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08 時代の流れ

 多くの現実は、人間の認識の範囲事象とは異なる。

 【常識】という物が、明日には崩れる空虚な物である事は、長い目で見るほどに明確になっていく。



 一例として硝子(ガラス)という物があるが、コレは固体ではない。

 ガラス質と呼ばれるゼリー状の物で、その変形が数万年単位である為に、固体だと思われているだけだ。


 一般的に【ガラス】と言われている【ケイ酸塩ガラス系】などは非晶質固体であり、その分子構造は大雑把(おおざっぱ)に言えば綿やスチールウールの様な構造だからだ。


 実際には、ガラスの変形よりも先に経年劣化(けいねんれっか)による崩壊が先に来るケースが多い。 

 その経年劣化は、どんな物質にも生じる。

 素粒子の自然崩壊、放射性半減期、熱や紫外線による崩壊や気圧による分解。


 この世に【永遠】など無い。宇宙にすら寿命がある。


 そんな世界で、永遠を求めた生物は、単細胞生物ならば(おの)が身体を半身を【細胞分裂】により新しい素材で作り直し、多細胞生物ならば複製や改良版を産み出して、構成素材の劣化や環境に対応してきた。




 これは人間や人間社会においても同様で、長き系統を表す【苗字(みょうじ)】と言う物を使う集団は多い。


 文明を持つにつれ、【国】や【家柄】と言うものを重視する人間が発生する。

 王族、貴族、本家などと自他を差別化して、権力などの保全を図っているのだ。


 だが、そういった物にも廃止したり、一新しなくてはならない時は来る。



 賀茂重蔵(かもしげくら)の実家は、平安京で名を馳せた陰陽師【賀茂】の末裔だ。

 分家筋ではあるが、東京では実働派として力もあり、今でも神社運営の裏では呪詛や祓いを生業(なりわい)としている。


「最近は宮内庁で、かなりの活躍をしているそうじゃないか?特殊な術も会得したとか?」

「父上も承知とは思いますが、俺はまだ二十二歳ですよ」

「重蔵さん、私は場違いでは?」

「長谷川さんには従者として来てもらっていますから、居て下さい」


 会話が成り立っていない様にも思えるが、状況を見れば納得だ。


 賀茂重蔵は、実家に呼び出されていた。

 家人や親戚が周りを囲む応接セットで、重蔵の父親の横には重蔵と歳の近い女性が座っている。


『見合いの席だなんて聞いてないぜ。こんな場面に連れてくるなんて』 


 長谷川が心の中でぼやくのも、もっともだろう。


 重蔵が元々は陰陽師だと言う事は長谷川も聞いている。

 その【賀茂家】と言えば、安倍晴明と並ぶか、それ以上の陰陽師の家柄だと言うのは、ドラマにもなっているので彼にも分かる。

 権力に関わる血筋の者ならば、常に従者を側に置くものらしく、実家に呼ばれている間の体面を保つ為にと、頼まれた【従者役】ではある。


 確かに、ここの応接セットは事務所の物とは違い、十人が同時に座れる程度の規模だ。

 だからと言って、従者も同席させるのは、間違いだろう?


 そう思う長谷川の考えは、もっともだ。

 どうすれば良いか分からないのは実家側も同じ様で、重蔵によって無理矢理座らせられた彼にも、お茶は出されてはいる。


「こちらは、宮家筋の【小松 八千代】様だ。今すぐの結婚と言う話ではない。あくまで婚約の内定だ」

「宮家筋と婚姻を結び政治に影響力をですか?小松家の方は、東京賀茂家と縁者になって勢力の巻き返しと言ったところでしょう?」


 婚姻は、権力の高め合いなのが、この手の世界だ。

 父親の賀茂高蔵と、紹介された小松八千代が、眉をピクリと動かした。


「御前も賀茂の家に生まれた者ならば、もう少し言葉を選べ。それでは下賎の者と変わりないではないか?」

「この従者は一般人なんでね。変な言い回しを聞かせるのは、後々のトラブルになるんですよ」


 主人の言いまわしを従者がかんちがいし、主人の手伝いをするつもりが足を引っ張る事がある。


「だから、うちから従者を出すと言っていたではないか!」

「監視役の間違いでしょ?」


 どうやら、この親子の仲が良くないのは、初見の長谷川にも理解できた。


 父親の高蔵は、あからさまな溜め息をついて重蔵を二度見する。


「宮内庁に行っている縁者から聞いた話だが、少し力を得たからと言って、傲慢になっていないか?重蔵」

「生物的にも、父上の知る【人間としての重蔵】は、もう存在しません。陰陽道的に言えば【天人(てんじん)】の領域に生まれ変わったと言えば理解できるでしょうか?」

「戯れ言を言うか?」


 平安時代とかの陰陽師の方が、むしろ納得が早かっただろう。

 当時は、物の怪(もののけ)が人間を化かしたり、人間が悪鬼羅刹になったり悪霊となったりするのが当然と思われていたのだから。


 物質文明が進む中で、陰陽師は古い思考を残しはしているが、影響を受けていない訳ではない。

 人間がマンガの様に進化したり、レベルアップしたりする筈がないと言うのが常識的な判断だ。


 逆にバイオテクノロジーに精通している者の方が、現代の陰陽師よりもソウ言った遺伝子操作による変異種には理解が明るいのかも知れない。


 長谷川も、以前の重蔵と現在の重蔵の両方を見てはいるが、外観の違いは見受けられない。

 若干だが筋肉質になったくらいだろうか?


