07 島根の狂戦士(後)
山根茜に同行した捜査員達は、何が起きたのか分からなかった。
鉄製ドアと周りの壁が、異音と共に飛んできて、粉塵の中で何かがぶつかり合う音が続いた。
飛んできた破片で何人かの捜査員が、軽い怪我をしている。
煙がおさまったと思ったら、天井まで有りそうな上半身裸の大男が降り下ろした手を、山根が左手で受け止めていた。
身長差が有るので、【叩き潰す】と言う表現が的確だろう。
その、筋肉で膨れ上がった赤い上半身には汗がにじみ、肩で息をしている。
対して山根の方は何事もない様に、左手で相手の右手を受け止めていた。
いまだ、捜査員も組員達も、現状が理解できない。
実際には、飛んできた扉と壁を山根が蹴り割り、扉の後ろを走ってきた大男と、数十発の殴り合いをしていたのだが、粉塵が邪魔をして音だけしか聞こえていなかったし、そんな事を常人に想像できるはずもない。
「速度もパワーも、ゴリラ程度でしかないわね」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
目を閉じ、右手の肘を引いた山根の腕が、一瞬だけ消える。
バスッ!
大きな音と共に、大男の体が【くの字】に折れ曲がり、床に崩れ落ちた。
「駿っ!嘘だろぅ?銃弾の雨を受けても平気だったお前が?」
強靭な肉体と再生能力、計り知れないスタミナを持つ怪物も、脊髄を折られては生命維持ができなかったらしい。
「はいはい、県警さん。お仕事お仕事。組員を逮捕して下さい。抵抗する様なら撃って構わないですからねぇ」
催促する山根の声に、思い出した様に動き出した警察に、抵抗する組員は居ない。
ガサ入れを予期して、銃も刃物も移動していたし、素手で警察をも瞬殺できると思っていた切り札が、目の前で倒されたのだから。
壁を壊した轟音に、パトカーと救急車のサイレンが近付いてくる。
「この大男の死体だけは、宮内庁で検死するわよ。問題ないわよね?」
「・・・・」
笑顔で拳を見せる山根に、誰も視線を合わせない。
この瓦礫まみれの惨状に、死体が二つや三つ増えたところで【事故死】で片付けられるのがオチだからだ。
やがて、やって来た大型ストレッチャーと八人の救急隊員により、山根と大男の死体は現場から消えた。
「なぁ、この状況を正直に報告書に書くのか?誰も信じないだろ?」
「別現場で見つかった証拠品の中には、ダイナマイトも有ったらしいから、【爆発物の暴発】って事で良いんじゃないか?硝煙反応は出ないだろうが、他に説明がつかないだろう」
手錠をかけた組員達を護送車に詰め込みながら、刑事達は大きな溜め息をついた。
別の現場では、シシスと長谷川が港の倉庫地区をウロウロしていた。
「地曳と田中達は、行動を共にしている事が多いので、奴らを追えば地曳も居る可能性が高いでしょう」
賀茂達が見つけられず、地元捜査員が構成員と判断していた【地曳】と言う男は、他の精霊の配下である可能性が高い。
シシス達の組織の者も知覚は出来ないが、情報は来ている。
「敵方とは接触を持ちたくは無いけど、接触してしまうなら完全に【抹消】してしまわないとね」
「【完全抗争か、何も無かった事にするか/オール オア ナッシング】ですね?」
同行する刑事達に聞こえない様に、二人は方針を確認した。
賀茂の予知により判明している田中の潜伏先である、一つの倉庫を包囲し終わるのには、そんなに時間は掛からなかった。
『B班準備完了』『C班配置につきました』『D班道を塞ぎました』『E班、港湾警察と準備終わりました』
各包囲網から無線が入る。
「準備はできたみたいだな?『では、A班突入する』」
『『『『了解』』』』
表向きの指揮を取るのは、シシスではなく年配の長谷川だ。
こう言う部外者との対応の為に、元警官の長谷川が配置されている。
隊列のトップを歩くのは長谷川だが、その足取りはシシスによって操られている。
彼にとっては気持ちのよいものではないが、既に慣れた行為だし、彼女達が長谷川を弾除けに使った事はない。
応接セットの様なソファなどが置かれた場所に近付いた長谷川達は、指の合図で包囲を固める。
「警察だ!この倉庫は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめろ|(なんか、数年ぶりのセリフだな)」
「なっ!警察ぅ?なんで警報が鳴らないんだ?」
途中の警報装置など、シシスが無効化してしまっている。
一応は警戒していたのか、組員達が銃を撃ってきたが、十分に避けられる範囲だ。
「長谷川、防弾は任せて撃ち抜いちゃいなさい」
「頼みますよ、シシス様」
長谷川は物陰から全身を出し、二丁拳銃で組員達を撃ち抜いていく。
なぜか、長谷川の射つ弾は全弾命中し、組員達の射つ弾丸は長谷川の目の前で地面に落ちていく。
合理的には、偶然の命中と、組員達の弾丸が全て不良品だったという【普通では有り得ない事態】ではあるが、【確率論的には有り得る現象】だ。
例え、その確率が一千億分の一だったとしても、決してゼロではない。
パリン!
