクリと動いてゆっくりと瞼が開いた。思わず目を奪われるエメラルドの瞳と目が合った。男性の目が驚いたように見開かれる。
「良かった・・・目が覚めたんですね」
男性は心底ほっとしたように両手で私の手を握る。温かいぬくもりと金属の冷たさを感じた。視線を向けると男性の左手の薬指にはシンプルな指輪がはめられている。
「心配していたんです。思っていたよりも目覚めるのが遅かったから」
(・・・この人は誰だ?それに、ここは一体どこなんだろう)
部屋に飾れた花やぬいぐるみ、すっきりとしているが所々に可愛らしさがある。どうやら女性の部屋のようだ。目覚めたばかりだからだろうか、真摯な様子で言葉をかけてくれる男性の言葉を聞いても頭がぼんやりとしていて現実味がない。
「・・・・すみません。私の弟を見ませんでしたか?」
「弟、ですか?」
「はい。10歳くらいの黒髪の男の子なんですけど・・いたっ・・頭が・・・」
「急に起き上がってはいけません」
身体を起こそうとすると男性がそっと背中を支えてくれる。
「すみません。ありがとうございます」
「謝ないでください」
お礼を言うと男性は少し困ったように笑う。それにしても綺麗な人だ。1度見たら忘れられないような顔をしているのにまったく見覚えがない。目覚めるまで傍にいたということは看病をしてくれていたのだろうか。
「それよりも・・自分のことがわかりますか?名前や、生まれは?」
「え?名前って、それはもちろん・・・」
声に出そうとして戸惑った。当然のように答えられるはずのその問いに言葉が出てこない。
(・・・あれ?私の名前は・・なんだった?)
思い出そうとしても頭がぼんやりとしてはっきりしない。そうだとしても自分の名前がわからないなんてことがあるんだろうか。混乱する頭とは反対に胸の中が一気に冷たくなるのがわかった。
「・・・やはり、覚えていないんですね」
男性は驚かなかった。少し悲しそうに、それでいてわかっていたかのように呟く。
「・・・どうして・・」
「大きな事故があったんです。あなたはそれに巻き込まれて長い間眠ってしまっていた。あなたの記憶喪失もそれが原因です」
「・・・事故?・・・そんな・・・」
(どういうこと・・・どうして事故に・・記憶がないなんて・・)
徐々に鮮明になってきた現実にぞっとする。動揺する私をなだめるように男性が握った手に力を込める。その仕草に自然と男性へと目が向いた。
「安心してください。俺が側にいます。あなたの忘れたことは全部俺が伝えますから。あなたの名前はアリシア。アリシア・ヴァレットです」
「アリシア・ヴァレット・・・・それが私の名前なんですね」
アリシアは名前を呟いてみるがそれが自分の名前なのかどうかもはっきりとわからない。
言われてみればそんな名前だったのかもしれない、それくらいの曖昧な感覚だ。
「あなたは誰なんですか?」
疑問を口にすると男性は静かに微笑んだ。
「俺の名前はレイモンド・クレール。あなたの婚約者です」
「婚約者・・・・私の?」
アリシアは男性に握られていた自分の手を見る。
その左手の薬指には彼と同じ指輪がはめられていた。
読んでいただきありがとうございます。




