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WITH THE WIND  作者: レエ
おまけ
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外伝① 落陽

本編未読の方は、本編を先に読んでいただけるとありがたいです!

 あまりに耐えがたく深い悲しみは、人を魔に変えることもある。

 人の心では抱えきれないほどの、その絶望を与えたのは──命よりも深く、狂うほどに愛した人を奪ったものは誰なのか……。

 手の届かない相手を呪い、

 手の届かない場所にいってしまった半身を想い続け……ついには自らを魔性と化してしまう。そんな人の心の弱さを誰が責められようか。

 それでも狂わずにいられるほうがどうかしていると、私は思う。



 太陽のような戦士がいた。

 人懐っこい笑みを絶やさぬ、まるで少年のような心を持った青年だった。

 自信に満ちた、恐れなど知らぬようなその明るさを、私は好もしく思っていた。

 その隣には、いつも一人の魔術師がいた。

 戦士とは対照的に、静かな湖水を思わせるような冷ややかさ……その感情が欠落したような美しい無表情が、時折ふっと柔らかく緩む瞬間があった。その眼差しの先にいるのは、いつも同じ人物……。まるで正反対のような性格をした二人の、そんな仲睦まじい様子を眺めるのが、私はとても好きだった。

 同い年の二人は赤子の頃ほぼ時を同じくして親に捨てられ、同じ孤児院で育ち、同じようにこの世界に憧れ、冒険者になったらしい。

 私と知り合った頃には、そこそこに名の知れた一人前のギルド員になっていて、時には彼らの武勇伝を、時には私の昔話を語り合いながら飲み明かすのが楽しみだった。饒舌な戦士はいつも明るく笑っていて、魔術師はそんな彼を隣で静かに見守っていた。

 彼らと最後に会ったのは8年前。

 私にとってはホンの一瞬とさえ思えるその年月の間に、こんなことが起こるなんて想像もしていなかった。

 まだ、たったの30年も生きていない若い二人なのに。

 とても素晴らしい恋人同士だったのに。

 一緒でなければダメな二人なのに……。

 彼らを引き裂いたものが神だというのならば、私は神に復讐を誓ってもいい。どうせ私はすでに限りなく魔に近い身……だが、彼は止めなければ。 



 昼なお暗い、廃墟神殿。

 足を踏み入れると、ひんやりと張り詰めたような空気と──咽るような死臭を感じた。

 古き時代、黄泉返りの儀式が行われていたというこの神殿で、彼は祈り続けていたのだろう。

 ただひたすら、愛する人のために。

 罪が罪であることさえも……忘れて。

 崩れかけた祭壇の前に、彼は居た。

 木漏れ日を集めたように美しかった豪奢な金髪は、埃に塗れ、輝きを失い、薄汚れた黒いマントの上にただ過ぎ去った年月の長さだけを湛えて広がっていた。


 傍らに、死体があった。


 彼の愛した魔術師と同じ、紅い色の髪。それも、一体だけではない。祭壇の周りに、いくつもいくつも重なるように……すでに白骨と化したものから、腐りかけたもの、そして比較的新しいものまで、赤毛の死体ばかりがいくつも転がっていた。

 だが、ソレらはどれもあの魔術師では、ない。


「もう、私の身代わりを集めるのは止めにしてくれ」


 背を向けたままの長身に、そう声をかけた。

 弾かれたように振り返った、痛々しいほどにやつれ果てた顔。

 その胸に、古びた髑髏を抱いていた。

 それこそが……彼の愛した、ただ一人の人なのだろう。

 狂気を宿した青い瞳が驚愕に見開かれ……次の瞬間、涙が溢れた。


「帰ってきたよ。長く……待たせてすまなかった」


 そう言って、私は記憶にあるあの静かな微笑みを模倣した。

 彼はふらつく足取りで、私の方へと歩み寄った。

 縋るように差し伸べられる手。それが私の体に振れる前に、彼はその場に頽れた。とっさに抱き留めたその体の軽さに、私は思わず身を震わせた。そして彼をこんなにも追い詰めた……その悲劇を、呪った。