「どんなに精進していようが、賀茂家の奥義を伝えていない御前が、儂に敵うわけがないのだ」

「父上が、お爺様を毒殺して秘伝書を手に入れた【香と式神を併用した幻惑術】ですか?子供騙しですよ、あんなのは」

「なぜ、その事を?」


 【毒殺】と聞いて、周りの親族の眉間にシワが寄り、術を併用したヒソヒソ話が始まっている。

 父親の高蔵も、シワの寄った額に汗が流れて視線が左右に泳いでいた。


「そう言えば、香の臭いがしますね?」

「素人の長谷川にまでネタバレしては、もう術の効力は無いですよ」


 どんなに恐ろしい状態に陥っても、それが非現実だと理解していれば、遊園地のアトラクションと変わりない。

 呪術は低周波振動や薬物などによる精神錯乱を用いて、異常行動をとらせて危険行動へと走らせるのが主な方法だ。

 また、気が病めば肉体も病んで、死に至る。


「ついでに、低周波空気振動のスピーカー電源も落とさせてありますから」


 現代では、人間の可聴周波数より低い音が、頭痛や精神錯乱を引き起こす事が知られている。

 平安時代の環境でも、ビール瓶の様な口細な坪に息を吹き込むと、低周波振動音が発するので、周囲の複数ヶ所で行う【共鳴】を使えば増幅できるのは、【絵にかいた餅】とは言いきれないだろう。


 そして、内通者の存在を匂わせている。


「くっ!」

「それから、父上。こちらの呪詛も上書きさせていただきます」


 重蔵が、パチンと指を鳴らすと、高蔵の横に座っていた八千代が、いきなり席を立った。


「何を、先程から訳の分からない事を仰っているのですか?やはり、この家とは合いそうにございませんわ。賀茂様、わたくし、以前より心にとめた殿方がいらっしゃるの。家の為とは思っていましたが、やはり我慢ができません」

「八千代様、何をいきなり?」

「父上、数年掛かりの呪詛(せんのう)も、私の前では他愛もないですな」


 目の前の女性の豹変に、長谷川も驚いている。


「洗脳ですか?」

「人間の思考や感情は、複数の要素から突出したものが出ているに過ぎない。電磁波の様な力で、脳の一部をピンポイントで刺激してパワーバランスを変えてやれば、行動は直ぐに変わる。『心にもない事』は、決して口から出るものでも、出せるものでもないからね」


 術の説明をする重蔵をよそに、席を離れる八千代にオロオロした高蔵だったが、八千代が従者と部屋から出ると、あからさまに重蔵を睨んだ。


「儂は、御前の将来を考えて、この縁談を決めたのだぞ!いや、少なくとも賀茂家の嫡男として、この縁談は最良な筈だったのに」

「その割りには、父上の頭の中には、小松家と俺のコネクションを使った、財界と政界への介入が、渦巻いていますよね?」


 高蔵が、口を開けたまま止まってしまった。


「おや、父上。『誰にも話していない筈だ』と驚いていらっしゃる様ですが、【天人】にも成れば人間風情の心など、犬の尻尾振りの様に明確に分かるのですよ。でなければ、(やしろ)で祈る者の願いがわかりませんからねぇ。そもそも、息子の為とか言いながら、自分に利益が来る算段しかしていないでしょ?」


 大きく見開かれた高蔵の表情からは、『そんな馬鹿な!』という感情がアリアリと見える。


「どこまでも親に逆らうのか、お前は?」

「親を諌めるのも子供の役目ですし、親なら自分で言った通りに子供の将来を考えるべきでは?」

「お前は、まだ若い!」

「父上は、何も見えてはいない様ですね」


 高蔵は、顔を左手で覆って俯き、しばらく動かなかった。


『どこで感づいたかは知らんが、どうせブラフだ。たまたま当たったに過ぎない。しかし、もう、放置もできないか!』


 そう考えた高蔵は、上目遣いで重蔵を睨みながら顔をあげた。


ぷしゅっ!


「毒吹き矢ですか?古典的な暗殺術ですね」


 重蔵の目の前の空中に、銀色に光る針が制止している。

 【含み針】と言って、毒針を仕込んだ短いストローを口の中に隠して、目の前の相手を暗殺する技だ。


 目の前で、空中に針を止めた重蔵に、高蔵は驚愕していた。

 これは、既に陰陽術などではない。

 止まった針が、ボロボロに変色しながら、崩れ落ちていく。



 源氏と平家の時代から、比叡山延暦寺の僧侶などが武装していた事は、史実として有名だ。

 言うなれば、私設軍隊や傭兵部隊だ。


 では、陰陽師はどうか?

 集めた情報を【占い】と称して(まつりごと)に貢献し、呪詛と称して人を殺す場合もある。

 歴史には記されていないが、現代で言う【スパイ】や【暗殺者】の様な仕事をしているのだ。

 だから、この様な技も常套手段に過ぎない。


「そもそも、あの娘では、俺の相手としては役不足なんですよ」

「でも、(ペット)としてなら許してあげるわよ」

「貴様、いつの間に?」


 (めかけ)を容認したのは、重蔵の横に座っていた山根茜(やまね あかね)だった。


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