再悔
アカリと最後に会ってから二年が経った。
俺は人を殴ったことと、あいつを誘拐した罪をその歳月を掛けて償った。
そして今日、俺はアカリに会いに行く。
あいつの家までの道が、刑務所にいた時よりも長く感じる。
柄にもなく緊張していた。
以前アカリと別れたところと同じ場所に車を止め、車を降りる。
一歩一歩が重く感じた。
俺は深呼吸して、あいつの家の前に立ち止まり、少し眺める。
そして気持ちを落ち着かせ、小刻みに震える指に力をこめ、インターフォンを鳴らした。
ピンポーン
インターフォンの間の抜けた呼び出し音がやけに強調されて耳に入る。
ややあって、インターフォンから応答が聞こえてきた。
「はい」女性の声だ。
「すみません、東という—— 」
「あずまさん!?」
俺が言い切る前に、声の主が遮って話す。そして、ちょっと待ってくださいと慌て
た様子で言うと、インターフォンの反応が消えた。
あいつが生きていた。その事実が俺を高揚させた。
ガチャッ
しばらくすると勢いよく扉が開き、中から女性が飛び出してきた。
「アカリ!」
俺はその人物を見つめて言った。
「そうか...... 」
その女性は、アカリの雰囲気こそあったが、アカリではなかった。
誰かは分からなかったが、首元には俺が作ったペンダントを着けている。
「はあ、はあ、あなたが...... 」
女性は肩で呼吸をしながら、言葉を紡ごうとする。
「あなたが、東さんですか」
「...... はい。あの、あなたは?」
「私は、はあ、アカリの姉です...... 」
「アカリの、お姉さん」
俺はその言葉でなんとなく察してしまう。
「あの、アカリは」
聞くな、もうこれ以上。
「アカリはどこに?」
頼むから。
俺の問いかけに対して、アカリの姉は俯く。
そして少し間を開けてから、重たそうな口を開いた。
「あの子は...... 」
「...... 」
「もう...... 」
思っていたことを突き付けられた俺の中に、喪失感が一気に押し寄せた。
「そうですか」
必死に言葉を絞り出す。
「はい、四ヶ月ほど前に」
「でも、あの子は...... 本当は一年も生きられないって言われてたのに、なのに、あの
子は頑張って...... 」
泣きそうな声で彼女は懸命に絞り出す。
「あなたにもう一度会うために...... 」
現実を受け止めきれず、俺は返事を返せなかった。アカリの姉はそれを察したの
か、言葉を続ける。
「これはアカリからです...... 」
彼女は涙を拭ったあと、ポケットに手を入れて何かを取り出す。
「これって...... 」
彼女の手の上で光るものを俺は認識する。指輪だ。
「あの子が作ったものです。東さんに渡してほしいって」
親指と人差し指でその指輪をつまんで、自分の顔の前に寄せる。
それはお世辞にも上手とは言えなかった。
だけど、アカリが一生懸命つくったことが、作品から伝わってくる。そのギャップに俺は思わず、笑みをこぼしてしまう。
「下手くそですよね」俺の笑いに反応するかのように、彼女は言った。
「いえ、自分も作ってるんで分かるんですけど、良いものにしようという思いがこれ
からすごく伝わってきますよ」
俺がそう言うと、彼女は小さく声を漏らし、両手で顔を覆う。
「うっ...... アカリ、それを楽しそうに...... 」
彼女はそこで話を区切ると、自分を落ち着かせようとしてか、手を胸に当てた。
「...... それと...... あの子から言づてがあります」
「ことづて...... 」
アカリのお姉さんは小さく頷き、深呼吸して言葉を続けた。
「あなたのおかげで生きたいと思うことができました。そして、あなたのことが好き
でした、と...... 」
その言葉にすぐに反応できなかった。そして、俺の中でこみ上げてくるものを抑え
ようと、一呼吸置く。
「そういうのはな...... 直接言えよ」
「ですよね」
彼女が涙を流しながらも、笑顔で言う。
「そのネックレス...... 」俺がそう言うと、アカリの姉は首元に視線を向ける。
「アカリが、東さんきっと泣くだろうから、それ見せてあげてって...... 」
「あいつ最後まで人のこと...... うっ...... 」
俺はそこで涙がこぼれたことに気づき、思わず言葉を止める。
結局、あいつの言う通りになっちまったな。そう思うと頭の中が冷静になり、俺は再び言葉を続ける。
「もしよかったら、大事にしてやってください」
彼女は小さく何回か頷くと、ダムが決壊したかのように、ついに声を出して泣き始
めた。
俺は軽く会釈だけして、その場を離れた。
車に乗り込み、身を預けるように運転席にもたれかかる。
軽く息をもらして、右手を両目の上に添えた。
俺がアカリを連れて行こうと思ったのは、俺と同じ顔していたあいつをなんとかし
てやりたいと思ったからだ。
だけど、違った。
俺は驕っていた。
救われたのは俺のほうだった。
そんなことに今頃気づくなんてな。
俺はゆっくり体を起こすと、ポケットから指輪を取り出す。
矯めつ眇めつ眺めてから自分の薬指にはめると、小さな笑みが思わずこぼれた。
「ブカブカ、じゃねーか...... 」
そしてアカリと走った道中のことを思い返すと、車の音楽プレイヤーに手を伸ば
し、再生ボタンを押した。