「帰ってきてくれたんだな……」


 そう呟いて、彼は私の腕の中で血を吐いた。

 愛する者の喪失は、彼の精神ばかりでなく身体をも蝕んでいたのだろう。

 私がここに来たのは彼を殺すためだった。

 かつて同じように愛する者を失い、心の隙間を埋めるものを捜し求めて一人彷徨っていた私に、いつも一時の安らぎをくれていた二人。

 その片割れが、赤毛の人間だけを狙う殺人鬼と化したという噂を聞いた時……私は私の手で、彼の悪夢を終わらせてやろうと心に決めた。

 犯した罪は重くても、そうしなければいられなかった彼の心の慟哭が私には痛いほどにわかったから、他の誰にも傷つけさせたくはなかった。

 けれど……私が手を下さずとも、彼の命はもう長くはないだろう。


「もう、ずっと一緒だ」


 そう言って強く抱きしめると、彼は安心したように、ふっと意識を失った。

 その手にしっかりと、愛する人の抜け殻を抱いたまま。

 私の腕の中で、彼は深い眠りへと落ちていった。





「夢を見た」


 夕刻、目を覚ました彼は私の腕の中で、私を見上げて懐かしそうに微笑んだ。


「まだ小さい頃の夢だ。オレはお前の手を引いて、どこか遠くを目指していた。とても……とても楽しかった」


 私はただ頷いて、だまって彼の話を聞いていた。

 彼の愛した魔術師の姿を借りて私がここに現れてから……彼はもう、殆ど動くこともできずに一日中横たわったままになっていた。それでも彼は幸せそうだった。傍らの私を見上げ、しっかりと手を握り締めて……。彼の見る夢は、いつも決まって恋人との思い出だった。 


「お前と一緒に野原を駆け回って、お前と一緒に星を見た」


「いたずらして先生に叱られて泣いていたオレを、お前は呆れたように見ながら、それでも泣き止むまでずっと傍にいてくれた」


「いつも本ばかり読んでいるお前の横顔が好きだった。夕日に照らされた紅い髪がとても綺麗で……誰もいない図書館で、初めてお前にキスをした。息が止まるかと思うぐらい、幸せだった」


 微笑みながら、彼はいつも最後に涙を流した。

 私には、そんな彼の髪を撫でてやるぐらいのことしか、できなかった。


「お前が傍にいてくれるのが……ずっと、当たり前だと思っていた」


「お前との日々が……永遠に続くと、信じていた。共に生き、共に老いて……それでもお前が先に逝ってしまうなんて結末、オレは考えてもみなかった」


 思い出を語りながら日に日に弱っていく彼を、私はただ静かに見守っていた。


「ずっと、守ってやると決めていたのに、ごめんな」


 頬を伝わる、涙。


「愛していた……お前だけを。いや、これからもずっと、愛してる。もう一度だけ伝えたいと思っていたんだ。お前、最期にお別れをいう暇さえ、くれなかったからな」


「一度だけ、オレたちの未来の結末を考えたことがあった。こうやって……お前の腕の中で死ねたら、オレはきっと、幸せだろうなって思ったんだ」




 数日後の朝、彼は息を引き取った。

 幸せそうに微笑みながら。

 誰よりも深く愛した人の姿をした私に、彼は最後に、こう言った。


「ありがとう、オルシア」


 と……。

 いつから気づかれていたのだろう。

 いや、きっと最初から気づいていたに違いない。

 彼があんなにも愛した人を、偽者と見抜けないはずがなかったのだ。

 それでも、彼は幸せそうな顔で逝ってくれた。

 昔のように、輝くような微笑みを浮かべながら。




 神殿を、彼の愛したあの美しい髪と同じ色をした真紅の炎が包み込む。

 天へ向けて激しく燃え上がる炎は、何故か沈みゆく太陽を思い起こさせた。

 やがて炎も消え、彼が昇っていった空に、星が瞬き始める。


 さようなら、どうか天国で幸せに……。

 そしてもしも、私の愛するあの人に出会ったなら、

 オルシアは元気で暮らしていると、ただそれだけ、伝えて欲しい──。

 


 焼け跡に背を向けて、私は次の旅に出た。

 涙がただ一筋だけ、零れて……消えた。


 


最終話からしばらくの年月が経ち、オルシアが一人で旅をしていた時のお話でした。

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