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06 島根の狂戦士(前)

 夕方になって、長谷川がタイムカードを押しに事務所へ帰ると、シシスが彼を呼び止めた。


「既に警察には連絡を入れたけど、明日は朝から島根県までマル(ぼう)の手伝いに行くわよ」


 【マル暴】とは、暴力団や暴力団を専門に扱う警察の部署を意味する言葉だ。


「島根県と言う事は、保留にしていた【狂戦士(バーサーカー)】の件ですね?」


 長谷川が返事をする前に、賀茂が確認を取りに割り込んだ。

 シシスが頷いているところを見ると、彼等の間では認識している案件なのだろう。


「【バーサーカー】って何ですか?」

「それは例のワクチンで【鬼化】して、強靭な体力と再生能力を得た人間を、暴力団が抗争に使っているのよ。手懐(てなず)けられていたから表面化していなかったけど、そろそろ限界みたいだから」


 唯一、普通の知覚しかない長谷川に、シシスが必要な情報を教える。彼は毎回、必要な情報だけを教えられている。


「島根県だと、車じゃ無理ですね?ヘリでも給油しないと航続距離が足りないし」

「今回は、新幹線で行くわ」


 新幹線と聞いて、自衛官の山根が首を傾げた。


「新幹線ですか?島根県でしたら、ヘリで習志野か木更津の空自まで行って、松江の高尾山分屯基地までの哨戒機を飛ばしてもらった方が・・・・っと、失礼しました、シシス様」


 2020年代でも、東京から博多行き新幹線に乗り、岡山駅で特急やくもに乗ると、伯備線・山陰本線を経て航空自衛隊高尾山分屯基地のある島根県松江市まで約6時間。更には出雲までも行く事ができる。


 だが、彼等のコネクシュンを活用すれば、今からでも半分くらいの時間で到着ができる筈だ。


「なんで、自衛隊を使わないんです?いつもなら・・・」

「長谷川さん。理由は二つ有るんですけど、大きいのは警察内部の内通者を炙り出す為に、先に情報を流して通話記録などの物証を作る時間をとりたいの。もう一つは・・・・・」

「新幹線で、明日から新しい駅弁が出るのよ。いいでしょう?経費も掛からないし、時間的調整もできるんだから」


 山根が言いづらかった事を、シシスは顔を赤らめながら、(みずか)ら口にした。

 どのみち、明日になれば嬉々として新作駅弁にかぶりつく姿を見られるのだから、その時に変な目で見られるよりはマシだと判断したのだろう。


 シシスは、ここ数年、日本独自の【駅弁】と言うものにハマっているのだ。

 暇な時は、一人で日本中を電車で食べ回っている。


「いや、確かに大事になる前に処分できれば、いつ行っても良いとは思いますがね」


 だが、新作駅弁の販売日に合わせて、暴力団への家宅捜索(ガサいれ)を仕掛けるのが分かって、長谷川は眉間を押さえる。


 ()くして、翌日には新幹線内で新作を含めた三つの駅弁をたいらげるシシスの姿があった。

 賀茂はノートパソコンで、何やらリストを作っている。

 山根と長谷川は、そんな二人をよそに、現地での予定を確認して時間を過ごした。





「はいはい、はじめまして。宮内庁の長谷川です!」


 到着した長谷川達は、管轄である島根県警の刑事部のフロアへと入って行った。


「あんた等か?宮内庁ってのは!本庁から通達はきているが、困るんだよねぇ、勝手な事をされちゃあ」


 部屋に居た男達の中から一人が、長谷川達へと詰め寄ってくる。


「あなたは?」

「組織犯罪対策課の三浦だ!」

「あぁ、貴方が三浦さんですか」


 長谷川は笑顔で手を出して握手を求めた。

 一瞬、面食らった三浦だが、『どういう意味だ?』という顔で長谷川を睨む。


 だが、更に笑顔で握手を求めてくる長谷川に根負けして、ポケットから手を出し、握手に応じた。


ガチャリ


 握手をした状態のまま、三浦の右手には手錠がかけられた。


「な、何を?」

「暴力団への内通者の逮捕ですよ。物証は・・・自宅の洋服タンスの中にある釣り用ベストに入れた、他人名義の通帳・・・ですな」


 三浦の顔に、明らかな動揺か浮かぶ。

 フロアに居た他の者も、晴天の霹靂(せいてんのへきれき)の様に驚愕している。


「な、な、何を変な事を、勝手に」

「ならば、家宅捜索に同意して下さるんですよね?」

「いや、待て、何で俺の事を?」

「あれっ?刑事部長が身の潔白を証明したくはないんですか?調べはついているからに決まっているでしょう?」


 握られた握手を、必死に離そうと出した三浦の左手にも手錠がはめられた。


「こんな事が許されると思っているのか?」

「許されますよ。我々には迅速な解決率100%の実績が有りますから」


 長谷川が、その場に居た他の捜査員に顎で指示すると、何人かが部屋を出ていき、三浦はその場に両膝をついて崩れ落ちた。


「最初は娘さんの養育費の為だったんでしょ?警官の給料は安いですからねぇ。同情はしますが、許される事じゃないのも理解できますよね?」


 三浦は、他の警官に付き添われて、部屋を出ていった。


「さて、皆さんには本庁からの通達通り、我々に協力して頂きます。先ずは署内で、あと二名の身柄を拘束して頂きます。物証情報は、これから皆さんにお送りします」


 そう言って賀茂がスマホをいじると、その場に残った捜査員の携帯が一斉に着信を告げた。


「お送りした資料には、組の構成員と協力者、各々(それぞれ)の潜伏先と必要な動員数が書かれていますが、くれぐれも記載された日時以外では踏み込まない様に。指示を守らなかった者は懲戒免職になりますから従って下さい」