『おいっ、何人か逃げたぞ!』
外で包囲していた者から無線が飛んだ。
銃撃戦の最中に、窓を破って逃げた者が居た様だ。
「シシス様!」
長谷川が振り返ると、 既にソノ姿は無かった。
組員の逮捕を地元警官に任せ、長谷川も外に出る。
シシスが追ったと言う事は、逃げた者が【本命】なのだろう。
「こっちよ、長谷川」
見ると、船着場から海を見下ろすシシスの姿があった。
包囲していた警官隊は勿論、港湾警察の船まで近くに来ている。
「なんで、こう成っちゃったのかしらね?」
笑いを堪えながら眺めるシシスの視線の先には、直径二メートル級の氷に閉じ込められた二人の男が、海上に浮いていた。
「まるで漫画だが、港湾警察に引き上げさせて、宮内庁が引き取るわよ」
「こんな死体は、警察ではゴメンですよ。マトモな報告書が書けやしない」
結局は、組務所の件も、倉庫地区の件も、『容疑者の数人は宮内庁職員が検挙した』との記載で統一された。
最終的には、署内の件は公表されなかったが、現地で暴れまわっていた武闘派暴力団の撲滅は、県警の快挙として地方紙にデカデカと報道された。
「力を貸していた精霊は、どうやら中国から密航してきた者みたいだけど、このガサ入れ情報で帰国したみたいね」
「それは残念ですね」
氷漬けになった二人の懐からは、【来客】の国外逃亡までの詳細な記録が消しきれていない状態で残っていた。
流石に個人を特定する部分は、完全に処分されている。
この二人も、シシス達が介入したうえで警察との連携が巧くいかなければ、逃げおおせたのだろう。
「その辺りは、私達にも見えづらいから、向こうの精霊にも見えづらかったんでしょうね」
今回は、トカゲの尻尾切りで、ややシシス達が優勢だったが、【勝利】とまではいかなかった。
「でも、無事に目的は達成出来たから良いじゃない。120%とかを求めるものじゃないわよ」
「目的って、狂化した人間の処分の事ですよね?シシス様。別の目的のツイデじゃないですよね?」
「と、当然じゃない!私が何の為に日本に来たと思っているのよ!」
帰りの新幹線で、新たな駅弁を頬張りながら、シシスはソウ言った。
ソウ言いながら、彼女は帰り際に島根県で購入したキャスター付きクーラーボックスを魔法で見えなくしていく。
中には、岡山で買った駅弁が沢山入っている。
祭りずし、まるまる穴子寿し、えびめし、豚トコTON弁当、いいとこ鶏弁当、栗おこわ弁当、幕の内鷲羽・・などなど。
「そもそも、今日だけで何個目ですか?それ」
「まだ三つ目じゃない!松江駅に、あんなに種類があったなんて予想外よ」
「超絶身体能力を、何に使ってるんですか、貴女は?」
最後のツッコミは長谷川だった。
「だって、行きに買ったら保存が効かないじゃない!」
ちなみに、行きでも伯備線に乗り換える前に岡山で買った弁当二個をたいらげている。
東京から岡山までの新幹線は言わずもがな。
「「「はーっ」」」
長谷川を筆頭に、賀茂と山根までもが、溜め息をついて新幹線の座席に項垂れた。




