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小さな音





 祖父の具合が悪いというので、父に連れられて休みの日に見舞いに行った。



 父方の祖父母は叔父夫婦と同居していて、中学生の従兄弟がいる。大人しくて親戚の集まりでもろくに挨拶もせずに隅っこに引っ込んでいる子で、従兄弟とはいえほとんど話したこともない。


 高石が訪ねた時、従兄弟はどこかに出かけるところだった。一応、「どうも、こんにちは」と声をかけると、言葉にならない返事をもごもごと呟く。顔を背けて目を逸らし、ふらふらと元気のない足取りで出て行った。


 元気がないが今時の若い子はあんなもんだろう、と高石は四つ下の従兄弟の態度を大して気にしなかった。


 祖父は別に病気とか風邪を引いたとかではないらしく、どうも最近眠りが浅いのだとこぼした。


「どこかから変な音がすんだよなぁ」


 夕方から朝方にかけて、ずっと継続してではないが、断続的にカツカツと小さな音がするのだと言う。

 しかし、祖母と叔父夫婦はそんな音聞こえないと言う。

 爺さんの気のせいだろうと軽く流されていた。


 実は叔父夫婦は痴呆の始まりではないのかと心配していたようだが、高石の父と顔を合わせた祖父は「小さな音がする」と言う以外はこれといっておかしな言動もなく、まあ大丈夫だろうということになった。


 では、帰ろうかという頃になって、祖父が「音がする」と言い出した。

 叔父夫婦も高石の父も何も聞こえないと言うし、高石も何も聞こえなかった。


「いやあ、聞こえるぞ。二階だ」


 祖父は顔をしかめて天井を睨む。

 叔父夫婦は気のせいだと祖父を宥めたが、祖父は高石に二階を見てきてくれと言う。

 二階を見てくるぐらいなんてことはないので、高石は面倒だと思うこともなく二階に上がった。


 二階には、叔父夫婦の寝室と六畳の和室、昔は父の部屋だった物置となっている洋室と従兄弟の部屋があった。

 和室と物置部屋は戸が開いていて、中を覗いてみたが何もない。叔父夫婦の寝室の戸に近づいても何も音は聞こえなかった。


 何もないと思って階段を降りようとした時、カツ、と小さな音が聞こえた。振り向くと、またカツ、と音がする。

 カツ、カツ、という小さな音だ。


 従兄弟の部屋から聞こえてくるような気がして、高石は扉を見た。

 カツカツ、カツ、カツカッカッ、と、リズムは不規則だ。時計の秒針などではない。


 高石はそっと扉を開けてみた。

 雑然とした部屋の中、動いている物も音のしそうな物も見当たらない。


 見渡して、窓に目をやった高石はギクリとした。


 何かが窓にぶつかっている。隅の方にカツカツ、カツカツと、音を立てて。


 最初は小鳥がぶつかっているのかと思ったが、すぐに違うと気づいた。鳥がガラスに激突することは偶にあるが、ガラスを延々とつついたりはしないはずだ。


 薄暗い部屋ではよく見えなくて、電気をつけようと手を伸ばした時だ。

 スイッチを押す寸前に、何がぶつかっているのかに気づいた。

 細い木の持ち手と小さな刃——彫刻刀だ。


 彫刻刀が、窓ガラスに何度も何度もぶつかっている。


 電気をつけるのはやめた。高石は音を立てないように静かに扉を閉めて、そろそろと階段を降りた。

「何もなかったから気にしない方がいい」とだけ告げて、父を促して家に帰った。




 半年後、従兄弟が自殺未遂をした。学校でいじめられていたらしい。


 それと彫刻刀に何か関わりがあるのか、あのカツカツという音が従兄弟にも聞こえていたのか、いったい何故彫刻刀なのか、何一つわからないが従兄弟に確かめるつもりもない。


 しかし、あの音がもしも従兄弟にも聞こえていなかったのだとしたら、なんで祖父にだけ聞こえていたのだろう。


 そして、最初は聞こえなかったのに、二階に上がった高石にも聞こえるようになったのは何故だろう。




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