 『見つけても逮捕するな』と言われている様で、普通なら受け入れられないだろう。

 だが、そこまで明確な資料が提示されていては、何かの思惑があると考えるのが普通だ。


『まぁ、前もって答えが教えられている試験みたいで、いろいろ戸惑うだろうな』


 長谷川が既に至った悟りの境地|(諦めとも言う)を、詳細を知らない者に理解するのは難しい。


「あれっ?でも、このリスト、うちで内定した奴が何人か抜けてますが?」

「ああ、そっちは長谷川さんとシシス様が指揮をとって下さい。多分、例の【庇護】が有る連中でしょうから」


 既に顕現して受肉した精霊や、その庇護下にある者は、賀茂達の知覚に掛かりにくい。

 長谷川の捜査力と、シシスの魔力が必要になる。


「じゃあ、組事務所とターゲットは、私に任せてね。前回は重蔵(しげくら)が殺っちゃったから、運動不足なのよ」

「良いけど(あかね)、周りを壊し過ぎるなよ!」

「気を付けるわ」

「じゃあ今回は、俺が連絡役かぁ」


 山根と賀茂も、役割り分担ができた様だ。


「じゃあ、皆さん。メールで指示を送りますから、それに従って行動を開始して下さい」


 賀茂が声をあげ、全員が自分の携帯を見た。





 三浦の密告により、既に各地に潜伏した組員を検挙するには、組単位での違法行為の立証が必要だ。


「既に捜査令状は取れています。科捜研は指示した市営住宅の部屋を調べ、教えた場所から指紋を採取して下さい」


 『兎に角、命令だから』と、数人の捜査員が指示された部屋へと踏み込む。

 彼等の調査では全く情報の無かったソノ部屋には、わずかな生活用品と共に、幾つもの銃や日本刀が保管されていた。



 同じ頃、取り締まり対象の組事務所には、山根と数名の捜査官が向かった。


「貴女の様な若い方が、大丈夫なのですか?」


 山根茜は、二十歳になったばかりの小柄な女性だ。

 捜査一課や組織犯罪対策課に配属される様な、大柄な女性とは似ても似つかない。


「大丈夫よ。むしろ、あなた達の方が心配ね」


 そう言って、山根は組事務所の扉を開いた。


「警察です。家宅捜索を執行します」

「お嬢ちゃん、何の容疑です?何も違法な事は有りませんぜ」


 流石に連絡を受けていただけの事はあり、誰も動揺はしておらず抵抗もしない。『調べたきゃあ調べろ!』と、完全に開き直っている。


「確かに、ここには何もないかも知れないわね?」


 そう返す山根の後で、無線が受信され、捜査員が彼女にアイコンタクトを取った。


「若頭の藤堂さんですね?市営住宅の【武器庫】は押さえました。銃刀法違反で、関係者全員を逮捕します」

「【武器庫】?【市営住宅】?いったい何の話です?ウチとは無関係でしょ?」


 この藤堂と言う男が慌てないのにも、訳があった。

 組の武器をしまっている住宅への出入りは、防犯カメラなどを用心しつつ、人物特定が出来ない様に外観を偽って行っていた。

 武器の手入れや、出し入れは勿論、部屋への出入りの跡も、入念に指紋や毛髪を処理して行っている。

 組との関連性を裏付けるものなど残していない慎重ぶりなのだ。


「そうかしら?前月の銃撃事件が有った後に、その市営住宅付近の防犯カメラに、幾つものキャリーバックを引いた、数人の男達が録画されていたわ」

「それが、うちの組員だと?」


 藤堂自身にも身に覚えが有ったが、表情に出すほど愚かではない。

 そもそも人相も隠して、特定される様な行動はとっていないのだ。


「その映像に、コンビニ袋が映っていたんだけど、貴方、市営住宅で食事したでしょ?」

「俺がですか?なんで?」


 藤堂は、一筋の汗を流したが、表情は必死に隠した。


 確かに、小腹のすいた藤堂は、市営住宅に向かう直前に、コンビニでカップ麺を買い、【武器庫】にある鍋でお湯を沸かして食べた。

 だが、コンビニ袋ごと全てを持ち帰り、その後に部屋中の指紋の処置をしたのを覚えている。


「台所にしまった鍋の指紋、拭き取り忘れていたわよ」

「!」


 藤堂は記憶を遡り、鍋の処置を必死に思い出した。

 確かに、指紋を十分に拭き取らずに台所の収納にしまった記憶が有る。


 組員は、藤堂をはじめ殆んどが前科持ちだ。

 当然、指紋も警察に保管されている。


「くそっ!しくじったか?おいっ、駿(しゅん)!殺っちまえ!」


ガゴン!


 事務所の奥の扉が周りの壁と一緒に、山根達、警官隊めがけて飛んできた。


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